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第四章
最後の教室
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「奏…ちゃん…」
優しくて低い声が、耳に届く。
顔を上げると教室のドアの側に、響が立っていた。
「響…」
「…泣いてる?…なんで…」
その言葉に私は慌てて涙を拭う。
「あ…はは、卒業式って寂しいなぁって…」
苦し紛れの言い訳。
「…」
何か言ってよ。
前みたいに、ズカズカ強引に明るく言い返してよ。
目を伏せる響の表情が、余計に私の心を寂しくさせた。
「さっき、奏ちゃんが校内に入ってくの見掛けたから、もしかして教室かなぁと思って…」
「…そっか」
静かな教室で聞く響の声が、やけに心地いい。
久しぶりに交わす言葉を、私は一つ一つ聞き逃さないように耳を傾けた。
すると、近くまで歩みを進めながら響が呟く。
「…懐かしいね、ここ」
響が窓際に視線を移して目を細めた。
「…うん」
「奏ちゃんさ、実はあの頃俺のこと待ってたっしょ」
「っ…、はぁっ?何それ、自惚れすぎでしょ」
不意打ちで図星をつかれた私は、思わず可愛いげのないことを口にしてしまう。
「ひでぇ、誰だってそう思うし」
「思わないっ」
「だって読書なんて、家に帰ってからでも出来るじゃん」
「っ…、こ、ここだから落ち着いて読めるの!」
「奏ちゃん動揺してる」
「し、してないっ」
「いや、してるっしょ」
「してないってばっ」
なんでそこ突っ込むの!しつこい!と顔を赤らめて否定する私はバカなのだろうか。
素直に〝そうだよ〟って言えない自分にほとほと嫌気が差しそうだ。
だけど、そんな私を見て笑い出す響に、ついついつられて笑う。
あぁ、…なんだか懐かしい。
あの頃の響だ。
もしかして、わざと私が言い返すようなことを言ったの?
まるで、ぎこちなさに寂しさを感じた私の心を読んだかのように、響は空気の重さを一気に吹き飛ばしてくれた。
「…ちょっとは自惚れさせてよ」
「え…?」
「いや、何でもない」
フッと優しく微笑むと、響は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「奏ちゃん、卒業おめでと」
「…ありがとう」
その言葉を合図にするように、響は真面目な顔をした。
「…奏ちゃん…、」
響が何かを言い掛けたその時…
ブブブブブ…
マナーモードにしている私の携帯が、千夏からの着信を知らせる。
「もしもし…?」
『奏ー、終わったよー』
「あ、うん。すぐ行く」
電話を終え、私は荷物を手にした。
「…じゃあね、響」
「…」
眉を下げて、小さく微笑む響。
「元気でね…」
そう告げて私は教室のドアに向かう。
カタンと音がした瞬間、響の大きな手が私の腕を掴んだ。
「っ…」
そのまま、視線がぶつかり合う。
「…響?」
何か言いたげな響。
名前を呼んでも、言葉を発することはしない。
心臓が潰れそうな程キューっと締め付けられるようだった。
そして、力を緩めて手が離される。
「…奏ちゃんも、元気でね」
「…うん」
廊下に出て玄関まで行くと、千夏が待っていた。
私の顔を覗き込むと、千夏が問う。
「どうした?何か、あった?」
「え…?どうして?」
「…泣きそうな顔してる」
千夏のその言葉で、私は初めてその時の自分の表情に気付いた。
力の入っていた眉間を緩める。
「ううん、何でもない…」
そう言って、私は千夏と校舎を後にした。
左腕に残る響の手の感覚。
ドキドキと高鳴る鼓動。
必死で抑えながら、振り向くことなく門を出る。
さようなら、高校生活。
たくさんの思い出が詰まった三年間が、静かに幕を下ろした。
優しくて低い声が、耳に届く。
顔を上げると教室のドアの側に、響が立っていた。
「響…」
「…泣いてる?…なんで…」
その言葉に私は慌てて涙を拭う。
「あ…はは、卒業式って寂しいなぁって…」
苦し紛れの言い訳。
「…」
何か言ってよ。
前みたいに、ズカズカ強引に明るく言い返してよ。
目を伏せる響の表情が、余計に私の心を寂しくさせた。
「さっき、奏ちゃんが校内に入ってくの見掛けたから、もしかして教室かなぁと思って…」
「…そっか」
静かな教室で聞く響の声が、やけに心地いい。
久しぶりに交わす言葉を、私は一つ一つ聞き逃さないように耳を傾けた。
すると、近くまで歩みを進めながら響が呟く。
「…懐かしいね、ここ」
響が窓際に視線を移して目を細めた。
「…うん」
「奏ちゃんさ、実はあの頃俺のこと待ってたっしょ」
「っ…、はぁっ?何それ、自惚れすぎでしょ」
不意打ちで図星をつかれた私は、思わず可愛いげのないことを口にしてしまう。
「ひでぇ、誰だってそう思うし」
「思わないっ」
「だって読書なんて、家に帰ってからでも出来るじゃん」
「っ…、こ、ここだから落ち着いて読めるの!」
「奏ちゃん動揺してる」
「し、してないっ」
「いや、してるっしょ」
「してないってばっ」
なんでそこ突っ込むの!しつこい!と顔を赤らめて否定する私はバカなのだろうか。
素直に〝そうだよ〟って言えない自分にほとほと嫌気が差しそうだ。
だけど、そんな私を見て笑い出す響に、ついついつられて笑う。
あぁ、…なんだか懐かしい。
あの頃の響だ。
もしかして、わざと私が言い返すようなことを言ったの?
まるで、ぎこちなさに寂しさを感じた私の心を読んだかのように、響は空気の重さを一気に吹き飛ばしてくれた。
「…ちょっとは自惚れさせてよ」
「え…?」
「いや、何でもない」
フッと優しく微笑むと、響は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「奏ちゃん、卒業おめでと」
「…ありがとう」
その言葉を合図にするように、響は真面目な顔をした。
「…奏ちゃん…、」
響が何かを言い掛けたその時…
ブブブブブ…
マナーモードにしている私の携帯が、千夏からの着信を知らせる。
「もしもし…?」
『奏ー、終わったよー』
「あ、うん。すぐ行く」
電話を終え、私は荷物を手にした。
「…じゃあね、響」
「…」
眉を下げて、小さく微笑む響。
「元気でね…」
そう告げて私は教室のドアに向かう。
カタンと音がした瞬間、響の大きな手が私の腕を掴んだ。
「っ…」
そのまま、視線がぶつかり合う。
「…響?」
何か言いたげな響。
名前を呼んでも、言葉を発することはしない。
心臓が潰れそうな程キューっと締め付けられるようだった。
そして、力を緩めて手が離される。
「…奏ちゃんも、元気でね」
「…うん」
廊下に出て玄関まで行くと、千夏が待っていた。
私の顔を覗き込むと、千夏が問う。
「どうした?何か、あった?」
「え…?どうして?」
「…泣きそうな顔してる」
千夏のその言葉で、私は初めてその時の自分の表情に気付いた。
力の入っていた眉間を緩める。
「ううん、何でもない…」
そう言って、私は千夏と校舎を後にした。
左腕に残る響の手の感覚。
ドキドキと高鳴る鼓動。
必死で抑えながら、振り向くことなく門を出る。
さようなら、高校生活。
たくさんの思い出が詰まった三年間が、静かに幕を下ろした。
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