ポケットに隠した約束

Mari

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第六章

自分の人生とは

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「隼人、そっちのケーブル大丈夫か?」
「はい、もうこっち終わりました」
隼人はその日、先輩と音響機材のメンテナンスを行っていた。

「そういえば、相澤、支配人に昇進するって話来てんだろ?お前何か聞いてるか?」
「支配人?…瑞希が?」
「なんだ、まだ聞いてないのか」
「それ、支配人になるってどういうことっすか」
「昨日、副支配人と飲みに行った時に聞いたんだけどさ…、どうやら福岡の新しい会場の支配人に抜擢されたらしいぞ」
「…福岡?」
ドクンと一瞬、隼人の心臓が大きく波打つ。

「まぁなあ、相澤なら確かに支配人でもやっていけそうだよなあ」
先輩の声が遠くに聞こえているようだった。
頭の中が真っ白になるってこういうことか…と隼人は苦笑する。

瑞希はこの仕事に誇りを持って取り組んでいるし、もしそういう話が来れば引き受けるだろうと隼人は感じていた。
副支配人からの情報ということであれば、単なる噂ではないことも分かる。

「…ちょっと、早めに昼休憩入っていいっすか」
隼人はドクドクとうるさい心臓を抑えながら、そう告げた。



オフィスに向かうと、瑞希と莉奈がいつものように談笑している。

「瑞希、飯行くぞ」
「え?あ、うん。どうしたの?珍しいね隼人がランチ…」
隼人はいつも、コンビニやファーストフードで済ますことが多いからか、私はそんな隼人が珍しくて不思議に思った。

「ちょっとー、私が居ること忘れないでくれる?なんで瑞希だけ誘うのよ」
膨れっ面で莉奈が隼人を見上げると、
「お前も来い」
隼人は莉奈にもそう伝えると、行くぞと合図をした。
莉奈と顔を見合わせ、首を傾げながら私たちは席を立つ。


いつものカフェに着くなり、隼人は本題を切り出した。
「お前、福岡行くの?」
昨日話があったばかりで、他人事のような感覚しかなかった私は、その問いに戸惑う。
私が答えるより早く、莉奈が素早く反応した。
「え、何?福岡ってどういうこと?」

二人にはちゃんと話さないとな…
「昨日、私も言われたばっかりで、いまいちピンときてないんだけど…、福岡に出来る新しいゲストハウスの支配人にならないかって、言われてる」
「まじっ?凄いじゃん!」
莉奈は素直に喜んでくれるものの、
「でも…福岡に行っちゃうのは寂しいね…」
そう言って少し眉を下げる。

「お前は、行きたいの?」
隼人の冷静な言葉…
だけど、答えなんてそう簡単に出るものではなかった。
「まだ、分かんない…、自分がどうしたいのか」
曖昧な言葉は宙を舞うようにフワフワしている。


「…迷ってるのは、晃平さんと会えなくなるからか?」
「っ…」
〝違うよ〟と言えない私を見て、隼人はため息をついた。
「まぁ、お前の人生だからな。俺は何も言えないけど。ただ、一つ言わせてもらう…」
隼人は一呼吸置いて、私を見据える。
「お前はいつも誰かのことばかり考えて、自分の気持ちを我慢してて…、そういうのってさ、勿体無いと思わないの?」
「勿体無い?」
「自分の人生なのに、お前そんなんで楽しいの?」

隼人の言葉はグサリと心に突き刺さるようだった。

「…瑞希」
ポンポンと頭を撫でながら莉奈が言う。
「晃平くんとのことも、仕事のことも、瑞希がどういう決断を下しても私たちは瑞希の味方だし、応援するよ」
「莉奈…」
「その代わり!相談くらいしてよ!隼人から聞く私の身にもなって!」
莉奈がわざとらしく頬を膨らますと、隼人も負けじと言った。
「ばーか、俺だって先輩から聞いたんだっつーの」

そっか…、遠慮が余計に二人を心配させちゃったか。
「…うん。ごめん、ありがとう」


カフェの窓から差し込む光の道筋…
暖かくキラキラと包み込んでくれる光は、私のこれからを応援してくれる二人のように優しい。

30歳という節目の年に、真剣に自分の人生に向き合ってみようか…、そんなふうに思い始めていた。




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