16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第6章 海の巡礼路(東洋編) フランシスコ・ザビエル

誰が領主になろうと……。 1543年 ツチコリンからゴア

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〈フランシスコ・ザビエル、アルフォンソ・デル・ソーザ総督、ミセル・パウロ、フランシスコ・マンシラス、セサル・アスピルクエタ〉

 私たちはポルトガルの最大の拠点都市、ゴアから南に下って宣教の旅をしていた。小さな海辺の村をほうぼう回っているうちに1542年10月も半ばになっていた。



 私たちはインド南端の東側にある村、ツチコリン(現在のトゥーットゥックディ)に向かっている。この土地にはポルトガルが関心を持っているが、その理由について助祭の二人が道中説明してくれた。
 まずひとつは、この地がセイロン島(スリランカ)を抜ける手前の通過点であることだ。インドとこの島の間を抜けてマラッカ海峡に向かうのがインド航路の決まった通り道なので、その前の寄港地として便利であること。

 セイロン島はかなり大きな島で端から端まで至るのに相当時間がかかるという。私たちはまた改めてこの島を訪れることにしている。

 もうひとつ、こちらの方が他の人々にとって、はるかに重要なのだが、このインド南端の東海岸は真珠がよく採取できるのだ。
 真珠は貝が自然の摂理によって産するもので、柔らかく丸く、変化する美しい輝きを放つ。古くから装飾品や薬として珍重されてきた。ヨーロッパでも古代ローマのころにはすでに貴重品とされていただろう。
 「12の門は12の真珠」でできているとヨハネの黙示録にも記されているほどだ。

 ツチコリンの辺りはそのようなことから、「真珠海岸」と呼ばれていた。東洋でも真珠が珍重されていることは同じだったので、この地を手にしたいと考える諸侯が覇を競っていたのだ。それを売ることによって莫大な富が得られるからだが、そこにポルトガルも目をつけている。ツチコリンが重要だと考えられていたのは、そのような理由からである。

 旅の途中、セサルは私たちのいる場所から、これまで通った場所、さらにポルトガルが拠点を築いている場所までの距離を書き留めていて、私もそれに付き合った。
「ソファラ(モザンビーク)から1080レグア(5,400㎞)、モザンビーク島から1008レグア(5,040㎞)、ホルムズから448レグア(2,240㎞)、ディウ(インド)から336レグア(1,680㎞)。そして、ポルトガルが拠点を持つマラッカ(シンガポール)まで560レグア(2,800㎞)、モルッカ諸島のテルテナ(インドネシア)まで1120レグア(5,600㎞)か。ずいぶんと手を広げたものだな。それで倦み飽きることがないのだから、すごいものだ」とセサルは感心しながら言う。

「海の道ができたからでしょう。陸地からこれだけ拠点を作っていくのは不可能です。アレクサンドロス大王は、よく陸を進みこの辺りまで版図を拡大できたものです」

「そう、海の道のおかげだ。アレクサンドロス大王とは方法が違う。彼は地図を塗りつぶすように国を制圧していったが、海の道はまだ点でいくつかを線で結べるぐらいだ。まあ、それを塗りつぶす形に変えようというのが総督、ひいてはポルトガル王の考えだろうな。何しろポルトガルの本国には陸地が少ないから海を目指すのは必然だっただろうし……」

 セサルの言葉に私はふと思った。
「あなたならば、こうしましたか?」

 セサルは少し考えていたが、
「いや」と首を横に振りながら話し続ける。



「たとえば、オスマン・トルコがセウタ(現在スペイン領、ジブラルタル海峡のアフリカ側にある地)を攻略しようとするのならば、その目的は簡単に想像できる。地中海を中心にした帝国を築くため、地中海の制海権を得るためだと。そこは自国やその領地からもさほど離れていない。
 対してポルトガルは、インド洋を手中にしようとしているようにも思えるが……自国からこれだけ離れていると、塗りつぶすように征服するのはたいへん困難だろう。何しろ、言葉も文化もまったく違う。アフリカのようにイスラム教徒が何世代にも渡り進出を重ねているわけでもない。
 フランシスコ、マナバルの村を見ただろう。あの村は誰が領主になろうと変わらない。皆貧しく暮らしていくしかない。ゴアからさほど離れてもいないのに、あのありさまだ。結局のところ、金になるものにしか関心がないのだと結論づけるしかない」

 私は、いつもより強い調子でとうとうと語るセサルに圧倒されていた。なので、黙って聞いている。

「古代のギリシアにも、ローマ帝国にもこのようなことはもちろんあった。それらを必要以上に美化することもない。為政者がいて、貴族階級がいて、富裕な市民とそうでない市民がいて、あとは、あるかないかの見返りと引き換えに賦役か労役を課された民、そして奴隷だ。
 今はそこからはるかに時代が進んでいるにも関わらず、程度は同じか、それ以下のように思える。どんどん遠くに行けるようになった分、政治というものが一部でしか機能しなくなる。それでも機能させなければいけないので為政者は強権を行使し続ける。絶え間なく周辺の人間といさかいが起こる。武力が幅をきかせる。軍事力という意味で、ヨーロッパの国々に匹敵するのはオスマン・トルコぐらいだろう。戦利品として土地や権利や産出品、あとは捕虜という名の奴隷が差し出される。そして……」

 セサルはそこまで言うと、また考え始めた。

 私はなぜか、ふっと学生時代のことを思い出した。パリ大学バルバラ学院でアリストテレスの著作をひもとくのに熱中していたときのことだ。それは、私にとって考える修練でもあった。アリストテレスの説に疑問を発し、学生同士で論議しあうこともしばしばだった。ただ実際に「政治」、いや、「統治」というものに出くわすと、大学の頃に議論していたような「理想」とはずいぶんとかけ離れていると思ったのだよ。

 私は総督と親しくしていたし、話す時は強権的な為政者ではなく、信仰深い一人のポルトガル人として見ていた。しかし、インドの漁村の民からすればそうではない……。

 しかし、セサルは明快だった。

「理想通りに行くほうが奇跡だ。常に過去の経緯と、少し先の展望と、何より現在の状況を冷静に見据える必要がある。政治を担うには、自分の思う方向に上手く調整する能力、時機を見定めて一気に行動する能力が必要だ。加えて、圧倒的な力を備えておくことだな。そう考えれば総督の方法は至極まっとうなものだ。しかし……それが何を目的にしているかということをわれわれはよく観察しなければならない。なぜなら私たちの目的は、言うまでもなく、総督とは異なるのだから」

「そうですね。これは使徒の旅です」とだけ私は付け足した。

 セサルはイエズス会員としてではなく、従者として私の側にいる。それ以上を求めることもない。しかし、彼には彼の長い長い旅があって、その上で私に添うことを決めたのだ。それはどうしてだろう。私はセサルについて不思議に思うことがいくつもあった。ただ、矢継ぎ早に問うのも子どものようではばかられた。こどもの頃であれば遠慮なく質問するのだが、私は36歳の大人だ。しかも助祭も付いて来ているのだから。

 ただ、それは私にとってとてもありがたいことだった。




 そうこうしているうちに、私たちはツチコリンに到着した。これまで通った村のなかではもっとも立派な村だった。
 私はその賑やかさに触れて、ほっとしたような、少し残念なような、不思議な気持ちになったのだ。
 私たちが村に入ると、なぜだかわからないが、人々が集まっていて熱烈な歓迎を受けた。私をはじめたどり着いた側はきょとんとしている。

「நான் வருவதற்கு எதிர்பார்த்திருந்தேன்」
(あなたがたが来るのを楽しみにしていました)

 村人たちはこれまで私たちが通過してきた村々の人から私たちの様子を聞いたのだという。それが伝わって、皆が心待ちにしていたというのだ。

 これが、この2カ月ほどの旅で私たちが得た大きな果実だった。


 私たちはそこでしばらく逗留し、ゴアに帰ることになった。帰途もこれまで立ち寄った村々からたいへんな歓迎を受けて、行きよりはるかに時間を費やしたのだ。旅は私たちにとって、たいへん実りのあるものとなった。何より、この旅をともにした助祭がほうぼうでの歓迎に、私たち以上に感動していた。そして、そのことが彼らの信仰をいっそう堅固にしたようだった。彼らは日課や祈りを熱心に毎日行う。村人にも同朋として熱心に語りかける。彼らを見て、使徒の手本のようだと私は思う。

 今後、地元の信徒を聖職者にするための方策を、もっと積極的にとっていかなければならないと思ったのだ。

 ゴアに帰りついたのは、1543年の夏ももう終わろうかという頃だった。1年弱、海辺を旅してきた私たちの肌は日灼けして、出迎えてくれたソーザ総督もびっくりしていた。そしてさっそく、昨年に完成した聖パウロ学院の建物に案内された。
 本当に見事な建物だったよ、アントニオ。リスボンにいるのかと一瞬錯覚したほどだ。その中にある聖堂は立派なものになると聞いていたが、実際に見ると想像以上の、石造りの実に堂々とした聖堂だった。
 さらに、そこには、ミセル・パウロとフランシスコ・マンシラスがいたのだ。

 モザンビーク島で別れたのはもう、1年半前だっただろうか。それはそれは、たいへん懐かしく感じたよ、アントニオ。彼らは道中の話をしてくれたが、あれからゴア行きの船はなかなか出なかったのだと言う。モザンビーク島の病院で奉仕活動をしながら、船が出るのをずっと待っていたのだが、結局定期船ではなく、モザンビークに停泊していた船が急遽出されることになり、それに乗ってやってきたのだ。

 私は心強い仲間が増えたことを心から喜んだ。
 これからインドでの活動に大きな希望を抱いたのだ。
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