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キザキ ケイ

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【ハッピーBL】

僕のかわいい愛し子が、まさか勇者じゃないなんて

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ある日、子どもを拾った。死にそうな子どもはきれいな赤い目をきらきら光らせて、きっと彼こそが「勇者」だろうと思った────なのに。
「こんなにかわいい僕の愛し子、勇者じゃないの!?」

【キーワード】
ファンタジー/勇者/魔王/年下攻め/義理の父親受け/ハッピーエンド


◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆



「勇者じゃないの!? こんなにかわいいのに!?」

 驚愕で、でかい声が出てしまった。
 慌てて口を押さえる。
 大声を出してしまったのは良くなかったが、思っていたことが口から出ただけだ。

 こんなにかわいい僕の愛し子が、まさか勇者じゃないなんて。

 突然だが僕には前世の記憶がある。
 その記憶によると、僕は今とあるシミュレーションゲームの物語の中にいて、この世界を救う主人公である「勇者」がどこかにいる。
 この記憶を思い出してから、僕は勇者を探した。
 そしてすぐに見つけた。
 きらびやかな王都の片隅、昼でも薄暗い街路で、ぼろぼろになってうずくまる、死を待つだけの子ども。
 肌は体液と煤汚れで真っ黒で、一度もくしを通してなさそうな髪はごわごわで、かろうじて布とわかる程度のぼろをまとって、治りきらない痣と病による水疱だらけの手足を丸めて、怯えていた子ども。
 それでも、僕をにらみつける瞳だけは紅玉ルビーのように赤く輝いていた。
 その目を見つけた瞬間、彼は全身から輝きを放ったんだ。
 ゴミ溜めできらきら光るこの子こそ、勇者に違いない────。
 そう確信した僕は、弱々しくも害されまいと抵抗する子どもを抱いて帰った。

 子どもはそりゃあもう汚れていた。
 こんなに汚れきったものを洗ったことがない僕にはお手上げだったので、従者たちを片っ端から呼んで、総出で磨き上げさせた。
 伸び放題で固まった髪は切ったほうが早かったのでバッサリやって、煤だらけの肌といっしょに洗い上げる。
 石鹸が泡立たないほどの汚れも、根気強くやっていくとなんとか溶け落ちた。
 ぼろきれの服は捨てて、しかし子ども服など用意がないので、従者の子のお下がりを着せた。そのうち新品を仕立ててやろう。
 栄養失調に感染症……複数の病にかかっていたので、癒やしの魔法を使う部下を連れてきて治療させた。
 癒やし手というのはみな涙もろくて情に厚いから、子どもの有り様に心を痛めてぽろぽろ泣いてしまって困った。
 子ども本人も困っていた。
 治療には何日もかかったが、病は癒え、最初は重湯しか口にできなかった食事は粥になり、果物も食べられるようになり……と、みるみる快方に向かう。
 今や、僕の食事のパンまで奪って食うくらい元気だ。

「これも食べる?」

 焼き立てのやわらかい白パンを差し出すと、奪い取ってすぐさま口に詰め込もうとするのを、もう誰にも奪われないのだとわからせるのに時間がかかった。
 なんせ急いで食うものだから喉に詰まらせる。
 せっかく勇者のタマゴを拾ったのに、窒息で死なせるなんてことあってはならない。
 背中を叩いて詰まりを取るときは、強く叩きすぎて背骨を破壊してしまわないかとひやひやした。
 そのうち力加減がわかるようになってきたけれど。

「とらないから、ゆっくり食べなさい」

 野菜がたっぷり煮溶けたスープを渡すと、今度はかきこまずにゆっくり飲み始めた。
 ちら、とこっちを窺う目は野良猫に似ている。
 一滴残らずスープを飲み干した口元はべたべたで、拭ってやると戸惑った顔をしていた。
 子どもなら誰でも当然のように享受する、親に庇護され、大事に扱われる行為を知らない彼を、柄にもなく哀れに思った。

「名前はある?」

 何度目かの食事のとき、彼に尋ねた。
 この頃にはもう、誰も彼の食事を奪わないとわかったのか、喉に詰まらない速度で食べるようになっていた。
 ただ、まだ警戒は解けていないようで、探るような目を向けられる。

「名前がないと不便でしょ。ナナシくんでもいいけど」
「……イリオス」
「イリオスか。昔の英雄の名だ」

 かつての勇者の名を子につけるのはめずらしいことじゃない。
 かつての勇者の名を持つこの子が再び勇者となるなら、すばらしいことだ。

「……あんたの名は?」

 イリオスに問い返されて、僕は驚いた。
 彼はずっとピリピリしていたし、僕のことは一番警戒していた。名を聞かれるとは思ってもみなかった。

「興味を持ってもらえて嬉しいよ。僕はレヴァリースだ」
「レヴァ、リース?」
「よくある名前さ」

 手をかけてやればやるだけ、イリオスはどんどん健康的な少年の姿を取り戻していった。
 汚れて真っ黒だった髪は、汚れがなくなっても真っ黒だった。
 このめずらしい黒髪と特徴的な赤い瞳が、彼を孤独に追いやったのかもしれないが、僕はただきれいだと褒めて、まぶたに口づけ、短い髪をくしでといてやった。
 栄養状態が悪くて同年代より小柄だった体は、急激な食事情の改善で縦横に伸びまくり、彼は毎晩成長痛に悩まされた。
 痛みをこらえて歯を食いしばるイリオスに寄り添い、関節をさすってやった。
 その甲斐あって、みすぼらしい少年は見違えるように立派な青年になった。

「でかくなったなぁ」

 早いもので、あれから5年。
 こんなにちいさかったのが、と手のひらを示した僕に「そんな小さくなかった」と言い返すイリオスの背丈は、僕の肩くらいの高さで、同年代よりだいぶ大きい。
 背がどんどん伸びるので、用意する子ども服が片っ端からサイズアウトしてしまい、僕はついに仕立てを諦めて既製品を買った。
 つやつやの黒髪にすべすべの肌。
 ほどよくついた筋肉は、暇さえあればうちの庭を駆け回ったり、衛兵相手に剣の指導を受けたりするたまもの。
 ルビーの瞳は以前よりもっと輝きを増して、もはやまぶしい。
 拾ったときの年齢がわからないので推測だが、15くらいにはなっていると思う。

「レヴァリース様が丹精込めてお世話されましたからね」

 横に立つ衛士長もうんうんと頷いている。
 はじめは、すぐ死んでしまいそうな弱々しいイリオスを訓練に混ぜることにいい顔をしなかった衛士長も、みるみる剣の腕をあげるイリオスをいつしか父か兄のように見守ってくれた。

「しかし衛士長、勇者の力というのはいつごろ現れるものなんだろう」
「勇者の力、ですか?」
「こんなに強く美しく育ったんだから、イリオスは当然勇者だと思うんだけど」
「?」

 衛士長は首を傾げた。
 なぜイリオスが当然のように勇者だと思っているのか、と顔に書かれている。
 僕がいかにイリオスが勇者にふさわしいか解説しようと口を開きかけたとき、当のイリオスが苦笑しつつ割って入った。

「レヴァ、衛士長が困ってる」
「あぁごめん。勇者のことなんてわかんないよな。変なことを聞いて悪かった」
「はぁ……」

 衛士長が立ち去ると、イリオスは木剣を取りに行き、ぽいと投げ渡してくる。

「訓練しよ」
「えー、僕もうイリオスに敵わないんだけど。僕って貧弱だからさぁ」
「魔法使っていいから」
「……うーん、それならまぁ」

 僕はもっぱら魔法専門で、剣術だけならイリオスどころかそこらの衛兵にも負ける自信がある。
 その点魔法なら、誰にも負けない自信がある。
 すばやく動けるよう全身に風の魔法をかけ、剣を取り落とさないよう筋力も強化した。

「これくらい動ければ、いい勝負くらいにはなるかな?」
「よく言うよ。魔法ありでレヴァに勝てたことないんだけど」
「そりゃそうだ。魔法ありでイリオスに負けたら、僕は引退しなきゃならない」

 軽口を叩きながら踏み込むと、ずいぶん重い剣戟を受けた。するりと受け流して、再び切り結ぶ。
 日々の成長を実感して、目頭が熱くなる。
 トシを取ると涙腺が脆くなっていけない。

「大きくなったなぁイリオス……お父さんは嬉しいよ」
「っ、くそ、余裕ぶりやがってっ!」
「はは、やっぱりまだまだだね」

 力任せに剣を振り下ろしてくるイリオスをすいすい避けて、そのまま風魔法で加速し背後にくるりと回り込むと、木剣をつんと背中に押し当てた。

「はい1デス~」
「っあー! また負けた!」

 強く押したわけではなかったが、イリオスは前のめりに倒れ込み、訓練場の芝生にごろりと仰向けた。
 悔しそうにじたばたしているのをニヤニヤ見下ろす。

「前より動き良くなってたよ。それに剣が重かった。僕じゃなければあのまま押し切れてただろうね」
「レヴァを押し切れなきゃ意味ねーんだよ……」
「ふっふっふ。僕に勝とうなんて百年早い」

 勇者の力に目覚めれば僕なんて瞬殺かもしれないけど。まだまだ子どものくせに、とんでもない膂力だと褒めればいいんだろうけど。
 あんまり剣にばかりかまけられても困るので、たまにこうして転がしては訓練や勉強の不足を促すのが、僕の親たる役目だと思ってる。

「ほら、午後からは学校だろ。着替えておいで」
「はーい」

 イリオスは去年から学校へ通わせている。
 最初は行きたがらなかったのに、今じゃクラスに何人も友だちがいるらしい。
 勉強も楽しいようで嫌がらない。実戦の授業では何人倒したとか、楽しそうに話してくれる。
 僕はそのたびにイリオスの成長を思って泣きそうになり、周囲に呆れられる。
 でもいいんだ。
 イリオスが健やかに成長してくれることがなにより大事だから。

 その日、学校から帰ってきたイリオスは口数が少なかった。
 なんだかぼーっとしているし、話しかけても生返事。それは夕食まで続いた。

「おい、イリオス! さすがに怒るぞ」

 強い声を出すと、はっとしたイリオスが姿勢を正す。
 ぼーっとするのはいいけど、ぼーっとしすぎてぼろぼろと食事をこぼすのはいただけない。

「ごめん」
「なにかあったのか?」
「……レヴァには言わない」

 がーん。これが反抗期か。
 ショックで僕の方こそ食が進まなくなりそうだったが、「レヴァには」という言葉に希望を見出す。

「僕に言いにくいことなら無理しなくていいが、気になることがあるなら誰かに相談しろ。いいな?」
「ん……」

 その後、イリオスは僕の部下の一人に悩みを相談したようだ。
 僕は悩みの内容を聞き出そうとちょっと、いやかなり食い下がったが、さすがイリオスが相談相手に選んだだけあって、まったく教えてもらえなかった。
 ただ、あまりにも僕が悲痛な顔をしたからか「年頃の子どもらしい悩み」とだけ教えてもらえた。

「年頃の悩み……恋、か!?」
「そういうの詮索すると嫌われますよ」

 部下の鋭いツッコミに心を突き刺され、僕は崩れ落ちた。
 そのうちイリオスはぼーっとしなくなり、剣の訓練も切れ味が増して、調子を戻していった。
 子どもの成長は著しい。
 僕は確信していた。
 彼の勇者としての覚醒の日は近いと。
 だから、勇者の出現を予言し、勇者の力の判定を行う場所────大神殿に出向いたのだ。
 ここで冒頭に戻る。

「こんなにかわいくて強くてお利口なイリオスが勇者じゃない……?」

 まぁまぁな額を献金して会談を取り付けた大神官は、うさんくさい微笑みをにっこりと浮かべた。

「お子様に勇者の力はありません。誠に残念ですが」

 僕は食い下がった。
 なぜなら、僕のかわいいイリオスが勇者じゃないなんて信じられなかったから。

「こんなにぴかぴか輝いているのに、勇者じゃないのか?」
「お子様方はみな光り輝いて見えますから」
「今はまだ力が弱くてわからないとかじゃないのか?」
「それもなかなか……あぁ、そういえば。少年の頃はわからなかった素質が、年を経て発現した事例もないことはありませんが」
「やっぱりそうか! じゃあまた来る」

 イリオスを伴って大神殿を出ると、神官たちが総出で見送ってくれた。

「……レヴァって、偉い人?」

 イリオスが不思議そうに尋ねるのを、首を振って否定する。

「彼らは金を出す者が好きなだけだ。僕自身は偉くもなんともないよ」

 そう、神官たちは僕が何者かも知らないだろう。
 ただ多額の寄付金を持ってきて、勇者の力を調べろと言うからやっただけ。
 そんな腐敗した神殿が下す勇者の判定など眉唾ものだと思わなくもないが、イリオスには勇者の称号が必要だ。

「イリオスは勇者だ。いつか必ず魔王を討つと、僕は信じているよ」

 本人はどうにもぴんときていないようだ。
 近頃めっきり頼もしく凛々しくなってきたイリオスの、年相応にあどけなく不思議そうな顔がかわいくて、黒い髪をわしゃわしゃと撫でてやった。

 時は流れ、イリオスは日々成長し、縦にも横にも育った。
 身長はとっくに追い越されている。
 肩や腰ががっしりとしてきて、腕なんか僕のより太い。
 食べるものは同じはずなのに、なにがこんなに詰まっているのだろう。
 とりわけ戦いの実力は他の追随を許さないほどで、同年代では太刀打ちできる者なく、近頃は衛士長からも一本取るらしい。

「すごいねぇ、すごいねぇイリオスぅ」
「うざ、やめろ」

 僕が猫可愛がりすると嫌がることも増えた。
 悲しい。
 でもそういうものだという。
 親離れが近いということなのかもしれない。

「それより、衛士長から一本取ったら戦ってくれる約束!」
「はいはい。魔法ありでいいんだよね?」
「当然」

 近頃は本当に力が強くなって、まともに打ち合うと剣を取り落としかねない。
 僕は木剣をぽんぽんと手の中で弄んで、魔力を通した。
 これでこの剣は以後、魔法を操る杖となる。

「その調子で僕からも一本取ってみて」

 訓練開始とともに、イリオスへ向けて魔法を放つ。
 全空を覆うような水の球。あらゆる方向から角度を変えて襲い来るそれに、イリオスの顔色が変わる。
 とっさに炎の壁で水球を防いだのは良かった。
 その隙を狙い、炎の壁の隙間を縫って風の槍を放つ。
 研ぎ澄まされた風圧に巻き込まれ、吹き飛ばされた────と思いきや、イリオスは踏ん張っていた。
 僕の水球をとっさに氷へ変じ、固く盾のように使って風を防いだ。
 砕け散った氷の破片がきらきらと輝いてきれいだ。
 ぼくは感心しながら、風の魔法に身を任せ、氷が起こす光の乱反射に紛れて近づき、剣を一閃────したはずだった。

「っ捕まえた!」

 剣を持つ腕ごとイリオスに捕らえられる。
 勢い余って揃って地面に倒れ込んでしまった。
 倒れてもなお、僕の腕を離さないイリオスは、あの日から変わらずにぎらぎら光る赤い瞳を一心に僕へと向けている。

「いいね、さぁこのあとどうするんだっけ?」
「……っ」

 やられた側だというのに、僕はすっかり楽しくなって、空いている方の手で襟をくつろげ首筋を晒した。
 どんな生き物でも首を断てば死ぬ。
 木剣での模擬戦とはいえ、一応急所を突いて決着……としたかったのだけど。
 イリオスはなぜかみるみる顔を赤くして、ぱっと離れてしまった。
 とどめを刺されなかった僕はぽかんとしつつ、さっと起き上がってイリオスの腹を撫で斬りにする、ふりをする。

「とどめを刺せなかった勇者イリオスは、魔王の反撃に遭ってやられてしまいましたとさ」
「今のは卑怯だろ!」
「卑怯でも勝ちは勝ちだ。それともおまえは、自分を殺した相手に卑怯だと叫ぶつもり?」
「……」

 黙り込んでしまったイリオスに溜め息を吐く。

「身が入らないみたいだし、訓練はおしまいにしよう。そんなんじゃ勇者には遠く及ばないよ」
「っ、勇者ってなんなんだよ。レヴァは、なんで俺が勇者だと思うんだ」

 ついに聞かれたか。
 僕は木剣を放り出して、イリオスを訓練場の端の木の下へ促した。
 並んで座りたかったけど、イリオスは僕に背中を向けて座ってしまった。
 笑ってしまいそうなのを咳払いで隠す。

「王都でおまえを拾った話は何度もしたよね。汚れと病気で真っ黒だったおまえをきれいに洗って……」
「侍従のみんながね」
「と、途中からはちゃんと手伝ったぞ! それだけ汚かったおまえでも、目だけは輝いてた。道端に落ちてたときからずっと、僕にはおまえが輝いて見えるんだ」
「……」

 イリオスが自分の少し吊り気味の赤い目をあまり気に入っていないことは気づいてた。
 赤っぽく見えるけど茶色、みたいな色じゃない。
 血のように鮮烈な紅色。
 彼以外の誰も持たないその色を、彼は奇異だと思ってしまうらしい。
 僕にとってはなにより特別に思えるのに。

「野良猫みたいだったおまえが、きれいになって、どんどん育って、今や僕を負かせそうなほどに成長した。指導者が良かったとはいえ、おまえは強すぎる。勇者の力でも秘めてなきゃおかしいってくらいにね」
「自画自賛かよ」
「ふふ。それもあるけど、やっぱりおまえの力だよ」
「勇者って……なにするんだよ」
「魔王を倒すんだ」
「それから? 魔王を倒した後は?」
「えっ」

 魔王を倒した後の勇者は、イリオスは、どうなるんだろう。
 そんなこと考えもしなかった。

「魔王がいると……魔物や魔族が活発になって、人間を脅かす。だから魔王は倒さなきゃいけない」
「でも今の魔王は魔族をきっちり統制してるし、魔物の数も管理して、大発生が起きないようにしてるって習った」
「どこで? 学校? そんなことも教えてるんだ。たしかに今の魔王はそうかもしれないけど、いつおかしくなるかわからないだろ? それに勇者が現れるってことは、その代の魔王は倒されるべきだということなんだよ」
「誰が勇者を送り込んでくるんだ?」
「え……神、かな?」
「神に魔王の良し悪しが本当にわかるのか?」

 まるで神学の授業のようだ。
 はるか昔、授業で立たされて教師に質問されまくり詰められまくった日々を思い出して変な汗が出る。

「魔王ってさ、魔族だからなかなか死ななくて、ほっとくと何百年も王位にいるわけよ。それがいけないんじゃない?」
「今の魔王の在位は90年くらいだろ。隣国の王家とそう変わらないって習った」
「隣国の王はもうヨボヨボのジジイだけど、子ども作りすぎて後継が決まんないから王位譲ってないだけだから! 魔王とは違うから!」
「同じだろ。隣国みたいに王位継承で内戦にならないだけ、魔王のほうが優秀だ」

 ぐぬぬ、いつのまにか議論の腕まで上達してる。
 にしても、なんでこの子ってばこんなに魔王の肩持つんだ。

「なに、イリオスは勇者になりたくないの? 魔王倒したくないの?」
「倒したくないだろそりゃ……」
「え、なんで!?」
「魔物はさ、襲ってくるから倒さなきゃいけないけど、なるべくなら殺したくないし。魔族も魔王も、必要ないなら殺したくない」

 その答えに僕は……胸が震えた。
 振り返って、背を向けて座っているイリオスの背中を抱く。
 腕の中でイリオスがびくんと震えたけれど、構わず抱きしめた。

「イリオスが優しい子に育ってくれて嬉しい」
「お、おい、やめろ。抱きつくな」
「う~、僕のかわいいイリオス。優しくて強くてかっこいいイリオス」
「頭を撫でるな!」

 よしよしと撫で続けると、抵抗するのも面倒になったのかイリオスは静かになった。
 なにかを考え続けているみたいだったので、僕は最後にもうひと撫でして、そっとその場を離れた。
 思いがけず僕にとって、彼との問答は良いきっかけになった。

「そうか。倒す理由が必要なんだ、勇者にも」

 その夜。

 僕は僕に仕えてくれている従者や、衛兵たちを片っ端から殺して回った。
 城中で悲鳴が上がり、誰もが僕を恐怖し、信じられないと、なぜと叫んで死んでいく。
 血のにおいにまみれながら、僕は剣を振るい続けた。

「なんで……なんでこんなことするんだ、レヴァ!」

 イリオスが叫んでいる。血まみれの癒やし手を腕に抱えている。
 あいつには浅くしか刃が入らなかったから、生き残るかもしれないな。

「答えろ、魔王レヴァリース!」

 イリオスにしっかり名前を呼ばれるのは久しぶりだ。
 それに尊称まで。
 僕から教えたことはなかったけれど、やっぱりバレていたよなぁ、僕が魔王だってこと。
 本当に大きくなった。
 僕は嬉しくてくすくす笑い、暗闇でも輝く赤い瞳を見返した。

「憎いかい。恐ろしいかい。これで魔王を倒す理由ができただろ? 勇者イリオス」
「そんな、ことのために、みんなを」
「僕にとっては大事なんだ」

 全身に風魔法をまとわせて、割れた大窓を見上げる。
 いつもは大きな月がかかる空は、霧で曇った新月の夜。

「追いかけておいで、勇者イリオス。そして魔王を倒せ」

 怒りにまみれた愛し子の声に後ろ髪を引かれつつ、決して振り返らなかった。
 それから魔力が尽きるまで飛んで、飛び続けて、力尽きて墜落した名も知らぬ土地で、一人暮らしを始めた。
 目印がないと勇者が来るのに困るだろうと思って、崖の上にちょっとした城と尖塔を建てた。
 荒れ果てた土地だけど、先住民がいたようで、数日後に城の様子を見に来たのは、全身を獣毛に覆われた獣人族だった。
 どうやら限界を試して飛ぶうちに、獣人族領にまで来ていたらしい。

 彼らと僕は扱う言語が違うので、意思疎通は難しかったけれど、同じ土地で暮らす以上は仲よくするべきだ。
 というわけで、城の横に開墾した畑で取れた野菜を差し出したらいたく気に入られた。
 それから、獣人たちは肉や魚を、僕は野菜を提供することで、なぜか共生関係のような状態に。
 獣人たちは半分獣とはいえ、半分は人なので、作物が育ちにくい荒れた土地でビタミンが足りず、短命だった。
 それを僕の野菜が救ってしまったようで。

「どうしてこんなことに」

 僕は出奔先でも王になってしまった。
 魔法を駆使して土を耕し、雨を降らせ、荒れ地に強い作物を植えているうちに、獣人たちの食生活が改善して子どもが死ななくなり、僕が立役者ということになってしまった。
 英雄だ救世主だともてはやされ、鳥の羽で作った冠を載せられ、自宅が王城と呼ばれるようになってしまった。
 王を辞めた先でも王になるなんて冗談みたいだ。
 でもこれで、未開の獣人の地に異人の王が生まれたと噂が広がるだろう。
 そうすれば、彼が来る。

 その日は朝の農作業を終えて、昼下がりのお茶を楽しみながら、城の畑の横で転がりまわって遊ぶ子どもたちを眺めていた。
 僕のことをやけに気に入ってしまったトラ族の子が、大きくなってきた体を無理やり曲げて僕の膝に乗っている。

「王、客が来ている」

 全く言語体系の違う獣人語も、時間はたっぷりあったので、ある程度理解できるようになった。
 城の兵士が連れてきた客は、殺気立っていた。

「久しぶり、僕の勇者」

 イリオス。
 僕の愛し子は、記憶にあるよりさらに背が伸びていた。
 精悍な顔からだ、赤い目には怒気を迸らせている。
 すぐに殺し合いになるかと思うほどの殺気の中────彼は僕の膝を指さした。

「そんなもん膝に乗せて、昼間っから何してんだ」

 なにって、お昼寝子トラが乗ってるだけだ。

「なんにもしてないけど……? イリオスもお茶飲む?」
「してるだろ、浮気」
「う、浮気!? してないよ!?」
「俺というものがありながら……」
「ごめん……?」

 イリオスが歯ぎしりして嫌がるので、トラの子を膝から下ろして隣の椅子を勧めた。
 僕が淹れたお茶をぐっと一口で飲み干し、イリアスは端的に言った。

「帰るぞ」

 僕は首を振った。

「帰らないよ。僕はこれから勇者に討たれる」
「討たねぇ。俺は勇者じゃない」
「は……え?」

 思わず立ち上がったせいで、がたりと椅子が音を立て、子トラがぴょんと逃げていく。

「こんなに強くてかっこよくてかわいい僕のイリオスが勇者じゃないの!?」

 イリオスは、目を丸くして呆然とする僕を仕方なさそうに笑った。

「あんたがいなくなってから、もう一度調べた。俺は勇者じゃないし、今この世界に勇者はいない」
「ぁ、そう、なのか」

 力が抜けてしまって、また椅子に座り込む。
 そうか、勇者はこの世界にいないのか。
 それなら僕は、どうやって、

「勇者に殺されたかったのか、魔王レヴァリース」
「うん……」
「なぜ」

 責めるような赤い双眸から目を逸らしたのに。
 今まで必死に形しないようにしていた気持ちが、口から勝手にぽろぽろこぼれ落ちていく。

「僕ってこんななりでもう三百年も生きてるんだ。魔族にとってはそれっぽっちって思われるかもだけどさ、僕にとって三百年って、長すぎる時間で……」

 前世では、人間は数十年で死ぬようにできていた。
 そんな世界の常識を持ったまま、捨てられないまま、長生きするのは僕にとって苦行でしかなかった。
 長生きだからなんでもできるじゃん、なんて甘い考えでいられたのは、僕という精神本来の耐用年数である数十年が経過するまでの話だった。
 人の心に三百年は長すぎる。
 擦り切れて、摩耗して、自ら死を願ってしまうくらいには。

「でも僕って無駄に『不死族』の王だから全然死ねなくて……そのとき知ったんだ。どんな魔族も殺せる、人間の勇者のことを」

 かつて魔族が世界を暴力で支配していた時代、神はたびたび勇者を送り込み、魔の王を殺すことで治安を取り戻していた。
 しかし近年勇者は現れていない。
 世界の均衡が保たれているからだろうと推測されている。

「そんなとき、きみを見つけた。ゴミ溜めにあって光り輝くきみに」

 当時僕は、魔族領の端っこまで行き尽くしていたので、時折人間領へ下りて極秘の視察────もとい食べ歩きを楽しんでいた。
 人間は長生きじゃないからライフサイクルが短くて、そのぶん新しいものを生み出す力が強い。
 食べ物もそのうちの一つで、僕にとっては飽きない娯楽だった。
 イリオスを見つけたのはそんなときだ。

「こんなに眩しく思う人間は初めてで、これが勇者ってやつなんだと思ったんだ。勇者なら、僕を殺してくれると」

 最初はそんな不純な動機からだった。
 でもいつしか、ただひたすらに、拾った子がかわいくなって。

「元気に育っていくきみを、人間の世界に返してあげたい気持ちもあった」

 勇者として覚醒すれば人間の社会に戻してあげられると思った。
 いくら魔王が善政を敷いても、人間にとって魔王はいつだって目の上のたんこぶ。
 その魔王を倒して凱旋したとなれば、イリオスは英雄だ。
 打ち捨てられていた貧民街の孤児につけてあげられる箔といえば、それくらいしか思いつかなかった。

「俺がいつ人間領に戻りたいって言った?」
「ごめん。でもいつかは戻りたいと思うに決まっているよ。僕ら魔族は、どこまでいってもきみたち人間とは違う」
「戻りたくねーよ。親が死んだ途端に家から追い出されて、路上にも浮浪者同士の縄張りがあって、力のないガキは死ぬだけの世界だった。あんたが、あんただけが俺を救ってくれたのに、あんたがいない場所に戻ったってなんの意味もない」

 イリオスが自身の過去を語るのは初めてのことだった。
 思わず顔を上げると、思いのほか強い視線に射抜かれてたじろぐ。

「勇者にならなくていい。魔王を討つ気もない。ただレヴァがいないのは我慢ならない。戻ってこい。みんなもあんたの帰りを待ってる」
「え、みんなって……」
「不死族のあんたの部下なんだからだいたい不死族だろ。……もしかして忘れてたのか?」

 そうだった。僕の城に勤めているのはだいたい僕と同じ不死族だ。
 当代の魔王の世話をするのは同じ種族と伝統的に決まっているとか言われて……通いの魔族の中には不死族じゃないのもいるから、気にしないでいるうちに忘れていたようだ。
 つまり、皆殺しにしたと思っていた城のみんなは生きている。

「不死族だからって刺されたら痛いから、全員が一発ずつあんたを殴るために待っててくれてるよ」
「え、みんなから一発ずつ? 僕死ぬかも」
「俺からも一発あるぞ」
「死ぬ……」
「俺に殺されたかったんだろ? ほら」

 差し出された手を握り返す。
 立ち上がって、イリオスについていこうとして────ズボンの裾がなにかに引っかかった。
 見ると、子トラの小さな爪が僕のズボンに引っかかっている。
 行っちゃうの? と言わんばかりにうるうると目を潤ませて僕に縋る小さな子を、振り払うことなどできず。

「……もうちょっといてもいい?」

 その後、大人げなく子トラを追い払おうとするイリオスと、見知らぬイリオスを全身で威嚇する子トラという光景が繰り広げられ、僕は笑いながらそれを眺めた。
 平和な光景だった。

 その日の夕方には、獣人族たちに別れを告げた。
 みんな泣いて別れを惜しんでくれて、採れたばかりの作物や狩った獣の干し肉、草食獣人の角で作った装身具やら、子どもたち合作の花冠やら、山のようにお土産を持たされた。
 そんなことをされては僕までもらい泣きしてしまって、いつまでも離れられないので、イリオスに引き剥がされた。
 荷物が多すぎて徒歩や魔法では移動できそうになかったので、手配してもらった馬車に揺られる。

「なりゆきで引き受けたリーダー役だったけど……やってよかったなぁ」

 しみじみとそう思う。
 魔王も獣人族の王も、自分からやりたいと思った役割じゃなかったけど、やってみたら苦しいことも嬉しいこともあって。
 自分だけでは経験できないことばかりで、今思えば楽しかった。
 長生きをすると新しい経験は貴重になるので、得難い思い出になったと心から実感する。

「俺としては、家出先でも王様やってるのがレヴァらしいと思ったけどな」
「僕らしい、かな?」
「あんたらしいよ」

 隣で馬車に揺られているイリオスは、なんだかとても優しい目をしていた。
 僕の大好きな赤い目がやんわりと弧を描いていて、まなざしには愛情を感じる。
 彼のこんな穏やかな微笑みはめずらしい。
 僕もにっこり笑みを返そうとしたのだが、唐突にほっぺたを掴まれた。

「どこにいても慕われて、信望があるあんたが憎たらしくて堪らない。だがこうして俺のところに戻ってきてくれるのが、堪らなく嬉しいのも本当なんだ」

 イリオスの顔が近づいて、ありえないくらい近い距離で、頬が掴まれたままで。
 僕の唇にイリオスのやわらかい粘膜が着地する。
 ちゅ、と音を立てて離れるのを、僕は呆然と見つめた。

「あ、の、イリオス、親愛のキスはその、もうちょっと別のところに……」

 ぽかんとしつつ、イリオスの保護者たる自分が真っ先に気がついて、そんなことを口走っていた。
 途端に赤い目が不機嫌そうに歪む。

「親愛のキスじゃねえ」
「え、でも、僕らは家族で、僕はきみの親なんだから、」
「……親じゃねぇ」

 顔の次は腕を掴まれた。
 狭い客車の中を引っ張られ、踏ん張りが効かずにイリオスのほうへ倒れる。
 なのにしっかりと抱きとめられ、意外と分厚い養い子の胸板に驚いていると、イリオスはそのままドアを開けて半身を外に出した。

「あぶない、あぶないよ、イリオス」
「荷物はこのまま城へ送ってくれ」

 僕が慌てているのに、イリオスは平然と、御者である首無し騎士になにか言っている。
 そして馬車から飛び出した。

「わーっ!」

 地面に叩きつけられる、風魔法を、と身構えたところで体がふわりと浮いた。
 イリオスの魔法だ。
 僕と自身の体を強力な風魔法で悠々と運んでいる。
 お腹と腰のところを抱えられているので、一瞬加重で「ぐえっ」となったけど、風魔法が苦手だったイリオスにしてはすごいことだ。

「イリオス、こんなことまでできるようになったの」
「あんたに追いつきたくて、練習した」
「そうか……」

 男子三日会わざれば刮目して見よ、だったか。
 三日じゃなく三年くらい会ってなかったわけだから、きっと見えないところも激変しているのだろうなぁ。
 子どもの成長とはすばらしい。このぶんなら僕を超えるのも夢ではないかもしれない。
 じんわりと感動に打ち震える僕は、イリオスの忌々しそうな視線に気づかなかった。

 馬車よりずっと早く着いた王城は、僕が出ていったときとあまり変わっていなかった。
 むしろ変わってなさすぎだ。
 血飛沫どころか埃すらなく、建物はどこも崩れたり汚れたりしていないし、庭も丁寧に整えられている。
 仮にも部下を皆殺しにして家出した王としては気まずいことこの上ない。
 イリオスは風魔法に乗ったまま、窓から城へ入った。
 行儀の悪さを指摘するより前に、これまた出ていった当時のままの自室のベッドに放り投げられる。

「ぐえ」

 若干受け身に失敗して肘が痛い。

「イリオス?」
「全然わかんないって顔してるな」

 そりゃあわからない。
 城に帰ってきて真っ先に自室のベッドに転がされたのも、イリオスが僕の腰に乗っかってて身動きが取れないのも、近すぎる距離でにらまれているのも、すべてが謎だ。

「さっきも言ったが、俺はレヴァを親だと思ったことはない」

 がーん。
 子育てなんて経験ないなりに必死にやってきたのに、子に全否定されてしまった。

「ひと目見たときから、あんたのことがほしくてたまらなかった。だから、親だと思ったことは一度もない」

 えっ。
 のしかかられるようにぎゅっと抱きしめられて、反射的に抱きしめ返してから、呆然とした。
 親だと思ってない発言よりも衝撃的なことを言われてしまった。

「えと、つまりその、イリオスは僕のこと……好き、なの?」

 顔を上げたイリオスは、予想に反してなんだか変な顔をしていた。

「わからない。城のみんなのことも好きだ。それ以外はどうでもいいから好き嫌いとかじゃないし」
「極端だなぁ……」
「学校で女に告白されてもなんとも思えなかった」
「え、女の子に告白されたの? いつ? どんな子?」

 なんと、我が愛し子は学校でモテていた。
 それも当然か。うちの子かわいいしかっこいいし強いしで、惚れないほうがおかしいくらいだもんな。
 あぁもしかして、一時期ぼーっと上の空だったのはそのせいだろうか。
 我が子の成長にニマニマしていた僕は、続くイリオスの爆弾発言にひっくり返った。

「女はどうとも思わないけど、恋とか愛ってものを見知ってから、レヴァが他と違うって気づいた。レヴァを喜ばせたいし、一緒にいたいし……あと、風呂上がりとかの無防備なレヴァを見ると、腹の奥がこう……ムラムラして」
「そうなの!?」

 イリオスがそんなことになっていたなんて思いもせず、下着姿でうろうろしたり、夏は薄羽織で庭のベンチで寝たりしてたよ。
 僕の何気ない雑な生活が、養い子の下半身を刺激していたとは。
 申し訳ないとともに、なんだかものすごく恥ずかしい。

「あと、今も我慢してる」

 それは知ってた。
 腰のあたりにゴリゴリと硬いものがあたってる。
 そういえば、そろそろイリオスに性教育が必要だとかつて考えていたのを思い出す。
 僕が家出してしまったせいで時期を逸してしまったけれど、今からでも間に合うだろう。

「イリオス、その、ここを自分で触ったことは?」
「ある」
「そっか、そうだよね」
「あんたの裸で抜いてる」
「そ、そっか……」

 なんだかまずい方向に向かっている気がする。
 イリオスのほうもやぶれかぶれなのか、欲を隠さない。

「それじゃあ、閨教育のできる者を呼ぶから、」
「は?」
「ダメだよね、そうだよねぇ」

 養い子の威圧感に押されて、僕はしおれた。
 もはやこれまで。
 のしかかっているイリオスの肩を押して、一旦離れる。
 まさか子どもとこんな話をするとは思ってなかったけれど、避けては通れないようだ。

「イリオス。きみももう人間の基準で言えば大人と認められる年齢だ。性的なことも学ぶべきだし、僕がその役を担えれば良かったんだけど……ダメなんだ」
「なんで」
「この城にはいろんな見た目の不死族がいるでしょ? 魔族っぽいのから獣人族っぽいのまで。不死族っていうのは、種族関係なく、不死性を得たものをそう呼ぶんだ」

 僕は魔族として生まれた不死族で、両親も、同じ母から生まれた兄弟も不死族じゃなかった。
 魔族は生まれた子の種族が両親と違うことはめずらしくないので、独り立ちするまで育ててもらえたけど、他ではそうはいかない。
 迫害され、追われた身の不死族の仲間を集めて、安心して暮らせる場所を探したらこの地を見つけて、城と町を作った。

「つまり不死性というものは遺伝じゃなく突然変異で、というか、遺伝させられるものじゃないんだ。なぜなら不死族は、生殖能力がないから」

 イリオスが驚くのも無理はない。
 この城や城下町にも子連れの不死族がいて、本当の家族のように見えるだろうから。
 でも彼らに血の繋がりがあることはほとんどなく、不死性を理由に幼くして捨てられた子を引き取って育てたり、他の種族の捨て子を拾ったりしているだけなんだ。

「だから僕が、人間であるイリオスにそういうことを教えてあげることはできないんだ……ごめん」
「つまり勃たないってことか」
「……うん……」

 あんまり直接的な物言いに怯みそうになったけど、イリオスは気にせず「ふーん」とか言ってるだけだ。
 性教育とはこんなに難しいものなんだなぁ。

「てことはレヴァは、誰ともそういうことしたことないのか?」
「うん」
「ふーーん」

 なぜ舌なめずりしているのだろうか。

「でもさ、前が使えなくても後ろがあるじゃん」
「うしろ……?」
「そっちも未経験か。最高」

 一度離れた距離をまた詰められ、気づいたらベッドに再び押し倒されていた。
 おかしいなぁ、生殖行為はできないときっぱり伝えたはずなのに、ぎらぎらと輝く赤い瞳は欲にまみれて濡れている。

「俺がする。レヴァはなんにもしなくていいから」

 そう言われ、あれよあれよという間に服を剥ぎ取られ、うつ伏せに押し付けられて、尻だけを掲げるような姿勢にされてしまった。
 抵抗はしたよ?
 でも元々力では敵わないし、かわいいイリオスを魔法使ってまで押しのけるなんて僕にはできない。
 声変わりして低くなった男らしい声で「レヴァ……」なんて吐息混じりに呼ばれたら、拒絶しきることはできない。

「イリオス、だめだよ、そんなとこ……」
「大丈夫、きれいだから」
「きれいなわけないよぉ……」

 お尻の穴に指を突っ込まれるなんて、三百年の不死族生どころか、前世を含めても初めてだ。
 イリオスがどこからか潤滑油を取り出してきたのにも仰天したけど、それをあろうことか僕の尻に塗りたくって、さらには尻穴にまで。
 自分でさえ触りたくない場所なのに、イリオスはなにが楽しいのか、熱心に穴の中をこねている。

「ほんとに勃たないんだな」
「ひゃあっ」

 いきなり前を握られて、腰が逃げるのを引き戻される。
 不死族には生殖機能がないので、僕の股にぶら下がっているものは飾りだ。
 生殖機能がないと、恋人を作りたいとか性行為をしたいとか、そういう欲求すらなくなるのだと知って驚いたものだった。
 長いことその意識で生きてきたから、イリオスからバカでかい情欲を向けられて困惑している、というのが真実かもしれない。

「そろそろいいか」

 ちゅぽっと指を抜かれて、たまらずベッドに崩れ落ちる。
 やっとイリオスの気が済んだらしい。

「もういい……?」
「ん。ここからが本番な」
「はぇ?」

 ずしっと、硬くて重みのあるものが尻に押し付けられる。
 存在感のあるそれは、僕の制止などものともせず、僕の尻穴に挿入された。

「ぁあ、あ、あっ……!」

 指なんて目じゃないくらい太くて大きくて、無理に詰め込まれているから呼吸が苦しい。
 シーツを握りしめて耐えていると、やがてイリオスの動きが止まった。
 背中をすっぽり包み込むように抱きしめられて、養い子と一線を越えてしまったことを強く意識する。
 あぁ、どうしてこんなことに。

「はぁ、レヴァ、やっと手に入れた……」

 後悔に苛まれる僕を、イリオスはぎゅうっと抱いて離さない。
 耳元に甘ったるく囁かれて、首筋に何度もキスされて、腹の奥にずっしりとしたものを含まされて。
 僕の薄っぺらい意志が揺れに揺れる。

「あの、イリオス」
「苦しくないか、レヴァ。痛みは?」
「ないけど……」
「じゃあ動いていい?」
「いや抜いてほし、っ……」

 ぐうっと腹の奥を押された。
 出て行けというのにもっと入ってくるやつがあるか。
 文句を言いたいのに、イリオスは勝手に動き始めてしまった。
 僕はシーツに押し付けられて、尻を出入りする熱い肉塊を受け入れることしかできない。

「あぅ、うぅっ」
「もう出そ……っ!」
「えっ、だめ、だめっ、あぁっ」

 腹の中でイリオスがびくびくと震えて、熱い飛沫が奥へ叩きつけられるのをリアルに感じた。
 中に出されるのってわかるもんなんだ。
 ってそんなことに感心してる場合じゃない。

「こらイリオス! ダメだってば! しかも中に出すなんてっ」
「ダメなの? 不死族は妊娠しないんだろ?」
「しないけど、なんていうか、一般的にはマナー違反じゃないか!」
「こういうことはレヴァとしかしないから一般的とか知らないし。てかレヴァが中出しとか言ってんのエロくてやば」
「ちょ、ぁああっ」

 若く精力旺盛なイリオスは、もはや暴走状態だ。
 何度も挿入され、ひっくり返され、のしかかられたり上に乗せられたりと僕はやられ放題。
 何度もやめてと振り払おうとしたけど、あのきれいな赤い目に求められると拒みきれない。
 あぁわかってるよ、イリオスのこととなると激甘な僕が悪いってことは。
 それにしたって仮にも養父を、気を失うまで犯す養子ってどうなんだって話だよ。

「うぅ……」

 意識が戻った瞬間、体の節々が痛くてうめき声しか出せなかった。
 唯一それほど痛くない腕を彷徨わせたけれど、どうにもできずにぱたりと落ちる。

「レヴァ、目が覚めた?」
「いり、おす……」

 しかも真横に元凶がいる。
 僕はとりあえず、力の入らない拳でイリオスをぺちんと殴った。

「せめて手加減しろ、ばか……」
「ごめん。できるかぎりきれいにしたけど、気持ち悪いとこあるか? 湯浴みする?」
「しない……歩けそうにないよ」
「連れてく」

 イリオスは僕を軽々と抱っこして、浴室まで歩いていった。
 子どもだと思っていた養い子に抱き上げられて運ばれるのはなかなか衝撃的な体験で、ぽかんとしているうちに体を洗われ、湯船に座らされる。
 お湯に手足を伸ばすと、固まってしまって動かなかった体がほどけていくようだ。
 イリオスが当然のように僕の横にきて、僕の体をひょいと膝の上に乗せるまではリラックスできていた。

「下ろしなさい」
「腰痛むんだろ。湯船の中で転げたら苦しいぞ」
「……」

 正論であった。お湯の中でまっすぐ座っていられそうにないのは感じてた。
 しばしぼんやりしていると、背後のイリオスが真剣な声色で言った。

「魔王レヴァリース。俺は勇者じゃなかったけど、必ずあんたを殺してやる」

 驚いて振り返ると、強いまなざしとかち合った。
 決意に満ちた目だ。
 殺す対象を抱っこしているという、いささか緊張感のない場面だけど。

「俺があんたを殺せる日まで、俺のそばにいてほしい」
「……勇者にしか無理だよ、そんなの」
「やる。絶対に成し遂げる」

 根拠なんかあるわけないのに、自信満々な愛し子に、僕は白旗を上げた。
 仕方ないと笑って、濡れた髪を撫でつけてやる。

「仕方ないから待っててあげるよ、かわいいイリオス」

 世界で一番愛おしい存在が、僕だけの勇者になってくれるという。
 時間はたくさんあるんだから、ゆっくり待ってあげるとしよう。

「ときに、待つ間はその、昨晩みたいなことは……」
「やる。絶対やる」
「……しなくていいんじゃないかな? 僕らは一応、義理の親子なわけだし」
「そう思ってるのはあんただけだ。毎日やるからな」
「毎日!?」

 もしかすると彼ならば、只人であって不死の魔王を殺すこともできるかもしれない。
 その場合、僕は腹上死ってことになりそうだ。
 あたたかい風呂の中なのに、少々寒気がした。
 入浴を済ませ、お互いの髪を拭って乾かしていると、イリオスが言った。

「ところでレヴァ。あんたがいない間、城のみんなと色々話してるときに聞いたんだけどさ」
「なに?」
「不死族の間では、一目惚れの相手を『光って見える』っていうんだってさ。本人の目には本当に光って見えるらしいんだけど」
「えっ」

 イリオスは、一目惚れからの猛アタックで今の伴侶を得た不死族の名前をいくつか挙げた。
 彼らの一目惚れエピソードは有名だから知ってたけど、お相手が光って見えたなんて知らない、聞いてない。
 一方僕は、イリオスを拾った理由を「光り輝いて見えたから」とみんなに説明してしまっている。

「俺の賭けには十分勝算があったってこと。観念しろよ、レヴァリース」

 勝ち誇った声のイリオスに、僕は顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。
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