NINE inch stories

尾方佐羽

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ぷくぷくよ、靴下を高々と掲げよ〈2〉

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 5月9日、いよいよ三日月中学校1年総意の壮大な計画の第一歩が実行に移された。

 朝の登校、1年女子の足元は光輝いていた。意地悪く言えば目立っている。
 みんなソックスをあげている。
「おはよう」
「おはよっ」
 みんなで一斉にやれば怖くない。
 それはわかっている。各クラスの有志が万全の対策を打ってくれるのだ。私たちも頑張らなきゃ、というような気持ちだっただろう。しかし、通りすぎる2~3年の女子は例外なく怪訝(けげん)そうな顔をしているし、中には強烈にガンを飛ばしてくる者もいる。

 やっぱり怖い……。

 必然的に、1年女子は固まり数人でこっそりと歩くようになる。そこへ1年男子がやってくる。
「ほら、遅刻すっぞ、行こ」

 「女子を守る」という役割は男子を本来の姿以上に大きく強く見せるものである。残忍の権化のような「青髭(あおひげ)」だって、ジャンヌ・ダルクを守ったのだ。中世ヨーロッパの騎士道とそう変わらないのかもしれない。

 いざとなったら、教科書がぎっしり詰まった指定の白いキャンバス地の肩掛けカバンで応戦すればいい。1年のカバンはスーパーヘヴィ級なのだから(学校に置いていくという技を身につけていないため)。

 登校の様子をめだまとかえるがチェックしている。
「からまれた子はいないね」とかえる。
「うーん、みんなやってると分かれば、相手も考えるよね。朝の通学路でフクロ(袋叩き)にするわけにもいかない」とめだま。
「弱々しい子は狙われる可能性がある。気をつけないと」とかえる。



 明日5月10日は部活の仮入部の締め切りとなっている。申し込みは先生にするのだが、この変化について、突っ込みが入ることは十分考えられる。考えなく、「何で靴下折ってないの。決まりでしょ」などと騒ぐ先生も出てくるかもしれない。

「決まりなんですか? ハァ?」といきりたっては敵の思う壺だ。天パと眉なしの計画ではそこも折り込み済みだった。朝の職員室、ゲタとおきくとメカはガラガラーと木製のドアを開けた。

「どうしたんだ1年各クラスの学級委員が揃って」

 対応したのは3組の担任タケノコ(愛称)だった。竹のようにひょろっとしていていることに由来する。1年の担任の中では一番話を聞いてくれそうだった。3人は応接スペースでタケノコに手書きのレポート用紙を渡した。彼らが文面にまとめた要点をかいつまんでみるとーー。

・1年女子のみソックスを折るのは慣習であって、校則ではない。

・1年の総意として、ソックスを折る慣習の廃止を求めたい。ただ、今日以降の行動について挙手で同意を得ただけなので、学活のテーマに取り上げ、それぞれの意見や感想を受けたい。

・慣習は言葉で書かれていないので、止めるには「ソックスは折らない」ことを校則にする必要がある。でないと一時的なものになってしまう。

・具体的には生徒会役員選挙が行われる6月に校則に追記を求める全体投票を合わせて行うよう求める。生徒会でもこの問題を扱うよう、学級委員からの発案を行う。

 この趣意書(らしきもの)をタケノコはじっくりと読む。そして3人の顔を見た。
「けさ、女子がソックスを全員上げてたのは、そういうことか」
 3人はうなずく。タケノコの反応を見ている。
「俺を味方にしたい? 楯になるとか」
 タケノコ先生には趣旨が伝わったらしい。
「はい、できれば」とメカが言う。
「先生、これは非抵抗・非暴力の平和的なものです」とゲタ。タケノコは苦笑いする。
「おまえ、本当に中1か? でも、ガンジーだってキング牧師だって、そうそう理想通りにはいかなかった。何かを変えるって大変なんだぞ」

 まずい、タケノコが難色を示しているーーと3人は一瞬ひるんだ。しかし、先生はうん、うんとうなずいている。
「ああ、この慣習は俺も変だなと思ってるよ。でも、みんなで一丸となって変えようとした1年はいなかった。正式な段取りを踏んでやってみるんなら、いいんじゃないか。ただ……」
「ただ?」とゲタ、メカ、おきく。
「変えようとする力があれば、戻そうとする力も働く。覚えておくように。職員室の面々には噂として流しておくよ」
「噂、ですか」とメカ。
「さる有力な情報筋、ってやつさ。闘うのはおまえたち。さあ、朝会だから行くぞ」

 去っていくタケノコの背を見送りながら、おきくがつぶやいた。
「けっこう、話せるじゃん」
 メカもうなずく。ゲタだけが思案顔だ。
「そうか……キング牧師かぁ……」
 少しズレている。


 タケノコ先生とのやりとりについては、9人の「靴下会議」にさっそく報告された。あくまでも便宜上の呼び名である。場所は空地から進化して、屋上に通じる北階段の踊り場になった。屋上は現在施錠されているので、誰も通らない。

「よし、タケノコが職員室で噂をまけば、仮入部申請で誰かに害はおよばない。先生は様子見になる」と天パ。
「あとは、学級委員会から生徒会にどう働きかけるかだね」とかえる。
「学級委員メンバーでそっちは考えるよ。生徒会役員選挙までのやり方をね。で、他はどう?」とメカ。

「上級生はまだ静かだね」とめだま。
「じきに、来るよ」とおきく。



 確かに、帰りの学活が終わったあと、2年の女子が1年3組の教室を覗きに来た。ただ、女子はみんなソックスを上げているので、呼び出すにしても誰を呼び出していいかわからない。とりあえずは、首謀者が誰か見つけようとした。そこで、めだまが上級生を見る。そして、にらみ合い……。
「おい、おまえ、ちょっと来て」
「はい」とめだまが応じて行く。
 めだまはちょっとだけ振り返り、天パを見た。天パは真剣な顔でうなずいた。

「大丈夫かよ?」とメカが心配そうに言う。
「ああ、めだまは大丈夫だ」と天パ。
 それを見ていたぷくぷくが駆け寄ってくる。その目は潤んでいる。
「任せとけっていっただろ。仲間を信じろ」と天パがぷくぷくの肩を叩いた。

 1組にも2組にも、それぞれ2年生の女子が来た。1組はアタッカ、2組はおきくが呼び出しに応じた。おきくは学級委員の方もあるのでダブルヘッダーだ。戦闘員というのはあながち間違いではない。

「男子が行っちゃダメ?」
 それを報告に来たアイドルが、天パにこぼす。口には出さないものの、男子はみな同じように感じている。
 天パは黙って頭を横に振る。

「男が出ていくと相手は余計しつこく根にもつ。女ってのは、怖いもんだよ。めだまもアタッカもおきくも、ケンカのやりかたはよく分かってる。フクロにされることはないよ、安心しな」

 上級生の呼び出し窓口は、女子3人が持つ。こじれたら、天パなり眉なしが出る。そのようにあらかじめ決めていた。

 眉なしは、2年が主な敵になるだろうということを予想していた。なぜかひとつ違いの学年は対立しやすい、という都市伝説もある。そもそも3年は高校受験があるから問題を起こしたくない人間が多い。

 誰も「腐ったミカン」などと言われたくはないのだ。

 そして、「靴下会議」の面々はそれぞれ、中3か高校1年のきょうだいがいる。その兄姉全てが顔の効く猛者ではないが、在校生には名が通っている。例えば生徒会長、軽音部創設者、バスケ部部長、円周率を200桁言える……などである。

 2年が「靴下会議」の陣容を知ったとしても、うかつに手は出せない。実際、教室に戻ってきたアタッカ、おきく、めだまは無傷で帰ってきた。3人は天パに次々と報告する。
「いや、あいつら結構脅し入ってた。このままで済むと思うなよとか。まぁ、肩をこづかれたぐらいだったけど」とアタッカ。
「誰が黒幕か、とかさ」とおきく。
「でも、あの様子じゃまだ続くね。総番が卒業して以降、統率が取れてないだけに、動きは読みづらい」とめだま。

「ああ、アネキも言ってたよ。他校の奴まで引っ張って来たら厄介だな」と天パもうなずく。実は天パのアネキが総番を張っていたのだった。だから、その手の情報は逐一入ってくるのだ。

「今日のところは3人とも無事でよかったよ」とアイドルがほっとしたように言う。

「余計なケンカはダメダメよ。ちょっと奇襲だけど、かえるの案を使ってみようか」とライトな口調で眉なしが言う。
「ホント? やるやる。で、いつ?」とかえる。アイデアが採用されて嬉しいようだ。



 1年男子にもちょっとした横やりは入った。メカは仮入部した軽音楽部でさっそく他の1年男子と演奏をしていた。ジャンルはヘヴィメタだ。メカはドラム担当だが2バスでイケイケだ。さすが万能理系男子。ギターとベースの男子も結構上手だ。さぁ、ノリノリのセッション大会、と思っていたら、音楽室のドアをガラガラと開けて、部外の2年男子が2人入ってきた。

「何か、楽しいことやってんじゃん」
「はあ、ありがとうございます」とメカ。
 2年男子はマイクスタンドの前に立ってニヤニヤして言う。
「あれやってよ、ギンバエ。俺、生で歌ってみたかったんだよね」と2年、もうひとりの2年も言う。
「俺はエーちゃん派」

 それは若干ボクたちの音楽性とは……それに流しがさびれたスナックで酔っぱらいにからまれているような……とメカは一瞬思ったが、仕方ない。ロックはロックじゃないか。
「はい、やります」

 その様子を音楽室の黒い遮光カーテンの隙間から見ている人影があった。
「メカって……カッコいい……」
 ときめきの至福に浸っているのは、ぷくぷくだった。どうやら、そういうことらしい。



 出る杭は打たれる。そして今は、杭を打とうとカナヅチを手に上級生がウロウロしているのだ。これで大人しく引っ込んでいては、相手の思う壺。杭は予想もつかない方向から出さなければならない。

 いわゆる奇襲戦である。ここで「靴下会議」はその活動を広く周知する段階に入るのである。

 給食の時間、「お昼の放送」の合間にお知らせが流された。ピンポンパンポーン~。

「今日から一週間、1年1組のペンネームかえるさんがラジオ番組《お子さま電話相談室》に相談の電話をかけてみるそうです。いつ電話がつながるかはわかりません。もしお暇ならラジオを聞いてあげてください」

 ピンポンパンポーン。

「おいおい、放送ジャックか。何するつもりだよ」とタケノコ先生が授業のあとでかえるに聞く。
「ふふふ」とかえるは不敵に笑う。

 とはいえ、《お子さま電話相談室》の電話はなかなかつながらない。家の電話より公衆電話のほうがつながりやすい、というセオリーに従ってかけ続けた結果、水曜日になってやっとつながった。

「はい、どんなご相談ですか」とラジオ局の女性が優しく聞く。
「私の中学では、1年生の女子だけソックスを折らなければいけないんです。校則ではなくて昔からの慣習で。これを直すにはどうしたらいいでしょうか」

 その日の相談担当は社会評論家の男性だった。
「そうなんだね、それをみんながおかしいと思っているなら、生徒の集まり、学級会などで話し合って変えるようにしたほうがいいかもしれないね」
 無難な返しである。
「でも、1年はそうでも、他のみんなが賛成してくれるとは限らないです……」
 社会評論家は弱々しい声になった相談者を励ますように言う。
「そうだね、でもみんながみんな反対するわけではないと思うよ。賛同する人を増やしなさい。たとえ校則があっても、それがもし現状にそぐわないものなら、生徒の話し合いで変えられることもある。高校ではそんな風にして制服を廃止したところもある」
「へえ、そうなんですか」とかえる。
「きみたちにヘルメットや鉄パイプやバリケードはまだ早いけどね」
 物騒になってきた。
「はい、ありがとうございます。では次の相談者に……」とラジオ局の女性。

 この放送の反響は大きかった。

 特に、教師と親に与えた衝撃は予想以上だった。かえるは市は言ったが学校名を出していない。しかし、校内放送で流していただけあって、一部地域の聴取率は高かった。
 さっそく、学校には親からの電話がかかってきた。教育委員会からも電話がかかってきた。誰かが知らせたのだろう。そして、《お子さま電話相談室》のラジオ局からも。別の番組でとりあげたいというのだ。

 親と教育委員会の見解は同じだった。

・そんな慣習があることを知らなかった。
・校則にないものを強要するのはよくない。
・なぜ今まで問題を放置していたのか。
・ただちに改善するように。

 校長、教頭(副校長)、各学年主任が会議を開いている。
「すでに1年の学級委員長(ゲタ)からは校則に追記を求める旨、発案が出ています。1年女子は現在もソックスを上げていますが、確かに上級生の嫌がらせも出ているやに聞いています」
 教頭は言う。
「そのような状況であればやはり、生徒会選挙時に生徒総会を開いて投票を行うのが妥当でしょうな。しかし、1年担任もあまりことを大げさにしないように頼みますよ」
 学年主任(1組の担任)が平頭する。

 会議の後でタケノコが学年主任に両手をあわせて、「申し訳ない」のポーズをした。
「いや、こういうのは教師として、やりがいを感じますよ。これからが正念場ですね」
 タケノコがうなずく。

 彼は「靴下会議」の報告を受けてから、すぐに他の担任とも連絡を密にとっていたのだ。下校時の見回りも増やすことにした。

 さりげないバックアップということになる。

 この頃、呼び出しはだんだん減ってきていた。めだまやアタッカ、おきくが上手くペコペコしているので、天パが出ていくまでもなかった。何もかも上手く行っている……と浮かれそうになっていた一同だった。

 生徒会役員選挙と生徒会総会の公示が間近になった頃の夜である。
 ゲタが部屋でキング牧師の伝記を読んでいると、彼の兄が部屋をノックした。
「ちょっと、いいか?」

 サラリと流して恐縮だが、ゲタの兄は3年、生徒会長だ。もちろん、「靴下会議」の話は聞いている。

「ちょっと、生徒会役員選挙が荒れそうなんだ」
 ゲタは怪訝な顔になったが、もとから怪訝そうなので、あまり他には伝わらない。

「どういうこと?」

 嵐の予感がした。

(つづく)
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