悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

文字の大きさ
19 / 23

仕立て屋と変装

しおりを挟む
 レークには、好きな人がいる。

 ただそれだけのことなのに、考えるたび、胸に小さな棘が刺さったような感覚が広がっていく。気付けば呼吸のリズムさえ乱れていて、冷たい水の中に沈められたみたいに、体が鉛のように重くなってしまい、息を吐くのさえ億劫になる。

「・・・どうでもいい、どうでもいい。」

 自分に言い聞かせるように呟いてみる。何度も、何度も。

 でも、そう簡単に心は落ち着いてくれなかった。

 俺は、自室にあるソファに寝転がった。体を包み込むような柔らかい生地に触れていると、眠りに落ちそうになってしまう。

 レークの顔がふと、脳裏に浮かぶ。漫画の中で描かれていた、冷静で感情の読めない瞳。無駄な言葉を一切使わず、ただ静かに、そして確実に、主人公を守るように戦っていた。

 もし、レークが主人公に“恋”をしていたとしたら。

 全て辻褄が合う。

 しかし、原作でレークと主人公が直接会話を交わすことは無かった。

 影のように現れては、ユリスの差し向けた刺客を斬り伏せ、何も言わずに姿を消す。レークはそれを、繰り返していただけ。

 ひょっとすると、レークは恋愛に奥手なタイプなのかもしれない。外見は完璧でも、内面まで完璧な人間なんて、そうそういない。

 でも、実際に会って会話を交わしたからこそ、分かることがある。

 レークは感情豊かで、優しい人だ。殺人兵器だなんて、そんな物騒なものじゃない。心を持った、普通の人間だった。

 そんなレークに、俺は「お互いの体に触れるようなことはしない」だなんておかしなことを口走って、困惑させてしまった。あの時、どうしても「触るな」と言われたことがフラッシュバックしてしまって。好きな人がいるという事実が、受け入れられなくて。

 触るなと怒鳴られたことは、許したつもりだったのに。まだ、心のどこかでは許せていないのかもしれない。俺は、こんなに根に持つタイプじゃなかったはずなのに。

「はぁ・・・。」

 同じようなことを何度も考えては、ベッドやソファにもたれかかる。けれど、落ち着くことはできなくて。何となく狭い部屋の中を歩き回ってみるものの、感情の行き場は見つからず、ため息ばかりがこぼれた。

───とにかく、何か別のことを考えよう。

 ふと足が止まり、なんとなくクローゼットに近寄る。気を紛らわせるように、扉に手をかけた。

 上着に手を伸ばしかけたところで、ふと、とある変化が目に留まった。

「ん・・・?」

 箱の中に並ぶ数枚の下着は、どれもよく似た色をしていた。きれいに整っている色合いだからこそ、不自然さが際立った。その統一感に、なぜだか強烈な違和感を覚える。

 白と銀の生地に、金の刺繍。デザインは多種多様で、上品なものから、派手なものまで全て揃っている。布地は柔らかく、肌に吸い付くような上質な素材。それを贈ってくれたのは・・・アロマさんだ。

「全部、同じ・・・。」

 意識した瞬間、嫌な予感がした。

 これは偶然だろうか?それとも───

 思い浮かんだのは、レークの色。銀の頭髪に、金の瞳。幻想的で、冷たい印象を際立たせる色味。

 まさか。まさかとは思うけど・・・。

 俺は、瞬時に荷物をまとめ、靴を履き替えた。窓から飛び出し、空を飛んで、真っ直ぐアロマさんのいる仕立て屋へと向かった。





「いらっしゃいま───」

 到着するや否や、俺は仕立て屋のドアを蹴破るように開け放った。乾いた音と共に、扉が壁にぶつかり、中にいた店員が驚きに目を見開く。

「あらぁ、ユリス様かしら?お洋服はまだ完成していないわよぉ~?」

 奥からいつもの甘ったるい声が聞こえた瞬間、俺は店内を早歩きで突っ切り、彼女の元へ詰め寄った。

「これは、これは何なんだ!!」

 まるで証拠品を突きつけるかのように、俺は持ってきた下着を作業台の上に一気に並べた。

 統一されているその色合いは、まるで誰かの意図が込められているようだった。

「下着の色までレークの色にする必要ないだろ!!」

 怒りというよりも、呆れた気持ちのほうが強かった。

 顔を引きつらせたアロマさんは、目を泳がせながら、じわじわと額に汗を浮かべていた。

「そ、それはぁ、あれがああで、そうしただけでぇ・・・。」

 しどろもどろに答えるアロマさん。何を言いたいのか、まるで分からなかった。けれど、何かを誤魔化そうとしているのだけは理解できた。

 俺は深く息を吐いて、冷静に言い放つ。

「これから他の店で下着を買うことにする。全部返す。」

 言い終えると同時に、俺は下着をそのまま机に置いて、屋敷へ引き返そうとした。

「あら、ユリス様・・・いいのぉ?」

「・・・ん?」

 アロマさんが、気味の悪い笑みを浮かべながら、俺の肩を掴んできた。

「着てくれるなら、報酬として・・・。」

 肩に触れた手に視線を向けると、艶やかなネイルが、キラリと光を反射していた。

 彼女は続きを言わずに手を離し、奥の部屋にある机の引き出しを開けた。そして、チャリンと微かな音を立てながら、小ぶりの袋を俺の前に突き出してきた。

「これくらい、あげちゃうわよぉ!?」

 上質な布でできたその袋には、刺繍で謎の紋章が縫い付けられており、赤色のリボンで愛らしくラッピングされていた。

 袋の口をふわりと開くと、金色の光が溢れ出してくる。

 その中には───何枚もの金貨が、ぎっしりと詰め込まれていた。

「えっ、こんなに!?」

 思わず声が裏返った。金貨の眩しさに、目が釘付けになってしまう。

───これだけあれば、有名な洋菓子店の限定スイーツだって買えるし、前から欲しかった最新の魔導書も余裕で手に入る・・・!

「どうかしら?」

 アロマさんが、唇に指を添えてにっこりと笑った。

「乗った!!」

 いつの間にか俺は、間髪を入れずに叫んでいた。

「・・・アタシ、ユリス様が心配になってきたわ。」

 金貨の入った袋を俺の手に握らせながら、アロマさんは溜息をつきつつ、どこか哀れむような目でこちらを見てきた。

「別に、誰かに見せる訳でもないし。」

「んもぅ!照れちゃって!毎日見せてるんでしょぉ!?」

 アロマさんが身を乗り出し、肘を突いてウィンクを飛ばしてきた。何か盛大な勘違いをしているようだったが、訂正するのも面倒なので、無視して渡された袋をポケットにしまった。

「あ!そうそう、アナタのお父様から、新しい服は変装も兼ねたものを見繕うようにって、言われたのよぉ!」

 パタパタと布を畳みながら、アロマさんがご機嫌な声で話す。その声は、心なしか先ほどよりも熱がこもっている気がした。奥のスペースには、豪華な刺繍が施された生地や、色とりどりの絹糸、仮縫いされた衣装の山が積まれている。

「パーティの衣装を作っている合間に、その試作品、できちゃった!」

 嬉々として差し出されたそれを見た瞬間、俺の身体は固まった。

「ドレスじゃねえか!!」

 思わず叫ぶ。

「いや~ん、可愛いでしょぉ!?ショートヘアでも、似合うドレスなのよぉ!」

 そう言って、アロマさんが両手で広げたそのドレスは、ラインがしっかりしていて、ふわふわしすぎていない上品なパステルブルーの色合いをしていた。胸元には控え目なレースが施され、ウエストには細めの白いリボンがあしらわれている。添えられた帽子には、季節の造花が色とりどりに咲いていた。

「絶ッ対着ない!」

 思わず数歩後ずさる。しかし、逃げる隙もなく───アロマさんがふっと背後に現れ、耳元で囁いた。

「命、狙われているんでしょう・・・大人しく着なさい?」

 その声は、いつもの浮ついたものとは違い、静かで低く、妙に迫力のあるものだった。

「そうねぇ、そのままの髪型でも似合うけれど、ウィッグでも付けてみたらどうかしら?」

 そう言いながら、マネキンから取り外された明るい金髪の巻き髪ウィッグを、こちらに差し出してきた。

 呆然としている間に、アロマさんがさりげなく合図を送ると、店員が三人、ずんずんとこちらへ向かってきた。抵抗する暇もなく、俺はそのまま試着室へと連行され、驚くほど素早くドレスに着替えさせられてしまった。

「ほらっ!似合うじゃなぁい!」

「んなわけ・・・。」

 否定しかけて、ふと、姿見鏡に映し出された自分の格好が、目に止まった。

 淡いブルーのドレスを身に付け、ほんのりと頬を紅潮させた男の子。肩に沿う金の巻き髪が、まるで貴族のご令嬢のようにしなやかに揺れている。睫毛の長い瞳は困惑を湛えており、儚く可憐な印象を与えた。

「こ、これが、俺・・・!?」

 “ユリス”は可愛いのはわかっていたが。いや、これは想像以上に似合い過ぎている。

「な、なんか・・・楽しい!!」

 思わず笑みが零れた。着せ替え人形のようにされていたはずなのに、いつの間にか面白くなってきていた。

「あらやだ、目覚めさせちゃったかしら!?」

 大げさに驚いたフリをして、頬へ手を当てるアロマさん。俺は恥ずかしさのあまり、目を逸らしてしまった。

「メイクもやってあげるわよぉ!」

「あー・・・控えめで。」

「んもうッ!!アタシが厚化粧だって言いたいのッ!?」

  ぷんすか怒りながらも、アロマさんは手早く化粧道具を一式用意し、プロと言っても過言ではないほど繊細な手つきで俺にメイクを施した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

世話焼き転生者が完璧騎士を甘やかした結果

こざかな
BL
欠点が無いと思われている完璧騎士騎士×おせっかい癖がある旅人志望の転生者 ある夜、ユウヒは空を見上げて思った。 「あれ? 月って二つもあったっけ?」 そんな疑問が浮かんだ瞬間、甦った前世の記憶。自分と同じ名前の前世の自分は、病気によって亡くなった。 なら今世は、世界を旅してみたい。ならばお金が必要だ。よし。村を出よう。 そして、旅への足掛かりとして王都に近くも遠くもない、大きくも小さくもない町ミトバの宿屋で働いていた、そんなある日。 ミトバの近くで魔獣が増殖し、その退治のために王都から騎士達の討伐隊が派遣された。 ユウヒが働く宿屋に宿泊することになったら彼らの隊長は、王都で大人気の完璧と名高く容姿も美形な騎士レスト。 しかし彼は寝酒を事前に注文していた。 不思議に思いながらも夜にレストの部屋へお酒を運んだユウヒは、彼の様子に違和感を抱く。 そしてユウヒの厄介な癖であるおせっかいを焼いてしまい...... 世話焼きな転生者のおせっかいから始まる秘密持ち完璧騎士の執着愛♡ ...になる予定!!

処理中です...