1 / 5
プロローグ
しおりを挟む無駄な日常を過ごしてきたという実感はある。
昼前まで眠り、起きて朝食兼昼食を食して、スマートフォンでソーシャルゲームをしながら、パソコンで動画サイトを漁り、夕食を食べて、風呂に入って、そして寝る。
日々の繰り返し。同年代の人々はもう社会人として成長して後輩ができる時期。そんな中、俺はついにニート三周年を迎えた。
無駄に思える日々を繰り返してもう三年経つというわけだ。他人が前に進む中俺は一人自分の部屋に留まっている。親からは腫れ物のように扱われているが家に置いてもらえていることには感謝しかない。
三年経ったからといって何か変わるわけでもない。世の中には俺のようなニートの後輩が生まれているかも知れないが関わることなどないのだから。
親への申し訳なさを感じながら今日もいつものように過ごし、いつものように一日を終えようとしていた。
風呂に入っていると窓の外から木々が揺れる音、そして激しい雨音が聞こえてきた。まるで台風がやってきたかのような天気の荒れようだ。台風が来るとはニュースでは言ってはいなかった。
俺は風呂から出ると寝間着にしている着慣れたジャージに着替えて外の様子を見る。我が家は山の中にあるためこういった悪天候の際に大きな木の枝が屋根に落ちてこないか心配なのだ。去年の台風で瓦が数枚割れたこともある。
木々は大きく揺れて大きな雨粒が葉を叩いている。これはかなりの大雨になりそうだ。だからと言って俺にできることがあるというわけではない。人間は自然の前では無力だ。明日は家に被害がないか探すとしよう。
リビングを通って自室に向かう時に気づく。雨戸がされていない。窓ガラスには小さな枝と雨粒が当たり音を立てている。
ニートとはいえ、家の中でできることは少しぐらいするとしよう。家に置いてもらっているのだから。
俺は濡れるのを承知で雨戸を閉めようと窓に近づいた。
その時だった。窓の外で何かが光った。
最初は雷かと思ったが特に音が聞こえてくることもない。まるでカメラのフラッシュをたいているかのような光が数度繰り返された。
もしかしたら外に何かあるのかもしれない。
俺は玄関に向かい傘を持って外に出た。
そして外に出たことを瞬時に後悔する。傘を差しても横風が酷いので容赦なく雨は体に当たり、傘の骨は簡単に折れて使い物にならなくなる。
後でまた風呂に入り直そうと考えながら濡れることを受け入れて庭に出る。リビングの窓がある位置まで進むが先ほどまでのような光はない。
もしかしたら気のせいだったのかも知れない。だとすればとんだ無駄足だった。
折れた傘について親に何と説明しようか考えていた時、また光が発生した。
濡れた地面に映る影。光源は上。
そして雨に濡れながら空を見上げる。
闇夜、どこまでも黒い空。
次の光がやってくる。
そして、俺は光に飲まれた。
視界は黒一色に塗りつぶされ、強烈な耳鳴りが響く。強い光を直接見てしまった影響か。次第に自分が地面に立っているのかも分からなくなる。上下左右の感覚も失っていく。
俺はいったいどうなってしまったのか。
混濁する意識に気がおかしくなりそうだった。
耳鳴りは収まっていき、眩暈もなくなっていく。黒だけだった視界はやがて色を取り戻していく。
視界に映るのは青々と生い茂る木の枝。
少し遅れて理解する。俺は、森の中に倒れている。
さっきまで俺は自宅の庭、嵐の中、空を見上げていたはずだ。それがどうして森の中にいる。もしかしてさっきの光を浴びている時に眩暈を起こして迷い込んだのだろうか。
体を起こして周囲を見る。自身が倒れているこの場所に見覚えはない。子供の頃は野山を駆け回っていたので自宅周辺を見間違うわけがない。
そして何よりおかしなことがある。
俺の衣服は濡れているのに地面は乾いている。というかさっきまでの悪天候などなかったかのように木々の隙間から日の光が差し込んでいるのだ。
もしかして気を失っていてその間に嵐は過ぎ去ったのかと思ったがそれだとそんない早く木陰の地面が乾くのはおかしい。
俺は夢でも見ているのだろうか?
意識を失ったままなのだろうか?
それにしては濡れた衣服は肌に肌に張り付いているに手に持った傘は折れている。何がなんだかわからない。夢にしては視界が鮮明で意識もはっきりしているのが怖い。
いったいどうすればいいのかと途方に暮れていると人の声が聞こえてきた。
人に出会えばこれが夢かどうかも判断できるかもしれない。
立ち上がり声のする方を見ると家屋と思わしきものが見えた。
残念な事にこれは俺の家ではない。
あぁきっとこれは夢だろうな。
そんなことを考えながら俺は家屋の方に向かう。
木々を抜けた先に現れた風景。
レンガや土壁でできた家。商品が店先にいくつも並ぶ露店。歴史の教科書に出てくるような現代日本とはかけ離れたファッション。そして極めつけはゲームに出てくるような剣や盾を持ち歩く戦士風の人。
あぁ、なるほどね。だいたいわかった。
どうやらここは、夢の中らしい。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる