レモネードのように。

はる

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ランチの混み合う時間が終わったようで、俺とルナとおじいちゃんは、空いた店内にテーブルを挟んで座った。

「つまり、リク君。君は日本という国に住んでいて、酔い潰れて、起きた時にはここにいたってことだな。」

おじいちゃんはウイスキー片手に俺の話を要約した。

「そういう事です。もう何が何だか…」

「ここは『フェアリーランド』という小さな島国だ。海も綺麗で、人もいい。ルナから聞いたかもしれないが、ここはどういう訳か君のように異邦人がやって来ることがある。初めて異邦人を見た時は私も驚いた。まだルナが産まれる前の話だがな。」

「その人はどうしたんですか?」

「しばらくここに滞在した。そしてある日、居なくなった。私もよくわからないのだが、条件が揃うと異世界からの扉が開くようだな。」

「条件?」

「『行き』の条件は、心の中の絶望、寂寥、諦観、嘆き悲しみ。そこから端を発する『この世界に居たくない』という強い逃避の想い。それらの負の感情の渦が心の中で最高潮になった時、異世界への扉が開くそうだ。」

確かに俺は、生きるのが嫌になっていた。自分を偽って生きることに疲れてしまっていた。それでついついお酒を浴びるように飲んで、酔い潰れてしまったんだ。

「そして、すまんが、『帰り』の条件は私にも確かなことはわからん。」

「そ、そうですか…」

「いきなり言われても頭が追いつかんだろう。」

「はい。ちょっとファンタジー過ぎて混乱しています。それにどうやって帰ればいいのか…。でも、とりあえず自分の身に何が起きたのか把握は出来ました。」

にわかに信じ難いけど、俺は異世界に来てしまって、帰れない状態だという事だ。家族や友達、心配するだろうな。仕事だってあるのに。あー、どうすればいいんだ。

「ねぇ、リク。」

頭を抱えてる俺をルナが覗き込むように話しかけた。

「リクはさ、なんで『この世界にいたくない』って思ってたの?」

「え?」

「おじいちゃんが今言ってたでしょ。そういう思いが強かったからこっちの世界にきちゃったって。」

ルナに問われて、俺は考えた。言うべきか、言ってもいいものか、を。

でも、この世界には俺の事を知ってる人は当然ながらいない訳だし、この訳の分からない状況で隠し事をする事にメリットはない。

そういう結論に至った俺は、少し間を置いてから答えた。

「俺、ゲイなんだ。」

「ゲイって何?」

「え!?」

ルナの一言に俺は驚きの声をあげた。普通、驚くの逆だと思うんだけど。

「そっちの世界の言葉?なんかあれだね、共通する言葉とそうでない言葉があるんだね。てかさっきから思ってたんだけど、そもそも言語が通じてるのが、まずすごいよね。」

ルナはそんな風に言うと一人で楽しそうにクスクスと笑っていた。

「その点は私も解せないんだ。前の異邦者とも言葉は通じたしな。で、ゲイというのは何だね?」

おじいちゃんの方にも尋ねられた。いや、2人揃って知らないの?

「ゲイっていうのは男性が好きな男性のことですよ。」

俺は簡潔に一言で説明した。すると、二人は顔を見合わせる。そして、ルナがまた驚きの一言を発する。

「それがどうしたの?」

「えぇっ!?」

「そっちの世界では、同性が同性を好きという事が悩ましい事なのか?」

おじいちゃんは俺のリアクションからなんとなく察したらしく、そう聞いてきた。

「まぁ…、異性同士の恋愛が当たり前のようになっていて、同性同士の恋愛は少し特別扱いされてしまうというか。だから、自分の気持ちに蓋をして生きてきました。」

そう、俺はゲイであることをずっと隠して生活していた。

家族にも友達にも言えず、好きな人に好きと伝える事も出来ず、そうやって人にも自分にも嘘をついていることに疲れてしまっていた。

女性に告白されることもあった。でも俺はその気持ちに応えることは出来ない。自分は最低だと思った。辛かった。人を傷つけることも、自分を隠して生きることも。

もう逃げたい。もう消えたい。

そんな想いが積もり積もっていた。

「…こっちの世界では、そういうことは無いんですか?」

まさかと思い、俺は質問した。すぐさまルナが言った。

「全然普通のことだよ。僕だって恋愛対象は男の人だもん。」

現実世界では簡単に口にできないことを、ルナはさも当たり前のように口にした。それどころか、目を丸くする俺の顔を見て「変な顔ー」と言って笑う。この子、よく笑うよな。笑顔が可愛すぎる。っていうか…

「ルナ、男が好きなのか?」

「うん。年下は子供っぽいから年上の優しい人が好きだなぁ。リクはどんな人が好きなの?」

学生時代に友達と恋バナをした時のことを思い出した。みんな口々に好きな女の子のタイプを熱弁する。「リクはどんな人がタイプ?」と聞かれた時の答えにはいつも困った。俺は大抵、適当に有名な女優の名前を上げたりした。

「お、俺は…」

好きな男性のタイプを人前で語ったことは無かったから、ルナの質問に口ごもってしまう。本当は言いたい。みんなと一緒に、好きなタイプとかを語り合いたかった。すれ違う人を見て「あの女の子可愛いよな」ってみんなが言うように、俺も言ってみたかった。ずっとずっと、そう思っていた。

「リク!?大丈夫?」

「え…あ…」

暖かいものが頬を伝うのを感じた。気付かなかった。自然と涙が流れていたんだ。

「リクくん。君のいた世界がどんなだったのかは知らないが、ここでは異性を好きになろうが、同性を好きになろうが、同じ事なんだ。だから出会った時は恋愛対象がどちらかを確認する事が往々にしてある。それが普通の事さ。同性を好きで悩むという感覚が私達には理解が出来ないよ。」

「そ、うなんですね…、はは、何で泣いてんだろ。」

やばい、涙止まらなくなってきた。ていうか、涙ってこんなに勝手に出てくるもんなんだな。

「リク、ここにいていいよ。」

ルナは俺にティッシュを差し出しながら、そう言った。

「え、でも…」

「どうせ帰り方わからないでしょ?どこかに宿泊するお金もないでしょ?僕の部屋、お布団余ってるからさ。いいよね?おじいちゃん。」

おじいちゃんは何かを確認するように、再度、俺の目を見た。

「あぁ。リクくんも困っているだろうしな。」

「だってさ。」

ルナは、へへっとイタズラっぽく笑った。なんだか、ルナの笑顔に救われる。

「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうよ。」

とにかく頭の整理が追いつかないし、何をどうしたらいいかわからないこの状況だから、俺はお言葉に甘えることにした。
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