中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

26.人員の意義

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 良い時期に来たと、何度声を掛けられただろう。
 キュクロディアは今日から三日間、十年に一度開催される「星祭り」という催しが行われていた。
 十年に一度、この星に極大接近する流星。
 その流星を神の使いと捉えて、それをお迎えして祭りの活気でもてなし、三日掛けて空から消えていく流星を見送る。そういう内容だそうだ。
 流星は今は明るくて見えないが、夜からその姿を現わすらしい。

 破壊神というものは基本的に、それぞれの世界に生命が誕生した時期から派遣されることが多く、世界の基礎である天体の創造や運行に関する事柄には殆ど関わらない。
 確かに大きな彗星をいくつか見かけた記憶はあるが、破壊神が天体に手を出すのはよっぽどの場合以外ないことなので、あまり印象に残ってない。
 創造神も作り終わった星に関与する気はないらしく、夜空を覗くことも稀だ。

「なんだ、では神の使いというのも私達人間の勝手な想像なのですね」
「そうなるな。でもそれでいいのさ、人間達は」

 夢もへったくれもない話をニルにしてしまったが、向こうから訊いてきたことだ。嘘を教えるわけにも行かない。
 俺達は一通り祭りの雰囲気を楽しみ、昼食を屋台で買ったものだけで済ませ、はしゃぎ疲れてベンチに座っていた。
 宿の前にあったものより広く、この辺りの中心的な場所であろう噴水のある広場だ。
 同じように休憩中の人間達がベンチに陣取っているのが見える。

「ねぇカイ様。一度訊いてみたかったんですが」
「なんだ?」
「カイ様はクレインエイルのことをよく『ニホン』と呼びますよね。カイ様はクレインエイルの出身なのですか?」
「あぁ……」

 飲み終わったジュースのカップをベンチの座面に置いて、俺は答える。

「クレインエイル語は確かに俺の話す言語にそっくりだけど、日本ではない。俺はあくまで日本生まれだ」
「ニホンとは、どこにあるのですか?」
「うーん……少なくともこの星にはないなぁ」
「もしや、カイ様は無数にあると言われる別の世界から来たのですか!?」

 ニルが興奮した様子で食いついてくる。
 なるほど、この世界にはすでに異世界の概念があるのか。

「日本が正確にどこにあるのかは、実は俺も知らないんだけどな。破壊神になった以上もう戻ることもないし」
「なった? カイ様は生まれたときから神なのではないのですか?」
「あ? あぁ……」

 生まれ、そんなことを気にしたこともなかった。
 俺は本部で破壊神として教育を受け、この世界に派遣された。初めから言葉には困らなかったし、なんならこれまで日本のことを思い出すこともなかった。

「カイ様の生まれ故郷はどんなところなんです?」
「日本は……俺は特に東京という都市で育ったんだけどな。他の国に比べても平和で、いいところだったよ。俺は戦争を知らないし、他人を殴ったこともない。ニルくらいの歳の子は学生をしていて、ほとんどの子供は22歳くらいまでは親元で育つんだ」
「へぇ、ずいぶんと独り立ちが遅いんですね」
「寿命も平均で80歳とかだったからな」
「80年生きるなんて想像もできません……」
「あぁ、本当に平和な国だった。俺も大学を卒業したら周りと同じように就職して、仕事を……」

 なんだ?
 これは俺の、なんの記憶だ?

「仕事? 破壊神のですか?」
「い、や……俺の故郷に神はいない……科学というものが発展していたから。俺の仕事は、物を売ったり、契約を取ったり、書類を片付けたり……」
「そうなんですね。この世界にも似たお仕事ありますよね。経験豊富だからカイ様は素晴らしい破壊神なのかなぁ」
「いや俺は、同期の中では落ちこぼれで、いつも上司にどやされて……」

 口は考えることもなく淀みなく回るのに、頭がぐらぐらしてきた。
 目を瞑ってみてもその気持ち悪さは変わらない。

「カイ様でもそんなことがあるのですか?」
「契約を取れないから、成績が悪くて……でもあんなものを、他人に売りつけるなんて、そんなことできなくて……恋人がいつも俺を励ましてくれたんだけど、それが逆につらくて」
「故郷に恋人がいらっしゃったんですか!」
「……あぁ、年下の恋人で、昔から知ってるやつで、俺はあの日あいつと約束、を……? あいつの、誕生日を祝ってやるために……ぐ、ぅ」
「カイ様?」

 さっきから俺は───誰のことをしゃべってるんだ?
 破壊神に故郷なんかあるわけがない。本部によって用意されて、破壊の本能だけを持ってそれぞれの世界に派遣される。
 使い捨ての神。
 壊れればそれまで、壊れなければまた次の世界に行くよう指示されるだけだ。
 人間のように暮らす記憶など、それこそ今の俺みたいに地上に落ちるアクシデントでもなければ、存在するはずがない。
 混乱して、頭が引き絞られるように痛む。
 それでも言葉が口から零れ出て止まらない。

「いつも仕事仕事で、あいつを構ってやれなくて、誕生日にケーキを買ってやりたくて───俺は仕事帰りに……店に寄って……歩いていたら、いきなり体が吹き飛ばされて、あいつのために買ったケーキが……離れたところに落ちていて、それを取りに行きたかったのに体が、全然、動かなくて」
「カイ様、どうしたんですか、カイ様」
「周りにたくさん人、がいて、苦しくて息ができなくて、誰かが声を掛けるのもあんまり聞こえなくて、でも誰かが……言ったんだ。俺を見て───これはもうダメだ、って」

 捩じ切れそうに痛かった頭が、ぱちんと解放されたように感じた。
 頭が真っ白になって、その白いキャンバスに映像が浮かんだ。
 ほとんどなにも見えないような色の少ない景色の中、あいつが泣いている。
 いつも偉そうで、余裕ぶっていて、嫉妬深くて、でも本当は寂しがりやで優しくて、誰よりも愛しいあいつが、大粒の涙を流している。
 俺はそれを拭ってやりたいのに、瞼以外動かせるものがない。
 言葉を掛けてやりたいのに、口の中がカラカラでうめき声すら出なかった。
 次第に、瞼に重りでもついているのかと思うくらいそれも動かせなくなって、目を閉じた。
 全身に感じていた痛みも、もうなくなっていた。

 そして俺は、破壊神に───なった。

「う、あ、ぁあ」
「カイ様」
「来るな、離れて、ろ、ニル」

 渾身の力でニルを突き飛ばす。
 整ったレンガ道に尻餅をついたニルを顧みることができなかった。
 腹の底で開放を待っていた破壊の力が、制御を外れて全身を覆い尽くしそうなほど溢れ出ている。
 よろめきながら一歩進んだが、俺のすぐそばにあったベンチやカップは黒い煙に掻き消されるように消滅してしまっていた。

 気がつくと周囲からは人間がいなくなっていた。
 代わりに兵士と思しき鎧の人間達と、魔道士らしきローブ姿、それに真っ白な装束の教会関係者に取り囲まれている。
 抑え込めない力に焦りながら見渡すと、ニルは離れたところでセドリックに支えられていた。
 二人とも、驚愕の表情をしているのが見える。

(セドリック、よかった)

 安心したせいかふっと力が抜けて、体を覆う黒い煙が人々の方へ流れそうになった。
 それを必死で、表皮に押さえつけるような感覚で制御する。
 周囲を取り囲んでいる人間達は殆どが状況を把握できず、困惑しているようだった。
 それでも黒い煙の威力を感じ取れるらしい魔道士たちが、住民の避難を促しつつ警戒しながらじりじりと距離を取っていく。
 そして白装束の人間達は、険しい表情でしきりになにか言葉を紡いでいた。
 教会の人間が使える魔法のようなものかもしれない。さっきから煙の表面を撫でるようになにか力が働いている感触があるが、力を抑え込むほどの威力はないようだ。

 俺を取り囲んでいるだけだった教会関係者が、俺に向かって叫ぶニルに気付いた。
 気付かれてしまった。

「ニル、逃げろ……!」

 ニルは教会から脱走扱いになっているはずだ。捕まったらただでは済まない。
 細心の注意を払って、腕に纏わりついた黒い煙を放つ。
 ニルに怒声を浴びせかける白装束とニルの間に煙が走り、石畳がナイフで切ったように鋭く裂けた。
 腰を抜かした白装束が逃げていくのを見てほっとする。
 しかし力を目の当たりにした周囲の人間達は、驚愕の表情で俺を睨んでいた。

(やべぇ……これじゃまるっきり危険人物だ)

 地上に召喚されたとき、黒い煙で飲み込んだ火球の魔法は、特に苦労もなく消滅させることができた。
 しかしそれらの質量が四方八方から、一斉に俺に向けられて放たれたら……すべてから身を護ることはできるのだろうか。

(絶体絶命ってやつかも……)

 周囲が魔道士を中心に警戒度をあげていくのが肌で感じられる。
 ビリビリとする空気は殺気だろう。
 人間を殺さずに穏便に元の場所に戻るのは無理かもしれないなと、諦めかけたその時。

 空から降ってきた隕石のようなものが、空気を裂いて俺の目の前に突き刺さった。
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