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第12章 スペードの女王と道化師
ヴィジョン
しおりを挟む王家の食卓で堂々とミシェルに対峙したメアリーはエリザベートと同室の子ども部屋でおしゃべりに興じている。ふたりとも、着丈はかなり違うものの柔らかい卵色の生地で仕立てた部屋着に身を包み、いつでも眠る準備はできている。下ろした髪を櫛とくメアリーに、エリザベートは称賛を繰り返す。
「お姉さまは素晴らしいわ。あの得体の知れない男に堂々と受け答えをされて」
メアリーは傾けていた頭を起こして、エリザベートを見る。
「まあ、確かに。急にやって来た闖入者といった風ではあったわね。でも考えてみて。そのような輩が突然食卓に席を設けられるはずはないわ。あの方は王妃様のお客さまなのよ」
エリザベートは口を尖らせて、「ええ、そうね。でも……」と不満の意を表す。
「ああ、怪しげな術を使うとか何とか噂があるようね。それは聞いたわ」とメアリーはまた櫛を髪に入れる。
「ママンが騙されるのではないかと心配なの」とエリザベートは寝台の上で枕を抱き抱えてうつむく。
メアリーはクスリと笑う。
「あなたは本当に可愛い子!それは大丈夫よ、あのお客さまはプロヴァンスのお医者さまで、お仕事の傍ら星の動きを毎日見ているそうよ。それで私が人馬宮だとおっしゃったのね。あの方のアルマナック、たいそう人気らしいわ。おそらく王妃さまは星の動きと国の運命がどうなるのか、占って……いえ、相談したいのでしょう」
エリザベートは目をぱちくりさせる。
「相談? 王宮には相談する人がたくさんいるわ。何のために大臣や将軍がいるの? なぜ遠いプロヴァンスのお医者さまをわざわざ呼ぶの?」
メアリーはエリザベートがあれこれと考えているのに気がついて、「ずいぶん大人になった」と思う。とはいってもまだ10歳になったばかりなのだが。それでもほんの幼児のころから較べれば「大人」だし、もう数年すれば結婚の話が出てくるはずだ。王妃カトリーヌもフランスにやって来たのは14歳のときだった。いや、もっと小さい歳で結婚する例も珍しくない。結婚にまつわるあらゆる種類の話は13歳のメアリーには聞くだけでうんざりするようなものばかりだった。美しく着飾れるのはよいけれど、あれをしろこれをしろというしきたりの多さには閉口している。極めつけは夫婦の行為が無事に遂行されたか確かめる証人がいるという話だった。
「何それ? そんな恥ずかしいこと、冗談じゃないわ」
公的な場ではもろもろあっても、夜は愛し愛され二人だけで静かにその時を過ごす。それすらできないのか、とメアリーは無性に腹を立てたことを思い出す。そして、自分と同様に目の前の可愛いエリザベートもそのような通過儀礼をこなさなければならないのかと少し悲しくなった。
ずっとこのままでいられたらいいのに。
「メアリー? どうしたの」というエリザベートの声でスコットランド女王はハッと我に返る。
「あ、プロヴァンスのお医者さまがどうして呼ばれたのか、だったわね。それはね、アルマナックを見ればヒントが書いてあると思うわ。王妃さまはきっと、あれを見てムッシュウを呼ぶことに決めたのだと思うわ」
「ママンの本を読んでもいいの?」
「私、書庫を見るお許しはいただいているの。だからもちろんあなたがダメということはないでしょう。書庫は宝の山、たくさんあるイタリア語の本が読めないのが残念だけど素晴らしい本ばかり。ただ、アルマナックは王妃さまのお部屋にあるかもしれないわね。そうしたらお願いして見せてもらいましょう」
エリザベートは書庫の話とアルマナックの秘密に興味津々になる。抱いていた枕を脇に置いて、身を乗り出し目をきらきらとさせている。宝箱の鍵を探しに冒険するような気分になっているのだ。大幅な夜更かしになってしまいそうな状況だが、メアリーもその隊長に着任する気になった。
「明日、家庭教師の授業が終わったら探検スタートよ」
「ええ、約束ね」
二人の娘はその後もあれやこれやとおしゃべりを続ける。明日の朝寝坊はほぼ決まったようなものだった。
翌朝の朝食後、王妃カトリーヌはミシェルと面会した。
「昨晩の食事は楽しめたかしら」
「もちろんです。王妃さま。鶉の焼いたのが大層美味でございました」
「それは何よりです。好物は鶉なのですね。何しろあなたは美食についての本を書いているほどです。滅多なものは出せませんから」とカトリーヌは悪戯っぽく微笑む。
ミシェルは苦笑する。
「王妃さまは『化粧品とジャム論』を読んで下さったのですか?」とミシェルが尋ねる。
カトリーヌはゆっくりと頷く。
「ええ、アルマナックも『ジャム論』も最近出された『予言の書』もすべて読んでいます。熱心な読者と言ったらいいのかしらね。『ジャム論』はイタリア半島のことも書いてあって、とても懐かしく感じました」
「È un onore. 」とミシェルはお辞儀をする。
出会って間がないにも関わらず、王妃はずいぶん自分に心を開いてくださっているようだーーとミシェルは思う。昨晩王の子どもたちがムッシュウ・ノストラダムスを怪訝そうに見ていたのと対照的である。もしかしたら、自分も子どもたちとともに城を訪れるべきだったのかもしれないとも思う。ただ、そうすると王宮が無法地帯になることはたやすく想像できた。「くわばら、くわばら」とミシェルは慌てて十字を切った。
目の前の王妃は真剣な表情で尋ねる。
「しばらくの間、この部屋は人払いをしました。あなたの見解を伺いたい。次の王に最もふさわしいのは誰だと感じましたか。率直な言葉で構いません」
ミシェルはそれを聞くと背筋を真っ直ぐにして王妃を仰ぐ。そして、ゆっくりと話し始める。
「王妃さま、あなたの男子のお子さまは皆、王になられます。最近お生まれになったフランソワさまだけはまだ何とも申し上げられないのですが」
「そうね、生まれたばかりの子を亡くすこともありますね」とカトリーヌは冷静にいう。
ミシェルは慌てて手を横に振る。
「いえ、王妃さま、違います。滅多なことをおっしゃってはいけません。そうではなくて、3人の王子とどのような関わりをしていくかで決まるということでございます」
カトリーヌはしばらく黙りこむ。
ミシェルの言葉の指し示す方向をたどっては戻っているのだ。いくつかたどってからようやく口を開いた。
「ムッシュウ・ノストラダムス、あなたの今の言葉にはいくつも道があるわ。それは指し示しては下さらないのね」
ミシェルは真剣な面持ちのまま答える。
「はい、王妃さま。私は星の動きと『視覚(vision)』で申し上げています。ですのでその具体的な道筋をお示しすることが叶わないのです。私の視覚について少しご説明させてください。最初の頃はーーそれはほんの数年前に始まったことですがーー夢だけに現れました。そのうち、夢うつつを問わず視覚に像が浮かんでくるようになりました。水晶玉を見るようにはいきません。全体ではなくて断片ばかりが見えます。そして悲喜こもごもではありますが、それが当たっていることがしばしばあったのです。王妃さま、これは実に厄介な現象です。よいことばかり当てられればよいのですが、悪いことも当ててしまうとしたら、それは何と忌々しいものか。ですので私はそれをひた隠しにしていました。表に出したら、よくてホラ吹き、嘘つき、ぺてん師。悪くすれば異端で火炙りです。ですから視覚を詩に起こして本にしようと思ったのです」
カトリーヌはミシェルの話を聞いて、何かしら合点がいったようだった。
「あの『予言の書』にはそのような背景があるのね」
「はい」とミシェルはうなずいて、話を続ける。
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