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【ハッピーBL】
妖精騎士の執着が重い
しおりを挟む高校生の未来弥は自他ともに認める美男子で、友人のヒロに恋をした。
満を持して告白したものの「未来弥とは付き合えない」ときっぱり断られてしまう。
それなのにヒロは未来弥をハグしてくる。
僕はフラれたのでは?まだ希望が残っているのか?
不思議がる未来弥にヒロが語ったのは────未来弥とヒロが「妖精」と「妖精騎士」であった前世だった。
【キーワード】
ファンタジー / 高校生 / エロなし / 前世 /
◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆
現在の状況を端的に説明すると、僕は現在フラれかけている。
「すまない未来弥……すまない……」
そしてなぜか僕をフろうという男が僕を抱きしめている。
「あのー……ハグしてくれるってことは、オッケーってこと?」
困惑しつつもそう問いかけると。
「いや、そうではない。きみと付き合うことはできない……だが、あぁ……未来弥……」
吐息とともに頬擦りされながらもフラレている。
まったく意味がわからないだろう。僕もだ。
とりあえず、なぜこういう事態に陥ったのか、まずはそこから考えようと思う。
僕は田中 未来弥、高校二年生。
都内の高校に通う一般的な学生で、成績はそこそこ。両親祖父母ともに健在、姉と妹が一人ずつ。
それ以外に特筆すべき点があるとすれば……日本人離れした美形であるということ。
自分で言うのも何なんだけど、僕はすごい美形だ。
日本人として平均的な茶がかった黒の髪を持つ両親から生まれたとは思えない、見事なゴールドブロンドヘア。
日本人として平均的な茶の瞳を持つ両親から生まれたとは思えない、透き通ったグリーンアイ。
肌は真っ白で、まつ毛ばさばさ。鼻が高く唇は小さくピンクでぷるぷる。
両親と似ていると言われたことは一度もない。
姉には「弟のほうが美人で嫌」と半ば嫌われている。
僕の誕生で当然のように母は浮気を疑われ、母は浮気などしていないとフライパンを振り回して親族たちと大げんか。当然先に生まれてた姉もこんな色味じゃないから、母の困惑いかばかりか。
救いがあるとすれば、父が母の潔白を信じて冷静にDNA鑑定をしてくれたことだろう。
結果、僕はまごうことなく両親の子で、ついでに姉ともしっかり血が繋がっていることがわかった。
とはいえ、遡れる限り外国の血が入ったことのない両家から本当に突然変異的な僕が生まれてしまったことで、数年は色々大変だったらしい。
出かけた先でスカウトされるのは当たり前、勝手に触ろうとする人、盗撮しようとする人、果ては誘拐未遂。逆に誘拐されてきた子ではないかと疑われ通報されたり。
家族みんなで守ってくれたおかげで僕はすくすく成長したけれど、当時は両親も姉もピリピリしていて本当に修羅場だったという。
あまりに周囲が僕を放っておいてくれないため、僕らはしばらく父方の祖父母の住むド田舎の家に身を寄せていた。どれくらい田舎かというと、集落全員顔見知りなので知らない人や車が入ってくると一瞬で情報が広がるくらいだ。
そんな場所なのでさすがに盗撮などの被害はなくなって、みんなが目を光らせてくれたおかげで誘拐も通報もされなくなった。
小学校卒業までは祖父母の家で暮らして、姉の中学進学から都内へ戻ってきた。家から最寄りの中学へ通おうと思ったら、車でも一時間以上かかってしまうためだ。
都心の学校でも浮くくらい美形だった僕だけど、中身がごく普通の男子なので、変に持ち上げられることは減っていって友達も自然とできて、普通の学生生活を営めるようになった。
長じてからは誘拐より告白されることが増えたけど、何度か付き合ってみて「見た目ほど性格がすてきじゃない」みたいな失礼すぎるフラれ方を何度か経験してからは、よく知らない相手の告白は受け入れないことにした。
それになんとなく、僕は女の子より男のほうが好きっぽいと感じている。
姉と妹に挟まれて生きてきたせいか、はたまた「自分より美人な彼氏無理笑」と女子のグループに陰口を叩かれているのを知っているせいか。女子はあまり近寄りたくないと思うようになってしまった。
だから、高校入学で出会った彼に、ほとんど一目惚れのように恋に落ちてしまったのは、僕にとってはそれほど不思議な話じゃなかった。
その一目惚れ相手というのが、今僕を抱きしめている高津 紘貴。
通称ヒロ。
ヒロは一年生のときクラスメイトとして仲良くなった。
背が高くて、きりっとした顔立ちで、バスケ部だから筋肉もしっかりついてて、かっこいい。
僕は一目でヒロを気に入って自分から話しかけにいったけど、ヒロのほうもまんざらじゃないようで、僕らは早くも二人一組扱いされる仲良しコンビになったんだ。
そのうえヒロは硬派な性格であんまり人と馴れ合わないのに、僕にだけは甘々でくっついてきて、露骨に特別扱いしてくれる。
かっこいいから告白もされてるけど「未来弥といるほうが楽しいから」なんて断ったりしてる。
そんな、そんなのもうさ……好きになっちゃうじゃん?
だから高二になってクラスが分かれてしまい、接点が減って焦った僕が告白した。
正直、驕りがあった。
ヒロは僕の見た目を含めて気に入ってくれているという自負があったし、そんな僕が告白すれば、即お付き合いといかないまでも意識してくれるんじゃないかって。
「未来弥とは付き合えない」
だからこれ以上ないくらいきっぱりフラれて、僕は驚いてしまった。
僕の告白に動揺するどころか、考えるそぶりすらなく断られて一瞬気が遠くなりかけた。
慌てて意識を保ち、泣きそうになりながら「どうしてもだめ?」と食い下がった僕を、なぜかヒロはふんわり抱きしめて、愛おしそうに頬擦りしながらもう一度「付き合えない」と言った。
頭が混乱した。
「えーと、ヒロ。今自分が言ってることとやってること、矛盾してるの気づいてる?」
「あぁ、わかってる。俺は未来弥を拒絶した。だが、離れたくはない。むしろもっとくっつきたいのを我慢している」
「それって付き合いたいってことじゃないの?」
「俺のこの気持ちは未来弥と違う。あらゆる欲や感情を切り離した、無上の奉仕が俺の望みだ。未来弥が健やかに過ごすことこそ俺の生きる意味だ」
僕の告白よりよっぽどすごいこと言ってると思うのは気のせいだろうか?
とりあえず、ヒロは僕のことは気に入ってるけど、恋とか愛とか性欲には結びついてないってことか。
最悪体から落とせないかと企んでいた僕にとっては良くない事実。
でも、ここでおとなしく引き下がるほど僕は健気な性格じゃない。
「ヒロはそう言うけど、僕は、自分をフった人といっしょにいることはできないよ」
わざと少し突き放すように言って、そっとヒロの体を押して遠ざける。
表情はあくまで寂しげ、悲しげに。
でもフラれたという事実は変わらないので、そこは冷淡に。
「ずっといっしょにいられたら良かったけど……ヒロは僕とは付き合えないんだもんね。恋とかそういうんじゃないんだもんね。でも僕は恋愛って意味でヒロが好きなんだ。違ってしまったから……もういっしょにはいられない」
いつだってきりりと冴えたヒロの美貌が「えっ」というふうに崩れた。
「待ってくれ未来弥。恋愛関係になくとも離れずいっしょにいることはできるはずだ」
「無理だよ。少なくとも僕は」
「そ、そんな、どうして。俺は未来弥の騎士なのに」
「キシ? なにそれ。ヒロは友だちでしょ。恋人にはなれなかったし」
「と……友だちなら、いつまでもいっしょにいられるだろう?」
「ヒロは僕にとってもう、僕をフった男だよ。いっしょにいられるわけない。僕はしばらく失恋を悲しんで、そのうちヒロのことは忘れて僕を幸せにしてくれる相手といっしょになるよ」
最後の一言は多分に嘘だ。
たった一年数ヶ月と侮るなかれ、僕はすでにヒロにどっぷりハマって抜け出せなくなっている。
当然、次の相手なんてそう簡単に切り替えられるわけないし、このまま別れたら自室のベッドがびしょびしょになるくらい泣いて過ごすだろう。数年は引きずるかもしれない。
でもフラれてしまった以上、いっしょにいられないのは間違いない。
若干諦めモードになってきた僕とは対照的に、ヒロはなぜか呆然としている。
「なぜだ……俺は未来弥の隣で必ず守ると誓ったのに……」
「さっきからなんか変だよ、ヒロ。キシとか守るとか、マンガの読みすぎ?あ、でもヒロってマンガとか読まないよね」
「未来弥に拒絶されたとしても、俺は未来弥の騎士だ……もう二度と失いたくない……」
「……ヒロ……?」
なにか変なスイッチでも入ったようにぶつぶつと謎の言葉をつぶやくヒロに、僕は本気でちょっと引いた。
一歩下がって、その距離を唐突に詰められる。
両肩を強く掴まれて、僕を覗き込むように視線を絡めるヒロの目は、いっそ怖かった。
「未来弥、思い出してくれ。俺をそばに置くと約束してくれたのは未来弥なんだから」
「ヒロ、ちょっと、なんか怖いよ」
「未来弥……俺の永遠の主……」
ひぇえ。
イケメンの鬼気迫る真顔が怖すぎるが、ヒロはとにかく僕に何かを伝えたくて、僕に何かを思い出してほしいらしい。
とりあえず一旦落ち着いてもらって、座って話すことにした。
告白の定番の一つだと思って、放課後、人に見られる心配のない学校の屋上に来てもらった甲斐があった。給水塔の横に座って話し込んでも、誰にも咎められない。
「未来弥は、俺の主人だ。そして俺は未来弥の妖精騎士だった……」
「ふぇ、ふぇありーないと……」
マンガもアニメも嗜まない和風イケメンから衝撃のファンタジックワードが飛び出し、僕は早くも思考停止に陥りかけていたが、ヒロは構わず話し続ける。
曰く、僕はまれに生まれる妖精の子であり、人の両親を持ち、人の姿をしてはいるが、本質は妖精なのだという。
「もう意味がわからない」
「俺は未来弥の騎士、妖精に仕える騎士として生まれたんだ」
「あっ、解説とかはしてもらえない感じなんだ」
ヒロの口ぶりからすると、ヒロが語る「僕」というのはおそらく前世のことなのだろう。
まだ「完全なるヒロの妄想」という線は捨て切れないが、自分が惚れた相手が妄想の中で生きるちょっとやばめな人だとは思いたくないので、とりあえず信じてみることにする。
「俺は未来弥の騎士になるはずだった。だがそれをよく思っていない勢力が、密かに行動していたんだ……俺はやつらの罠にはまり、未来弥を守れなかった……」
「やつら? 罠?」
妖精と妖精騎士のことを排除したい勢力(ヒロ曰く「ドラゴンとその配下の魔女たち」とのこと)は常に虎視眈々とヒロたちを狙っていたらしい。
ヒロが妖精の守りが薄い場所へ出た機会を逃さず、邪法によってヒロを操り妖精(僕)から離れるよう仕向けた。
守護者がいなくなった妖精はドラゴンと魔女の軍団によって命を落とし、妖精の守護によって繁栄していた故郷も滅んでしまったという。
……僕の生死ひとつでずいぶんと大きな代償だ。
国の要といえる僕の守護がヒロのワンオペなのもひどいし、ひいては大事な戦力であるヒロのことも誰か守ってあげろよと思ったけど、ツッコむのも野暮な気がして黙って拝聴する。
「死の間際、未来弥は言ってくれた。生まれ変わったらまた会おうと。今度こそ共に在ろうと。そのとき俺は誓った。次こそは未来弥を何からも守れる、心身ともに強靭な騎士となると」
「そーなんだー」
「未来弥が約束を覚えていないことは誤算だったが、関係ない。俺は誓いを果たす。未来弥を守り、未来弥のそばにある。これからもずっと」
「えー」
長い長いヒロのファンタジーな物語を聴いているうちに眠くなり、一瞬意識が遠のきかけ、慌てて眠気を払ったところだ。
なんとも間延びした返事しかできないのも仕方のないところだと思う。
なんせ、少なくとも今の僕は妖精ではないし、創作ではなく前世の話だとしても現実味がない。
前世が鎌倉武士とかピラミッド建設の奴隷とか言われるならともかく、異世界の妖精と妖精騎士ってなぁ。しかもなんとも都合よく二人とも同時に近い場所に生まれ変わったとか。ご都合展開すぎる。
それに何度も言うが、僕はさっきこの男にフラれているのだ。
「そんなに僕のことが大事なのに、僕のことフるんだ?」
「大事だからこそだ」
「どゆこと?」
「何からも未来弥を守ると誓った。それは俺自身のことも含まれる。俺という存在が未来弥を害すこともあってはならない」
「えー? つまり……僕と付き合うと、ヒロが僕を傷つけてしまうってこと?」
「そうだ」
沈痛な面持ちで頷くヒロ。
僕はまだ若干眠気の残る頭で考えた。
付き合うと傷つくことといえば、心変わりとか。
まぁでもそれは若干お互い様なところあるし。浮気は許せないけど、ヒロは浮気しそうにない。少なくとも前世を信じているうちは。
あとは、なんだろう。僕が傷つくこと……もしかして、物理的に?
「もしかして、えっちなことするのが『僕を害する』の範囲に入ってるの?」
「未来弥を穢すようなことは誰であっても許されない」
「それってこの先僕が誰かと付き合おうとしても、ヒロが口出ししてくるってこと?」
「……」
ヒロは黙った。
まさか僕が誰かと付き合うことを考えてなかったわけじゃないだろうな。
僕は妖精じゃないので人並みに恋するし、性欲だってある。
今まではヒロとそういうことをしたいと思ってたけど、ヒロと付き合えないのならいつか別の誰かのことを好きになると思う。
と思いつつも、僕はまだ全然諦めてない。
だって僕のことをそういう目で見られないとか男は論外とか、そういう理由でフラれるなら諦めもつくけど、そうじゃないんだから。
一方ヒロは黙ったまま、ものすごくつらそうな顔をして苦しんでいる。
「ヒロ、どうなの?一生僕の恋路を邪魔するつもり? でもそれって僕の望みじゃないんだけど。前世の僕もそんなこと望んだかなぁ」
「うぅ……いや、しかし……」
「ねぇヒロ。僕の望みを叶えて、そのうえヒロの『僕を守る』って誓いも叶えられる方法はあるよ」
「それは」
「うん。ヒロが僕と付き合う。そうすれば僕は大好きな人といっしょにいられるし、ヒロは心置きなく一番近くで僕を守れる」
「だ、だが……俺は誓ったんだ。決して欲望に流されないと……」
あーそっちの誓いもあったのかぁ。
まぁ魔女に騙されて転落したって言ってたし、その手のトラウマもあるのかもしれない。
でももう、ここまで持ち込んだらこっちのものだ。
「ヒロってば、付き合う前なのにもうそんなとこまで考えてんの?」
「なっ、ち、違う!」
「じゃあいいじゃん。とりあえず付き合おうよ。そうすれば二人とも望みを叶えてハッピー。どう?」
丸め込んだ感満載だったけど、ヒロは渋々頷いてくれた。まだちょっと釈然としない様子だけど。
一方僕は、心の底から嬉しくて天にも昇る心地だ。
ヒロと付き合える! 大好きな彼が僕だけのものになる。
嬉しくて嬉しくて、ぎゅっと抱きついた。
「へへ、じゃあよろしくね、ヒロ」
「本当にこれでよかったのだろうか……」
「いいに決まってんじゃん! 大好きだよ、僕の騎士様」
なんとなくそう呼ばれたいのかなと思って口走った言葉に、ヒロは大きく目を見開いた。
それから目元を押さえて肩を震わせる。
あれ、泣いちゃった!?
「ご、ごめん。大事な過去だもんね、ふざけて言うことじゃなかったね」
「いや……違う。すまない……ありがとう、未来弥……」
今度はヒロのほうからも僕をぎゅっと抱きしめてくれたので、嫌で泣いちゃったわけではなさそうだ。
でも妖精云々の話はセンシティブなことだろうし、あまり軽々しく言わないほうがいいだろう。
また泣かせてしまうのは本意じゃないし。
なかなか涙が止まらないヒロをよしよし撫でながら、僕はこのかっこよくて繊細な恋人を、いつまでも大事にしようと心に誓ったのだった。
誰も俺を責めなかったことが、余計につらかった。
おまえのせいだと誰かに言われていれば、こじらせた気持ちを来世にまで持って行かずに済んだかもしれないのに。
それこそが罪だと言われているようだった。
俺たちは山間の小さな国に生まれた。
同じ日に生まれた男子同士、俺と「ミキ」は仲良く育った。
ミキが人の間からまれに生まれる「妖精」であることがわかってからも、仲の良さは変わらなかった。
むしろ、俺がミキの「妖精騎士」であると決まったことで共に過ごす時間が増え、俺たちは兄弟のような、いやそれよりも分かち難い唯一無二として生きてきた。
俺は当然ミキの妖精騎士になるつもりで、きつい訓練や勉強をがんばった。
妖精であるミキは特になにかしなければならないことはなかったが、一人がむしゃらにがんばる俺のそばにいてくれた。
ミキが微笑みかけてくれるだけで勉強や騎士の訓練の疲れが吹き飛ぶ。
そしてそのたびに、彼を守らなければならないとかたく心に誓うのだった。
そんな俺たちを、やつらはずっと付け狙っていたのだろう。
きっかけは些細なことだった。
騎士になるための訓練の一環で、国を取り囲む山のうちのひとつに野営をしながら上ったことがあった。
その行為の危険性を────山の中にある国境線を、妖精に連なるものが踏み越える危険性を、誰も知らなかった。
そもそも妖精と妖精騎士にしたって、誰も本気で信じていたわけではなかった。ほとんど伝説扱いの大昔の言い伝えで、ミキのような存在が生まれたら大事にするようにと伝わっているという、それだけの話。
だから、妖精騎士である俺が国境を超えた瞬間、敵対勢力に絡め取られてしまったことは誰も予想できない予定調和だった。
魔女に操られていたときの記憶は曖昧だ。
操られている俺の手引きで国に入った魔女たちが俺の体を好きに扱い、目を覆いたくなるような夜が何度も催されたが、かけらも抵抗できなかった。ただぼんやりと流れていく光景を見つめることしかできない、拷問のような日々。
だがひとつだけくっきり覚えていることがある。
「俺は妖精騎士にはならない」
そう言った俺を、ミキが悲しそうに笑って許す場面。
突然騎士にならないと言い出した俺を、誰も責めなかった。誰も訝しまなかった。
ミキですら、ただ「そっか」と言って許した。
ほんとうの俺は血が出るほどに泣き叫んで、己の主導権を奪い返そうとしていた。
ミキにそんな顔をさせ、悲しませた存在を呪い、自身の迂闊さを呪った。
その努力は報われず、俺が自分を取り戻したのは、国中が魔女とドラゴンに蹂躙されたあとだった。
「ミキ……!」
倒れ伏すミキに駆け寄り抱き起こすと、彼は俺を見て微笑んだ。
痛々しいその笑みに何度も謝り、すぐに後を追おうとした俺を止めて、ミキは言った。
「生まれ変わったら、今度は、ぼくの騎士に、なってくれる?」
「ミキ……っ、生まれ変わったらだなんて、そんな……」
「わかる、よ。自分のこと、だから。ぼくは守れなかった……この国も、みんなも……」
「俺のせいだ! 俺の、俺が弱かったからこんなことに……っ」
血まみれの手が俺の頬を撫でる。
そうされるまで、滂沱の涙が流れていたことすらわかっていなかった。
「生まれ変わったら、また会いたい、な。今度こそ、いっしょに……」
「こんな俺でいいのか、騎士になれなかった俺で」
「ぼくにとって、騎士はきみだけだった。ずっと……」
握った手がとても冷たい。俺からも流れ出る血が、余計に体温を奪っていく。
「また会えたら、いっしょに、生きよう」
「あぁ、今度こそ守る。守ってみせる……!」
「ふふ……ありがと。でも次は、ぼくもきみを……まも……」
妖精の命が途絶えたことで国の守りは完全に消え、土地への守りをもなくなる。
これまで押さえられてきた厄災が、濁流のように瞬く間に山間の国を覆い尽くしたことは、侵略者たちにとっても予想外だったのだろう。
愛し子を失った妖精王の怒り────今にして思えば地震や噴火と呼ばれるもの────それによって、妖精を頂く国と、それを手に入れんとした魔女とドラゴンは、すべてが山の怒りに飲み込まれて消えた。
俺は最後の瞬間まで、唯一の主であり半身たる存在を抱きしめていた。
そして今、再び出会うことが叶った愛しい存在を、この腕に抱くことができている。
ミキ……今世では未来弥という名前の少年は、数奇な生まれや特異な見た目で苦労してきたのだという。
大変だったけど今は平気、と笑う未来弥は己を妖精ではないと言うが、おそらく彼は今世でも妖精として生まれてきたのだ。
人と隔絶した存在感、誰もを魅了する内なる輝き────ミキと同様に。
そんな彼が、また俺をそばに置いてくれるという。
これほどの喜びがあるだろうか。
「でも一回フラれたよね、俺」
「あのときのことは本当に……今は後悔している」
「そうだよねぇ、ヒロは前世から僕にべた惚れだもんね」
「待て、ミキに対する俺の気持ちは敬愛だ。恋情や劣情といった色欲を含まない、純粋で無垢な」
「はいはいそういうことにしといてあげる。それより、今の僕をちゃんと可愛がってよね?」
吹けば飛んでいってしまいそうだった嫋やかなミキと違い、未来弥は強かな美しさがある。
子どもの頃から苦労していたせいだというが、彼の本質は無邪気だ。
時折振り回されることもあるが、未来弥の態度や言動に右往左往することすら喜びに変換されてしまうのだから、もうどうしようもない。
「そうそ、どうしようもない二人なんだからずっといっしょにいるべきだよね」
「あぁ。いつまでもそばに、未来弥」
「ふふ、頼もしいなぁ。でも守られるばっかじゃ嫌だからね、僕もヒロを守ってあげる!」
「……」
震える声で、消えかけた命の最後につぶやかれた一言が脳裏に蘇る。
彼の本質はずっと変わらない。
無垢で無邪気で、強い。俺よりもずっと。
愛おしいと強く思い、衝動のままに抱きしめたが、未来弥はくすくす笑って赦してくれた。
血まみれの妖精を抱いて慟哭した騎士は、今度こそ救われたのだと、心から思えた。
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