中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

34.労災申請

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 一週間の謹慎が解けて、俺はやっと事務所に顔をだすことができるようになった。
 創造神はうるさいので置いてきた。
 報告書の作成は抜かり無く進めていたし、それ以外の仕事もほとんど不自由はなかったが、いちいち総司郎を介して資料のやり取りをするよりは事務所に行ったほうが早いと感じる場面は多かった。
 なにより、今回の騒動に尽力してくれたという事務員さんにお礼を言いたい。

「こんにちは~」
「おや、破壊神さん。お久しぶりです」

 事務所の扉を開けると、書類棚の前にいた事務員さんが振り向いてにこやかに挨拶してくれた。
 ずいぶんと久しぶりに会ったように思える。
 変わらない彼の様子にホッとしつつ、俺は深々と頭を下げた。

「事務員さんお久しぶりです! その節は大変お世話になりましたっ!」
「いえいえ、不測の事態に対応するのも我々事務の仕事ですから」
「あの、これ……本当は菓子折りのひとつでも用意したかったんですが、そういうものも本部経由じゃないと手に入らないので……」

 俺は恐縮しつつ家から持ってきた紙袋を手渡した。
 仕事関係で謝罪の際に持参する手土産にはいくつか定形があったが、日本ではないここでそれらの品を手に入れることは無理だろう。
 家にある材料でせめてお礼になればと、焼き菓子をいくつか作って詰めてきたものだ。紅茶を嗜む事務員さんに食べてもらいやすいよう、茶請けに一般的な軽いものを作った。

「おや、気を使わせてしまいましたね。ありがたく頂きます」
「この度は私の注意不足で、事務員さんには多大なご迷惑を……」
「そういうのはやめましょう。世界運営は持ちつ持たれつですよ。それにここがユニーク・ワールドと分かっていたのに対策を怠った本部の責任のほうが重いでしょう。あとで労災認定の書類渡しますね」
「ろ……労災?」

 聞き慣れない単語に俺は固まってしまった。
 いや、元社会人として「労災」という単語自体を知らないわけでは、もちろん無い。
 そんな単語をこの世界で使うという事実に思考が停止したというのが近い。
 事務員さんは奥の棚から数枚の紙束を持ってきて、いつもの応接セットに俺を誘った。クリップで留められたそれをめくりながら、数枚の書類を抜いたものを手渡される。

「もちろん本部の就業規則にも労災について記述があります。私は今回の件が十分労災認定されるものだと考えています」
「いや、でも……俺は怪我もしてないし、もし加害者と呼ぶものがあるとすれば、それは地上の人間ですよ? この場合、彼らの親たる創造神に責任があるってことになりませんか?」
「今回は、地上に魔法という『雲海の文明』に対処不可能な存在があったことが問題です。『雲海の文明』の弱点を突く危険性に対策するのは、末端のあなたたち神ではなく本部なのですよ」

 事務員さんの説明はつまり、ネットワーク環境で例えるなら、セキュリティホールを放置した会社側に問題があったということだろう。
 それより俺は、事務員さんがなんの躊躇もなく口にした不思議な言葉が気になった。

「事務員さん、『雲海の文明』ってなんですか?」
「あぁ……。破壊神さん、念の為お聞きしますが、あなたは本部で新神しんじん研修生登録を行う前の記憶がありますか?」
「研修生登録……」

 俺の神としての記憶は、まさにそこから始まっていた。
 研修生登録は、俺達は破壊神としてそれぞれの世界に派遣されるための人材で、研修生として実務や座学の教育課程をこなし、それに合格すれば晴れて神として独り立ちできると───説明される会だ。
 「前世」の記憶がある今、なぜあの時なんの疑問もなくそんな突拍子もない話を信じられたのかと考えてしまうが……当時は「そういうもんか」と思っただけだった。

「えぇと、俺は『前世』だと思っていますが、破壊神としてここに来る前に別の名前の人間だった記憶はあります」
「その記憶は『前世』で相違ありません。もっとも肉体は新しく作られていますし、本部曰く魂の浄化もしているとのことなので、その記憶が個々にとってどんな価値があるかというと哲学的な話になってしまいますが……」

 一呼吸置いて、事務員さんが続ける。

「本部は、創造神と破壊神の組み合わせには特に慎重です。ほとんどの神に『前世』の記憶はありませんが、言語や日常生活の水準は体が覚えています。文化が合わない同士を同じ世界に住まわせると齟齬が生まれるので良くない。だから生きた場所、時代が同じくらいの神同士を引き合わせるんです。この世界の『雲海の文明』は21世紀の日本ですね」
「え……でも、俺の前の職場は、どう見てもヨーロッパ圏の女の子の創造神でしたよ?」

 前の職場の同僚「メアリ」は、場所もさることながら時代もおそらく違っていた。家に電化製品はなかったし、話す英語もどことなく古風だった。
 百年単位で俺より昔の時代の「前世」だったはずだ。
 事務員さんは俺の疑問も想定内だったらしく、小さく何度か頷いた。

「当時私は本部を離れていたので、どんな事情があったか分かりませんが……あの世界は派遣する破壊神の選定に時間がかかっていたようです。文明を完璧に合わせるより、気難しい創造神に寄り添うことができる人材を優先したと聞きました」
「それって、俺は『メアリ』の子守役だったってことですか」
「彼女はそういうお名前だったんですね。簡単に言ってしまえば、そういう意図があったかと」
「……事務員さんって、すごい人だと思っていたけど……何者なんです? 何をどこまで知ってるんですか……?」

 ぽんぽんと出てくる、まるでファンタジーのような用語と世界観に俺の目は相当疑わしそうに眇められていたことだろう。
 事務員さんが困ったように笑って、脚を組み替えるのを俯瞰するような気持ちで睨む。

「私は創造神です。元、ですけど」
「……えっ!?」

 まったく想定していなかった返しだった。
 思わず目の前の人物をまじまじと眺めてしまう。
 いつも通りきっちりと着込まれた濃灰のスーツと遊び心のないぱりっとしたシャツ、薄っすらとストライプがあるが飾り気のないネクタイはシンプルなプレーンノット。タイピンもカフスもシルバーで装飾性は最低限のものだ。
 決して崩れているわけではないが、美形と呼べるかどうかは微妙な顔立ち。この地味目な風貌に俺は親近感を持っていた。
 唯一目を引くのは太いフレームの眼鏡だが、創造神はできるだけ完璧に近い存在としてコンセプト設計されるので目が悪いということ自体あり得ないはずだ。
 たしかに以前から有能な事務員だと思っていたけど……。

「世界が崩壊する時、その世界の創造神も消える。そう本部で教わったでしょう」
「はい」
「一般的にはそうです。ですが私は、派遣されてきた破壊神と交わって創造の力を失った神です。『前世』はありませんが珍しい存在として本部に連行されて、事務の適正を買われてこうして派遣事務員をやっています」

 本部の中枢に長くいるとこういうことも分かってしまう、と苦々しげに言う事務員さんは、とても聞き捨てならない言葉をさっき口にしなかったか。

「破壊神と……交わる?」
「まぁ簡単に言えば、セックスですね」

 テーブルの上に出されていたお茶を飲んでいなくて良かった。口に含んでいたら絶対に噴き出していただろう。
 さらりととんでもないことを口にした事務員さんを凝視してしまった。
 性的なことなど一切関わりません、といった雰囲気の目の前の人物がそんな言葉を発したという衝撃は元より、なにより自分も、まさしく数日前から創造神とそういう関係に陥った破壊神だ。
 さっき彼はなんて言った。
 セックスしたことで、創造神の力を失った───?

「そ、それってその、他の創造神にも起こり得ることで……?」
「あぁ、ご心配なく。私の場合は相手との相性が悪かったのでそうなったのであって、前世から恋人同士のあなた方のようなケースなら問題ありません」
「うわーっ!?」

 俺はさっき堪えた悲鳴を今度こそ我慢できなかった。
 視線を避けるように頭を抱えたが、事務員さんが俺のことをめっちゃ見ているのがわかる。
 いつから、なんでバレてるんだ!
 この事務員、有能なだけじゃなく読心術、もしくは千里眼……!?

「見ていればわかりますよ。創造神さんのあの執着っぷり……最初から独占欲剥き出しで、とても赴任してきたばかりの同僚に対する態度じゃないでしょう」

 苦笑して言う事務員さんに、俺は真っ赤になって俯いた。
 総司郎のやつ、傍から見たらそんなにあからさまだったのか。羞恥が今更ながら湧き上がってくる。

「あの、その……」
「仕事に支障がなければ、詮索はしませんよ」
「は……はい……」

 ますます縮こまって謝罪を口にする俺のことを事務員さんは面白そうに眺めて、テーブルに重ねてあった書類をいくつか手にとった。

「そういうわけで、私もこういった特殊事案に対処することは間々あります。今回は私の力も使いましたのでその報告書と、破壊神さんが書いてくださったレポート、労災の申請書類と、創造神さんが作成した地上の分析結果ですね。すべての準備ができましたらこちらの封筒に入れて提出してください」
「やっぱり事務員さんも手伝ってくれたんですね、本当にありがとうございます」
「私は雲海に穴を開けただけです。あなたのために走り回ったのは創造神さんですよ」

 労ってあげてください、と言われて俺は頷いた。
 総司郎が俺を二度と失わないために手を尽くしてくれたことは、彼から話を聞かなくても分かっていた。
 家に帰ったら改めて礼を言って、あいつの好きな甘いケーキでも作ってやりたい。心からそう思う。

「ところで───雲海に穴を開けるって……なんですか?」
「あ……それはまた、追々」
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