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前編
しおりを挟む時は、室町時代
一人の剣士が
散りゆく桜の木を見上げ
物思いに耽ける
「なぁ、桜さんよぉ
人の命ってのは儚いもんだなぁ」
一筋の涙が
剣士の目から零れ落ちると
桜の木は
ざわざわと音を鳴らした
そっと桜の木に手を添えると
はたはたと涙は溢れる
「なんでぇ、大事な女の死を
看取ってやることさえ
出来なかったんだろうなぁ…」
剣士はそう呟くと
膝を落とし
桜の木に寄りかかるように
目を閉じた
眠りに誘われるように
桜の匂いに包まれて…
「あのぉ…大丈夫ですか?」
トントンと、肩を叩かれ
目を覚ました剣士は
心配そうに覗き込む女を見上げ
目を見開く
「…お、咲…?」
「お咲?」
「なんでぇ、おめぇ…」
「私、さくらっていいます」
人違いにしては
恋仲であったお咲に瓜二つだ
「…なんだ、おもしれぇ
格好してんなぁ」
剣士はさくらの風貌を
まじまじと見つめ
そう言葉を投げかけると
さくらはキョトンとした目で
首を傾げる
「いや、私よりお兄さんがね?」
「俺が?」
「なんか、時代劇の役者さんですか?」
「時代劇?…役者?」
何を言っているのか
見当もつかない
辺りを見渡した剣士は
同じ桜の木の下なのに
川の向こうには
見たこともない建物が並び
鉄の橋の上には
鉄の猪のようなものが
走っている
「な…なんだぁ、ここはっ」
「えっ…な、に?」
剣士の
挙動不審にも思える驚きように
さくらは一瞬身を引くが
はたと気付いた
着物に袴、髪の毛を結い上げ
腰には刀…
さくらは手に持っていた本に
視線を落とす
その本は
新人作家のデビュー作で
タイムスリップを
題材にしたものだった
購入したばかりで
まだ読み始めていないものの
〝タイムスリップ〟と
書かれたその文字に
ざわざわと心が騒ぐ
「…もしかして、いや…
まさか…ね?」
「…なんだ?」
「あの、お兄さん…」
さくらは、ごくりと喉を鳴らし
座り込んでいる剣士に
目線を合わせた
「…今、何年だと、思います?」
「…27年だろ?応永、の…」
「…っ!応永!?何時代!?」
あまりの衝撃に
さくらは言葉を失う
「…何時代とは、なんだぁ?」
「えっ、と…あの…、その…
じゃあお兄さん令和って
知ってます?」
言葉を詰まらせるさくらに
剣士は眉を顰めた
「令、和…?」
「今は、令和2年です…よ」
やっと絞り出した声
二人の間に沈黙が流れ
ざわざわと桜の木が揺れる
「…令…和、2……年?」
「はい…」
600年の時空を越えて
出逢った二人は
ただただお互いを見つめ
戸惑うばかりだった
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