ポケットに隠した約束

Mari

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第六章

揺れる心

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朝の朝礼が終わった頃、私は支配人に呼び出された。
この前の一件のことだろうか…
胸をざわめかせながら、支配人室のドアをノックする。

コンコン…
「相澤です」
「どうぞ」と中から支配人の声がした。

ドアを開け中に入ると、支配人が私を見つめて微笑む。

「相澤さん、今度福岡に新しくうちのゲストハウスが出来るのは知ってるわね?」
「はい…」
「そこの支配人に、相澤さんをどうかと話が来てるの」
「…え?」

私が支配人?
でも、待って。
もしそうなれば…

もう二度と晃平とも会うことはなくなるだろう。
晃平は雪乃と結婚してしまう…だけど本当にこのままで良いのかと思い始めていた矢先だった。
複雑な想いが頭の中を埋め尽くす。

「上層部も、福岡には今後力を入れていく予定なの」
「でも、私よりもっと先輩も居るわけですし…」
「そうね。でも当たり前に、キャリアが長いだけでは抜擢されないわ」
「……この前も、担当を外されるようなことをしてしまったし…」
「…事情があってのことでしょう?」
「それは、そうなんですけど…」
「確かに担当として、新婦からあんな風に言われてしまったことは相澤さんにも落ち度はあったかもしれない。でもそれが必ずしもあなた自身の仕事に対する評価に繋がるとは限らないわ」

支配人のその言葉に内心ホッとした。

ゲストハウス立ち上げの支配人か…。
確かに、やりがいはあるだろう。
この仕事は好きだし、自分がどこまでやれるかも試してみたい気持ちはあった。


「返事はすぐにではないから、よく考えてみて。引き受けるも断るも、あなたの決断に任せるわ」
「はい…」
ただ、今は迷いしかない。
それが本音だ。


「ここを去られても、うち的には相当な痛手なんだけどね」
そう言って支配人は眉を下げ困ったように笑う。


オフィスに戻ってくると、莉奈が心配そうに声を掛けてきた。
「瑞希っ、支配人、何だった?大丈夫だった?」
莉奈もまた、この前の一件のことでの呼び出しと思ったのだろう。
「うん、大丈夫」
そう言って私は笑った。

相談してみようか…
そう思ったけれど、自分の気持ちさえ分からない今相談しても、混乱させるだけだろう。

「…本当にぃ?」
疑いの眼差しを向ける莉奈。
「本当だって」
「私に隠し事なんて、許さないからねー」
「…分かってるって」
「今、間があった!」
「ないない!」

こんな風に、莉奈と一緒に居る時間も居心地が良くて、福岡行きを簡単に決められるはずがなかった。


その日の夜、莉奈とサロンを後にする。
いつものように、コートのポケットに手を入れ空を見上げた…

「ねえ、瑞希」
「うん?」
「そのコートのポケットにはさ、何か入ってるの?」
「え?なんで…?」
「いつもさ、左だけポケットに入れたままだよね」
「…」

莉奈は何でもお見通しなんだな…
そう笑いが込み上げる。

「三年前、晃平から借りたままの手袋」
「…なるほど」
ニヤニヤする莉奈を横目に、話を続けた。
「晃平の手袋に触れて空を見上げると、晃平と繋がってる気がして…。癖みたいになっちゃってて」

すると莉奈が確信をつく。
「今でも好きだからでしょ?」

そうだよ…と何も考えずに言えたら、どんなにラクだろう。
私は振り切るように「さぁ?」と笑ってまた歩き出した。







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