8 / 29
第二章
戸惑い
しおりを挟む
「か・な・で・ちゃん、土曜日はあの後どうだったのかなぁ?」
月曜日の朝、教室に着くなり千夏がニヤニヤしながら聞いてくる。
「…なんのこと?」
そう言ってとぼけてみたが、
「一緒に帰っていったじゃん、響くんと。私、見てたんだからー」
無駄のようだ。
「どうだったも何も、あの後彼女と偶然会って、私は一人で帰ったし」
「はぁっ?マジで?彼女、響くんを待ってたの?」
「そうみたい」
そんな会話をしているうちに、担任が教室に入ってくる。
千夏は渋々席に戻っていった。
会話が途中で終わり、私は正直ホッとする。
これ以上響の話をすれば、私はどんどん響のことを考えてしまうからだ。
考える時間を減らして、そのうち〝好き〟という気持ちも消してしまえたらいい。
彼女持ちの響。
その側に居るのは、やっぱり辛い…そう実感した。
放課後、いつもなら読書をして帰るところだが、奏は席を立ち鞄を持つ。
「あれ?奏、今日はもう帰るの?」
千夏が不思議そうに問い掛けた。
「…うん」
私の返事に千夏は一度首を傾げるが、すぐに笑顔を向ける。
「じゃあさ、カラオケ行こ!」
「千夏、この前バレー部で行ったばっかりじゃない?」
「だって、人数多すぎて歌い足りないんだもん!」
千夏の押しに負け、二人でカラオケに行くことになった私たちは、そのまま校門に向けて歩き始めた。
「奏」
校門の向こうから呼び掛ける声に、ビクッと肩を揺らし立ち止まる。
そこに居たのは、夏に別れたばかりの小林先輩だった。
「小林…先輩…」
今更、私に何の用があるのか…
どうしてここに小林先輩が居るのか…
そんな想いがグルグルと頭の中を埋め尽くし、思考が止まる。
「…奏、行こう」
千夏が私の腕を引っ張り、小林先輩を無視するよう促した。
「うん…」
素通りしようとしたその時、小林先輩が私の腕を掴む。
「奏、話がしたい」
「っ…」
力強い手の感覚が、私の腕に刺激を与えるようだった。
それと同時に、忘れたはずの六月の記憶が蘇る。
駄目…
これ以上、私に触らないで…
「…私は…何も話したくない…」
小林先輩の手を振り切るように腕を離した。
もう、あんな想いはしたくない。
放っといてほしい。
逃げるようにその場を後にした。
カラオケボックスに着いて、何もかもを忘れるように歌ってタンバリン叩いて、千夏と二人ではしゃぐ。
ざわめく気持ちを、大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように。
それなのに…
二時間が過ぎカラオケルームから出てフロントへ向かう途中のこと。
不意に聴こえてきた小林先輩との思い出の曲が耳に入ってきた。
「あ…」
そう口にした時には既に一筋の涙が零れ落ちる。
「…奏」
心配してくれる千夏をよそに、溢れ出した涙は次から次へと頬を濡らした。
大好きだった人。
初めて、〝ずっと一緒に居たい〟と思えた人。
響を好きになって、やっと忘れられたと思っていたのに…
その時の私には、辛い別れより先輩との楽しかった日々の方が、脳裏に簡単に思い出せたのだった。
〝これはただ、久しぶりに小林先輩と会って動揺してるだけ〟
何度も心の中で呪文のように繰り返す。
戸惑いは、秋の青空を隠す雲のように、私の中に広がっていった。
月曜日の朝、教室に着くなり千夏がニヤニヤしながら聞いてくる。
「…なんのこと?」
そう言ってとぼけてみたが、
「一緒に帰っていったじゃん、響くんと。私、見てたんだからー」
無駄のようだ。
「どうだったも何も、あの後彼女と偶然会って、私は一人で帰ったし」
「はぁっ?マジで?彼女、響くんを待ってたの?」
「そうみたい」
そんな会話をしているうちに、担任が教室に入ってくる。
千夏は渋々席に戻っていった。
会話が途中で終わり、私は正直ホッとする。
これ以上響の話をすれば、私はどんどん響のことを考えてしまうからだ。
考える時間を減らして、そのうち〝好き〟という気持ちも消してしまえたらいい。
彼女持ちの響。
その側に居るのは、やっぱり辛い…そう実感した。
放課後、いつもなら読書をして帰るところだが、奏は席を立ち鞄を持つ。
「あれ?奏、今日はもう帰るの?」
千夏が不思議そうに問い掛けた。
「…うん」
私の返事に千夏は一度首を傾げるが、すぐに笑顔を向ける。
「じゃあさ、カラオケ行こ!」
「千夏、この前バレー部で行ったばっかりじゃない?」
「だって、人数多すぎて歌い足りないんだもん!」
千夏の押しに負け、二人でカラオケに行くことになった私たちは、そのまま校門に向けて歩き始めた。
「奏」
校門の向こうから呼び掛ける声に、ビクッと肩を揺らし立ち止まる。
そこに居たのは、夏に別れたばかりの小林先輩だった。
「小林…先輩…」
今更、私に何の用があるのか…
どうしてここに小林先輩が居るのか…
そんな想いがグルグルと頭の中を埋め尽くし、思考が止まる。
「…奏、行こう」
千夏が私の腕を引っ張り、小林先輩を無視するよう促した。
「うん…」
素通りしようとしたその時、小林先輩が私の腕を掴む。
「奏、話がしたい」
「っ…」
力強い手の感覚が、私の腕に刺激を与えるようだった。
それと同時に、忘れたはずの六月の記憶が蘇る。
駄目…
これ以上、私に触らないで…
「…私は…何も話したくない…」
小林先輩の手を振り切るように腕を離した。
もう、あんな想いはしたくない。
放っといてほしい。
逃げるようにその場を後にした。
カラオケボックスに着いて、何もかもを忘れるように歌ってタンバリン叩いて、千夏と二人ではしゃぐ。
ざわめく気持ちを、大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように。
それなのに…
二時間が過ぎカラオケルームから出てフロントへ向かう途中のこと。
不意に聴こえてきた小林先輩との思い出の曲が耳に入ってきた。
「あ…」
そう口にした時には既に一筋の涙が零れ落ちる。
「…奏」
心配してくれる千夏をよそに、溢れ出した涙は次から次へと頬を濡らした。
大好きだった人。
初めて、〝ずっと一緒に居たい〟と思えた人。
響を好きになって、やっと忘れられたと思っていたのに…
その時の私には、辛い別れより先輩との楽しかった日々の方が、脳裏に簡単に思い出せたのだった。
〝これはただ、久しぶりに小林先輩と会って動揺してるだけ〟
何度も心の中で呪文のように繰り返す。
戸惑いは、秋の青空を隠す雲のように、私の中に広がっていった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる