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一日の終わりの啖呵
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本門寺では東海道先鋒軍参謀の海江田信義と木梨精一郎が勝を出迎えた。そして、昨日大久保と勝が要望し預けた件をほぼまるまる受け入れると伝えた。
「西郷南州はいないのか」と勝がつぶやくと、海江田が苦笑していう。
「いよいよ明日が江戸城接収、こちらに来ている場合ではなかです」
「それじゃあ、おれが来る要もなかったか。まあいい、途中でたっぷりと郊外の風情を見聞できた」
海江田は勝の言葉を聞き傍らにそびえる五重塔に視線を移す。
「この景色を江戸の最後の日に見ているというのは、なかなかに感慨深いものです。もっと開戦前の、殺伐としたもんかと思うとりました」
「ああ、おれもだよ。今日は不思議に長閑な最後の一日だ。おっといかん、急ぎ城に戻らねば。上様にも言上するのだ」
「護衛を付けます」と海江田がいう。
「それはありがてえ。途中寄り道するがな」
「どちらに?薩摩屋敷ですか」と海江田が問う。
勝はにやりと笑う。
「いや、洗足池さ。団子を食って帰る」
突発的な出来事はあったものの、勝は無事江戸城に戻った。大久保一翁に帰りが遅かったのを心配されたが、自分の顛末については「まあ何とか」の一言で済ませる。これで上がるのも最後になるであろう江戸城を名残惜しく眺める間もなく、そのまま上野寛永寺に馬で走る。蟄居中の将軍徳川慶喜に総督府側との交渉結果を報告するためだ。
(寛永寺根本中堂)
報告した勝に将軍は労いと感謝を伝え、自身の刀を勝に下賜する。勝は恭しく拝領する。
そこまではよかった。
伝統の儀式めいたやり取りが済むと慶喜はふたつみっつ不満を述べ始めた。勝の判断に対して、「甚だ粗暴で大胆過ぎるのではないか」、「このようなことでは災害が足下に生じるだろう」と続けた上で「自分の真意が貫かれずに幕府も終わるのか」と嘆いた。
勝は心胆ともに砕け散り足腰が麻痺したと後に表現するほど、全身の力が抜けるような状態になった。バタバタ動き回った日の終わり、この二ヵ月の締めくくりにこの言葉である。
とことん塩辛い評価に勝は黙ってはいない。
「二月にこのお役を任されたとき、後の処置を頼むと仰せられたはず。どのような問題でも逐一相談せずに進めてよいとも仰られた。この間、私と大久保がどれほど苦心惨憺したとお思いか。江戸の府下百万の人々の生死が今日で決まるという土壇場に、上様をおもんばかる必要があろうか。もう結構」
啖呵を切って寛永寺を退出した。
思えば任命された二月以降、市井の人から総督府の面々、幕閣との連携やフランス・イギリスの公使に至るまで、ここにはとても書ききれないほどの会談・対談・交渉・要求・反駁・調整、加えて襲撃を受けること頻繁、それらを重ねた結果が今日なのである。踏んだり蹴ったりという言葉が相応しい。
最後に一発かましてお役御免でせいせいしたといったところだが、勝なりの筋を通したのは間違いない。
彼は役を勤め上げたのである。このように勝安房麟太郎の四月十日は終わった。以降彼は赤坂の自邸に引きこもる。
そして翌日、調整した内容とは少し異なる部分もあったが、徳川慶喜は江戸を出立し水戸に下っていった。そして総督府東海道先鋒軍は勇ましく江戸城に入っていく。
一八六八年四月十一日。江戸城は開城し総督府の所管となった。
「西郷南州はいないのか」と勝がつぶやくと、海江田が苦笑していう。
「いよいよ明日が江戸城接収、こちらに来ている場合ではなかです」
「それじゃあ、おれが来る要もなかったか。まあいい、途中でたっぷりと郊外の風情を見聞できた」
海江田は勝の言葉を聞き傍らにそびえる五重塔に視線を移す。
「この景色を江戸の最後の日に見ているというのは、なかなかに感慨深いものです。もっと開戦前の、殺伐としたもんかと思うとりました」
「ああ、おれもだよ。今日は不思議に長閑な最後の一日だ。おっといかん、急ぎ城に戻らねば。上様にも言上するのだ」
「護衛を付けます」と海江田がいう。
「それはありがてえ。途中寄り道するがな」
「どちらに?薩摩屋敷ですか」と海江田が問う。
勝はにやりと笑う。
「いや、洗足池さ。団子を食って帰る」
突発的な出来事はあったものの、勝は無事江戸城に戻った。大久保一翁に帰りが遅かったのを心配されたが、自分の顛末については「まあ何とか」の一言で済ませる。これで上がるのも最後になるであろう江戸城を名残惜しく眺める間もなく、そのまま上野寛永寺に馬で走る。蟄居中の将軍徳川慶喜に総督府側との交渉結果を報告するためだ。
(寛永寺根本中堂)
報告した勝に将軍は労いと感謝を伝え、自身の刀を勝に下賜する。勝は恭しく拝領する。
そこまではよかった。
伝統の儀式めいたやり取りが済むと慶喜はふたつみっつ不満を述べ始めた。勝の判断に対して、「甚だ粗暴で大胆過ぎるのではないか」、「このようなことでは災害が足下に生じるだろう」と続けた上で「自分の真意が貫かれずに幕府も終わるのか」と嘆いた。
勝は心胆ともに砕け散り足腰が麻痺したと後に表現するほど、全身の力が抜けるような状態になった。バタバタ動き回った日の終わり、この二ヵ月の締めくくりにこの言葉である。
とことん塩辛い評価に勝は黙ってはいない。
「二月にこのお役を任されたとき、後の処置を頼むと仰せられたはず。どのような問題でも逐一相談せずに進めてよいとも仰られた。この間、私と大久保がどれほど苦心惨憺したとお思いか。江戸の府下百万の人々の生死が今日で決まるという土壇場に、上様をおもんばかる必要があろうか。もう結構」
啖呵を切って寛永寺を退出した。
思えば任命された二月以降、市井の人から総督府の面々、幕閣との連携やフランス・イギリスの公使に至るまで、ここにはとても書ききれないほどの会談・対談・交渉・要求・反駁・調整、加えて襲撃を受けること頻繁、それらを重ねた結果が今日なのである。踏んだり蹴ったりという言葉が相応しい。
最後に一発かましてお役御免でせいせいしたといったところだが、勝なりの筋を通したのは間違いない。
彼は役を勤め上げたのである。このように勝安房麟太郎の四月十日は終わった。以降彼は赤坂の自邸に引きこもる。
そして翌日、調整した内容とは少し異なる部分もあったが、徳川慶喜は江戸を出立し水戸に下っていった。そして総督府東海道先鋒軍は勇ましく江戸城に入っていく。
一八六八年四月十一日。江戸城は開城し総督府の所管となった。
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