青い死神に似合う服

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第1章 テーラー・ヨネ

§3§

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 テーラー・ヨネは元々、ドイツ人家族が住んでいた館だ。一階の応接室をそのまま店舗として使っている。壁沿いには生地のサンプルが並び、窓際には商談用のソファーとテーブルがある。ここで、先日の尻尾の紳士や萠衣のときのように、仕立てる服について相談をする。

 隣はフィッティングルームで、こちらでは採寸や試着を行う。大きな鏡の他にはクラシックな鏡台、チェストの抽斗にはネクタイやタイピンなどの小物が入っている。試着のときに合うものを提案するためだ。

 書斎はちょっとした事務仕事をするためのスペース、その隣には縫製室があるが、今はあまり使っていない。

 二階のストックルームには布地が整然と並んでいる。作りつけの棚の抽斗にはボタンなどの資材がぎっしり。いつでもお客様に見せられるように整理されている。住居スペースは廊下で繋がった別棟にある。

 肝心の縫製はどこで行うのかというと、魔女の時間の中にある。そこに行くには少しコツが必要だが、ヨネは慣れたものだ。

 廊下の奥にかけられている家族の肖像画――両親と幼い少女が幸せそうに微笑んでいる――その裏には二〇センチ四方の小さな窓があり、そこを開くと兎のドアノッカーが顔を出す。小刻みに三回、それから大きく二回ノックすると、壁に扉が現れる。

 扉の向こうはまた廊下だ。まだ夕方のはずなのに日はすっかり暮れている。ここは時間の流れ方が少し特殊なのだ。

 ヨネは迷いもなく廊下を進む。角を曲がったところの扉には、木製のドアプレートがかけられている。小花のリースが描かれ、中央には流れるような書体でJの文字。

 部屋の中はミントグリーンとアイボリーのストライプの壁紙、手編みのドイリーが飾られた窓辺、ベッドにはキルトのカバーがかかっている。

 本棚には本ではなくボタンの入った硝子瓶が並んでいる。デスクには針やはさみ、ルレットなどの裁縫道具、抽斗には絵の具みたいに様々な色の縫い糸が詰まっている。デスクの隣は年期の入った足踏みミシンが置いてある。

 ヨネは棚からシンブルをありったけ取り出し、机の上に並べた。陶器や銀の指ぬきは全部で十七個。その前に同じ数だけミニチュアの皿、その上に金平糖を一粒ずつ置いた。

 しばらくすると、シンブルはカタカタと震え出す。ほんの少し持ち上がった縁から、小さな手がにょきりと出てきて、素早く金平糖を掴む。中でガリガリと囓る音がしたかと思うと、シンブルが持ち上がる。現れたのは、シンブルを帽子代わりに被った小さな人だ。

「いよぅ、大きいご婦人。お久しぶりであるな」
「ええ、ご無沙汰しています」

 威勢よく手を上げた小さな人に、ヨネは愛想よく応える。

 仕事が立て込んだときには、彼ら……シンブル帽と呼んでいる者たちが手伝ってくれる。身長はヨネの中指程度、筋肉質な体型でつなぎの作業着を着ている。酔っ払ったような赤ら顔でみんなおじさんに見えるが、実際の年齢は知らないし、そもそも男性なのかどうかもわからない。

 彼らはお菓子を贈ると針仕事を手伝ってくれる妖精らしい。ノアが呼び出し方を教えてくれた。彼らはとりたてて善良でもないが、邪悪でもない。きちんと報酬を払えば誠実に仕事をする。報酬は多すぎてもいけないというのも注意すべき点だ。彼らとのルールは決して破ってはいけない。これも、ノアが教えてくれたことだ。

「それで今回の仕事はなんだい? あまり面倒じゃないとありがたいんだが」

 小鳥の絵が描かれた陶器のシンブル帽のおじさんが問う。

「ごめんなさい、少し面倒な仕事よ」
「それは残念だが、遠慮なく言うがいい、大きいご婦人」
「二〇着、燕尾服を縫わなければいけないの。その裁断をお願いしたいわ」
「多いな。金平糖ひとつでは割に合わん」
「オーケストラの演奏会で着るのですって。できあがったら、追加で報酬をお出しします」
「うむ。以前もらった柔らかい氷のような菓子がいいな。あれは綺麗で珍しいものだった」
「琥珀糖ですね。用意しておきますわ」

 乗り気になったところにすかさず型紙を渡すと、何人かが寄ってきた。興味が湧いたようだ。

「ほほぅ。小さいな。俺らと近い種族かな」
「しかしわしらが着るには大きいな。それに、体型がずんぐりしているようだな」
「まぁ、とにかく始めるとするかな」

 その言葉を確認し、ヨネは裁ちばさみを用意した。彼らの手には大きすぎるが、何人かで協力して器用に裁断していく。

「いつも通り、縫製はご自分でなさるのかな? これほど小さい物なら我らに任せてもらってもよいのだぞ」
「報酬次第だがな」
「ご親切にどうも。でも、縫製は自分で行います」
「よい心がけだ、大きいご婦人」

 一人が大きく頷き、あとはみんな、黙々と手を休めずに働き出す。頼もしい姿だ。
 オーケストラの衣装は急ぎではないが、萠衣の依頼よりも先に片づけてしまおう。彼らに作業を任せ、ヨネは作業工程を書き出す。

 萠衣のチュチュの素材を取り寄せている間に、オーケストラの衣装二〇着の仮縫いと試着を。その後はチュチュの型紙を起こして、素材が届いたらカッティング……そんな具合に細かくリストアップする。

 ヨネの中で予定が組み上がっていく。パズルが当てはまっていくような感覚は心地好かった。やることが決まると、すとんと心が楽になる。
 苦しいのは、いつも迷っているときだけだ。

 店に戻ると、ちょうどマチとチャコが帰ってきたところだった。灰色のスカートの裾には葉っぱや花びらがくっついている。一体、どこで遊んできたのだろう。
 屈んでそっと二人を引き寄せると、いつもと同じいいにおいがする。

「あなたたち、いつもどこに行っているの?」
「ひみつ」
「ないしょ」

 顔を見合わせて笑う。幼げな表情に、何故だか少し胸が苦しくなる。最近、多いのだ。街で赤ちゃんに見つめられたときなど、泣きそうになってしまう。
 歳を取ると涙もろくなるというのはこういうことだろうか。

「ヨネ? どうしたの」
「おなか空いたの?」

 心配そうに問われて、ヨネは慌てて『なんでもない』と首を振る。

「そう……そうね、食事にしましょう。今日は外で食べましょうか」
「中華!」
「パスタがいい!」

 マチとチャコは顔を見合わせる。マチは絶対に譲らないという表情でチャコを睨みつけている。負けじとチャコも応戦していたが、やがておずおずと後退り、ヨネのスカートの裾を掴む。

「……中華にする」

 折れたチャコを抱きしめて、明日のランチはパスタにすると約束した。
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