福山ご城下開端の記

尾方佐羽

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三年で完成すべし

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 勝成と家臣らは秋の暮れる頃に神辺に戻ってきた。

 家老の上田掃部が家臣を召集し、久々に皆揃っての会議が開かれた。もちろん勝成も座に在る。幕府に提案し了承を得た内容が中山から説明された。こちらが提案した案がほぼ通り、伏見城の遺構の一部を譲り受けるのも、金子の借用も認められたことを述べると、一同から「おおっ」と歓声が上がった。
 藩主の勝成が話を継ぐ。
「幕府からは目付役の石垣奉行らが宛てられ、じきにこちらにやってくる。それまでの間に整えられるものは支度しておかねばならない。ここで、新たな城の建造、山の開削、湿地の干拓、河川の整備にあたる奉行を任命したいと思う」という段に至ると、座はシンと静まり返る。
「普請総奉行には中山将監重盛、開削と干拓に関わる土木の普請奉行に小場兵左衛門利之、そして河川と水利の普請奉行に神谷治武長次を任じたいと思うが、本人の意思も含めて意見を求めたい」と勝成は座に目をやる。
 筆頭家老の上田が呼ばれた三名の方をちらりと見て言う。
「さて、中山どのは殿と江戸まで赴いたのもあるし、何より城地選定のための見回りにおいては誰よりも熱心に回られとった。誰も異論がないところだと思うが、ご当人はいかがか」
 中山将監は皆をきょろきょろと見て、おずおずと口を開く。
「はい、いつ来るか来るかと思っておりましたので、覚悟はできましてございます。何分かような性分でございますので、何卒皆の助力をいただきお役目を全うしたいと思うとりますで、よろしゅうお願い申す」
 その様子を隣で見ていた神谷治部はため息をひとつついて、皆の方を向く。
「拙者、喜んで水奉行をお引き受けしたく存じます。すでに備後への帰途、どのように作業を進めるか考えており申した。追って皆さまにお諮りいたしまする」
 勝成がかかかと笑う。
「まことに気の早いこっちゃ。それで兵左衛門はいかがじゃ」
 指名された小場は深々と頭を下げる。
「殿はあらかじめ各役に付く者に心構えをさせとったのですな。まことお見事です。想像もつかない大事業ですが、大和郡山のときのように縄張りからまた地道に勤めさせていただきとう存じます」
「うむ、時には三人の知恵を集めよい仕事をしてほしい。頼むぞ」
 続いて、留守の間に命じていた作業がどれほど進んだか報告がなされる。
 上田掃部から分厚い帳面が手渡される。
「備後、一部備中在地の土豪衆につきまして、藩に出仕すると了解を得た者に印を付けております。おおむね快諾でございます。ただ、所在の掴めない者もおり、引き続き作業を続けてまいります。また、その者らの紹介で預かった者の名を記したのがこちらでございます」と上田がさらに厚みのある帳面をドサッと手渡す。勝成はそれをパラパラとめくっていう。
「しかし、よう美麗にまとめとる。掃部の手ではないのう」
「はい、拙者はもうあたふたとして殴り書きになっとりましたのを、小場どのに清書いただいたのでございます。殿が見られとるのはそちらの方で」と上田は正直に申し述べる。
 勝成はフッと微笑んでうん、うんとうなづく。
「餅は餅屋でええんじゃ。兵左衛門は几帳面じゃけえ、任せたらええ。のう」
「ははっ」と小場兵左衛門がまた頭を下げる。
「おぬしのきっちりした性分は普請でも大いに発揮できるじゃろう。さて」
 皆が注目する。
「どこに城を築き、どのように城下町を形成するかという大まかな話はさきに決めた通りじゃ。ただ、いつまでかかってもええと言うものではない。来春より本格的な普請を初め、三年であらかた完成する」
 一同は一様にぎょっとした表情になる。
 中山に至っては目を見開いて、そのまま固まっている。ハッと我に返って、一歩前に進んで勝成にもの申す。
「と、殿……元和の六、七、八と、その三年ですべてを完成させるのですか。城を築くだけならできるかもしれませぬが、城下町まで完成させるなぞ、無理にございます」
 勝成はうむと頷く。
「幕府の許しも出た。しかしその実、皆がおのおのの力を発揮し、時には助け合ってこそできるものじゃと思うとる。将監が無理だと言うのも分かる。拙速に過ぎてはならぬとわしも思う。じゃが、三年はさほど短いものとわしは思わぬ。いかにしたら、三年で済むか。当然、進めるうちにそこからはみ出ることもあろうが、三年をいかに使うか。そのように考えてほしい。それに……」
「それに……?」と中山は問いかける。
「できんかったら……どこまでできるか、また考えればよい」

 一同はまだ緊張した面持ちだったが、藩主の言葉に納得したようだ。
 
 一同が疑問や難題だと思うことを勝成はひとつひとつ説明する。忌憚ない意見も公で聞く。「しのごの言わずにやるんじゃ!」と高圧的に言おうものなら、早晩反乱になっているかもしれない。一同がよく趣旨を理解し、自分の持ち場で存分に仕事をしてもらうのが何より大切なのである。それに今後は現場に他所の人々が多く入ってくる。それがうまく回るかどうかは一重に家臣団の働きにかかっている。

 勝成は締めくくるように皆に告げる。
「それでのう、わしも常興寺山の麓に急ごしらえの屋敷を築き、住まいを移すつもりじゃ」
「えっ?」と一同はまた驚く。
「お方さまや、じきに到着される美作さま(勝重)もご一緒に?」と上田掃部が前のめりになって訊ねる。
「いや、わしだけじゃ。神辺城はしばらく本城としておく。その方が進み具合がすぐわかるじゃろう」と無邪気に勝成が答える。
 殿も積極的に普請に携わるつもりなのだ。一同苦笑いしつつうなずくばかりだった。
「掃部、将監、治部、兵左衛門、ちょっと残れ。後は皆持ち場に戻ってよい。お開きじゃ」


 話が一段落してようやく放免になった勝成が自室に戻ると、すでに膳の指示を済ませたお珊が夫を見上げる。
「まあまあ、皆さぞかし目をくるくる回しとったんでしょう。これほど遅うまで話をされるとは」
「そうじゃのう、せからしいかのう。まあ、さように見えとらんと。やはり齢六十も目の前じゃけえ、実のところは疲れとるが、まあよろよろとはしとられんけえな」
 勝成はふうと腰を下ろす。
「ええ、ええ、横になっとられたらよろしいのに」
「腹は減っとるで」と勝成は笑う。
 お珊は少し思案顔だ。
「ん、何か気になることがあるんか」
「ええ」と言っておさんは話し始める。
「神辺城の麓の社へよくお参りするのですけれど、もう壊れそうなほどぼろぼろなのです。城ができる前からずっと一帯の崇敬を集めているお社ですし、家中の皆も通りかかるときには参拝しています。城は破却となるそうですが、お社は修繕して残すようにしてほしいのです」

 そこで、「お膳をお持ちいたしました」と声がしたのでお珊は「のちほど」と言い膳に場を譲った。
 勝成は飯を口に運び、ゆっくりと咀嚼した。
 食事だけが唯一のんびりできる時間で、ゆっくり思いを巡らせることができる。備後の今後が最も多いが、過去の思い出も、未来に思いを馳せることもできる時間でもあった。
 勝成は食事を終えるとゆっくりと手を合わせ、お珊を呼んだ。
 
「お珊、この城の解体に入る際、社の修築も同時にするというのはどうじゃ。そして城が更地になったらこの山を社地として寄進する」
 お珊はハッとして、目を輝かせる。
「殿、何と素晴らしい……まことに……ありがとうございます」
 勝成はゆっくり首を横に振る。
「ここの明神さまもじゃが、寺社をどうするかちゅうんはずっと思案しとる。新たに寺社を移転、勘請するのもあるが、土地ゆかりの神仏は何より篤く保護するべきと思うとるよ。わしらを迎え入れてもらうんじゃからのう。例えば、備後にもお珊がよう信仰しとる吉備津神社があるんじゃが、知っとるか」
「あら、存じませんでした」とお珊が目を丸くして言う。
「わしも知らんかった。城地の候補じゃった桜山の側に鎮座されとる。こちらのお社以上に錆びれとってな……あちらもどうにかせんと、わしら嫌われてまうで」
 吉備津神社は備中にあり近隣の吉備津彦神社とともに、備前国・備中国の一宮である。そちらを分祀する形で備後にも吉備津神社が古より置かれている。ただ、備後の社の方は最近すっかり寂れて参拝する人もまばらになっていた。
「あれでは吉備津彦命(きびつのひこのみこと)も嘆くじゃろう。再興せねばなるまい」
 お珊はふっと微笑んだ。
「ああ、殿がそれほど信心深いお方とは、ついぞ気づきませなんだ」
「いや、わしゃほうぼうで世話になっとるんじゃ。そもそも……」
 それから自身の神仏にまつわる話を始める。

 かつて肥後の国衆一揆で敵勢に自軍がすっかり包囲され万事休すのとき、たまたま外にいた勝成が道端の地蔵の陰に隠れて難を逃れたこと。その地蔵に手を合わせたところ、戦闘になったが援軍とともに無事に包囲を突破できた話。
 続いて奉公構を解いてもらうために京に入ったとき、父がまだまだ激怒しており許してくれそうもない。途方に暮れて寝ぐらにしている寺の油掛地蔵に願をかけたら、すぐに山岡道阿弥という人に声をかけられ帰参の仲立ちをしてくれた話である。
「あらまあ、帰参するのもぶち難儀だったのですなあ」とお珊が笑う。
「さよう、わしは信心深いんじゃ」と勝成も笑う。
「あなたさまに起こった幸運を神仏の助けだと思うからこそ、道が開けてここまで来られたのかもしれませぬ。この地に戻ってこられたのは何や偶々ではなく、必定だったと私には思えます」
 お珊が微笑んで夫を見つめる。
「そうじゃな。その通りじゃ」と勝成はうなずいて、おさんをそっと抱き寄せた。
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