16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第4章 フィガロは広場に行く2 ニコラス・コレーリャ

問題は何か 1525年 フィレンツェから

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〈ニッコロ・マキアヴェッリ、イザベッラ・デステ、1525年時点の君主たち〉

イザベッラ・デステ侯妃 殿


 夫君アルフォンソ侯亡きあと、マントヴァを善く治められているとの噂、私の耳にさざ波のように流れ込んできております。大いなる喜びを持って受け止めております。ご子息はお元気でお過ごしですか。まだローマにおられましたか。

 拙著『君主論』などにいつも過ぎたお褒めの言葉を頂戴し、恐縮するばかりです。たいへん申し上げにくいことですが、著書を捧げた亡きロレンツォ(デ・メディチ)様よりよく読み込んで下さっているように思われます。イザベッラ様は私よりよほど実地の経験を重ねていらっしゃるのに、全く畏れ多いことと受け止めております。



 この世紀のことについて申し上げれば、あなたさまが書かれたほうがよいのではないでしょうか。きっと面白い書物ができることと存じます。

 さて、今回はたいへん難しいお尋ねをいただきました。

 フランソワ1世とカール5世と、さらにオスマン・トルコはどのように動いていくか、その見通しを教えてほしいとお書きになっておられましたが……それはこちらが教えてほしいぐらいです。

 それでも私の見立てをと仰せですか。現在の教皇クレメンス7世にも同じことを尋ねられております。あの方にはお世話になっておりますから、私見とお断りした上で申し上げておりますが、そのようなことでよろしければ以下大まかに書かせていただきます。

 まずフランスですが、前世紀の繰り返しを延々見ているような気持ちになります。イタリア半島に進出しようとたびたび攻勢をかけて、あと一歩のところで撤退する。ミラノについてはしばらくフランスのものになっていましたが、今はスフォルツァ家に復しました。おそらく、その流れは今後も変わらないように思います。いっそ諦めてくれたらよいのに、と思いますが歴代の王の悲願でもありますのでそうはならないでしょう。

 現在は特に、国土を神聖ローマ帝国領に挟まれていますから、フランソワ1世も必死でしょう。

 さて、1521年からはフランスと神聖ローマ帝国が交戦状態となっております。もともとはナヴァーラ王国の反乱にフランスが介入したことがきっかけでした。そこから、フランス北部で戦闘が散発的に起こりました。
 このとき対フランスで組んでいたのは教皇庁と神聖ローマ帝国でしたが、そこにイングランドが加わりました。フランスには大きな打撃だったでしょう。前世紀からの因縁がありますから(著書注 英仏間の百年戦争)。イングランドの王ヘンリー8世はなかなか機敏に情勢に乗る方のようです。フランスはしばらくそちらにかかりきりになって、イタリア半島はわずかの間平穏だったのです。

 しかし、そちらが落ち着くと再びフランスはイタリアに狙いを定めるようになりました。
 ミラノへの侵攻を再び開始したフランスが先頃パヴィアでの戦いで大敗したことは記憶に新しいことです(著者注 この年1525年2月)。フランソワ1世は捕虜になりスペインに連れて行かれましたが、じきに講和をはかって戻ってくることでしょう。
 そしてまた、決着がつかず、日延べされただけのような状態になるのです。

 きっとイザベッラ様も同じようにお思いになっていることでしょう。

 皇帝カール5世は対フランス戦に本腰を入れていません。

 なぜなら、神聖ローマ帝国は領国にいくつも問題を抱えているからです。それに対処するのに忙殺されているのが、現時点での偽らざる姿といえるのではないでしょうか。

 まず、国内の反ローマ、反カトリックの運動が見過ごせない段階に来ていることです。提唱した神学者マルティン・ルターは追放されましたが、支持する層は貴族も含めことのほか多く、一大勢力になっています。
 昨年(筆者注 1524年)、修道院から始まった農民の反乱がきっかけでたいへんな事件が起こりました。

 修道院から、というのが強烈な皮肉に思われませんか。

 ルターの熱烈な信奉者ーーというのは少し奇妙ですがーートマス・ミュンツァーがそれに乗じてミュールハウゼンで蜂起した人々を鼓舞し、指導し、さらなる反乱を起こしました。そしてそれは領内の南西部全体に燎原の火のごとく拡大していきました。対応した各諸侯は鎮圧するのにたいへんな苦労をしています。現在もまだ収まっていないようですから。



 さて、ご存じの通り、農民が反乱を起こすのはしばしば見られる事象です。フィレンツェでも起こります。それ自体はありふれているのですが、これは戦争と言ってよい。私が思うのは、この反乱がある種の熱狂を帯びているということです。十字軍ほど遡る必要はありませんが、サヴォナローラに通ずるものを私は感じました。
(著者注 サヴォナローラはドメニコ会の修道士、教会と教皇庁の腐敗を訴え民衆を煽り、いっときフィレンツェを支配するまでになった)
 前世紀のあの出来事をイザベッラ様は覚えていらっしゃるはずですから、私が何を言わんとしているかお分かりでしょう。
 反宗教的な動きというのはあっという間に、劇的に広がるということです。それは政治の思惑など意にも介さず、事態を思わぬ方向に導いてしまう恐れがあるのです。

 今回の神聖ローマ帝国における反乱はまさにそのようなものであると、教皇クレメンス7世には強く申し上げています。



 それがローマに迫ったら、どのようなことになるか考えておいたほうがよろしいでしょうと。

 カール5世の話に戻しましょう。かの皇帝にはもうひとつ悩みの種があります。
 
 異教徒の脅威です。

 オスマン・トルコの動向については、ヴェネツィアにいる私の息子からしばしば便りが来ていますが、断片的なものですのでご容赦ください。お役に立つかどうかは分かりません。
 5年ほど前にスルタン(君主)になったスレイマン1世の評判は相当高いようです。
 王が玉座にのぼった後反乱が起きるのは、古代より繰り返された約束事のようなものですが、これをこともなげに退け、先代のなし得なかったハンガリー王国に歩を進めました。すでにその領国の首都ベオグラードは陥落しています。これが、ハンガリー本体まで進むのは時間の問題でしょう。もともとはハンガリーが不可侵と引き換えに約束した上納金を払わなかったことが理由ですから、襲撃の手綱を緩めることはない。



 ヴェネツィアが危惧しているのは、アドリア海からエーゲ海一帯にオスマン・トルコが進出していることです。3年ほど前にロードス島があっけなく陥落したことはもちろんご存じかと思いますが、これによってヴェネツィアは従来のような海の行き来ができなくなりました。貿易を主にエーゲ海の島々から利を得ているかの国にとっては大打撃でしょう。
 例年ヴェネツィアが出しているイェルサレムへの巡礼船もいつまで出せることやら、と息子はつぶやいておりました。

 これにはイタリアの東側一帯がもっと危機感を持つべきでしょう、と、こちらもクレメンス7世にはお伝えしました。

 上記をふまえて申し上げますと、これまでとは違う形の危機がすぐ背後に控えているということが問題だと私は考えています。なるほど、今それらは散発的で規模も小さく、同じ場所で起こっているわけでもありません。別個に対処できるものかもしれません。

 しかし、降り積もる雪がやがて雪崩となるように、不意に、避けようがないほどの大きさで襲ってこないとは限らないのです。

 季節外れの喩えになってしまいました。
 私が思っていることは、以上のようなものになります。ご満足いただけるかどうか。


 さて、クレメンス7世に執筆を依頼された『フィレンツェ史』がもうすぐ完成しそうです。こちらは歴史の概説をするものですから、『君主論』などとは趣が異なりますがイザベッラ様にも献呈いたしますので、その折はよろしくご査収ください。
 完成した本は教皇庁まで直接持参する相談をしているところです。来月辺りはローマに出かけていると思います。

 それにしても、この10年ほどで時勢もだいぶ変わったように感じています。それは私がフィレンツェの都市の喧騒から一歩出て、引き籠っている期間が長かったせいかもしれません。もう私も若くはなくなりました。

 そういえば、フェラーラでルクレツィア様に付いていたソッラとニコラス母子とは、たまに手紙のやりとりをしておりました。ソッラは商人と再婚してスペインに行きました。それ以降はさすがに手紙も減っています。

 息子のニコラスは、ここフィレンツェの街で、かのミケランジェロ・ブォナローティの弟子を立派に務めています。確か17歳になるはずです。ドン・ミケロットにそっくりだとよく言われているようです。
 それは、親子ですから当然でしょう。
 ニコラスの絵は完璧です。私も描いてもらいました。イザベッラ様もマントヴァにお呼びになられてはいかがでしょう。

 もれなくミケランジェロが付いてくるかと思いますが。

 ニコラスを初めて見たとき、私もドン・ミケロットを思い出さずにはいられませんでした。懐かしさが奔流のように溢れ出しました。

 この世紀が始まった頃、まさに栄光を掴み取ろうと走っているチェーザレ・ボルジアに出会いました。私などは軽くあしらわれる部類でしたが、それでも時折ふっともらす一言が鋭く的を射ていて、しょっちゅう感心したものです。
 そして、常に脇に立つドン・ミケロット。私はカスタル・サンタンジェロで彼と再会するまで、さほど話す機会がありませんでしたが、最初からその存在感は強烈でした。

 彼らのように、イタリアをひとつに統べるだけの力量と運を持つ人間がまた現れれば、とよく考えます。それは『君主論』でも書きました。
 他国がしょっちゅう土足で踏み込んでくるのは、キリスト教の聖地イタリアが一枚岩ではないからです。もし、ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネツィア、あるいはスペイン領でない場合のナポリ、マントヴァやフェラーラが常に同志として手を繋ぎ、敵に立ち向かえたら……。チェーザレ・ボルジアが生きていてくれれば……。

 ないものねだりなことを申し上げてしまいました。
 いずれにしましても、またお会いする機会があれば幸いです。


ニッコロ・マキアヴェッリ
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