悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

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獣人族

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 柔らかい陽射しが差し込む豪華な部屋の一室。薄黄色のカーテンが、風にふわりと揺れ、繊細な刺繍が陽の光を反射し、床に精巧な模様を落としていた。

 自室のソファに沈み込んだ俺は、軽く伸びをしてから大きく息を吐いた。

「・・・疲れた。」

 昨日、あまりにも色々なことが、一気に起こり、一晩寝ても疲れが癒えることはなかった。

 市場でシエルと出会い、仕立て屋へ行き、そして、刺客と戦闘して。あの後、レークは騎士団本部へと向かい、俺は一人、馬車に揺られて屋敷へと帰った。

───まさか、自分が命を狙われることになるなんて。

 胸元に手を置き、心臓の音を確かめながら、俺は昨日の記憶を辿る。

「どうして、俺が?」

 あの黒ずくめの刺客たち。あの風貌は、どこかで見覚えがあった。

 そう、確か、原作の中で、ユリスが主人公のシエルを消すために雇った、凄腕の暗殺者たちだ。

 原作でも現実でも、結局レークにコテンパンにされていたが。

 平穏に過ごしてきた俺は、無論彼らとの接点などないし、暗殺されるような覚えは無い。

 それでも彼らが動いたということは、考えたくないが、誰かが命令を下したのか・・・もしくは、原作通りに動かない“俺”に対する罰なのだろうか。

「はぁ・・・因果応報、なんてな。」

 自嘲気味に笑ってみたけれど、心はまるで晴れなかった。

 どうせ生まれ変わるなら、イケメンで背の高い男になりたかったし、優しくて一途な人に愛されて、魔法を使ってチヤホヤされたかった。

 しかし、現実は無情だった。

 なぜなら俺は、可愛らしい見た目の“悪役令息”になっていたのだから。

 こんな顔じゃ、結婚なんて・・・いや、女の子の恋人を作ることすらも、夢のまた夢だろう。

 現に今、契約的なものとはいえ、男と婚約しているし。うん、あまり考えないようにしよう。

 しかし、気を紛らわせようにも、どうしてだか華麗に戦うレークを思い出してしまう。しっかりと抱き締められて、守られて。黄金色の瞳が、甘く揺れてて。

 いや、いやいや。心を強く持て。相手は男だ、男。レークの強さに胸がときめいたなんて、ある訳がない。吊り橋効果、吊り橋効果。
 
「はぁ・・・。」

 溜息ばかりが増える。頭の中で余計な考えが堂々巡りする。

 取り敢えず、お茶でも飲もうと、席を立ちかけたところで、ふと、別の記憶が蘇る。

 レークの尻尾を触っただけなのに、シエルが気まずそうにしていたあの時。

 レークの獣耳を触って、頭を撫でたあの時。兎獣人の騎士が、やけに恥ずかしそうに見ていたあの時。

 獣人族の、耳と尻尾。───嫌な予感がする。

 原作のサブ設定として、ちらっと読んだ情報を思い出す。いや、そんな、まさか。

 背中に大量の汗をかきながら、屋敷の書斎へと向かい、獣人族について記載されている本を急いで引き出す。

 厚みのある本の目次に目を通し、該当するページを一気に開く。

 “獣人族にとって、耳や尻尾は非常に繊細な器官であり、そこに触れる行為は、キスに相当するほど親密な意味を持つ。”

 震える手で、ペラリと次のページをめくる。

 “特に、付け根部分は、性感帯である。”

「───うあああああああああっっっ!!」

 叫びながら、ソファの上で転がる。体温が上がって、顔だけでなく耳の先まで熱い。羞恥心で涙すら出そうだった。

 俺、レークの耳の付け根、思いっきり触った。

 けれど、レークは何も言わなかった。

 そもそも、最初に尻尾を俺の腰に巻きつけてきたのは、レークのほうだ。撫でてほしそうにしてたのも、あいつだったじゃないか。俺は、別に悪くない。

・・・悪くない、はずだ。

「レークのアホーッ!!」

 両手で頭を抱えてジタバタしていると、コンコンコンッと、三回、軽いノックの音が聞こえた。

「ユリス様、レーク・ヴォルロード様より、お手紙が届いております。」

「ふぇっ!?」

 扉越しに聞こえるメイドの声に、驚いて飛び上がる。慌てて姿勢を整え、咳払いをしてから扉を開けると、封筒を差し出された。

───まさか、責任を取って慰謝料を寄越せだとか、書いてないよな!?

 心臓をバクバクさせながら、封を切る。中には丁寧な筆致で綴られた文字が並んでいた。





───親愛なるユリィへ

 本日は体調を崩されていないか、心より案じております。

 突然の襲撃に際し、私の警戒が不十分だったこと、深くお詫び申し上げます。

 仮初の婚約者として、あなたを守ることは、私の役目でもあります。これからも、危険を察知すれば、迷わずその身を庇います。

 明日、護衛を兼ねて、街の図書館へ出向こうと考えております。よろしければ、ご一緒いただければ幸いです。

 追伸:昨日のことは気にしなくて構いません。耳と尻尾、好きなんですね。

───レークより





 ユリィって、どうして愛称!?フルネームで書けよ!!何でこんなに甘々な文章なんだ!!いらない追伸を書くな!! 

「あああああっっ!!」

 思わず封筒をぶんぶん振り回して、ソファに突っ伏した。

 何もなかったフリをして、明日一緒に出掛けるって、絶対無理だ。俺のメンタルが持たない。

───暫くして気持ちが落ち着いたところで、俺は丁重にお断りの返事を書き、使いの者に託して、レークの元へと送った。
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