傲慢貴族な転生者が、ハイスペックな敵キャラに籠絡されるなんて!?

飯田 いち太郎

文字の大きさ
54 / 62

好きという感情

しおりを挟む
───俺はまた、あの場所にいた。

 冷たい空気が肌を切り裂く。

 血の海に浸る足元。ドロドロとしたその感触に足を取られ、動くことはできない。最近よく見る悪夢。だが、今回はいつもと違う箇所があった。

 目の前に現れたのは、崩れ落ちた石造りの祭壇。
その上には、血に染まった誰かの影が、静かに横たわっていた。

 踏み出そうとしても、身体は鉛のように重く、一歩も進めない。声を張り上げても、喉は張り付いたように閉ざされ、叫びは虚空に飲み込まれていく。

 赤く滲む視界の端で、誰かがまた、笑っている。

「・・・うっ、ぐすっ。」

 現実の手触りが、意識の遠くへ戻ってくる。

 俺は寝台の上で、小さく呻いていた。冷や汗が首筋を伝い、胸元を、ぎゅっと掴んでいた手が震えている。いつの間に、こんなにも身体がこわばっていたのだろうか。

「大丈夫、大丈夫ですよ。」

 柔らかな声が、闇のなかで響いた。まるで夢の終わりを告げる鐘のように、俺を現実へと引き戻してくれる。

 重たいまぶたを持ち上げると、テーブルランプの小さな明かりに浮かぶ、セインの顔が見えた。

「・・・セイン?」

「はい。」

 毛布を肩まで掛け直してくれていたセインが、安心させるように微笑んでいた。

 その穏やかな表情に、胸の奥が熱くなってくる。

 ポロリ、と、涙が一粒流れた。目の端が濡れている。鼻がツンと痛む理由は、どうやら、ずっと泣いていたかららしい。

「あれ、ど、どうして泣いて・・・。」

 指先で涙を拭った瞬間、冷たい水滴がまた、肌に触れた。
枕はびっしょりと濡れ、乾く気配すらない。

「ごめん、もう、泣かないから。」

 俺はそう言って、抱きしめるような姿勢になっていたセインの胸元を押し、ベッドの端へと身を寄せた。
涙は止まったはずだったのに、胸の奥がうずき、今にもまた感情が溢れそうで。

 俺は、顔を隠したくて、彼に背を向けるように寝返りを打った。

「言いにくいのですが、アゼクさんは、その・・・毎晩、泣いてます。」

「・・・。」

 喉が詰まり、返せる言葉が見つからなかった。
毎晩、泣いていた。そんなこと、一度も気付かなかった。朝起きた時に、物凄い倦怠感に襲われるのは、泣いていたからなのだろうか。

 もしかすると、彼はそんな俺を心配して、たまに同じ部屋で寝るようになったのではないかと、そんな気がした。

「・・・どうして、泣いているんですか?」

 セインの問いは、静かに優しくなだめるようで、どこか逃げ場を許さないようなものだった。
胸の奥に鋭く刺さる、その言葉。

 俺は彼に、向き直る。息を飲み、言葉を出す。

「好きな人が、いたんだ。でも、好きになる資格なんてないから。諦めて、逃げていた。」

 すんなりと、思っていたことが口から出た。自分でも、こんなに簡単に言葉が出るとは思わなかった。
けれど、心の中でずっと渦を巻いていた感情が、口にした瞬間、溢れ出してきて、止まらなかった。

「・・・。」

 セインは黙って聞いてくれていた。一言も言葉を挟もうとはせず、ただ、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「でも、今更。今更、遅いよな。もう、遅いんだ。」

 しゃくり上げるような震える声が、自分の耳に響いて痛かった。
分かっているんだ。手放してしまった物は、もう取り戻せない。

───ゲームのように全部やり直せたら。
そう願ってしまう時点で、俺は、きっと、もう。

「そんな、こと、は・・・。」

 セインの声が揺れる。言葉の続きを探して、それでも答えが見つからない様子だった。

「こんな泣いている姿、情けないよな。ごめん。」

 自嘲気味に笑って、そう言ってみせた。こんな悩み、彼に伝えるべきじゃない、自分でどうにかするべきだって、知っていたのに。

「な、情けないだなんて思ってません!悲しい時は、沢山泣いていいと思います。だから───」

 その言葉と同時に、彼がぐっと身体を寄せてくる。
温かな腕に包まれた瞬間、こらえていた感情が再び溢れ出した。

「う、うぅっ。ルイン・・・。」

 懐かしい匂いが鼻先をくすぐる。抱きしめられる感触が、ルインに似ていて。
でも、分かっている。違う人なんだ。きっと、違うはずなのに、それでも、どこか心が傾いてしまう。

 こんな風に、彼をルインの代わりにしてしまうなんて、最低だ。そう思っているのに、止められない。

「・・・。」

 セインは、そんな俺をただそっと抱きしめてくれていた。気遣うようなその沈黙に、ひどく胸が締めつけられる。

「ねえ、アゼクさん。今はこっちだけを見てください。」

「へ・・・。」

 顎に触れた彼の指先が、そっと顔を支え、上へと持ち上げた。
拒む間もなく、視線が絡まる。俺とセインの顔は、とても近くにあった。

「!?」

 手の温もり。迫る唇───

「や、やめっ!キスは、やめっ・・・。」

 慌てて顔を背け、手で彼の頬を押し返す。けれど力では到底敵わず、抵抗が空回りする。

「は、ぁっ。」

 横を向いて逃げたつもりが、逆にそれが彼に火をつけてしまったらしい。
セインの手がそっと頬に触れて、強引に視線を戻される。

「・・・ん。」

「んんッ!!」

 柔らかな唇が、そっと重なる。

 少し乾いたその感触と、中にある湿った内面に、小さな唇が飲まれた。

 思わず、俺の手が彼の肩を強く押し返す。顔がようやく離れたかと思えば、再び、彼の顔が近づいてきた。

───ベチッ。

 反射的に、手が動いた。

 頬を打つ音が、静寂な寝室に響いた。

「ば、バカッ!!お前なんか嫌いだ!!」

 涙に濡れた声で怒鳴る。

 怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない。

 ただ、張り詰めていたものが一気に崩れ、声と一緒に感情がこぼれていく。

 部屋の暗がりの中で、セインはただ静かに、何も言わずに、また俺をそっと抱き締めてきた。

 息が、詰まる。

 どうしようもなく苦しくなって、俺は咄嗟に攻撃魔法を放ち、無理やりセインを引き離した。

 一人、リビングへと逃げ込む。
逃げ場を求めるように、ブランケットを羽織って床にうずくまった。

 涙が止まらない。

 身体を支配するのは、強烈な罪悪感。

───ルインを、裏切ってしまった。

 俺は、この感情の正体を知りたくなかったんだ。知ってしまえば、元には戻れなくなってしまうから。どうしようもなく、好きで、好きで、仕方ない、この感情を。

 あの声は、もう聞くことは出来ない。

 好きになればなるほど、別れる瞬間はとても辛いから。

 あの瞳は、もう俺を映してくれない。

 逃げたんだ。勝手に怖くなって、向き合う勇気すら持てなくて。

 あの温もりを、感じることは、もうできない。

 それでも、俺は、ずっとずっと想っていたんだ。

 だって、ほら、そうだろう。

 もう、ルインの元へ行きたくなってしまうくらい、俺は、ルインが・・・。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

従者は知らない間に外堀を埋められていた

SEKISUI
BL
新作ゲーム胸にルンルン気分で家に帰る途中事故にあってそのゲームの中転生してしまったOL 転生先は悪役令息の従者でした でも内容は宣伝で流れたプロモーション程度しか知りません だから知らんけど精神で人生歩みます

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

処理中です...