吸血鬼様のごはん

キザキ ケイ

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03.眷属と吸血鬼

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「あ……あ、ぁ」

 たった数滴の血が全身を駆け巡るように錯覚する。
 細胞の一つ一つが狂喜する感覚。死に往くまで摂るつもりのなかった唯一無二のごちそうが、全身を活性化させる。
 暗闇の中、赤い眼が爛々と光り輝いた。
 血の発生源に吸い付く。足りなくて、牙を突き立てた。
 それでも足りない。こんな末端の血では。もっと熱く血潮の流れる肌を食い破って、吸い尽くすまで満たされない。

「もっと、もっと血を」
「っ、う……」
「あぁうまい、我が糧、久方ぶりの……」

 太く丈夫そうな部位をひっつかみ、張りのある肌に牙を埋める。
 皮膚は容易く破れ、甘露がウルリクの口腔を満たした。死にかけだった脳が生き返っていく。渇望が、欲が、唾液が、溢れ出して止まらない。
 腕の動脈は魅力的な味を絶えず噴き出してくれたが、まだまだ足りない。
 数百年ぶりのまともな吸血行為にウルリクは完全に酔っていた。
 たおやかな両手を這わせ、血流の源を探し遡っていく。腕の太い部分、腹、肩、胸────そう、ここだ。
 獲物の心臓にひたりと手を当て、ゆっくりと舌なめずりをして、気づく。
 真っ赤に染まった視界に金色が映った。
 なによりも愛おしく慈しんできた若者が、血を流している。

「……ぁ……」

 組み敷いた肉体は強張って、艶のある金の髪はこぼれ散らばり闇に溶け、その先を辿れば、我が身より大切な空色の宝石がある。
 宝石は、痛みに歪んでいた。

「あ、あ、……いやだ……」

 未だ糧を求めて震える唇を覆う。
 二度と誰も傷つけたくなくて自らを縛った。人間を殺して生き延びるくらいなら、自らを殺して永い眠りについたほうがマシだ。
 そのはずだったのに。

「いやだ、ころしたくない、誰も、クリスを、殺したくないっ……!」

 まだ理性が残っているうちに。
 食い殺してしまう前にこの場を離れよう。
 身を翻そうとしたウルリクを、他でもないクリスの手が引き止めた。

「大丈夫」

 背後から抱き止められた腕が、今は拘束にしか思えない。
 ウルリクは弱々しく反抗した。しかしそんな抵抗でクリスから逃げられるはずもない。

「大丈夫、ウルリクさまは私を殺さない」
「っ、なぜそう言い切れる! おまえは異形に襲われたのだぞ! おれは吸血鬼だ、人間おまえたちと違う。加減を間違えれば、おまえは……っ」
「優秀なウルリクさまに限ってそんなヘマはしません。それはこのクリスが良く知っています。ウルリクさまは不器用だけどいつだって優しくて、私のことを一番に考えてくれる。そんな御方だから、愛さずにいられなかった」
「あ……あい……?」

 生きるか死ぬかという緊迫した場に、その言葉はあまりにも不釣り合いだった。
 思わずぽかんと呆けたウルリクをくるりとひっくり返して膝の上に乗せ、クリスは満ち足りた微笑みを浮かべる。

「あぁ、そう、そうだ……私はあなたを愛している、ウルリクさま。ずっと形のつかめない想いでしたが……これが一番しっくりくる」
「あい、なんて、ちがう。おまえは、錯覚しているだけだ」
「どうして? 私はあなたをこんなに恋しく思っているのに」

 血だらけの唇をちゅっと吸われ、ウルリクは仰天した。
 そんな、まさか。
 たしかにウルリクは愛を持ってクリスを一人前にしようと育てたが、クリスがウルリクを愛する道理はない。それもまるで恋するような触れ方をするなんて。
 うまく抵抗できず、反論もできないウルリクをクリスは好き放題に撫で触れた。

「ぅ、あ、やめなさいクリス」
「ダメですか?」
「……うぅ……」

 愛し子にそんな顔をされたらなんでも許してしまう。
 されるがまま、唇を塞がれ、歯列を割ってクリスの舌が入り込む。
 その熱く生々しい肉を噛みたい衝動と戦うあまり、ウルリクは涙目になってきた。
 血を吸いたい。でもクリスを噛みたくない。
 そんなウルリクの葛藤を察したように、クリスはウルリクの左右の歯列に指を突っ込んできた。

「あぇ!?」
「これなら噛めないですよね。安心してキスできますね」

 たしかに牙を噛み合わせられないのでクリスを噛む心配はない。しかし口を閉じることもできなくなった。
 情けなく口を半開きにした吸血鬼伯爵は、ろくに性経験などないはずの従者に舐められ吸われ甘噛みされ、本気で泣きそうになった。
 ろくに性経験がないのはウルリクも同じであった。

「あぁ、ウルリクさま……ずっとこうしたかった……」

 クリスもクリスで、イヌのようにウルリクの唇を舐め回し、顔にぺたぺた触れることしかしない。無邪気でつたない愛撫だった。
 しかしだんだんと様子が変わってくる。
 触れる手が熱を持ち始めたことを先に気づいたのはウルリクだった。

「クリス、おい、クリス」
「なんですかウルリクさま。私は今ウルリクさまを愛するのに忙しいのですが」
「そんなことよりおまえ、体が熱すぎるぞ。熱があるのではないか」
「熱? ……そういえばなんだか、熱いです」

 そう言いながらシャツの首元をゆるめるクリスは、自身の異変に気づいた。
 腹の奥が渦巻くように熱く、その先で性器が痛いほどに兆している。
 沸き起こったのは、今まで一度も感じたことのない衝動だった。
 この愛しいひとを自分のものにしたい。

「ウルリクさま、熱い……」

 衝動のままに腰を擦り付けると、ウルリクは明らかに狼狽した。

「うわぁっ、ちょ、落ち着けクリス!」
「ウルリクさま、ごめんなさい、わたしもどうすればいいかわからなくて……こうしていると気持ちが良くて、止まらない……」
「ひっ……」

 クリスは熱に浮かされた目でウルリクの肢体を舐め回し、遠慮なく触れてくる。

「あぁ、欲しい、ウルリクさまが欲しい……」
「ちょっ待て、おいクリスっ!」

 もはや自身の吸血衝動は吹き飛び、暴走する従者を必死に押さえようとするが、手加減する以上クリスの暴挙を止めるすべはないに等しい。
 焦るウルリクの頭にふと浮かんだのは、吸血鬼の体質のことであった。
 吸血鬼は血を摂取すると力が満ち、さまざまな特徴が体に現れる。
 ウルリクは長く吸血鬼として生きているので、さらなる吸血衝動が出るだけだが、若い吸血鬼は抑制している欲求が活発になることがあると聞いたことがある。
 すなわち、食欲と性欲。
 血を飲むことでさらに血が欲しくなり、性的欲求も同時に満たそうとする。
 それは、眷属も同様のはずだ。

「クリス、おまえ……眷属に、なったのか……」

 吸血鬼の被害者にして、永劫のしもべ。
 血を啜らねば生きられず、より強いものに殺される以外に死に方も選べない、いびつないきもの。
 決して生み出さないようにしていたのに、よりによって、クリスを眷属に変えてしまうなんて。

「あぁ、クリス、クリス……すまない……」
「なにを謝るのです、ウルリクさま」
「おまえを眷属にしてしまった。人でないものに……どんなに詫びても詫び足りぬ、おれの過ちだ」
「眷属……私が……」

 吸血鬼に似た存在になったという実感はない。
 しかし体の持つ異常な熱や、抑え難い欲求はたしかに今までにないものだ。
 ウルリクは自責の念からか、唇を噛み締めて目を伏せている。その薄く淡色の粘膜から、ほんのわずか、血の匂いがした。

「……っ」

 舐めとったそれは鉄臭い体液などではなかった。
 甘露だ。
 味覚の変化は、クリスに強く自身の変調を感じさせた。だが悪い変化ではないと思えてしまう。

「私が本当に眷属となったのなら、ウルリクさまの血をお与えください」
「な……おれの血を……?」
「今の私はあなたの血がなにものにも代えがたいほど甘く感じる。この身に必要なものだとも思う。あなたが私をこうしたというのなら、あなたが私を生かしてください」
「……」

 ウルリクは端正な顔をくしゃくしゃに歪めて歯を食いしばり、それから諦めたように力を抜いた。
 震える手でぷちぷちとシャツのボタンを外し、真っ白な首筋を晒す。

「牙の使い方を教えてやる。噛んでみろ」

 クリスはまるでごちそうにかぶりつくようにウルリクの肌に唇を寄せた。
 しかし、血が出るほど他者を噛んだ経験などない。
 おずおずと歯を立ててみるが、当然肌を突き破るほどの力など加わらず、困ってしまった。
 そんなクリスの髪をゆっくりと撫で、ウルリクは耳元に囁く。

「吸血衝動に駆られた吸血鬼は、自然と牙が鋭利に伸びる。上の牙で噛むほうが吸いやすいから、顎ではなく首に力を込めろ。……ッ、そう、いい子だ」

 牙が皮膚に沈み込み、ゆっくりと抜かれる。
 溢れ出した血を啜られる感覚に、ウルリクは身震いした。
 ウルリクとて、不殺を誓う前は深く考えることもなく他者の命を奪ってきた。
 腹が減ったかどうかすら勘案することなく殺し、吸い尽くし、また殺していた。
 ウルリクの前で血を見せたものはすべて殺していたので、眷属をつくったことはなく、また他の吸血鬼に血を吸われたこともない。
 吸血される側とはこんな感覚なのか……と、長年の生で初めて知った未知の感触を受け入れた。

「ん……っ、はぁ、クリス……」

 抱えた頭を肩に押し付けるようにすると、まるで赦しを得たかのように吸い付く力が強くなる。
 首の近くの血管がどく、どく、と悲鳴をあげている。
 夜闇の中でも輝く金の髪に指を絡ませる。水音が響くのがこそばゆいが、指先で梳きながら待つ。
 しばらくすると、ゆっくりとクリスが体を起こした。

「落ち着いたか?」
「はい……」

 なんだか恥ずかしそうにしているクリスの口元を拭ってやる。

「眷属になってすぐは、血液をエネルギーに変換するのに体がまだ慣れないと聞く。満腹ではないだろうが、しばらく我慢しろ」
「は、はい、わかりました」
「問題はこっちだな」

 血の飢餓感はなんとかなったが、性的欲求の高まりはどうしようもない。
 ウルリクは覚悟を決め、クリスの前立てをゆるめた。

「わっ、ウルリクさま、そんなところ……っ」

 取り出したものは固く立ち上がっており、ウルリクは思わず息を呑んだ。
 手ずから育てた従者がすっかり大きくなり、年齢的にも成人していることを頭ではわかっていたはずだが、思わず「大きくなったなぁ」と考えてしまった。
 来たばかりの頃の、何をするにも恐縮するクリスを湯をためた樽で丸洗いしてやっていた日々を思い出す。
 あの頃はこんなサイズではなかった。どこもかしこもやたらと大きくなってしまった。
 熱を帯び脈打つそれを手のひらに包み込んで上下に動かすと、すぐに先走りが溢れてきた。行為を促すかのような反応にウルリクは気をよくして、強弱をつけながら追い立てる。

「う、ウルリクさまっ」

 クリスは手を出しあぐねていた。他人にそんなことをしてもらうなど想像もしていなかったのに、あろうことか相手は恋焦がれた主人だ。
 慌てるクリスを、さらなる衝撃が襲う。
 おもむろにかがみ込んだウルリクは、そこをちろちろと舐め始めたのだ。

「わぁっ! なに、何してるんですかっ!」
「む……きもちよくないか?」

 やはり舐めるだけでは足りないだろうか。
 仕方なくウルリクは口を窄め、見様見真似で昂ぶりを口腔へ迎え入れた。
 ぬるぬると濡れたそれは思いのほか大きく長く、とても全てを収めることができない。
 おまけに含んだ瞬間ぶるりと震えて────。

「……っ」
「ぅゎ」

 口の中に射精され、ウルリクは呆然とした。
 思わず「うわ」とか言ってしまった。自分から咥えておきながらヒいたような声が出てしまって、クリス傷ついてないだろうか。いやそれにしても早くないか。童貞だからか。それより、口内に広がるこの味。

「う……にが……」
「の、飲んだんですか……!?」
「あぁ。血液には足りぬが、精液も吸血鬼の糧となるからな」

 白濁を嚥下することで、さっきまであった、歯の根元が浮きそうなうずうずとした吸血衝動が少しおさまった。口腔内があまりに苦くて欲求が引っ込んだだけかもしれないが。
 唇についた残滓もぺろりと舐め取り、ウルリクはクリスを見た。
 まるで餌を前にお預けを喰らった猛獣のように、荒く息を吐いて歯を食いしばる眷属を、見た。

「ウルリクさま、うぅ、ウルリクさま」
「うわっ落ち着け、ってもう復活したのか!?」
「うぅぅ……っ」

 押し倒され、本能に突き動かされる獣のように猛ったものを股間に激しく擦り付けられ、ウルリクは仰天した。
 復活が早いのはさすがの若さといったところか。
 クリスは物足りなさそうにしながらも、腰を止めることができないでいる。このままでは繊細な粘膜が傷ついてしまう。
 ウルリクは腹を決めた。

「クリス、待て、待てだ。わかるか?」
「うぅ……はい……」
「よしよし、いい子だ」

 くしゃくしゃとクリスの髪を撫で、クリスを退かせると、ウルリクは寝台から抜け出した。
 長椅子に押し付けられた背が痛む。加齢を感じつつ必要なものを取り、長椅子へ戻り、クリスの手を引いた。
 クリスは大人しくついてきて、促されるままに自室のベッドへ座る。
 追ってウルリクもベッドへ上がる。
 息子のように思っていた従者の床に入ることになろうとは思ってもみなかったが、背に腹は代えられない。このままではこの眷属は、血と欲望の渇きを満たすために遠からず人里へ下り、人を襲うだろう。

「おれがおまえを人ならざるものにした。だから責任は取ろう」
「ウルリク、さま?」

 やり方は知っている。が、飽くほどの長い生で実践したことは一度もなかった。
 手のひらに出した油は比較的粘度の高いもので、食べられるのだから人体に悪影響はないはずだ。下履きを脱ぎ捨て、下着まで取り払い、未だ兆したままの肉茎のさらに奥へと塗りたくる。

「ウルリクさま、何をしているのですか……?」
「ん……男同士が交わるには、ここを使うしかないのだ。ほぐれるまでしばし、待て……っ」
「……」

 薄暗い室内でごくりと生唾を飲む音が響く。
 クリスの視線を感じながら、犯されるために準備をするのはいかにも滑稽だった。
 しかしやるしかない。クリスを人殺しにしないためにはウルリクが欲望を受け止めるしかなく、口でするには先ほどの経験が苦すぎた。
 きついながらも指を受け入れられるようになり、わからないなりにそろそろかと思ったウルリクを、予想外の衝撃が襲った。
 ウルリクの指の合間に、クリスの指が突き刺さっている。

「な、おいクリスっ!」
「わたしのために準備してくれているのでしょう? お手伝いいたします」
「うっ……お、おまえはしなくていいのだ! 黙って見ていろっ」
「見てるだけだなんて我慢できません……触りたい。ウルリクさま……」
「っ、ぅ、あ……っ!」

 言うことを聞かない指が一本紛れ込んだだけで、感覚が全然違う。
 怖くて奥まで入れられなかったのに、クリスの無遠慮な指が奥へ奥へと潜り込んでくる。空いている方の手でクリスを遠ざけようとすると、腕を取られてベッドに押し付けられてしまった。
 ついには両腕を片手で拘束され、後孔をほぐす指はクリスのものだけで、押し込まれるものが三本に増えて。

「あぁぁっ、や、クリス……っ、もう、やめ」
「すみません、もう止められないです。ここにいれたい……」
「ひっ」

 尻を割り広げられ、ほころんだ穴を視姦され、ウルリクの悲鳴に涙が混じった。
 人としては果てしないほど、魔のものとしても永き生を渡り歩いてきたが、これほど恐ろしさに身を竦ませたことはなかった。
 人界に降りる前には、気の向くままに血を吸い生を吸い、その結果として享楽的に戯れたことはあったが、相手がウルリクに触れようとする前に殺していたためこんな危機に陥った経験はない。
 本当に、はじめてなのだ。
 しかし、吸血による興奮と恋情が混ざり合って過分なほど頭に血が上ったクリスが、処女喪失に震える主人を慮れるはずもなかった。

「ぅ、ぐぅっ……あ゛、くりす、ぅあ……っ」
「ウルリクさま、あぁ……ウルリクさま……!」

 熱した鉄杭を突き刺されたかと思った。それほどまでに腹に衝撃があった。
 一瞬意識が飛びかけ、すぐに引き戻される。
 痛い。
 強者であるウルリクはこれまで深い傷を負ったことがなく、内臓を暴かれるほどの痛みと無縁だった。
 クリスは理性を失いかけていた割に根気強く準備をしてくれたが、それでも処女地には不十分だったようだ。
 しかしウルリクは歯を食いしばって痛みに耐える。
 泣き言を言ってしまえばこの従順な従者は、バネじかけのように勢いよくウルリクから離れ、そして二度と戻らないだろう。
 クリスの衝動とともに、彼が与える痛みも背負う。ウルリクの覚悟だった。
 断続的に奥を破り開かれ、不意に侵食が止まった。

「うぁ、は、はいった、か?」
「はい……全部じゃないですけど」
「……」

 感覚的にはもう行き止まりだが、収めきっていないのか。唖然としつつ、ウルリクは痛みを逃すために浅く呼吸した。
 クリスは感極まったようにウルリクを抱きしめている。汗だくの首筋を宥めるように撫で、先ほど牙を突き立てた傷跡から滲む血を舐めとっている。

「こら、もう血を飲むな」
「あっ、はい。ごめんなさい」
「おれのためじゃないぞ、おまえの体のためだ。衝動も、少しは落ち着いたようだな」
「はい……」

 吸血の代わりにか、汗ばんだ肌に頬を擦り寄せるクリスを、ウルリクは心の底から愛おしいと思う。
 苦痛は嫌いだ。しかし魔のものにとって痛みは大した問題ではない。
 傷は人の何倍も早く癒え、死すら肉体と魂の乖離でしかなく、いずれ再びまみえる別れという程度。
 だが今のこれは違う。
 こうして肉の器に他者を招き入れ、熱い鼓動を重ね合わせることは、想像を絶する恐怖感があった。ウルリクにとっては死よりも恐ろしい交わりだ。
 だが許した。
 クリスだからこそ許せる。

「クリス……」
「はい、ウルリクさま」
「もっと、くっつけ。ぎゅってしろ」
「……っ! はい! ウルリクさま!」
「耳元で大声出すな」

 痛いほどに抱きしめられ、慣れ親しんだ体臭と気配に包まれ隙間がなくなり、ウルリクはほっと息をついた。
 しばしそのまま時が過ぎ、ウルリクはやっと息が整ってきた。吸血鬼は根本的に運動不足であるから、体力がないのだ。
 一方、気力体力有り余る若者であるクリスは、そろそろじっとしているのが限界を迎えつつあった。
 そっと、腰を揺すってみる。

「あっ……や、なに? クリス?」
「すみません、そろそろ限界で……」
「あ、あっ、や、もうちょっとまって、っ」
「無理です」

 愛しい主人をがっちりと捕まえたまま腰を使うと、肉壁が蠢いた。
 さっきまでと明らかに違う、クリスを歓迎するかのごとき蠕動に誘い込まれるように最奥を穿つ。
 ウルリクはされるがまま抵抗せず、あえかな喘ぎを漏らすだけ。それすらクリスには主人の許しのように思えて、興奮がいや増していく。

「あっ! んぅ、んん……っ」

 時折反応のいい箇所があり、見つけ次第重点的に捏ねてやるとウルリクは触りもせずに達したようだった。
 隘路が搾り取るように狭まり、クリスも呻きながら精を放つ。
 主人の腹の奥でどくどくと波打っていたものを抜き、密着させていた肌を少し離して見下ろす。
 寝台には、汗と涙と精液であられもない姿となったウルリクが、しどけなく手足を弛緩させていた。

「あ……っ、ウルリクさま……も、申し訳ありません……!」

 今更ながら、とんでもない失態に気づく。
 気怠く起き上がったウルリクが睨みつけると、真っ青になったクリスは可哀想なくらい竦み上がって床に転がり落ちた。
 そのまま床の上で平伏している従者へと、主人はとげとげしく文句をぶつける。

「何の謝罪だ。血を吸い過ぎたことか。おれを犯したことか。それとも許しなく中で出したことか?」
「う……ぜ、全部です」
「ふぅん」

 ウルリクはこれ見よがしに真っ白の裸体を波打たせながら、ゆっくりとベッドの縁に片足を立て座り直した。
 膝を胸に引き寄せると、中で出されたものがこぽ、と垂れ出てくる。
 途端に寝台の下から、燃えるような情欲の視線が再びウルリクを射抜き、思わずくすくすと笑ってしまった。

「そんな目で見るな。おまえ、反省してないな?」
「あっ、いえ、そんなことは」
「いい。許す」

 呆然と見つめるクリスに向けて、ウルリクは極上の笑みを与えてやった。

「おまえだけは、おれに無礼な行いをしても、無体なふるまいをしても、許す。その代わり、おまえはおれだけの眷属だ。他の血を吸うな。決して離れるな。……できるか?」

 窓の外に広がる夜闇に巨大な月がかかっていた。
 暴力的なまでの月光を背に負い、うつくしい魔物が陶然と微笑みながら、手を伸ばしてくる。
 クリスに抗うすべはない。その気もなかった。

「はい、ウルリクさま。この命尽きるまで、あなたのお側に」

 細く青白い手を取り、再びシーツに身を沈めた魔物たちは、空が白み始めるまで絆を確かめ合った。





 子どもというものは、長じるにつれて失われていく鋭敏な感覚が未だ残っていて、どれほど巧妙に偽っても真の姿を見抜いてくることがある。
 人に混じって生きる魔のものにとって天敵であった。
 しかしこの町に住む吸血鬼は、子どもを恐れず、むしろ子どもに混じって暮らしている。
 今も子どもたちに掃除の指示をしながら、自身は子らの手が届かない高いところの窓拭きを担当していた。

「うっ……教会というものはどうしてこう窓が縦に長いのだ」

 背伸びしても届かない窓の上辺へ必死に手を伸ばすウルリクを、ひょいと抱き上げるものがいた。

「うわっ、なんだクリスか」
「お手伝いいたします」
「おまえのところはもう終わったのか?」
「えぇ、子どもたちが手伝ってくれましたので」

 誰が一番たくさん落ち葉を集められるか、という競技形式にした前庭の掃き掃除は、あっという間に片付いてしまった。
 町に住むほぼ全ての子どもが通うウルリクの青空教室は、全員でかかれば掃除などすぐに終わってしまう。
 普段は勉強面で優秀な貴族や商家の子息相手に、下町や貧民街の子らが唯一いい顔をできるのが清掃の時間だ。はたきすら持ったことのない子息たちに、着るものにも困るほど痩せた子どもたちが掃除の仕方を教える光景がそこかしこで見受けられる。

 この教室では身分も学力も優劣を決めない。長命なウルリクにとって泡沫よりも価値のないそれらではなく、子どもたち一人ひとりの個性が重視されている。
 子どもたちにもそれを周知させ、この教会の中だけではあるが、彼らに差をつけることはしていなかった。
 教室の生徒に優劣はないが、教師のとって優先順位はある。
 常にウルリクの優先順位第一位であるクリスは、教室の年長者として運営補佐となった。町の仕事がないときは教室に顔を出し、ウルリクを支えている。

「拭けたぞ。次は隣の窓を拭く。移動しろ」
「はい、ウルリクさま」

 腰を支えられながら肩に載せられる姿勢に慣れた頃、ウルリクを探してやってきた子どもたちに姿を見られた。

「あーっ、センセーまたクリスをこきつかってる!」
「いけないんだ~っ」

 ぶぅぶぅと不平を口にする生徒たちに、ウルリクはにやりと笑ってみせた。

「クリスはおれのものだから、いくら扱き使ってもいいのだ」
「なにそれ~」
「わたしもクリスに抱っこされたい!」
「おまえらはダメだ。クリスはおれだけのものだ」
「えーっ」
「それよりおまえら、中のベンチ掃除は終わったのか……おい、クリス、クリス?」

 クリスは片手で顔を覆って微動だにしない。
 ちょうどいいところにある頭をさらさら撫でても反応しないので、髪をつんつん引っ張ってみたが、クリスは動かない。

「おーいクリス、下ろしてくれ。中を見に行くぞ」
「しばし、お待ちを、ウルリクさま」
「あーっクリス、顔真っ赤!」
「てれてる~」
「よろこんでる~!」

 子どもたちはクリスの珍しいようすにきゃっきゃと騒ぎ、笑いながら走り去ってしまった。
 あの様子ではベンチの掃除が終わっているかどうか怪しい。きちんと見てやらねばならないが、クリスが棒立ちなのでどうしようもない。

「クリス。照れているのか」
「……」
「喜んでいるのか。何にだ?」
「……」
「おれのものだと言ったからか」
「わかっているなら少しくらい浸らせてください……」

 思わず笑うと、うらめしげな目で見返された。
 そんな言葉ひとつで喜ぶのならいくらでも言ってやるのに。
 かわいいかわいい従者、兼食糧兼眷属の朱に染まった頬に、ウルリクは軽く唇を触れさせ微笑んだ。
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