ピーナッツバター

はる

文字の大きさ
3 / 601

(日常小話)春風

しおりを挟む
Side 空

4月。

天気のいい日の午後。

この日は始業式で、学校は午前中で終わりだった。

うちの近所で桜祭りがあるみたいで、ひよしさんと学校帰りに行くことにした。

ひよしさんもわざわざその為に午後半休をとってくれていた。

午後休んで大丈夫なの?って聞いたら、体育教師は始業式でやることは特にないらしい。ほんとかなぁ。

まぁそんな訳で、僕らは学校帰りにそのまま桜祭りに行った。

僕は制服、ひよしさんはジャージ姿のまま。

「今日、天気いいね」

「そうだな、だいぶ春らしくなったよな」

「うん、風が気持ちいい。両手伸ばして、んーってやりたい感じ」

僕とひよしさんは、桜まつりの屋台を見ながら歩いた。

少し歩くと桜並木が見えた。

「すごいね、ひよしさん。こんなに綺麗な桜並木あったんだね」

「そうそう、ここの桜並木はなかなか立派なんだよ。わざわざ遠出して見にくる人もいるらしいぜ」

桜はちょうど見頃で、ピンク色が青空と合わさって、とても風情のある情景だった。

「ひよしさんは、去年も見たの?」

「あぁ。そんときは1人でぷらっと見に来たな」

去年の4月。

その頃は、まだひよしさんと出会っていなかった。

そういえば、僕らはまだ出会って1年も経っていないんだなぁと、ふと思った。

「お、空。りんご飴あるぞ」

「ほんとだ。買ってこようかな。ひよしさんもいる?」

「いや、俺はいいよ」

「何か食べたいものないの?」

「カツ丼食いてぇ」

「それはないね」

そんな事を言いながら、僕らはりんご飴を買いに行った。

「1つください」

「はいよ!」

元気の良いおじさんが、200円と引き換えにりんご飴をくれた。

屋台と言ったらりんご飴だよね、なんて一人で考えていたら、そのおじさんがもう1つ小さいりんご飴を差し出してきた。

「お前さん、可愛いからおまけだ。」

そう言って、なんかよくわからないけど、りんご飴を2つ手に入れた。

お礼を言ってから、僕らはまた歩き出した。

「ひよしさん、2つもらったけど、1つ食べない?」

「いらねー。あのおっさんは、空が可愛いからもう1つくれたんだろ?可愛いってのは得だよな、空」

ひよしさんが不機嫌そうだ。

もういい年なのにそういう子供っぽいところ、どうにかならないかなぁ…

僕は、ちょっと背伸びして、ビニールに包まれたりんご飴を、ひよしさんのほっぺにぷにゅって押し付けてみた。

「うぉ、なんだよ、空」

「別に。やってみたかっただけ」

そう言って、僕はりんご飴の袋を開けて、一口舐めてみた。

優しい甘さが口の中に広がった。

すると、ひよしさんが僕の手を引っ張って、りんご飴をペロッと舐めた。

「ひよしさん、いらないって言ったのに」

「空が舐めてるの見たら舐めたくなった」

ひよしさんは、したり顔でにやっと笑った。

背の低い僕は、ひよしさんの顔を見上げる。

その更に頭上には桜の花びらがひらひらと舞っている。

「ねぇ、ひよしさん」

「ん?」

「桜ってすぐに散っちゃうでしょ。すごく綺麗なのはほんの一瞬で、気付いたときには葉桜になってる」

「あぁ、そうだな」

「僕は…、その…」

ちょっと言葉に詰まってしまった。

思っていることを素直に言葉にするのが僕は苦手みたい。

ひよしさんと一緒にいるときは特にそう。

「何だ?空」

ひよしさんが優しく促してくれる。

さっきは子供っぽかったのに、こういう時のひよしさんは凄く大人っぽい。

そんな彼の見せる様々な表情に、僕はきっと惹かれているんだと思う。

「えっと…、僕は、ひよしさんとずっと一緒にいたい。その…、ら、来年もいっしょに桜を見にいきたい。ひよしさんと。」

いつも恥ずかしくて目を逸らしてしまう僕だけど、今回はちゃんと目を見て言った。

りんご飴を持つ手が少し震えた。

すると、ひよしさんが突然僕の手を握ってぐっと引き寄せた。

「わっ」

僕はひよしさんの胸に飛び込む形になった。

「ひ、ひよしさん。周りの人に見られちゃうよ。」

「別に俺はかまわねーよ。空は嫌か?」

「…嫌じゃないけど恥ずかしい…ょ…」

そう言うと、ひよしさんは僕の顔に両手を添えた。

「俺の顔だけ見てれば恥ずかしくないだろ?」

そう言って、ニコッと笑うひよしさん。

その笑顔がいつも僕の心を締め付ける。

ひよしさんが、そっと僕にキスをした。

チュッという、軽めのキス。


春風が吹き、桜の花びらが舞う。


まるで僕らを包み込むように。


ひよしさんのことが好き。


これからもずっと。










END

しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

処理中です...