恋する女装男子

キザキ ケイ

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愛される女装男子

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「はぁ……」
「また溜め息。幸せ逃げんぞ那月~」
「こっちまで憂鬱になってくるわ」
「あー……ごめん」

 いつものメンバーしかいない気楽な歴研部室で、僕は無意識に溜め息を連発していた。
 部員が持ってきた回し読み用週刊マンガ誌に集中できず、テーブルに突っ伏す。
 定期的なデートを重ね、キスをしてセックスをして、順風満帆なお付き合いだ。
 世間一般の常識に照らし合わせれば。
 恋人のような付き合いをしているけど、僕と辰巳くんの間には僕の一方的な好意しか存在しない。
 辰巳くんはおおらかに受け入れてくれているけど、僕は女装を好んで行う男子で、一般的なカップル像とは程遠い。
 そのうえ僕は辰巳くんに名字も明かせていない。
 同じ学校に通う、おしゃれの「お」の字もない地味でオタクな窪田那月だと知られたら、きっともうこれまでみたいに会ってはもらえないだろう。
 問題はすべて僕が元凶で、僕がへたれだから何も解決しない。

「はぁー……」
「だめだこりゃ」
「関わると面倒そうだから無視な」

 極めて冷たい言葉が仲間から飛び出し僕の後頭部に突き刺さる。
 気のおけない部員たちに、悩みを何もかもぶちまけられたらどんなに楽になれるだろう。でもそんなことはしない。
 男同士のお付き合いなんてとからかわれたくないし、こいつらの企てた罰ゲームのせいで女装癖が発露したと言われたくないし、童貞を捨てる前に処女を卒業していると知られるのも嫌だし、なにより────モテない部員同士で惚れた腫れたの相談をして何かが解決するわけがない。
 もっとも仲間たちだって、僕の悩みが恋だの愛だのといったものだとは予想もしてないに決まってる。

「……」

 唯一、同じクラスで一番付き合いの長いひとりだけが心配そうに僕を見つめていたけど、なんでもないと首を振ればそれ以上追及はされなかった。

(ダメだな……辰巳くんのこととなるとすぐ落ち込んじゃうし、勇気も出ない……)

 考え事のしすぎで重くなった頭を垂れる。
 こうしていると、今まで自分がいかに悩み苦しみのない単調で平和な人生を歩んできたか実感する。
 女装癖、同性への恋慕、ついにはお付き合いまで……数ヶ月の間に波乱が起こりすぎだ。頭はパンクするし、溜め息も出るし、誰に相談すればいいのかさえ判断できない。
 部活でも部活以外でも、僕は毎日そんな感じで。
 その日も授業終了後、自分の席で考え事をしていた。

「……帰ろ」

 どれだけ放心していたのか、西日の差す教室には誰もいなくなっていた。
 のろのろと教科書を鞄に詰め込んで起ち上がる。
 目下問題は、この重苦しい気持ちと、今夜辰巳くんとデートの約束をしているということだ。
 金曜のナイトデートということは、またそういうことをする流れだろう。今日のための服装は上下から小物のひとつひとつまで、もう準備してある。
 ────でも。
 窓ガラスに映るオレンジ色の僕は、少し猫背で冴えない容貌の高校生男子だ。
 近所の床屋でカットされた十年以上同じ髪型。
 両親からバランス良くもらったパーツはどれも薄味で平坦。
 ヒールのおかげで自然と伸びる背筋は、くたびれたローファーではしゅんと丸まってしまう。
 女の子には似ても似つかない薄っぺたな体は、男らしくもなくて全方位に自信が持てない。
 女らしいきれいな所作を求めるあまり、不意に誰かに侮蔑を投げつけられるのではないかと怯えている。

「そうか。僕は……」

 女装をしている男であることを知られることより、ありのままの僕を知られることのほうが余程怖いんだ。
 どれだけ飾り立てたって中身がこんなんじゃ、虚飾でしかないって、辰巳くんに失望されたくないんだ。
 だから隠すしかない。見せないように歯を食いしばるしかない。
 それがつらくて重いんだ。
 馬鹿だなぁ。
 僕は窓に映る僕に向かって自嘲した。
 好きな人に構ってもらえるだけで満足してろよ。好きな人に何もかもさらけ出して、全部を好きになってほしいなんて、傲慢もいいとこだ。

「…………帰ろ……」

 無人の教室を突っ切って、ドアをくぐったちょうどその時だった。

「お、いたいた」

 廊下を歩いていた男子と鉢合って、声をかけられた。
 まるで僕を探していたかのような言葉に顔を上げて、ひゅ、と息を呑む。
 ────たつみ、くん?

「よ、今帰り?」
「……え、あ、うん」
「んじゃ帰ろうぜ。よく考えたらクラス知らなかったんだよな、端から教室覗いてった甲斐あったわ」

 固まって立ち止まっている僕をよそに、辰巳くんは先を歩いていく。
 今何が起こってる?
 僕がついてきていないことに気づいた彼が、数歩先で振り返った。

「どした?」
「や、あの……えと」
「ぼさっとしてんなよ。帰るぞ、ナツキ」

 その言葉が耳に届いた瞬間、背を向けて走り出していた。
 理解なんてできてない。
 でも逃げなきゃいけないとわかった。
 きっと今のこれは、さっき僕が考えていた最悪の事態だと、本能が告げている。

(嘘だ、うそだ嘘だ……っ!)

 驚いて叫ぶ声が後ろから聞こえる。でも立ち止まることはできない。
 知ってたんだ。僕がナツキだって、この僕が。
 こんな男が、辰巳くんの隣に立ちたくて無様にあがいていたことが、いつからかわからないけど、全部、知られていたんだ。
 じわりと視界が滲み、それすら振り切って走り続ける。
 逃げる場所なんて思いつかなくて、廊下の端の男子トイレに駆け込んだ。
 その先どこにも逃げられないことなんて思い至れなかった。
 個室の鍵をかけた瞬間、ドアをガンッと激しく叩かれびくりと肩が跳ねる。

「おいっ! どういうつもりだ、なんで逃げんだよ!」
「ひ、ひぃ……っ」

 再びドアを殴りつけられ、がちゃんと金属錠が不快な音を立てる。
 僕は頭を抱えて小さくしゃがみ込んだ。怖い。不良に絡まれてるみたいだ。

「ど、どなたかと……お間違いでは……?」

 無駄な抵抗と知りつつ、しらばっくれてみる。
 自分で思ったよりか細い声が出て、一瞬の静寂の後、再びドアを蹴られた。

「ふざけてんのか?」
「ひぃいごめんなさいっ」
「いいからここ開けろ。ドアぶち破ってやってもいいんだぞ」

 不良に絡まれてる「みたい」じゃない、今の辰巳くんは完全に不良だ。
 器物損壊を躊躇なく脅しに使ってくる。
 僕はもはやこれまでと従うしかなく、でも最後の抵抗としてゆっくりと掛け金をスライドさせた。
 かちゃん、という音と同時に向こうからドアを引き開けられ、即座に腕を掴まれる。

「ひっ」
「どういうことか、説明できるよなァ?」
「は、はいぃ……」

 まるっきり不良にカツアゲされるシチュエーションに縮み上がった僕は、ずるずる引っ張られてトイレを出る。
 廊下には人気がなく、素早く左右を確認したが助けを求められるような人影もない。
 諦めて辰巳くんについて歩く。沙汰を待つ罪人とはこういう心境なのか。
 押し込まれた先は見知らぬ教室だった。
 整然と、でもどこか歪に並ぶ机や黒板、壁の大部分を占める窓など構造は僕が授業を受ける教室と同じなのに、他クラスの部屋はどこかよそよそしい。
 ここは多分、辰巳くんのクラスだ。
 背後でドアが締まり、ガチャンとカギを下ろす音は最後通牒にしか聞こえない。

「さて。初めから、嘘偽りなく答えてもらおうか。なんで逃げた?」
「あ、あの」
「余計なことは言うな、口答えするな。俺の質問にだけ答えろ。返事は?」
「……はい……」

 明らかに怒りを抑えている辰巳くんの声は、人に命令し慣れた響きがあった。僕のような弱虫の抵抗する意思を削ぐ。
 勝手に滲みそうになる涙を歯を食いしばって引っ込めながら、僕は洗いざらいこれまでのことを白状させられた。

「……はぁーー……」

 僕のたどたどしく情けない自白を聞き終えた辰巳くんの第一声は、声じゃなく特大の溜め息だった。

「おまえはどんだけ俺のことを馬鹿だと思ってたんだ」
「そ、そんなこと思ってないよ……」
「うるせぇ。どう考えても、同級生どころか女装だってことすら気づかない、鈍感な馬鹿だと思ってたってことだろうがよ」

 目元を覆ってしまっている辰巳くんの表情は読めない。
 でも怒りの感情は収まったみたいで、暴力を振るわれる恐れがなくなってほっとした。さっきまでの辰巳くんは平気でトイレのドアを蹴破りそうだった。

「おまけに……俺とおまえは『セックスする友達』だって?」

 辰巳くんの言葉にぐっと喉が詰まる。
 改めて言葉にされると悲しくて情けなくて、目尻の湿度が増したのを慌てて拭った。

「僕は、辰巳くんのこと好きだけど、辰巳くんからそういう言葉を聞いたことはないし、僕は男だからカノジョにはなれないし、辰巳くんの態度も前よりなんか雑だし……そうかな、って」

 存在は知っていたが縁がないと思っていた「セックスフレンド」という関係が妥当なところだろうと自分を納得させていた。
 よく耳を澄ませてみれば、辰巳くんは女子にかなりモテると知ることができる。
 他クラスである僕のクラスメイトですら、気怠げで妙に色気のある、少し危険な香りのする彼を「推し」ているという女子がいた。
 話の出どころは盗み聞きだけど、だからこそ真実に近いし、色々想像もできる。
 大人っぽいイケメンである辰巳くんは、よくモテるので、わざわざ僕のような曰く付きのみそっかすを恋人にする必要なんかない。
 可愛い女の子をいくらでも彼女にできる。
 それでも僕と体の関係があるということは、つまり暇つぶしか、よくよく見積もって僕の体の具合が気に入った、とか。

「待てやめろ。一人で妄想爆発させてんじゃねぇ」
「あ、ご、ごめん」
「はぁー……」

 また溜め息を吐かせてしまった。申し訳なくて身を竦ませる。
 僕としてはそれほど変なことを言ったつもりはないけど、辰巳くんと考え方が違うらしいことは痛いほど理解してる。
 彼の言葉を待つ。それしか今の僕にできることはない。

「ひとつひとつ潰していくぞ。まずおまえが同じ学年の窪田那月だってことにはとっくに気づいてた」
「えっ」

 定期的に会うようになってから、僕になんとなく見覚えがあると思うようになった。そしてふと、たまに廊下ですれ違う男子生徒に同じ面影を見た。
 調べれば名前はすぐわかった。クラスも部活も、大まかな人となりまで。

「女装のおまえのことを最初は、そういう性別のやつかと思ったんだ。体は男だけど心は女っていう。でも学校でのおまえはふつうの男だった」
「う、うん。そうだね……」
「それにしても、俺といるときのおまえと、ダチとしゃべってるときのおまえが違いすぎる。別人かとか、人格が違うのかとか……色々考えたんだ、これでも」
「そうだったんだ……」

 気を揉ませてしまって申し訳なさが増す。
 実態はただの女装趣味の男子高校生なわけだけど、辰巳くんはいろんな可能性を深く考えてくれてたんだ。
 じんわり感動している僕に、辰巳くんはぽつりと言った。

「……どうでもいいやつに、そこまで考えねぇんだよ、俺は」
「え?」

 それって。
 僕は辰巳くんにとって、どうでもよくない存在?

「で、でも僕たち会うたびエッチなことばっかりで」
「その前にデートもしてんだろうがよ」
「あ、そっか。でもじゃあ、辰巳くんの態度が変わったのは」
「こっちがせっかく猫かぶって優しい態度で接してやってもおまえ、どっからか不安の種拾ってきてベソかきはじめるじゃねーか」
「え、ぁ、そ、そうかも?」
「おまえにはやさしーく選択肢を提示するより、強引になんでも決めてやったほうが上手くいくって学んだんだよ俺は」

 すごい、僕より僕のことわかってるかも。

「あの、じゃあ……僕たち、両想い、なの?」

 今までテンポよく会話してくれていた辰巳くんが、びきっと固まった。

「……そうだよ。いちいち言わせんな、馬鹿」

 さっきから辰巳くんの目は手のひらで隠されたままで、俯いているから顔の下半分もあんまり見えない。
 でもすごく照れてるのはわかる。
 ぶっきらぼうに、ちょっと早口で、罵倒語すら含まれていたけど、辰巳くんの偽らざる気持ちを聞けた。
 こんなに嬉しいことはない。

「うわっ、何泣いてんだ!」

 気がつくと僕の涙腺は決壊していた。

「だって……っ、言われないと、わかんないよぉ……」
「あーあー、泣くなって。俺が悪かったから、ほら、目こするな」
「うぅー……」

 部活動の生徒くらいしかいない放課後の、僕たち二人しかいない教室で泣き喚く僕はさぞかし情けなくて滑稽だっただろう。
 でも辰巳くんは仕方なさそうに笑って、僕が泣き止むまで傍にいてくれた。

「落ち着いたか?」
「ん……」
「目、やっぱ赤くなっちまったな」

 ぐいっと頬を拭われる。子供のように大泣きしてしまって恥ずかしい。
 でもこうして辰巳くんが慰めてくれるのなら、泣き虫も悪くないかもしれない。
 そう思ったのに。

「まぁいいや。ちょい付き合え」
「どこいくの……?」

 寄り添った辰巳くんの体が熱い。
 問いかけた僕の腰のあたりに、なにやら硬いものが当たっているような。

「勃った。一発ヌいてから帰る」
「……えぇぇ!?」

 言うが早いかあれよあれよという間に再び男子トイレに連れ込まれ、個室に追い詰められてしまった。
 これじゃさっきと逆だ。
 今度は個室から逃げられないよう、辰巳くん自ら退路を塞いでいる。

「学校のトイレでなんて! だ、誰か来たら……!」
「誰もこねーよ。おまえが声我慢すればいい」
「そっ……」

 それが難しいなんてこと、わからない彼じゃないはずなのに。
 スラックスの前をくつろげただけで現れたものはすでに十分固くて、ごくりと生唾を飲み込む。
 ついでに僕まで下を脱がされてしまった。

「最後まではやんねぇから。後ろ向け」

 壁にへばりつくような姿勢に促され、腰だけ突き出した格好はとても恥ずかしい。
 その上、太ももの間に辰巳くんの硬い肉棒が差し込まれて思わず声が出た。

「ひゃっ!」
「しー……静かに。いつもみたいに喘ぐとさすがに誰かに気づかれる」

 じゃあこんなことはやめてくれと思うのに、僕を抱き込んで離さない辰巳くんの欲望がどうしようもないところまできていることが、同じ男なのでわかってしまう。
 腿に力を入れると、抜き差しされる感覚がより強くなった。

「んっ、んぅ……!」

 飛び出しそうになる情けない声を抑えることは難しくて、必死に指を噛んで声を殺す。
 しかし背後の傍若無人な彼が、僕の手を取り上げた。

「噛むなよ、痕になる」
「だ、だって……ぁ、あっ……」
「口、塞いでやるからこっち向け」

 背を向けろと言ったのは辰巳くんなのに、次はこっちを向けなんて勝手すぎる。でも、抗えない。
 向かい合って舌を引きずり出されるキスに溺れる。
 素股から、互いの性器を擦り付けて扱く動きに変わっても、気持ちいいことに変わりはない。
 でも、男同士のやりかたに慣らされた僕の体には、足りない。

「たつ、み、く……っ」
「イきそうか?」
「これじゃ、足りない……うしろもシて……?」

 とんでもなくはしたないことをねだっているなんて意識、もうどっかに行ってしまった。
 あるのはただ欲望に忠実な心と、目の前の甘えてもいい相手だけ。
 目を丸くして僕を見下ろした辰巳くんは、次の瞬間にはとても悪そうな、それでいてどこか余裕のない笑みを浮かべた。

「嫌がってたくせに、乗り気じゃねえか」
「あッ!」

 むき出しの尻を叩かれて出た声は、聞くに堪えないほど甘く爛れていたけれど、今の僕にはそれすら快楽のスパイスでしかない。
 辰巳くんはどこからか小袋を取り出して、犬歯で封を切った。
 慣れた仕草がかっこよくて、胸が腹の底が疼く。
 早く奥深くまで貫いて、暴いてほしい。女の子にはなれない体だけど、女の子みたいに扱われたいと思ってしまう。
 窄まりに濡れたものが押し付けられ、そのまま入り込んできた。

「や、あ……っ、たつみく……」
「声出すなって」

 唇を強引なキスで塞がれながら責め苦に耐える。
 冷たいジェルの感覚がすぐに生ぬるくなって、ゴムに包まれた辰巳くんの指が頑なだった後孔をとろけさせる。

「はやく、いれて……っ」
「まだキツいだろ」
「やっ、もういいからぁっ」

 足を絡ませ、ろくに触られてもいないのに反り返っている昂りを押し付けると、辰巳くんはすぐに入ってきてくれた。

「あ、あーっ! んん、ふ、ぅ……っ」

 固く冷たい壁に押し付けられて、乱暴に揺さぶられているのにどうしてか、幸せだと感じる。
 偽ることのない自分を、好きな人が一心に見つめて、求めてくれるからか。
 手に入らないと諦めて手放しかけたものが、向こうから僕を探しにきてくれたからだろうか。

「辰巳くん、すき、好き……」

 熱に浮かされうわ言のように呟く。
 ぶっきらぼうで小さな声が、俺も、と返事をしてくれたような気がした。
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