16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル

肩透かしのミヤコ 1551年 堺~近江~京都

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〈フランシスコ・ザビエル、ファン・フェルナンデス、ベルナルド(河邊成道)、日比屋了珪(ひびやりょうけい)、セサル・アスピルクエタ〉

 1551年のはじめ、私たちは堺から京都に向かう途上にあった。堺の商人、日比屋了珪(ひびやりょうけい)の家人が2人、案内として付いてくれていた。

 他に表現しようがないほど、寒かった。

 人生で寒い思いをした経験は何度もあったが、このときがいちばん身に堪えたように思う。寒さはどんどん厳しくなり、吹く風に身を縮めて進まなければならなかった。
 私たちはいったん、京都の市中に寄らず近江国坂本まで向かうことにしていた。そこに滞在している将軍足利義輝公に謁見したのち、比叡山を訪問して、最後に京都の帝、後奈良天皇に拝謁を願い出ようと考えていたのだ。

 結論からいえば、私たちの狙いはことごとく外れた。足利義輝公はそのとき坂本におらず、まったくの無駄足になった。それならばと、雪を踏みしめながら比叡山を登って延暦寺に赴いたのだが、そこでは僧侶との討論はおろか、ろくに話も聞いてもらえなかった。
 たいへんな寒さと重なるこのときの記憶は、私の中でおぼろげになっている。体調もあまりすぐれなかった。

 私たちはひどく落胆して近江と比叡山を去った。
 残るは京都である。

 道中、私たちは京都の町のようすを想像して語っていた。山口の首都は京都を模したものであるというので、あれより数段素晴らしい町なのだろう。また、比較的近隣にある「東洋のヴェネツィア」、堺の町の賑やかさを見たので、もっと賑やかな町だと想像していたのだ。
 そう、ローマのような。

「これは……略奪されたローマだな……」とセサルがつぶやいた。

 京都の町に入って中心部に向かって歩いているときに、彼はそう言ったのである。
 人はいる。ただし、賑やかといえるほどではない。地方の町ぐらいではないだろうか。しかし、山口を見て私たちが想像したような「ミヤコ」の姿はどこにもなかった。
 ところどころに、うち壊された建物があった。それは建て直される気配もなく、歳月を過ごしているようだった。
「町衆の暮らす辺りはだいぶ活気が戻っておるのですが、このあたりから御所にかけては、ずっとこないなありさまだす」と日比屋の家人は言う。確かに堺であるじの日比屋了珪もそのようなことを言っていたが、ここまで荒れ果てているとは思っていなかったのだ。

 日比屋の家人の話によれば、京都が応仁の乱という長い戦争に見舞われたのは、もう前の世紀のことだという。何年前かと指折り数えて家人が、「そうですな……75年ほど前になりますやろか」と言うと、セサルは驚く。
「私が生まれた頃ではないか。そんなに長い時間が経っているのに、まだ放置された廃墟が多い。どうして復興されていないのか」
 そうセサルが問い返すと、家人はあっさりとした口調で、「まぁ、金子がないことと、(天皇と将軍の)力がやわくなってはるんでしょう」と返す。
 曇天の空からはまた雪が降ってきそうだ。
 おそらく、この国の1年でもっとも沈鬱な季節の中に私たちはいるのだ。京都が暗く、荒んで見えたのはそのような季節の色でもあったかもしれない。

 私たちは京都御所にたどり着いた。たいへん広い敷地ではあったが、大内氏の館のような生気はなかった。日比屋の家人は門に立つ禁裏(御所)の役人にあるじの紹介状を渡しながら、「ぽるとがる国からの使節ご一行さまがはるばる、天子様に拝謁されたいということです。お取り次ぎいただけませんでしょうか」と伝える。
 役人は、私たちの風体を見て、すぐに決断を下したようだ。
「それは難しきことにございますな。日比屋さまの家人でしたら、ようご存じでしょう。どこの国の使節であろうと、いきなり来て帝(みかど)に拝謁かなう方はおりませぬ。また、いきなりでなくとも、拝謁かなった例はございませぬ。もし、献上される品などあれば、お預かりいたしますが」
 私たちは献上できる珍しい品など持っていなかった。しばらくどうしたらよいか考えていると、セサルが内藤興盛(ないとうおきもり)から借りた名刀、荒波を差し出した。
「こちらは周防山口の大内氏の家老、内藤興盛殿より拝借した名刀、荒波にございます。献上することはできませぬが、こちらでわれらの旅の苦労を推し量っていただき、何とか拝謁のお取り次ぎをお願いしたく。帝が無理ならば公卿の方にお会いするのでも構わない」
 セサルはそう、はっきりと日本語で言った。
 隣で聞いていたベルナルドとフェルナンデスが目を丸くしてセサルを見たほど、見事な日本語だった。
 役人は刀を受けとると、それを鞘から抜くこともせず一瞥(いちべつ)してセサルに戻した。

「いずれにしても、これ以上お話しすることはございませぬな」

 私たちは諦めて去るしかなかった。
「文字通り、門前払いか」とベルナルドが悔しそうにつぶやく。ある程度は覚悟していたことだったが、確かに私たちの徒労感は激しかった。日比屋の家人は申し訳なさそうに、今夜の宿を取ってあるので取りあえず休もうと告げてきた。
 それ以外のことをする気にはなれなかった。

 私たちは雪が降り始めた京都の町をとぼとぼと歩いていた。すると、セサルが一言つぶやいた。
「ローマもこのようだったのだろうか」
 さきほどは立派な口上を述べた彼は、荒れ果てた町の方に目を奪われていたようだった。そして、彼の問いに答えられるのは私しかいなかった。そのローマを見たからである。

 1527年5月、神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世を兼ねる)の傭兵軍、ランツクネヒト1万2000人がローマに襲いかかり、壊滅的な打撃を与えたのだ。軍兵も市民もない。ローマは徹底的に破壊され、略奪され、犯され、殺された。(※1)
 セサルはこのありさまをまったく見ていない。おそらくはサラマンカでその報を聞いたのだろう。ランツクネヒトの主はスペイン王だったので、情報はより詳しいものだったかもしれない。



「セサル、私がローマに行ったのはローマ劫略の10年後でしたが、その頃にはこれほど荒れ果てていなかったと思います。サン・ピエトロ聖堂やカスタル・サンタンジェロも昔日のままだと聞いた記憶があります。ただ、ずっとローマにいた枢機卿(すうきけい、すうききょう)によれば、あのことでローマを離れた人も多く、寂しくなったとは言っていました。それを教皇パウルス3世は気にかけられていて、ミケランジェロ・ブォナローティに新たな作品を依頼したとおっしゃっていたと記憶しています」

 私がそう伝えると、セサルは寂しそうに微笑んだ。
「パウルス3世か……父の愛人だったファルネーゼ嬢の弟だ。ミケランジェロは確か私と同じ歳だった……どうしてこうもいろいろと思い出してしまうのだろう」
 そこにベルナルドとフェルナンデスがやってきて、私たちはいったん話を止める。セサルがローマの、バチカンの住人だったことは秘密だったからだ。

 京都の荒れ果てた様子が、セサルにローマを思い出させたのだ。確かに、戦争の跡はまだ所々に残っていた。打ち壊された屋敷や寺は直すものもなく、そのままに残されている。もう応仁の乱から何十年も経っているのに。ローマのような復興はまだここにはない。

 日比屋の言う通り、京都で天皇に拝謁することは叶わなかった。それどころか側近の公卿に話を聞いてもらうことすらできなかったのである。私たちは寒さに震えながら宿にたどり着き、今後のことを話し合った。私は、この国で正式に布教の許可を得ることを断念したくはなかった。

「地方の領主の裁量で布教は可能ではないだろうか。帝や将軍にこだわることはない」
 セサルが私を励ますように言う。

「せやせや、七転び八起きだす。いったん堺に戻らはったらよろしいかと」と日比屋の家人も同調した。

 私たちは京都での収穫をほとんど諦めながら、堺に戻る前に最後の一ヶ所を訪問することにした。周防の内藤興盛殿に聞いた天龍寺の僧侶、策彦周良(さくげんしゅうりょう)殿に面会を求めることにしたのだ。


※1 第4章『Sacco di ROMA』をご参照ください。
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