傲慢貴族な転生者が、ハイスペックな敵キャラに籠絡されるなんて!?

飯田 いち太郎

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絶望と希望

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 どこかスッキリした気分だ。朝はもう来ていたようで、曇と共にある太陽が、窓の外を白く照らしている。

 何故だろう。目は開いているのに、何も見えない。小鳥が鳴いているはずなのに、何も聞こえない。

 何かが、ひどくおかしくて、それが、ひどく心地よかった。

 心の時間が止まっているような、そんな感じがする。

 黙って立ち上がる。

 目の前の机には、綺麗に輝くセインの黒い剣がある。重たく、鋭く、まるで夜そのものを閉じ込めたような光を放っている。

 吸い込まれるようにゆっくりと指先を伸ばし、それを手に取る。心の中に、冷たい確信が走る。

 このゲームを、終わりにできる。・・・この現実を、終わりにできるんだ。

 これでようやく、ルインの場所へ、行けるんだ。帰れるんだ。

 ずっと、ずっと、こうしたかった。

 あの日から止まってしまった時間を、やっと動かせる。

 黒い剣を、地面に突き刺す。

 横にして、刃を喉元に滑らせる。

───冷たい。
けれど、嫌な冷たさじゃなかった。

 指先に、喉元に、心臓に───安堵が走る。

 息を吸い込む。

 手に、少しずつ、少しずつ、迷いなく力を込めていった───その時。

「・・・ッ。」

 刹那、首元から溢れる赤い血を見て 、何度も経験したあの悪夢を思い出してしまう。

 心臓が跳ね、指が止まった。

 汗ばむ。

 震える。

 何故、こんな時に。

 こんなにも、望んでいたのに。
 こんなにも、会いたいのに。

 悔しくて、唇が痙攣する。

 涙が出そうになった次の瞬間。

「・・・っな、何を!何をしているんだッッ!!」

 背後から飛び込んできた腕が、勢いよく剣を弾き飛ばす。
ガンッ、と、物にぶつかる音がして、カラカラと剣が床に転がった。

 見上げると、そこにはセインがいた。目を見開き、顔色を失い、肩を震わせながら、俺を見ていた。

 それは、いつもの優しい顔じゃなかった。

 恐怖と混乱、そして、ひどく悲しげな顔をしていた。

「ごめ、ん・・・。」

 声が、途切れる。言い訳なんて、出てきやしなかった。そんなもの、もう、必要ないのだから。

「アゼク、さん・・・?」

 蒼白な顔をしたセインが、心配そうに触れてきた。

「こんなこと、頼むのはダメだって分かっているけれど。」

 冷たいセインの右の手の甲を、そっと両手で包み込む。

「なに、を・・・。」

 絶句して、恐怖に怯えているセインを見ていると、言葉が、喉に詰まってしまう。

「・・・セイン、俺を」

  でも、もう、止められない。
 
「・・・殺して。」

 その言葉が空気を切った瞬間、部屋の温度が、急激に下がった。

 セインの表情が固まり、目が見開かれる。呼吸を忘れたかのように、口を開けたまま、何も言わずにこちらを見下ろしている。

「お願い・・・セインなら、きっと・・・すぐに、この首を、切れるから。」

 昨日のように、涙は出なかった。震えても、いない。ひどく静かな声が、出る。

 これは、俺にとって一番の願いだった。

「俺の力じゃ、足りなかったみたいなんだ。」

 そう言って、襟元をそっと広げる。

 うっすらと滲んだ赤い血液。
 さっきの、失敗の痕跡。

 鋭利な刃で浅くなぞったそれは、ほんの少し血を滲ませていたが、死に届くには遠すぎた。

「もっと、強く、早く、やらないと。」

 俺は、弱い。

 それを、誰よりも知っているのは、自分自身だ。

 自分で死ねないなら、他人に殺してもらうしか、なかった。

───なんて、傲慢なんだろうか。

「ね、お願い。」

 目の前のセインがどんな顔をしているか、もう、見えなかった。
 俺は、精一杯、笑った。

「・・・めて、・・・さい。」

 彼のかすれた声が、耳元に響く。

「やめてください!やめてくださいッ!!そんなこと言うの、やめてくださいッッ!!!」

 それは、痛い程の叫びだった。声帯が裂けそうなほどに振り絞った、泣き叫ぶような、傷ついたような、必死な叫び。

 セインが、俺の手を握った。強く、指が食い込むほどに。
こんなに力強く誰かに掴まれたのは、いつぶりだろうか。

「そんな言葉、聞きたく、聞きたく、ない・・・!!」

 セインの目から、涙が一気にあふれ出した。

「せ、いん・・・?」

「お願いです・・・何でもしますから・・・どんな願いでも叶えます・・・だから・・・だから、そんな、怖いこと・・・言わないで。」

 声が、涙に溺れていた。

 嗚咽にかき乱され、言葉がひとつずつ、砕けているような、音。

 崩れてしまいそうな世界の全てを、どうにかして繋ぎとめようとするような視線に、囚われる。

 まるで、俺が死ぬことが、彼の世界を壊してしまうかのような、そんな目だった。

「ご、ごめ・・・。」

 言いかけたその唇に、柔らかい感触が重なった。

「んっ・・・。」

 目を開けたまま動けなかった。

 セインの顔が、間近にあった。
暖かいはずの唇が、やけに冷たく思えた。

「・・・。」

 そして、息を吐くように囁かれた。

「全部、忘れましょう。」

 その声は、柔らかく、甘やかで、それなのに、背筋が凍るような響きをしていた。

 手が、俺の胸元に触れる。

 衣服のボタンが、ひとつ、またひとつと外されていく。

 布と布が擦れる音が、異様に大きく聞こえる。動作に一切の迷いはない。まるでそれが、たった一つの救いだと信じているかのようだった。

「ごめん・・・俺は・・・ルインが、好きだから。」

 喉が、痛い。

 震える指で、セインの頭をそっと撫でた。

「・・・。」

 セインの動きが、ピタリと止まった。布越しに感じる指先の熱が、腹部に一点だけ残されている。彼の指は、シャツの下から三番目のボタンに触れたまま、ぴくりとも動かない。

 外しかけたそれが、中途半端に傾いて、揺れていた。

 ほんの少しの沈黙。

 でも、その沈黙は、永遠にも似た重さを持っていた。

「そんなの、どうでもいいです。」

「え・・・?」

 言葉を理解するのに、時間がかかる。今、彼は、何を言った?

「いない人間のことなんて、考えなくていいんです。」

「なに、を・・・。」

 俺の腕を強く握る手。

 再度、ボタンを片手で外しだす。

「だって、そうでしょう? 今、泣いても叫んでも、誰も来ない。」

「セイン・・・?」

 呼びかけた声は、自分でも驚くほどか細かった。
怖い。そう、怖いはずなのに、頭が思考を止めてしまっている。

 目の前にいる彼が、まるで別人に見えた。あの穏やかだった顔が、まったく知らない色に染まっていく。

 瞳の奥に、光がない。

 見つめられているはずなのに、自分がそこにいないような感覚。前にも、同じような感覚を、どこかで受けた記憶がある。

「ほら・・・今、誰の腕の中にいるか、よく考えてください。」

 ボタンが全て、外された。開かれたシャツから冷たい空気が流れ込み、鳥肌が立つ。

「逃げられないでしょう?逃げてみますか?・・・やってみてください。」

 腰を掴まれ、引き寄せられる。
背中に回された手が、逃げ道を完全に塞ぐ。

「ボクの傍から、離れられるなら・・・やってみてください。・・・他の誰にも、渡さない。」

 こんな状況なのに、ルインの顔が浮かんで仕方がない。
同じような声で、同じように自分を引き留めてくれた。

 都合のいい、幻想だ。

「死なせない。絶対に・・・殺させやしない。」

「や・・・やめっ!!」

 咄嗟に振り払おうとしても、力が入らなかった。

「ボクは、アゼクさんが好きです。ルインって奴がいないのなら、丁度いい。」

「・・・。」

───違う。

───違う、そんなの、違う。

「・・・やめろって言ってるだろ!!俺は、ルイン以外に体を許すつもりはない!!」

 喉が焼けるように熱くて、怒鳴ることしかできなかった。けれど、その叫びは誰にも届かない。セインの瞳には、何の迷いも映っていなかった。

 俺は、彼を拒むように魔法を発動させる。

 昨日と同じように、彼を退けるつもりだった。

「だから、命を絶とうとしたんですか?ボクが昨日、迫ったせいで、そうしようとしたんですか?」

 「ッッ!」

 しかし、彼の魔法によって、それは消えてしまった。

 俺の放った光の魔法は、闇に飲まれるように、霧散した。触れる前に、完全にかき消された。

「そんなに、嫌だったんですね?」

「・・・。」

 声が、出なかった。

「貴方が、死んでしまう未来があるのなら。」

 そう囁いた直後、セインはゆっくりとポケットから赤いリボンを取り出した。不自然に丈夫そうなその布を、俺の両腕に巻きつける。

「ボクは、最期に、貴方を抱きたい。」

 溢れる魔力が、ピリピリと肌に刺さってくる。

「それで一緒に、死にましょう?」

 開かれた腹部へ、口付けを落とされ、赤い痕を残される。

「セイン・・・属性、が・・・。」

 ふわりとまとわり付く、懐かしい感覚。

「・・・闇、みたいですね。」

 魔法を使って、俺の身動きを止められた。

「光を陥れるのに・・・丁度いい。」

 彼はそっと頭に着けたバンダナを外し、そして、笑った。
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