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第11章 ふたりのルイスと魔王2
丸い山の端にある城 1565年 大和国沢城
しおりを挟む〈ルイス・デ・アルメイダ、高山友照、高山彦五郎〉
大和国に養生もかねて旅に出ることになったアルメイダは久しぶりに思い切り深呼吸できるような安寧を感じていた。
季節はすでに春になっていた。
木々は芽吹き光に透けるような明るい緑に染められ、野には色とりどりの花が咲いていた。ヒバリやセキレイは野をちょこちょこと駆け、メジロは木の枝でしきりに蜜のある花を探している。蜜を探しているのは昆虫も同じだった。蝶がひらひらと舞い、蜂も負けじと羽音を立てている。
アルメイダはときどき立ち止まって野山の風景をゆっくりと眺める。
この国の春を愛でるのは本当に久しぶりだった。それがたいへん美しいのにアルメイダは感動していた。もしかするとそれは、生命の際に進んだ人だけが持ちうる感慨によるものだったかもしれない。もちろん常に旅路が楽園のようではなかった。ときどき、ざあっと雨に降られて近隣の農家に軒先を借りることもあった。ただ、多少濡れても身体の芯から冷えきってしまうことはない。歩き続けていると軽く汗ばむ日さえあったのだ。
アルメイダはフロイスの指示で大和の有力者のもとを訪れるという使命を担っているが、信徒を新たに獲得するのが第一の目的ではない。そのような「開拓」はすでになされているのだ。
この土地では、京に在るガスパル・ヴィレラ司祭の名代のような形で日本人の元琵琶法師・ロレンソ了斎が八面六臂の活躍をしていた。キリスト教は日本人にとって初めて聞く教えなので、それを日本語できちんと説明する必要がある。そしてすでにある仏教あるいは神道と異なる点も明確にしなければならない。特に仏僧はキリスト教を敵視して攻撃の機会を狙っている。
寺院は僧兵を擁し武器を持って攻めることもできたし、領主に依頼して追放することもできる。この頃の仏僧というのはそのような力を持っている場合もしばしばあった。
宗論対決でロレンソが座の人々を感心させた話はさきに書いた。そこにいたひとりに沢城の城主・高山友照(通称は図書)がいた。彼はじきに洗礼を受けてキリシタンになりダリヨという名を授けられた。彼の妻も、元服前の息子彦五郎も同様にキリシタンとなった。洗礼名はジュストである。
アルメイダはその沢城を訪問した。
大和国の榛原という地域の外れに位置し、丸い山が印象的な一帯である。山を臨む平地に田圃が広がる風景は長閑で、見るものの心を穏やかにする。季節の違いのせいだろうかとアルメイダは思う。
人も同じだった。
彼と同伴者は歓待を受け、説教をしてほしいと求められる。アルメイダは快く応じながら、暖かく過ごした堺の日比屋家のことを懐かしく思い出しもした。
キリスト教に懐疑的な三好長慶(当時)の家臣として、簡単にいえば対立する側で話を聞いた上で感化された友照は、二年を経て熱心な信徒の代表になったようだった。熱心な信徒は、日本語を流暢に操るポルトガル人宣教師の訪問をたいそう喜んでいる。皆はアルメイダの来歴も知りたがった。とはいえ、リスボンの話から逐一語り起こすわけにもいかない。アルメイダは初め医師だったこと、以後貿易商を経て宣教師となったことだけ簡潔に述べるに留めた。もっともフロイスはあらかじめ少しだけ詳しく、同朋の果たしている役割を沢城の主に伝えていた。それはまだ少年の彦五郎にもいたく感銘を与えていた。
「アルメイダさまはあまりご自身のことを多く語られないのですね。豊後で病人を治療するための家を建てられたこともフロイスさまから伺いましたし、九州をくまなく回られたことも称賛されていました」
アルメイダはただ微笑むだけである。
それを見て友照はうん、うんとうなずいている。
「あなたさまのことをお聞きして、ぜひこの城に来てほしいとお願いしました。ジェズさまが広く民になされたこと、失礼ながらまことかと疑いもしましたがそうではない。ザビエルさまにしてもあなたさまにしても、故郷を遠く離れて異国の民に会い、惜しげもなく手を差しのべてこられたではないですか」
アルメイダは静かに城主に告げる。
「多くの聖職者が同じように働いてきました。そして、それが私の使命なのです」
友照はここでひとつの質問をした。
「さて、アルメイダさまは仏教についていかようにお考えですか」
これはさすがに不意の問いだった。しばらく考えたのちにアルメイダは答える。
「さて、どうお答えするのが最善か、なかなか難しいご質問です。ただ、今天竺(インド)で広く信仰されている教えにしても、そこで生まれて日本にまで伝わった仏教にしても、いにしえより守られてきた大切なものであろうと思います。それはただ宗教というにとどまらず、暮らしから哲学にいたるまで、この国に深く根付いているものとも言えましょう。
また、仏僧の皆さまからしますと、私たちはどうしても敵になってしまうようですが、それぞれ理解し合うことはできるのではないかとも思っています」
「ほう」
「かつて、フランシスコ・ザビエル師は初めて上陸した薩摩で忍室という禅僧とお互いの違いについてじっくり語り合ったそうです。そして、二人の間には確かな友情が芽生えました。そのような対話や交流がいつかまたできればよいと思っています」
「それならば‥‥‥ご案内をつけますので、一度大和国の寺社を回られてはいかがでしょう」
「寺社ですか」とアルメイダは目をぱちくりさせつつ、城主の次のことばを待った。
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