君と、もみじ

Mari

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第一章

帰り道

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ミーティングからの帰り道、送ってくれると言う響と二人並んで歩く。
それだけでドキドキして、この鼓動が響に伝わってしまいそうで、必死で平気なふりをした。

学校のもみじの葉を持ってきたのか、響はもみじの葉をクルクルと回しながら、唐突にこう言う。
「ね、奏ちゃん。
俺と奏ちゃんさ、一緒に音楽やったら売れるかもね」
「…は?何それ…」
「だって、〝響く〟と〝奏でる〟だよ?凄くね?」
満面の笑みでキラキラとした目を向ける響。
「…ないない」
「えー!絶対売れると思うんだけど!」
「そもそも、名前だけで売れるようなら苦労はしないでしょ」
私は響を横目で見ながら笑った。
そんなバカな話も、響とだから楽しいのかもしれない。


笑っている私を見て、響もまた更に笑みを深めた。
「あげる」
そう差し出してきたもみじの葉。

赤い葉が風に揺れると、なんだか急に切なくなる。

「奏ちゃん?」
「もみじの葉って、なんだか切ないね」
「…なんで?」
「だって、秋の間赤く染まるだけで、あとは茶色くなるか散るだけだもん」

春の青々とした緑の葉は生き生きとしていて、綺麗な花を咲かせるイメージだ。
でも、秋のもみじの赤い葉は寒くなる日々の中で散るのを待っているような、そんな切なさや寂しさが滲み出てる。


「俺は好きだよ。もみじ」
響のその言葉に、一瞬ドキッとした。

「だってさ、青や黄色の時季も経て、こうやって赤く色を付けたわけじゃん?
たった短い間だけ赤く染まって散るだけかもしれないけどさ、それでも、凛と前を向いて、道行く人を見守ってる感じしない?」
「……」
「それに、もみじは春になるとちゃんと花を咲かせること知ってる?」
「え…?もみじ、花が咲くの?」
「うん、華やかさはないけどね。でも、綺麗で優しい花」
意外と物知りな響に感心する。
もみじの花か…
春に咲く頃には、私はもう卒業してるんだ…
そんなことを考えていると、響は私の顔を覗き込んで言った。

「だから俺は青い若々しい葉や華やかな花より、もみじの方が好きだよ」
そう言って笑った響は、私の手のひらにもみじの葉をふんわりと置く…。
手のひらの上のもみじが、小さく揺れた。

春には優しい花を咲かせ、緑や黄色に葉の色を変え、やがて秋には赤く色付く。
〝前を向いて見守ってる〟…か。
そんな表現に私は妙に納得してしまった。


「奏ちゃん、夏前にさ…六月頃だったかな?
泣いてたでしょ」
響が少し眉を下げて私を見つめる。
あの日だ。
たまたま響が教室の前を通り掛かった日。

「あの日って、小林先輩と別れた日だったりする?」
「…うん」
やっぱりと言わんばかりの大きなため息をつきながら、響は告げる。
「もう、小林先輩と連絡取っちゃダメだよ」

強く、しっかりとした声に、思わず頷いた。

「繰り返すよ。多分また、奏ちゃんが傷つく」
「うん、分かってる」


不意に、響が立ち止まる。
「響…?」
数秒見つめ合ったまま、まるで時が止まったように動けなくなる感覚に私は戸惑った。
夕日に透ける響の髪の毛が風に揺られたその時、響が口を開く。
「…奏ちゃん…俺さ、…」


ゆっくりと動き出した時間の流れに思わず息を飲むと…

「響ー!」
響を呼ぶ声が、道路を挟んだ向こう側から聞こえた。

「…陽菜」
一度目を伏せた響。
陽菜は歩道橋を渡って私たちに駆け寄ると、響に満面の笑顔を見せる。
「暇潰ししながら待ってたの!一緒に帰ろ?」

現実に戻ったように、私はハッとした。
これ以上は、一緒に居られない…
「響、私はここで大丈夫だから…」
「えっ…」

響の腕に触れる陽菜の手が、目に入る…
それはまるで、〝近付かないで〟とでも言われているようだった。

逃げるようにその場を後にすると、それまで抑えてた想いが一気に溢れ出す。
好き…大好き、本当は今すぐこの気持ちを伝えたい。
気付かないうちにこんなにも、こんなにも好きになってた。

溢れる涙は風に吹かれて、冷たく頬を濡らす。

もう忘れなきゃ。
これ以上好きになっちゃいけない。
この気持ちは、伝えちゃいけない。

響には、彼女が居る…
オレンジ色の夕陽がやけに眩しくて涙が溢れて止まらなかった。





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