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六左衛門、勝成に駒を進める

天下分け目の関ヶ原 六左衛門は大垣に

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 関ヶ原の戦いは、石田三成率いる西軍と徳川家康率いる東軍が直接激突し、豊臣秀吉亡き後の覇権を決することになる戦いである。西軍、東軍合わせて動員された兵力は二十万近くにのぼると言われており、日本の歴史上でも類を見ない規模の戦いとなった。また、全国でも西軍方、東軍方の諸将による戦いが展開され、動員された兵の総数は把握できない。

 関ヶ原に西軍、東軍の兵が集結し、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
 慶長五(一六〇〇)年九月十五日のことである。

 その、天下分け目戦いを目前にして、六左衛門は実の弟忠胤(ただたね)とともに大垣城に向かっていた。

  本戦ではなく、石田三成が本陣を置く大垣城の押さえを命じられたのである。後方支援隊とでも言おうか、あまり華々しい役目ではない。石田方が優勢になった場合はもちろん臨機応変に動かなければならないが、そうならない可能性のほうが高いと皆が見ている。

「押さえとは、張り合いがないのう」と六左衛門が本音をもらす。
 刈屋からともに出陣、兄と組むのは初めてとなる弟の忠胤がいさめた。
「兄上、あまり愚痴りなさるな。お役目をなめてかかってはなりませんぞ」
「いかんでや、ぐちぐち言うのは内府殿に似てきてしもうたかのう」
 照れて頭をかく六左衛門である。そして、まだうら若いのにしっかりした弟を見て目を細めた。

 何と真面目で頼もしいこと、わしとは大違いじゃ。他家では家督争いの末に親子兄弟で骨肉の争いとなる例も少なくないが、わが水野家には無縁のようじゃ。こんな放蕩息子が受け入れられるんじゃけえのう。何より忠胤、かな、忠清ら弟妹がみな息災で、みずからの役目をきちんと果たしておる。何よりじゃ。

 しかし、と六左衛門はまだ頭の中で一人ごちている。
 父亡き今、水野家の帰趨(きすう)を決めるのもこの戦に相違ない。
 それなのに……押さえとはのう。

 六左衛門は落胆していた。心底落胆していた。
 何度も本戦への出陣を希望したのだが、家康からは逆に押さえの大切さについて懇々と諭される始末。そんなことは分かっている。もう二度と先陣は切らせないということなのか。くさるばかりであった。

 大垣城には諸将がすでに終結している。配置された総勢一万一千の兵を率いる将たちはなんとも個性的な面々であった。

 長老格は西尾光教(にしおみつのり)であろうか。美濃曽根城主である。
 これまで斉藤道三、織田信長、秀吉と天下取りの現場に仕えてきた。今回は東軍に着くことを早々に決めたが、西軍の大谷吉継からの誘いを断ったため、報復で城下を焼き討ちされるという憂き目にあったばかりである。「大谷刑部憎し、石田治部少憎し」の念はことのほか強く生々しい。

 津軽為信(つがるためのぶ)は北東北の覇者である。南部家、秋田家などを次々に攻略したやり方は悪評高く、たびたび懺訴が出されたほどである。上洛は伊達政宗に遅れを取り、中央とのつながりが弱いことを気にしている。帰参した六左衛門の噂は聞いていたらしく、しきりに話しかけてくる。

「しだっげ、貴殿は緒戦必ず一番鑓を上げるほどの将きゃ、ここでは物足りねえではねえのけ」

 物足りないも何もない、仕方がないのだ。
 六左衛門は心の中でつぶやいた。それは津軽も同じらしく本隊で武功を上げんとして遠路はるばる兵を連れてやってきたのに……と言いつらねる。

 松平康長が六左衛門にとっては歳も近く一番心やすく対することができる。元々は三河の戸田氏の出だが、家康の母、於大の娘を妻としているため松平の姓を受けた。六左衛門の義理のいとこになる。血縁というだけではなく、ものごとの道理をよくわきまえている。その温和な性格ゆえ重用され、後年信濃の大名に取り立てられ、さらに後、今回攻め入る大垣城の城主になることになる。

 六左衛門はこの顔ぶれを見て、家康の考えを推し量った。

 美濃や三河は馴染みがあるが、ようばらばらに混ぜたものだで。

 西尾は若くない。本隊に加わっても、憎き大谷と差し違えるに至らぬかもしれぬ。ここで関ヶ原との連携を取る役が適しておるだろう。津軽は兵をかなりの距離移動させていて、疲労の色は隠せない。ここで待機させ、戦局危うくなったら出馬させるつもりじゃろう。もっとも、主家を乗っ取る形で勢力を広げてきたのだから、信用しきれない面もあるということか。
 かくいうわしも帰参したてのどたわけ者、つまりは信用されとらんのか。一番鑓は禁じられてしもうたしのう、と六左衛門は途方にくれる。これでは思う存分働けないではないか。

 隣の忠胤が兄の気持ちを推し量って言った。
「これはきっと、兄上がどのようにこの場を仕切るか、内府様が試しておられるのやもしれませぬ」
 六左衛門は前向きな忠胤の言葉にうなずきながら笑う。そして今度は天を仰いで、忠胤にこっそり聞いた。
「このような様子を何と言うんじゃったかのう。ほれ、中国の、ほれ何かで」
「烏合の衆、という感じではありますが……今のところ。そんなことあけすけに、堂々と聞かんでくだされ」
「じゃけえ、こっそり聞いとるんじゃろうが。そうか、烏合の衆か」
 六左衛門はしばらく難しい顔をして、ぽんと手を打った。
「そうじゃ、そうじゃ」

 津軽為信が何の話かとばかり、六左衛門のところにやってくる。

「津軽殿、われらはあくまでも押さえになった烏合の衆じゃ」と六左衛門は大声で言った。
 武士として、あまり正面切って言われたくない台詞である。それをケロリとして当たり前のように六左衛門が言うので、一同が怪訝そうに六左衛門を見た。忠胤は目を見開き、兄はいったい何を言い出すのかと思った。

「わしゃあ、昔、どえりゃあ暴れ者だったで、一番鑓を入れることしか考えとらんかった」
「兄上……」と忠胤が間に入ろうとするのを見つめて、六左衛門は続けた。
「真に短慮じゃった。恥ずかしい話だでいかん。しかし、戦は皆が持ち場で力を尽くし、頭を使えば功を上げることが叶うもの。今われわれは寄せ集めの烏合の衆じゃ、それでええんじゃ。カラスは結構しぶとく、なかなか狡猾じゃ。大垣城におる将らを見てみい。わしらと同じぐらい寄せ集めじゃろう。同じ陣容なれば一致団結して頭を使ったほうが勝つ」

 一同は大人しくうなずきながら六左衛門の話を聞いている。
 どうせ烏合の衆なのだからいっそ開き直れ、ということなのだが彼が言うと妙にやる気が出てくる心地がする。座は生き生きとしてきた。
「特に籠城戦は敵方を動揺させるのがもっとも効果的じゃ、とは九州平定の際に誰ぞやが申しておったことだで、受け売り受け売り。ここはひとつ、あらゆる場合を想定して、思いつく限りの考えを出し合うてみようぞ。時間はあまりないが、いかがか」

 西尾光教がまず賛同の意を示した。さすが長老格、と六左衛門は彼を見る。
「六左殿の申す通り、皆がばらばら、好き勝手に動くなら御役は到底果たせぬ。できうるものなら、わしとて本隊で敵首を討ち取りたい。大谷刑部に、目にもの見せてやりたい。皆もそうであろうが、わしは大谷に非道を働かれその念は貴殿らより強いと思う。しかし、ここで働くのがわが天命であれば、貴殿らと力を合わせ、大垣城を必ず落としてみせよう」

 すばらしい賛同のことばである。津軽為信も感心したようだ。続けて最年少の松下が言う。
「私が得た知らせによれば、大垣城の一の丸を預かっているのは九州勢、六左殿はかの地にて活躍されていたゆえ、知った顔がおるかもしれぬ。戦いづらいかもしれぬが」

 さっそく軍議に入っている。

 確かに六左衛門は、大垣城の留守居の将の名を知っていた。秋月種長、高橋元種、相良頼房、熊谷直盛、福原長堯らである。兵の数は七千ともいう。人は十分じゃが、将としてはどうか。確かに秋月、高橋は知っている。二人とも大友宗鱗の家臣だったが島津についたんではなかったか。
 そういえば昔、筑後柳河藩主である立花左近統虎(むねとら)の家臣、十時連貞(とときつらさだ)が「武士の風上にも置けん」と怒りをあらわにしとったのう。
 寝返った者か、と六左衛門は思う。それが流れ流れて大垣まで来たか。

 とっさにそんなことを思ったが、すぐに、「いや、今も昔も味方ではない」と否定した。
「それならば、不戦の途もあろう。できるだけ兵力は温存したい。本隊の動きを見つつ調略の手はずも整え、臨機応変に進めようぞ」と松平康長が間の手を入れた。
 この男は控えめながら、誰もをうなずかせることを言う。頼もしいと六左衛門は思った。軍議は驚くほどスイスイと進み、大まかな攻略の段取りが決まった。東軍総大将の家康に諮ることは必須なので、早速開戦の許可を求める使者を出した。

 大垣城への攻撃を開始したのは、石田三成らが城を出た後の九月十五日未明である。

 まず、先陣を切って西尾光教が兵を率いて東大手門に向かい、「そうりゃああっ!」と門につきかかる。
 正面突破である。
 そこに水野六左衛門、忠胤兄弟が突っ込み、
「そうりゃあぁっ!寄せろーっ、寄せろーっ!」と怒声が飛ぶ。
 時間はかからなかった。
 西尾勢もとともに突き寄せ、門を破った。兵が奔流のように城内になだれ込み、あっという間に三の丸に襲いかかる。
 
 六左衛門は鑓を縦横無尽に振り回し、敵をなぎ倒す、というよりなぎ飛ばしていった。側に付く忠胤は兄の凄まじい鑓さばきを初めて目にして、目を見張った。

 強いで、兄上はまことに無双だで。

 この勢いに押されたこともあるが、場内の備えについていた数百の兵ではまともに応戦できなかった。恐れをなして後ずさりし、逃げ出す者が続出した。皆本丸に駆け出していく。
 城の三の丸はあっという間に占拠され、落とされた。

 しかし、三の丸を落とした後は先に進むことはなかった。旗を掲げると六左衛門ら東軍勢の兵らは一端城外に出た。
 これは威嚇のための攻撃だった。開城を申し出るための時間を敵に与えようとしたのである。

 これが東軍勢の作戦であった。
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