10 / 35
三年で完成すべし
しおりを挟む勝成と家臣らは秋の暮れる頃に神辺に戻ってきた。
家老の上田掃部が家臣を召集し、久々に皆揃っての会議が開かれた。もちろん勝成も座に在る。幕府に提案し了承を得た内容が中山から説明された。こちらが提案した案がほぼ通り、伏見城の遺構の一部を譲り受けるのも、金子の借用も認められたことを述べると、一同から「おおっ」と歓声が上がった。
藩主の勝成が話を継ぐ。
「幕府からは目付役の石垣奉行らが宛てられ、じきにこちらにやってくる。それまでの間に整えられるものは支度しておかねばならない。ここで、新たな城の建造、山の開削、湿地の干拓、河川の整備にあたる奉行を任命したいと思う」という段に至ると、座はシンと静まり返る。
「普請総奉行には中山将監重盛、開削と干拓に関わる土木の普請奉行に小場兵左衛門利之、そして河川と水利の普請奉行に神谷治武長次を任じたいと思うが、本人の意思も含めて意見を求めたい」と勝成は座に目をやる。
筆頭家老の上田が呼ばれた三名の方をちらりと見て言う。
「さて、中山どのは殿と江戸まで赴いたのもあるし、何より城地選定のための見回りにおいては誰よりも熱心に回られとった。誰も異論がないところだと思うが、ご当人はいかがか」
中山将監は皆をきょろきょろと見て、おずおずと口を開く。
「はい、いつ来るか来るかと思っておりましたので、覚悟はできましてございます。何分かような性分でございますので、何卒皆の助力をいただきお役目を全うしたいと思うとりますで、よろしゅうお願い申す」
その様子を隣で見ていた神谷治部はため息をひとつついて、皆の方を向く。
「拙者、喜んで水奉行をお引き受けしたく存じます。すでに備後への帰途、どのように作業を進めるか考えており申した。追って皆さまにお諮りいたしまする」
勝成がかかかと笑う。
「まことに気の早いこっちゃ。それで兵左衛門はいかがじゃ」
指名された小場は深々と頭を下げる。
「殿はあらかじめ各役に付く者に心構えをさせとったのですな。まことお見事です。想像もつかない大事業ですが、大和郡山のときのように縄張りからまた地道に勤めさせていただきとう存じます」
「うむ、時には三人の知恵を集めよい仕事をしてほしい。頼むぞ」
続いて、留守の間に命じていた作業がどれほど進んだか報告がなされる。
上田掃部から分厚い帳面が手渡される。
「備後、一部備中在地の土豪衆につきまして、藩に出仕すると了解を得た者に印を付けております。おおむね快諾でございます。ただ、所在の掴めない者もおり、引き続き作業を続けてまいります。また、その者らの紹介で預かった者の名を記したのがこちらでございます」と上田がさらに厚みのある帳面をドサッと手渡す。勝成はそれをパラパラとめくっていう。
「しかし、よう美麗にまとめとる。掃部の手ではないのう」
「はい、拙者はもうあたふたとして殴り書きになっとりましたのを、小場どのに清書いただいたのでございます。殿が見られとるのはそちらの方で」と上田は正直に申し述べる。
勝成はフッと微笑んでうん、うんとうなづく。
「餅は餅屋でええんじゃ。兵左衛門は几帳面じゃけえ、任せたらええ。のう」
「ははっ」と小場兵左衛門がまた頭を下げる。
「おぬしのきっちりした性分は普請でも大いに発揮できるじゃろう。さて」
皆が注目する。
「どこに城を築き、どのように城下町を形成するかという大まかな話はさきに決めた通りじゃ。ただ、いつまでかかってもええと言うものではない。来春より本格的な普請を初め、三年であらかた完成する」
一同は一様にぎょっとした表情になる。
中山に至っては目を見開いて、そのまま固まっている。ハッと我に返って、一歩前に進んで勝成にもの申す。
「と、殿……元和の六、七、八と、その三年ですべてを完成させるのですか。城を築くだけならできるかもしれませぬが、城下町まで完成させるなぞ、無理にございます」
勝成はうむと頷く。
「幕府の許しも出た。しかしその実、皆がおのおのの力を発揮し、時には助け合ってこそできるものじゃと思うとる。将監が無理だと言うのも分かる。拙速に過ぎてはならぬとわしも思う。じゃが、三年はさほど短いものとわしは思わぬ。いかにしたら、三年で済むか。当然、進めるうちにそこからはみ出ることもあろうが、三年をいかに使うか。そのように考えてほしい。それに……」
「それに……?」と中山は問いかける。
「できんかったら……どこまでできるか、また考えればよい」
一同はまだ緊張した面持ちだったが、藩主の言葉に納得したようだ。
一同が疑問や難題だと思うことを勝成はひとつひとつ説明する。忌憚ない意見も公で聞く。「しのごの言わずにやるんじゃ!」と高圧的に言おうものなら、早晩反乱になっているかもしれない。一同がよく趣旨を理解し、自分の持ち場で存分に仕事をしてもらうのが何より大切なのである。それに今後は現場に他所の人々が多く入ってくる。それがうまく回るかどうかは一重に家臣団の働きにかかっている。
勝成は締めくくるように皆に告げる。
「それでのう、わしも常興寺山の麓に急ごしらえの屋敷を築き、住まいを移すつもりじゃ」
「えっ?」と一同はまた驚く。
「お方さまや、じきに到着される美作さま(勝重)もご一緒に?」と上田掃部が前のめりになって訊ねる。
「いや、わしだけじゃ。神辺城はしばらく本城としておく。その方が進み具合がすぐわかるじゃろう」と無邪気に勝成が答える。
殿も積極的に普請に携わるつもりなのだ。一同苦笑いしつつうなずくばかりだった。
「掃部、将監、治部、兵左衛門、ちょっと残れ。後は皆持ち場に戻ってよい。お開きじゃ」
話が一段落してようやく放免になった勝成が自室に戻ると、すでに膳の指示を済ませたお珊が夫を見上げる。
「まあまあ、皆さぞかし目をくるくる回しとったんでしょう。これほど遅うまで話をされるとは」
「そうじゃのう、せからしいかのう。まあ、さように見えとらんと。やはり齢六十も目の前じゃけえ、実のところは疲れとるが、まあよろよろとはしとられんけえな」
勝成はふうと腰を下ろす。
「ええ、ええ、横になっとられたらよろしいのに」
「腹は減っとるで」と勝成は笑う。
お珊は少し思案顔だ。
「ん、何か気になることがあるんか」
「ええ」と言っておさんは話し始める。
「神辺城の麓の社へよくお参りするのですけれど、もう壊れそうなほどぼろぼろなのです。城ができる前からずっと一帯の崇敬を集めているお社ですし、家中の皆も通りかかるときには参拝しています。城は破却となるそうですが、お社は修繕して残すようにしてほしいのです」
そこで、「お膳をお持ちいたしました」と声がしたのでお珊は「のちほど」と言い膳に場を譲った。
勝成は飯を口に運び、ゆっくりと咀嚼した。
食事だけが唯一のんびりできる時間で、ゆっくり思いを巡らせることができる。備後の今後が最も多いが、過去の思い出も、未来に思いを馳せることもできる時間でもあった。
勝成は食事を終えるとゆっくりと手を合わせ、お珊を呼んだ。
「お珊、この城の解体に入る際、社の修築も同時にするというのはどうじゃ。そして城が更地になったらこの山を社地として寄進する」
お珊はハッとして、目を輝かせる。
「殿、何と素晴らしい……まことに……ありがとうございます」
勝成はゆっくり首を横に振る。
「ここの明神さまもじゃが、寺社をどうするかちゅうんはずっと思案しとる。新たに寺社を移転、勘請するのもあるが、土地ゆかりの神仏は何より篤く保護するべきと思うとるよ。わしらを迎え入れてもらうんじゃからのう。例えば、備後にもお珊がよう信仰しとる吉備津神社があるんじゃが、知っとるか」
「あら、存じませんでした」とお珊が目を丸くして言う。
「わしも知らんかった。城地の候補じゃった桜山の側に鎮座されとる。こちらのお社以上に錆びれとってな……あちらもどうにかせんと、わしら嫌われてまうで」
吉備津神社は備中にあり近隣の吉備津彦神社とともに、備前国・備中国の一宮である。そちらを分祀する形で備後にも吉備津神社が古より置かれている。ただ、備後の社の方は最近すっかり寂れて参拝する人もまばらになっていた。
「あれでは吉備津彦命(きびつのひこのみこと)も嘆くじゃろう。再興せねばなるまい」
お珊はふっと微笑んだ。
「ああ、殿がそれほど信心深いお方とは、ついぞ気づきませなんだ」
「いや、わしゃほうぼうで世話になっとるんじゃ。そもそも……」
それから自身の神仏にまつわる話を始める。
かつて肥後の国衆一揆で敵勢に自軍がすっかり包囲され万事休すのとき、たまたま外にいた勝成が道端の地蔵の陰に隠れて難を逃れたこと。その地蔵に手を合わせたところ、戦闘になったが援軍とともに無事に包囲を突破できた話。
続いて奉公構を解いてもらうために京に入ったとき、父がまだまだ激怒しており許してくれそうもない。途方に暮れて寝ぐらにしている寺の油掛地蔵に願をかけたら、すぐに山岡道阿弥という人に声をかけられ帰参の仲立ちをしてくれた話である。
「あらまあ、帰参するのもぶち難儀だったのですなあ」とお珊が笑う。
「さよう、わしは信心深いんじゃ」と勝成も笑う。
「あなたさまに起こった幸運を神仏の助けだと思うからこそ、道が開けてここまで来られたのかもしれませぬ。この地に戻ってこられたのは何や偶々ではなく、必定だったと私には思えます」
お珊が微笑んで夫を見つめる。
「そうじゃな。その通りじゃ」と勝成はうなずいて、おさんをそっと抱き寄せた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる