83 / 137
3章 運命の輪
76話【守るべきもの】
しおりを挟む
お腹の辺りに、何か重いものが乗っている感触で目が覚めた。
「俺、寝相死ぬほど悪いけど大丈夫か?」
寝る前に武藤さんはそう言っていたのを思い出す。
キングサイズのとにかく大きなベッドなので、「端と端で寝れば大丈夫ですよ」と答えたけれど、大丈夫ではなかったらしい。
僕の胴の上には武藤さんの足が乗っていた。
起こさないように、ゆっくりとその足を下ろす。武藤さんの頭の位置は、ほぼさかさまになっている。
僕も母も寝相はそう悪くないので、これほど豪快な寝相の人を始めて見た。何だかちょっと面白い気分になって、小さく笑うと武藤さんが目を覚ます。
「んん……おはよう……」
「おはようございます。武藤さんの寝相本当にすごいですね」
「やっぱりか……蹴ったりしなかったか?」
「起きたらお腹に足が乗っててちょっと面白かったです」
言って笑うと「痛くなかったか?」と心配されてしまった。
「普段もこんな感じなんですか?」
「ベッドだと落ちるから寝室はマットレスに布団……それでも落ちるんだけどな、床に」
言って胡坐をかいて、笑いながら頭をばりばりとかく。短くなった柔らかい髪が跳ねている。
「今何時だ?」
「朝5時です。僕はいつもの起床時間ですけど、武藤さんは?」
「俺もそんくらいに起きる。習慣てやつだな」
ぐぐ、と伸びをしてベッドから降りて、洗面台へ向かう。
女性陣はまだ起きてないようだった。
2つ並んだ洗面台をそれぞれ使って歯磨きをしたあと、武藤さんは「シャワー浴びてくるわ」と言って浴室へ。
僕は洗顔をして着替えをした。昨日のスーツだ。
そういえば、浄化スキルがあれば洗濯も掃除もいらなくなる。
便利ではあるけれど、それらのための用品や機械……洗濯機や掃除機は売れなくなる。
それらの開発研究もされなくなり、いずれは掃除や洗濯などの文化は失われるのだろうか。
備え付けの湯沸かし器で、お湯を沸かす。
冷蔵庫には水もジュースもお酒もたくさん入っているけれど、食べ物はない。
眠っている間に起きたことも調べないと。
お湯が沸くと武藤さんが頭を拭きながら戻ってきた。
「何か飲みますか」
「おお、ありがとな。白湯をくれ」
カップに沸かした湯を注いで渡す。武藤さんは受け取りながらテレビをつけた。
地形の変わった日本の領土の境界線で、自衛隊が防御陣地を敷いている映像が流れている。
政府の人が解説をするのを聞きながら、僕はお茶を淹れた。
画面が切り替わり、天の声による世界の変化についても解説や討論が始まった。
日本でも一部地域での暴動や市民などの暴徒化はあったが、鎮圧をされている様子なども映る。
報道されている範囲では日本国内はそれほど混乱をきたしていないように見える。
「おはよう~」
母と楓さんが寝室から出てくる。
「おはよ。朝食はルームサービス頼めって言われてるが、どれにする。身支度の間に頼んどくけど」
「ありがと、香澄さん何にする?」
ぺらりと朝食メニューを引っ張り出して、武藤さんが訊ねると楓さんも母もメニューを見て決めた。
どうやら母さんと楓さんはとても仲良くなったらしい。寄り添うようにメニューを選んで、僕にひらひらと手を振って笑顔で洗面所へと向かって行く。
初めて一緒に朝を迎えたのに、違和感が全然なかった。
まるで昔からそうしていたような気すらする。
もしかして、原国さんのループの影響を僕らも受けるのだろうか。
こんな朝が、以前の周回ににもあったのだろうか。
「坊主はどれにする」
渡されたメニューを見れば、いろんな種類の朝食名が並んでいる。
「言語の壁がなくなっても知らないものはわからないんですね……」
エッグベネディクトって何だろう。卵の何? と首をかしげていると、武藤さんが頷いて言う。
「馴染みのないものの名称はわかっても、どんな料理かわからんよな。エッグベネディクトはイングリッシュ・マフィンの上にポーチドエッグとかを乗っけた料理だな」
「ありがとう武藤さん。じゃあ、僕これにしますね」
武藤さんは料理にも詳しい。グルメ物の異世界転生小説も著書にあって、主人公の女の子が元気でかわいかったのを思い出す。
説明をしてもらったし、食べてみよう。
「了解」
武藤さんが内線で注文をかける。
和やかな、朝だ。夜明けの景色が窓から見える。
豪奢な部屋、大きな窓。見下ろす景色。
非日常だけど、日常みたいな感覚。妙に落ち着いている。不思議だ。
ああ、そうか。
これから僕らは、これを守る為に、ダンジョンで戦うんだな、と何かが腑に落ちた。
働く母をサポートして、学校へ、バイトへ通ういつもの幸せな日常は遠く過ぎ去ってしまった。
確かに、災害だ。ダンジョンという災いによって多くを失った人もいるだろう。
今までの常識も法律も世界の法則も塗り替えられてしまった世界。
それでも思い出すのは、皆森さんや病院で見た人たちの明るい顔。
今の世界のすべてを僕は悪いものとしては考えることはできないんだなとも思った。
与えられた力は余りに大きくて、使命はとても重いけれど。
これは誰かの和やかな日常を守り、作るためで。
僕には仲間も、母もいる。
眠って頭も少しすっきりした。
お腹もすいていて、生きていることを実感する。
残酷な事実も、疑問点も山ほどあって、時間は差し迫っている。
それでも日常を切り捨ててはいけない。
守りたいものを実感することが大事なんだと、きっと原国さんは信じているんだろう。
だから僕たちの人生に、夢現ダンジョン以前は介入しなかったし、こうして食事と睡眠をとるように采配してくれている。
この日初めて食べたエッグベネディクトはとても美味しくて、武藤さんたちや母さんの笑顔もある。
世界の滅びを回避して、平穏を取り戻したら。
休日の朝食に作って母と食べるのもいいな、と思った。
「俺、寝相死ぬほど悪いけど大丈夫か?」
寝る前に武藤さんはそう言っていたのを思い出す。
キングサイズのとにかく大きなベッドなので、「端と端で寝れば大丈夫ですよ」と答えたけれど、大丈夫ではなかったらしい。
僕の胴の上には武藤さんの足が乗っていた。
起こさないように、ゆっくりとその足を下ろす。武藤さんの頭の位置は、ほぼさかさまになっている。
僕も母も寝相はそう悪くないので、これほど豪快な寝相の人を始めて見た。何だかちょっと面白い気分になって、小さく笑うと武藤さんが目を覚ます。
「んん……おはよう……」
「おはようございます。武藤さんの寝相本当にすごいですね」
「やっぱりか……蹴ったりしなかったか?」
「起きたらお腹に足が乗っててちょっと面白かったです」
言って笑うと「痛くなかったか?」と心配されてしまった。
「普段もこんな感じなんですか?」
「ベッドだと落ちるから寝室はマットレスに布団……それでも落ちるんだけどな、床に」
言って胡坐をかいて、笑いながら頭をばりばりとかく。短くなった柔らかい髪が跳ねている。
「今何時だ?」
「朝5時です。僕はいつもの起床時間ですけど、武藤さんは?」
「俺もそんくらいに起きる。習慣てやつだな」
ぐぐ、と伸びをしてベッドから降りて、洗面台へ向かう。
女性陣はまだ起きてないようだった。
2つ並んだ洗面台をそれぞれ使って歯磨きをしたあと、武藤さんは「シャワー浴びてくるわ」と言って浴室へ。
僕は洗顔をして着替えをした。昨日のスーツだ。
そういえば、浄化スキルがあれば洗濯も掃除もいらなくなる。
便利ではあるけれど、それらのための用品や機械……洗濯機や掃除機は売れなくなる。
それらの開発研究もされなくなり、いずれは掃除や洗濯などの文化は失われるのだろうか。
備え付けの湯沸かし器で、お湯を沸かす。
冷蔵庫には水もジュースもお酒もたくさん入っているけれど、食べ物はない。
眠っている間に起きたことも調べないと。
お湯が沸くと武藤さんが頭を拭きながら戻ってきた。
「何か飲みますか」
「おお、ありがとな。白湯をくれ」
カップに沸かした湯を注いで渡す。武藤さんは受け取りながらテレビをつけた。
地形の変わった日本の領土の境界線で、自衛隊が防御陣地を敷いている映像が流れている。
政府の人が解説をするのを聞きながら、僕はお茶を淹れた。
画面が切り替わり、天の声による世界の変化についても解説や討論が始まった。
日本でも一部地域での暴動や市民などの暴徒化はあったが、鎮圧をされている様子なども映る。
報道されている範囲では日本国内はそれほど混乱をきたしていないように見える。
「おはよう~」
母と楓さんが寝室から出てくる。
「おはよ。朝食はルームサービス頼めって言われてるが、どれにする。身支度の間に頼んどくけど」
「ありがと、香澄さん何にする?」
ぺらりと朝食メニューを引っ張り出して、武藤さんが訊ねると楓さんも母もメニューを見て決めた。
どうやら母さんと楓さんはとても仲良くなったらしい。寄り添うようにメニューを選んで、僕にひらひらと手を振って笑顔で洗面所へと向かって行く。
初めて一緒に朝を迎えたのに、違和感が全然なかった。
まるで昔からそうしていたような気すらする。
もしかして、原国さんのループの影響を僕らも受けるのだろうか。
こんな朝が、以前の周回ににもあったのだろうか。
「坊主はどれにする」
渡されたメニューを見れば、いろんな種類の朝食名が並んでいる。
「言語の壁がなくなっても知らないものはわからないんですね……」
エッグベネディクトって何だろう。卵の何? と首をかしげていると、武藤さんが頷いて言う。
「馴染みのないものの名称はわかっても、どんな料理かわからんよな。エッグベネディクトはイングリッシュ・マフィンの上にポーチドエッグとかを乗っけた料理だな」
「ありがとう武藤さん。じゃあ、僕これにしますね」
武藤さんは料理にも詳しい。グルメ物の異世界転生小説も著書にあって、主人公の女の子が元気でかわいかったのを思い出す。
説明をしてもらったし、食べてみよう。
「了解」
武藤さんが内線で注文をかける。
和やかな、朝だ。夜明けの景色が窓から見える。
豪奢な部屋、大きな窓。見下ろす景色。
非日常だけど、日常みたいな感覚。妙に落ち着いている。不思議だ。
ああ、そうか。
これから僕らは、これを守る為に、ダンジョンで戦うんだな、と何かが腑に落ちた。
働く母をサポートして、学校へ、バイトへ通ういつもの幸せな日常は遠く過ぎ去ってしまった。
確かに、災害だ。ダンジョンという災いによって多くを失った人もいるだろう。
今までの常識も法律も世界の法則も塗り替えられてしまった世界。
それでも思い出すのは、皆森さんや病院で見た人たちの明るい顔。
今の世界のすべてを僕は悪いものとしては考えることはできないんだなとも思った。
与えられた力は余りに大きくて、使命はとても重いけれど。
これは誰かの和やかな日常を守り、作るためで。
僕には仲間も、母もいる。
眠って頭も少しすっきりした。
お腹もすいていて、生きていることを実感する。
残酷な事実も、疑問点も山ほどあって、時間は差し迫っている。
それでも日常を切り捨ててはいけない。
守りたいものを実感することが大事なんだと、きっと原国さんは信じているんだろう。
だから僕たちの人生に、夢現ダンジョン以前は介入しなかったし、こうして食事と睡眠をとるように采配してくれている。
この日初めて食べたエッグベネディクトはとても美味しくて、武藤さんたちや母さんの笑顔もある。
世界の滅びを回避して、平穏を取り戻したら。
休日の朝食に作って母と食べるのもいいな、と思った。
22
あなたにおすすめの小説
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる