16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第11章 ふたりのルイスと魔王2

ルイスは氷柱を見つける 1562年 九州

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〈ルイス・デ・アルメイダ、同宿の人〉

 冬の九州を同宿と旅するルイス・デ・アルメイダは震えていた。九州が他よりいくらか温暖だといっても、正月まで温かく過ごせるわけではない。それでも、朽網(くたみ、福岡県)から一路有明海の方を目指して旅を続けていた。アルメイダはこの道中で生まれて初めて氷柱(つらら)を見た。
「これを折ったら、武器になってしまいますね」とアルメイダがつぶやくと、旅の伴は悲しそうな顔をする。
「深かぁ山ですけん、凍るほど寒か。こげんもんもあるとです。アルメイさま、春になってからにしてほしいとわたしがようパーデレさまに申し上げるべきでした」
「ああ、あなたもきついでしょうに……ありがとう。しかしこの氷柱は結構太い。削ったら小さな十字架になりますか」とアルメイダは微笑んで話を変えた。
 同宿は身震いして、「できるかもしれませんが、持ちたくはありません」と答える。
「同感です」とアルメイダはうなずく。


 鳥栖(佐賀県)あるいは久留米(福岡県)を経由して有明海の沿岸に着いたとき、旅の目安にしていた3日間はとうに過ぎていた。どうも、若く健脚な人がいい季節に旅をする前提の日数のようだ。病み上がりの人に同じことを求めるのは酷というものだろう。それに、イベリア半島でいうサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のように、道々の家が巡礼者をそれと知っているわけではない。アルメイダは有明海に出る辺りまでの通過点の地名を記していないが、なにがしか事情があったのだろうか。彼が土地の名前をまったく覚えていないというのは考えづらい。
 おそらく肥後国のどこかで薩摩国阿久根(鹿児島県)を目指して船に乗った。乗船地は荒尾(熊本県)辺りかもしれない。

 肥後国の沿岸と肥前の地形はたいへん複雑である。平戸に出たときはアルメイダも感じなかっただろうが、九州から突き出た半島の先は3つに先分かれしており、それがおのおのの海域を持っている。口之津は島原半島の先にあり、有明海に面している。その前にアルメイダが訪れた平戸は東シナ海と玄界灘に面している。そして平戸から南下していくと、横瀬浦(大村)に至るが対岸には突き出た半島がぐるりと囲んでいる。大村湾である。そして、島原のすぐ先には天草諸島がある。島嶼は五島や平戸にも多くあり、それらがより複雑な地形を作っている。



 アルメイダの場合、天草を越えないと薩摩には行けない。

 しかし、船は折からの強い風に流されて素直に沿岸を南下してはくれなかった。結局西寄りに船は流れ、口之津(長崎県南島原市)にいったん上陸したと考えられる。なぜならそこは有明海の中でも古くから栄えた港と彼が伝えているからだ。そこは有馬氏の領地で、このときの領主有馬義貞は貿易に食指が動くがキリスト教には興味がないといった風だった。そのため、アルメイダの一行も長居するわけにはいかなかったのだが、「ばてれんさん」の初訪問を地元の人々は両手を広げて出迎えた。
 もの珍しさが先に立っていたのだろうが、同宿はもちろんのこと、アルメイダも日本語を日常的に使っているので地元の人も驚いたようだ。「ばてれんさん」は村の有力者の家に招かれたが、休む間もない。話を聞こうと大勢が集まり、彼らを取り囲んだ。アルメイダの同伴者もデウスとジェズ(神とイエス・キリスト)の教えをよく学んでいたので、彼が前置きを述べてからアルメイダが主の教えについて話を始める。一同は熱心に聞き入っていた。話が一区切りつくと、家の主人はパン、パンと手を叩く。
「もうここいらにせんと。ばてれんさんらはずっと寒い中ここまでやって来とるけん、休んでもらったほうがよか」
 アルメイダはその好意をひどくありがたく感じていたが、これだけの人が集まって話を聞いてくれるのに喜びを感じていた。
「少し休ませていただきます。もし、もっと話を聞きたいという方がいらっしゃるなら、また後で来ていただけますか。ご主人、よかですか」
「もちろん、ただそれではあなたさまがお疲れになってしまうと」とあるじは心配している。
 結局、アルメイダはこの後も休憩を取りつつ、2回話をした。

 家のあるじが心配するのも道理だった。
 よく南蛮渡来の人が体躯堂々として髭をたっぷりと蓄えた姿で描かれるが、アルメイダはそれとは180度異なる。髭はあまり濃くないようだし、なで肩のやせぎすであった。この頃は病み上がりでなおさらその傾向が顕著だったようだ。それでも彼の話しぶりは力強くなお穏やかで、一同はひとつも聞き漏らすまいとするように、しんとしも、まじまじとアルメイダを見ていた。

 一人もキリスト教徒がいない場所で話をしたことはない。それでもこのように熱心に話を聞いてくれるので、「風が凍えそうになりながらも、ここまで来てよかった」と心から思えたのだ。

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