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3章 運命の輪
77話【梶原宗次郎の振り返り/梶原宗次郎視点】
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なんだか、すごいことになってしまった。
高級ホテルの部屋で目覚めて、ついぼんやり思い返してしまう。
夢現ダンジョンの2階でヒナと共に真瀬兄たちに助けられて、保護をされた。
真瀬兄たちは危険なダンジョンの中、同行をしてくれただけじゃなくて、俺たちに役割をくれて、装備もくれた。
みんなで協力してダンジョンを攻略をし終わったと思ったら、現実にもダンジョンが現れて。
森脇さんが俺たちを迎えに来た。
真瀬兄たちと再会したけど、世の中が大変なことになっていった。
またサッカーができる日はくるんだろうか。
つい、そんなことが頭をかすめる。
学校は休校。俺たちは公的機関の職員になった。
中学生なのに、特殊能力でダンジョンを攻略する機関で働く、なんてまるでアニメや漫画みたいだ。
ダンジョンやスキル。それも含めてそんな世界が現実になった。
原国さんの指示で、森脇さんと、ヒナと、俺でパーティーを組んで、ダンジョンへ向かった。
レッドゲートダンジョンを全部クリアしないと、モンスターがゲートから出てくるらしい。
ダンジョンのモンスターは、夢現ダンジョンをクリアした俺たちにとっては脅威じゃなかった。
それでも俺たちは夢現ダンジョンで一度死に掛けて、ヒナは死んで蘇った。
油断はしちゃいけない。スキルを持った悪人に、一番強い武藤兄や真瀬兄が殺されかけた。
今度こそ、ヒナを守りきるんだ。
俺たちはレッドゲートを攻略していく。急いで、油断はせずに。
残り3人のパーティー枠に警察官が入り、クリアすればパーティーを外れる。それが繰り返される。
俺はふと、気付いた。
ヒナは幼い頃、離婚した父親のDVの影響で、大人の男に怯える。
小学生の頃も声のでかい男の先生の授業が怖くて不登校になりかけた。
学校への登下校や塾の行き帰りも、ずっと俺が側にいた。
通行人にも怯えるから。
なのに、今のヒナは、それがない。
全くではないけれど、俺の後ろで震えてはいない。
俺の半歩右後ろがヒナの定位置だ。
それは変わっていない。
だけど震えたり怯えたりしながら俺の服の裾を掴むことが減った。
というより殆どなくなった。服の裾を掴む頻度はそれほどかわらない。
だけどいつものように、震えてはいなかった。
初対面の大人の男がどんなに穏やかでも、会話は殆どできなかったヒナが、会話もできるようになっている。
「なあ、ヒナ。いつからだ?」
ゲートとゲートの間、人通りの殆どない道を歩きながら訊く。
「? 何が??」
ヒナは俺の問いにきょとんとする。
「お前いつから、大人の男が怖くなくなったんだ?」
森脇さんにはヒナの事情も話をしてある。俺たちのちょっと変わった家族構成も。
「全然怖くないわけじゃないけど……言われてみたら、前より怖くないかも……?」
どうやらヒナに自覚はなかったらしい。
そういえば夢現ダンジョンでも、武藤兄や原国さんにそれほど怯えていなかった。森脇さんにも。
今は森脇さんと雑談だってできる。
病的な恐怖心が消えた? 回復魔法によるものだろうか?
……それとも、蘇生?
ヒナは蘇生を受けたあの時、側にいた原国さんに怯えなかった。
普段ならあれだけ側に見知らぬ男がいたら、恐怖で固まって動けなくなっていた。
大人の男があれだけ至近距離にいたのに。
すぐに動いて、普通に俺の無事に安堵して泣いていた。
あの時からだ。ヒナが、病的な怯えをみせなくなったのは。
病院にだってずっと通っている。カウンセリングだって必要だった。保健室にもよく行く。
「蘇生を受けた時からじゃないか?」
俺の言葉に、ヒナがはっとする。
夢現ダンジョンの2階でヒナは真瀬兄たちのアイテムで蘇生を受けた。
「そう、そうだよ宗次郎くん。私蘇生された時に何かが抜け落ちた? みたいな感覚があった。でも泣いてる宗次郎くんを見て助かったんだって思って泣いちゃって、忘れてた」
何かが抜け落ちる。何が?
記憶? それとも感情だろうか。
しばらくヒナは黙って考え込む。
感覚を、言葉を探している顔で。
「私、覚えてない。はっきり思い出せない。……お父さんの暴力のこと」
記憶が抜け落ちた?
恐怖の感情の根底にある父親の記憶。それがなくなった?
「全然思い出せない、っていうより、すごくうっすらとしか覚えてないみたいな……出来事も。すごく遠くて、あったことはわかるけど、詳しいことを忘れてしまったみたいな……」
回復魔術は俺も受けた。だけど嫌な記憶は消えてない。
蘇生魔術は、嫌な記憶を消す?
「回復魔術は俺も受けたけど記憶がなくなったりはしてない。森脇さんも、そういうのないよな?」
「ないよ。不安だろうから、原国課長に訊いてみるね」
森脇さんはにっこりと微笑んで無線を使って原国さんにこの現象について訊いてくれた。
どうやら蘇生の効果、らしい。
最も傷を負った記憶が1つ消える。
という。
それだけではなく、『その傷をつけた相手がいる場合、相手に傷の記憶による与えられた障害を1つ返す』という話で。
つまり、ヒナの場合は父親に『成人男性への強い恐怖心』という障害を返したということ、らしい。
「じゃあヒナは、もう男が怖くないってことだよな?」
「全然ってわけじゃないけど……前みたいに固まっちゃったり急に涙が出たりとかは……多分、大丈夫」
ヒナは大丈夫、といいながらも俺の服の裾を掴む。
不安な時のヒナの癖は変わっていない。
「だけど宗次郎くんがいないと怖いのは変わってないよ」
「まあそうだろうな」
定位置はかわらず、俺を見上げるヒナの目は変わらず。
疾患に類するような症状がなくなったからといって、漠然とした恐怖は消えない。
人間はそんなに簡単にはできてない。
「けど、よかったな。しんどいのが減った。それが一番だ」
俺がそう言ってヒナに笑いかければ、ヒナは一瞬目を見開いてから「うん」と頷いて笑う。
暴力による支配の記憶が消え、その損害が暴力を振るった人間にかえった。
因果応報、という言葉が頭をよぎる。
俺たちの攻略していくゲートには、どこも人がいなかった。
狭い小道や入り組んだ道の先、一目につかない場所ばかりが割り当てられていたからかもしれない。
攻略対象以外のゲートには侵入者や死亡者の数が表示されているものもあった。
食事休憩を挟んだりして、8つのゲートを攻略。
ギルド機能の解放。その間もアナウンスによる世界の変革は起き続けてきた。
ショップの開放。俺から見ればゲーム的で便利だ。
森脇さんは渋い顔をしていたけれど、俺たちの視線に気付くと表情を和らげて、特に何も語らなかった。
海面の下降も、話の規模が大きすぎてよくわからない。
森脇さんの説明だと単純に言えば陸地が増えて、海で隔たっていた土地が陸地で繋がる、という。
日本全国どころか、世界の殆どの場所に歩いていけるようになるらしい。
回復魔術も、蘇生魔術も、その派生効果も。浄化魔術も、便利だ。
言葉の壁もなくなって、誰とでも意思疎通ができる。
ダンジョンゲート、モンスターという脅威はあるけれど、それでも、いいことの方が多い気がする。
夢現ダンジョンだって、全員が持っているものを出し惜しみをしないで、まともに協力していたら、ダンジョンの攻略そのものはそれほど脅威じゃなかった。
問題は人間の力の使い方や考え方なんじゃないか?
人より秀でていたいとか、モテたいとか、そういう欲が強いと、地獄を見るんじゃないだろうか。
本人も、その周囲も。
大学生の白木を思い出す。最初のパーティーを全滅に導いた男。
欲望の塊のようだった。
出会う人の運。そのあとに出会えたのが真瀬兄たちでよかった。
そうじゃなければ俺たちは死んでいただろう。
回復師がいたとして、回復を受けられたのは俺だけで。俺は、ヒナを失っていたかもしれない。
そんなことを考えていたら、説明会があって。
真瀬兄たちが話す内容は、やっぱりなんだかゲームの設定やクリア条件に似ていた。
夢現ダンジョンのように協力しあうことが大事だと、真瀬兄は言い、俺もそれに同意だった。
この今の世界はまだ混乱をしているけれど、悪い世界ではない気がする。
真瀬兄たちのような、正しい人間だけならば、こんなに混乱もしなかったんじゃないだろうか。
滅びもしないんじゃないだろうか。
少なくとも、このダンジョン世界は、ヒナを救ってくれた。
どうにもできなかった、ヒナの恐怖の記憶。それに付随する疾患。
そして報復も同時に叶っていた。
この世界の新しい法はヒナに死を与えもしたけれど、蘇生も与え、心を救った。
俺はそれだけでもこの世界を悪くないと思えた。
混乱が収まって、滅びの回避ができて、平穏が得られたら。
前よりいい世界になるんじゃないかと俺は思っている。
高級ホテルの部屋で目覚めて、ついぼんやり思い返してしまう。
夢現ダンジョンの2階でヒナと共に真瀬兄たちに助けられて、保護をされた。
真瀬兄たちは危険なダンジョンの中、同行をしてくれただけじゃなくて、俺たちに役割をくれて、装備もくれた。
みんなで協力してダンジョンを攻略をし終わったと思ったら、現実にもダンジョンが現れて。
森脇さんが俺たちを迎えに来た。
真瀬兄たちと再会したけど、世の中が大変なことになっていった。
またサッカーができる日はくるんだろうか。
つい、そんなことが頭をかすめる。
学校は休校。俺たちは公的機関の職員になった。
中学生なのに、特殊能力でダンジョンを攻略する機関で働く、なんてまるでアニメや漫画みたいだ。
ダンジョンやスキル。それも含めてそんな世界が現実になった。
原国さんの指示で、森脇さんと、ヒナと、俺でパーティーを組んで、ダンジョンへ向かった。
レッドゲートダンジョンを全部クリアしないと、モンスターがゲートから出てくるらしい。
ダンジョンのモンスターは、夢現ダンジョンをクリアした俺たちにとっては脅威じゃなかった。
それでも俺たちは夢現ダンジョンで一度死に掛けて、ヒナは死んで蘇った。
油断はしちゃいけない。スキルを持った悪人に、一番強い武藤兄や真瀬兄が殺されかけた。
今度こそ、ヒナを守りきるんだ。
俺たちはレッドゲートを攻略していく。急いで、油断はせずに。
残り3人のパーティー枠に警察官が入り、クリアすればパーティーを外れる。それが繰り返される。
俺はふと、気付いた。
ヒナは幼い頃、離婚した父親のDVの影響で、大人の男に怯える。
小学生の頃も声のでかい男の先生の授業が怖くて不登校になりかけた。
学校への登下校や塾の行き帰りも、ずっと俺が側にいた。
通行人にも怯えるから。
なのに、今のヒナは、それがない。
全くではないけれど、俺の後ろで震えてはいない。
俺の半歩右後ろがヒナの定位置だ。
それは変わっていない。
だけど震えたり怯えたりしながら俺の服の裾を掴むことが減った。
というより殆どなくなった。服の裾を掴む頻度はそれほどかわらない。
だけどいつものように、震えてはいなかった。
初対面の大人の男がどんなに穏やかでも、会話は殆どできなかったヒナが、会話もできるようになっている。
「なあ、ヒナ。いつからだ?」
ゲートとゲートの間、人通りの殆どない道を歩きながら訊く。
「? 何が??」
ヒナは俺の問いにきょとんとする。
「お前いつから、大人の男が怖くなくなったんだ?」
森脇さんにはヒナの事情も話をしてある。俺たちのちょっと変わった家族構成も。
「全然怖くないわけじゃないけど……言われてみたら、前より怖くないかも……?」
どうやらヒナに自覚はなかったらしい。
そういえば夢現ダンジョンでも、武藤兄や原国さんにそれほど怯えていなかった。森脇さんにも。
今は森脇さんと雑談だってできる。
病的な恐怖心が消えた? 回復魔法によるものだろうか?
……それとも、蘇生?
ヒナは蘇生を受けたあの時、側にいた原国さんに怯えなかった。
普段ならあれだけ側に見知らぬ男がいたら、恐怖で固まって動けなくなっていた。
大人の男があれだけ至近距離にいたのに。
すぐに動いて、普通に俺の無事に安堵して泣いていた。
あの時からだ。ヒナが、病的な怯えをみせなくなったのは。
病院にだってずっと通っている。カウンセリングだって必要だった。保健室にもよく行く。
「蘇生を受けた時からじゃないか?」
俺の言葉に、ヒナがはっとする。
夢現ダンジョンの2階でヒナは真瀬兄たちのアイテムで蘇生を受けた。
「そう、そうだよ宗次郎くん。私蘇生された時に何かが抜け落ちた? みたいな感覚があった。でも泣いてる宗次郎くんを見て助かったんだって思って泣いちゃって、忘れてた」
何かが抜け落ちる。何が?
記憶? それとも感情だろうか。
しばらくヒナは黙って考え込む。
感覚を、言葉を探している顔で。
「私、覚えてない。はっきり思い出せない。……お父さんの暴力のこと」
記憶が抜け落ちた?
恐怖の感情の根底にある父親の記憶。それがなくなった?
「全然思い出せない、っていうより、すごくうっすらとしか覚えてないみたいな……出来事も。すごく遠くて、あったことはわかるけど、詳しいことを忘れてしまったみたいな……」
回復魔術は俺も受けた。だけど嫌な記憶は消えてない。
蘇生魔術は、嫌な記憶を消す?
「回復魔術は俺も受けたけど記憶がなくなったりはしてない。森脇さんも、そういうのないよな?」
「ないよ。不安だろうから、原国課長に訊いてみるね」
森脇さんはにっこりと微笑んで無線を使って原国さんにこの現象について訊いてくれた。
どうやら蘇生の効果、らしい。
最も傷を負った記憶が1つ消える。
という。
それだけではなく、『その傷をつけた相手がいる場合、相手に傷の記憶による与えられた障害を1つ返す』という話で。
つまり、ヒナの場合は父親に『成人男性への強い恐怖心』という障害を返したということ、らしい。
「じゃあヒナは、もう男が怖くないってことだよな?」
「全然ってわけじゃないけど……前みたいに固まっちゃったり急に涙が出たりとかは……多分、大丈夫」
ヒナは大丈夫、といいながらも俺の服の裾を掴む。
不安な時のヒナの癖は変わっていない。
「だけど宗次郎くんがいないと怖いのは変わってないよ」
「まあそうだろうな」
定位置はかわらず、俺を見上げるヒナの目は変わらず。
疾患に類するような症状がなくなったからといって、漠然とした恐怖は消えない。
人間はそんなに簡単にはできてない。
「けど、よかったな。しんどいのが減った。それが一番だ」
俺がそう言ってヒナに笑いかければ、ヒナは一瞬目を見開いてから「うん」と頷いて笑う。
暴力による支配の記憶が消え、その損害が暴力を振るった人間にかえった。
因果応報、という言葉が頭をよぎる。
俺たちの攻略していくゲートには、どこも人がいなかった。
狭い小道や入り組んだ道の先、一目につかない場所ばかりが割り当てられていたからかもしれない。
攻略対象以外のゲートには侵入者や死亡者の数が表示されているものもあった。
食事休憩を挟んだりして、8つのゲートを攻略。
ギルド機能の解放。その間もアナウンスによる世界の変革は起き続けてきた。
ショップの開放。俺から見ればゲーム的で便利だ。
森脇さんは渋い顔をしていたけれど、俺たちの視線に気付くと表情を和らげて、特に何も語らなかった。
海面の下降も、話の規模が大きすぎてよくわからない。
森脇さんの説明だと単純に言えば陸地が増えて、海で隔たっていた土地が陸地で繋がる、という。
日本全国どころか、世界の殆どの場所に歩いていけるようになるらしい。
回復魔術も、蘇生魔術も、その派生効果も。浄化魔術も、便利だ。
言葉の壁もなくなって、誰とでも意思疎通ができる。
ダンジョンゲート、モンスターという脅威はあるけれど、それでも、いいことの方が多い気がする。
夢現ダンジョンだって、全員が持っているものを出し惜しみをしないで、まともに協力していたら、ダンジョンの攻略そのものはそれほど脅威じゃなかった。
問題は人間の力の使い方や考え方なんじゃないか?
人より秀でていたいとか、モテたいとか、そういう欲が強いと、地獄を見るんじゃないだろうか。
本人も、その周囲も。
大学生の白木を思い出す。最初のパーティーを全滅に導いた男。
欲望の塊のようだった。
出会う人の運。そのあとに出会えたのが真瀬兄たちでよかった。
そうじゃなければ俺たちは死んでいただろう。
回復師がいたとして、回復を受けられたのは俺だけで。俺は、ヒナを失っていたかもしれない。
そんなことを考えていたら、説明会があって。
真瀬兄たちが話す内容は、やっぱりなんだかゲームの設定やクリア条件に似ていた。
夢現ダンジョンのように協力しあうことが大事だと、真瀬兄は言い、俺もそれに同意だった。
この今の世界はまだ混乱をしているけれど、悪い世界ではない気がする。
真瀬兄たちのような、正しい人間だけならば、こんなに混乱もしなかったんじゃないだろうか。
滅びもしないんじゃないだろうか。
少なくとも、このダンジョン世界は、ヒナを救ってくれた。
どうにもできなかった、ヒナの恐怖の記憶。それに付随する疾患。
そして報復も同時に叶っていた。
この世界の新しい法はヒナに死を与えもしたけれど、蘇生も与え、心を救った。
俺はそれだけでもこの世界を悪くないと思えた。
混乱が収まって、滅びの回避ができて、平穏が得られたら。
前よりいい世界になるんじゃないかと俺は思っている。
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