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第11章 ふたりのルイスと魔王2
大きな盧舎那仏の前で 1565年 大和国
しおりを挟む〈ルイス・デ・アルメイダ、高山友照〉
興福寺、春日大社や手向山(たむけやま)八幡宮、猿沢池をルイス・デ・アルメイダの一行はぐるりと回っていく。
この経路は現在の奈良散策でも多くの人々が訪れる場所であるが、アルメイダも鹿に会ったことを記している。
〈この寺の全域、および半里離れた全市には、鹿と鳩が驚くほど多くいます。私は幾度か、それらが家に入っていくのを見ましたが、誰もそれを妨げはしませんでした。なぜならばそれらは往昔、この寺院に奉献されたもので、それらを殺すことに対しては死罪が科せられているのです〉
鹿が神の使いであるという点に認識の差異があるようだが、現代にも通ずる光景は微笑ましいものである。
彼はこの地の特別な雰囲気を感じていた。興福寺の広さをリスボンの「ベレンの修道院」に、春日大社の参道をリスボンの「ルーア・ノーヴァ」の幅ほどあると形容している。「ルア・ノーヴァ」は新しい道という意味であるが、リスボンのどの通りかはさだかでない。彼はきちんとした報告をゴアからリスボンに伝えるために心を砕いているのだった。
また、アルメイダは興福寺から猿沢池について下記のように書いている。彼がどれほど熱心に寺社や周辺を見聞したかが伺えるので、それも出しておこう。
〈夜にはいつも燈明を点しています。なぜなら、それらの建物は非常に広く、少なくとも二四の個室があろうと思われるほどだからです。彼らが日常飲み物を沸かす(なぜなら、彼らは冬でも夏でも冷水を飲まぬからです)釜は口が一ブラサ、周囲三ブラサ、高さ一ブラサで、二指の厚さがあり、銑鉄(せんてつ)でできています。それを支える三脚の広さは三パルモです。一本のちょっとした小川が厨房の傍を流れています。この寺院と僧院が建てられてからは六百年になります。その入口のところには、長さも幅も五十ブラサの池があって、そこには魚が群がっています。ですがそれを捕る者はいません。なぜなら、そうすれば重く罰せられるからで、巡礼者や、それら無数の魚を見物に来る人々は、何か餌を投げるだけです。その際には、ただちにおびただしい魚が集まってきます〉
この辺りの寺社は、この時点から遡って七百~八百年前の建立である。
いずれにしても、異国人の視点で微に入り細に入り細かく見聞する様子は、ポルトガル本国の人のみならず日本の人にとっても新鮮な気づきをもたらしていたようである。仏教勢力がキリスト教の宣教師を忌み嫌っているのに比して、それも含む未知の文化を積極的に吸収しようとするアルメイダに高山友照はいたく心を打たれていた。そして、「あの像は何という神ですか。どのようないわれがあるのですか」という質問を何度も繰り返すアルメイダに飽かず丁寧に説明するのだった。時には答えが分からず寺社のほうに尋ねる場面もあったのだが。
人は、国が違うということで相手を敵視することもあるし、文化が違うといって侮蔑的な態度を取る場合もある。宗教もまた然りである。それはどの時代にも残念ながら存在している。しかし、それを人のあるべき姿、取るべき態度ではないと思う人もまた存在する。
寺社巡りの最後は東大寺であった。
大和国国分寺を前身とするこの大寺は建立からすでに八百年経っている。この寺の代名詞と言えば大仏(盧舎那大仏)であるが、それもまた同じだけの時を経ている。その後、西塔や東塔、講堂や三面僧房などが築かれ造営され、七堂伽藍が完成した。
もちろん、16世紀のこの時期まで無疵でいられたわけではない。平安時代には大地震によって大仏の頭部は落ち、その後も失火や落雷などで建物や塔、門、鐘楼を失った上に、戦乱で伽藍の大半が焼かれてしまった。丸裸のような状態である。その後すぐさま復興の動きが興り、文治元年(1185)には後白河法皇を導師として大仏の開眼供養が行なわれた。ときは源氏の天下が成る頃だった。源頼朝も東大寺の復興に尽力し、再建の折りには鎌倉から大和に一勢を率いてやってきたほどであった。
大仏殿に入ると、友照はアルメイダの隣に来て話し出す。
「この大仏さまは、飢饉や疫病(えやみ)が続いた頃に世の平安を祈願するために作られたのです。アルメイダさまから見たら、これほど大きいと不気味に思われるかもしれへん。けどこれはな、祈りの気持ちがそうさせたんや」
「祈りですか」とアルメイダは大仏の偉容に圧倒されつつ、つぶやくようにいう。
「さよう、いろいろな形の仏さんを見て戸惑われるかもしれませんな。キリスト教では、このようなことはないと聞きました。ただ、これもこの国の祈りの姿、それを理解してもらえたらと思いましてな……」
「これだけのものを作り上げた人の力というのは本当に素晴らしいです」とアルメイダは答えつつ、気が遠くなるような感覚を覚えていた。
少しぼうっとしたようになって、アルメイダは大仏の前に立っていた。「これまで懸命に尺の見立てばかりしていたので、感覚のものさしが狂ったのかもしれない」とアルメイダは思いながら、大仏を見ていた。
すると、どこからか、友照でも寺の人でも同行者でもない声がアルメイダの耳に響いてきた。
「Você deve seguir em frente.」(※)
それはしんとした空気の振動によるものだろうか。男性のようでも、女性のようでもある。アルメイダは続きがあるかと思い耳を澄ませた。
しかし、もうそれきりアルメイダの耳には何も届かなかった。アルメイダはそれが誰の声だか必死に思い出そうとした。リスボンで引き離されたかつての恋人マリアのようでもあったし、マカオで病に倒れたマダレイナのようでもあった。しかし、アルメイダは突然ハッと思い出した。
もしかして……。
もしかして、あの方はもう現身を離れたのか。
私よりはるかに歳上だが、
私よりはるかに壮健だったあの方が、
長い長い長い、果てしない旅を終えたのか。
おそらく、そうなのだ。
隠れる身になっても、名を捨てても、
決して過去にも故郷にも戻ることのなかった、
あの方らしい言葉だ。
この大きな祈りの場で、
言葉が与えられたのだ。
アルメイダは目を閉じて祈りはじめた。
隣にいる友照も続けて祈り始める。
何に対して祈るというのではない、
「祈りのための祈り」ともいえるものだったのかもしれない。
あるいは、逝った人の魂のための。
※ポルトガル語で「前に進みなさい」という意。
〈 〉内は『フロイス 日本史3』(松田毅一、川崎桃太訳 中央公論社)より引用
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