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2章 アポカリプスサウンド
52話【アポカリプスサウンドⅡ】
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『一定の魂の銀貨を得ました。全人類にアプリとショップを開放しました』
ダンジョンから出て太陽の暖かさを感じた瞬間、天の声が響いた。
アプリとショップの開放? スマホや携帯端末を持っていない人はどういう扱いなんだろうか。
小川さんがアナウンスに戸惑いながらもスーツの男性を紹介する。彼がスキル封印持ちの、原国さんの部下らしい。
泣いて目も鼻も赤くした紅葉さんに、武藤さんがジャージの上着を脱いで渡す。
「泣きたくなったら使いな。後で返してくれよ」と武藤さんから渡されたそれを、彼女は一瞬目を大きく見開いて見る。
震える指で大切そうに受けとると頷く。その目からは再び涙がこぼれた。
ハンカチやタオルじゃなく、ジャージを渡してしまうのがなんとなく武藤さんらしいな、と思った。
人の着ていた服には、温もりと匂いがある。嗅覚はそれを始めてかいだ時の記憶を想起させるものだ。泣くことを誰も咎めなかったそれを、思い出せるように。泣く自由があるのだと思い出せるように。そんな配慮を感じた。
そして、また後で、の約束を交わす。
なんでもない、そんな言葉が彼女を癒すことを、武藤さんは知っているのだ。
紅葉さんの肩を優しく有坂さんがさすり、柔らかに微笑んで「大丈夫ですよ」と言い、原国さんの部下に引き渡す。
反省し悔いる人の罪の清算を、僕らはしようがない。
罪人を殺して終わり、では今まで人が積み上げて来た法律や教訓は一体なんだったのかわからなくなってしまう。
力に呑まれてはだめだ。
原国さんはその辺りを僕よりも、わかっている人だと思う。だから、彼女を預ける。
彼女についてはスキルが強力すぎるため、スキルを常時封印状態にした上で一旦保護。その後については状況が落ち着くまで保留。という話だった。
彼女を殺せば殺した人にそのスキルを継承してしまうことになる。
誰が持ったとしても、危険極まりないスキルだ。
それならば彼女ごと、誰にも奪われないよう匿う方がいいという判断だった。
マイクロバスと紅葉さんを乗せた車を見送り、原国さんに通話を繋ぐ。
出てきたレッドゲートは消失し、地面には駐車場で見た魔方陣がある。
「今どうなってる?」
「君たちと皆森さんのお陰で上手いことこちらでも広報が出来ています。助かりました。君たちはもうだいぶ有名人です。次の地点で待機している部下にスーツを持たせてありますので、着替えて頂きたい」
「俺はスーツならストレージに入れて持ってるから、そっちを着るわ。用意したスーツは坊主と嬢ちゃんに渡してやってくれ」
そういうとスマホのストレージを操作して、武藤さんが装備変更の要領で着替える。そんなことが出来るのか、と僕と有坂さんはびっくりした。
タッチひとつで全身の着替えが終わる。魔法のように。武藤さんは迎えが来るまでの間にストレージの機能を調べていたらしい。
真っ黒のスーツに、黒いネクタイ。ジャージ姿しか知らないので、服装1つで印象がだいぶ変わるのにも驚く。
通話をしながら、次の地点へ急ぐ。紅葉さんとのやりとり、蘇生術を50人。時間をかなり使ってしまっている。
「それで、今のアナウンスについては?」
「未覚醒者のスマホにアプリがあることを確認しました。ステータス表示はありますが、スキル職業はなし。ショップも確認しました。君たちも見てみて下さい」
言われて、ショップを開く。
表示が増えている。クレジットの表記の横に、日本円の表示がされている。かなりの金額だ。これは一体どういうことなんだろう。
「個人資産のうち、所持している現金、銀行口座に入っている金額が表示されるようになりました。タッチ1つで手元に現金が出せますし、クレジット化も可能です」
「……現金以外の資産は」
武藤さんが眉根を寄せて訊く。
「あらゆる個人資産がショップで一定範囲の誰とでも売買が可能になっています。所持品についても、ショップで売り買いが可能です。物品の売買については、購入と同時に手元に呼びさせますし、ストレージへ納入することも可能です」
「金融も経済も物流も崩壊するな。人間は利便性に、勝てない」
武藤さんがはっきりと言う。仕組みがわからなくとも、便利なものがあれば、使う。人間は楽をすることが好きだ。
それをダンジョンの管理者は、知っているのだろう。
ますます世界がゲームのような形になっていくことに背筋が寒くなる。
「そうなるでしょうね。医療、武力、経済、物流、だけでなくあらゆるものが我々の今までの世界と変わる。政治形態も変わるでしょう。今までの方法では統治は不可能でしょうから」
淡々と原国さんが言う。どんな世界になってしまうのだろう。僕にはわからない。原国さんにはどんなふうに見えているんだろう。
「未覚醒の人間はショップでダンジョン関連のものを購入できるか?」
「未覚醒者はダンジョン関連の品を購入はできません。が、覚醒者から直接購入することは可能です。譲渡もです。ダンジョンに侵入しない限りは、スキルを得ることは出来ませんが装備やアイテムは使用可能です」
「わかった。検証関係はそっちでいろいろやってるんだろうが……俺たちは変わらず攻略を続ければいいんだな?」
「ええ、お願いします。くれぐれも気をつけて行動してください」
2人のやりとりが終わろうとした時、武藤さんの視線が鋭くなった。
「覚醒者がいる」
視線の先には、スーツ姿の眼鏡をかけた男性がいた。スーツと同じ色の中折れ帽をかぶっている、紳士然とした男性。
まだ距離はある。ぱっと見は、1人。
こちらに向かって歩いてくる。目線が合うと、彼は帽子をとり僕らに会釈をしてから、口を開く。
「やあどうもこんにちは。国営ギルドの方ですよね?」
男の声はよく通る、耳心地のいい声だった。
ダンジョンから出て太陽の暖かさを感じた瞬間、天の声が響いた。
アプリとショップの開放? スマホや携帯端末を持っていない人はどういう扱いなんだろうか。
小川さんがアナウンスに戸惑いながらもスーツの男性を紹介する。彼がスキル封印持ちの、原国さんの部下らしい。
泣いて目も鼻も赤くした紅葉さんに、武藤さんがジャージの上着を脱いで渡す。
「泣きたくなったら使いな。後で返してくれよ」と武藤さんから渡されたそれを、彼女は一瞬目を大きく見開いて見る。
震える指で大切そうに受けとると頷く。その目からは再び涙がこぼれた。
ハンカチやタオルじゃなく、ジャージを渡してしまうのがなんとなく武藤さんらしいな、と思った。
人の着ていた服には、温もりと匂いがある。嗅覚はそれを始めてかいだ時の記憶を想起させるものだ。泣くことを誰も咎めなかったそれを、思い出せるように。泣く自由があるのだと思い出せるように。そんな配慮を感じた。
そして、また後で、の約束を交わす。
なんでもない、そんな言葉が彼女を癒すことを、武藤さんは知っているのだ。
紅葉さんの肩を優しく有坂さんがさすり、柔らかに微笑んで「大丈夫ですよ」と言い、原国さんの部下に引き渡す。
反省し悔いる人の罪の清算を、僕らはしようがない。
罪人を殺して終わり、では今まで人が積み上げて来た法律や教訓は一体なんだったのかわからなくなってしまう。
力に呑まれてはだめだ。
原国さんはその辺りを僕よりも、わかっている人だと思う。だから、彼女を預ける。
彼女についてはスキルが強力すぎるため、スキルを常時封印状態にした上で一旦保護。その後については状況が落ち着くまで保留。という話だった。
彼女を殺せば殺した人にそのスキルを継承してしまうことになる。
誰が持ったとしても、危険極まりないスキルだ。
それならば彼女ごと、誰にも奪われないよう匿う方がいいという判断だった。
マイクロバスと紅葉さんを乗せた車を見送り、原国さんに通話を繋ぐ。
出てきたレッドゲートは消失し、地面には駐車場で見た魔方陣がある。
「今どうなってる?」
「君たちと皆森さんのお陰で上手いことこちらでも広報が出来ています。助かりました。君たちはもうだいぶ有名人です。次の地点で待機している部下にスーツを持たせてありますので、着替えて頂きたい」
「俺はスーツならストレージに入れて持ってるから、そっちを着るわ。用意したスーツは坊主と嬢ちゃんに渡してやってくれ」
そういうとスマホのストレージを操作して、武藤さんが装備変更の要領で着替える。そんなことが出来るのか、と僕と有坂さんはびっくりした。
タッチひとつで全身の着替えが終わる。魔法のように。武藤さんは迎えが来るまでの間にストレージの機能を調べていたらしい。
真っ黒のスーツに、黒いネクタイ。ジャージ姿しか知らないので、服装1つで印象がだいぶ変わるのにも驚く。
通話をしながら、次の地点へ急ぐ。紅葉さんとのやりとり、蘇生術を50人。時間をかなり使ってしまっている。
「それで、今のアナウンスについては?」
「未覚醒者のスマホにアプリがあることを確認しました。ステータス表示はありますが、スキル職業はなし。ショップも確認しました。君たちも見てみて下さい」
言われて、ショップを開く。
表示が増えている。クレジットの表記の横に、日本円の表示がされている。かなりの金額だ。これは一体どういうことなんだろう。
「個人資産のうち、所持している現金、銀行口座に入っている金額が表示されるようになりました。タッチ1つで手元に現金が出せますし、クレジット化も可能です」
「……現金以外の資産は」
武藤さんが眉根を寄せて訊く。
「あらゆる個人資産がショップで一定範囲の誰とでも売買が可能になっています。所持品についても、ショップで売り買いが可能です。物品の売買については、購入と同時に手元に呼びさせますし、ストレージへ納入することも可能です」
「金融も経済も物流も崩壊するな。人間は利便性に、勝てない」
武藤さんがはっきりと言う。仕組みがわからなくとも、便利なものがあれば、使う。人間は楽をすることが好きだ。
それをダンジョンの管理者は、知っているのだろう。
ますます世界がゲームのような形になっていくことに背筋が寒くなる。
「そうなるでしょうね。医療、武力、経済、物流、だけでなくあらゆるものが我々の今までの世界と変わる。政治形態も変わるでしょう。今までの方法では統治は不可能でしょうから」
淡々と原国さんが言う。どんな世界になってしまうのだろう。僕にはわからない。原国さんにはどんなふうに見えているんだろう。
「未覚醒の人間はショップでダンジョン関連のものを購入できるか?」
「未覚醒者はダンジョン関連の品を購入はできません。が、覚醒者から直接購入することは可能です。譲渡もです。ダンジョンに侵入しない限りは、スキルを得ることは出来ませんが装備やアイテムは使用可能です」
「わかった。検証関係はそっちでいろいろやってるんだろうが……俺たちは変わらず攻略を続ければいいんだな?」
「ええ、お願いします。くれぐれも気をつけて行動してください」
2人のやりとりが終わろうとした時、武藤さんの視線が鋭くなった。
「覚醒者がいる」
視線の先には、スーツ姿の眼鏡をかけた男性がいた。スーツと同じ色の中折れ帽をかぶっている、紳士然とした男性。
まだ距離はある。ぱっと見は、1人。
こちらに向かって歩いてくる。目線が合うと、彼は帽子をとり僕らに会釈をしてから、口を開く。
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男の声はよく通る、耳心地のいい声だった。
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