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3章 運命の輪
82話【蘇生の悟り教】
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「館内に敵対的な集団が侵入しました。部屋に入り、ドアをロックしてください。繰り返します」
一歩遅れて、館内放送が響く。
乱暴にドアが叩かれる音と共に、侵入者の声が館内放送に混じり響く。
「有坂琴音様!! 今我々がお救いします!!」
室内の全員が、ドアを注視する。
救う? 有坂さんを? 何から?
戸惑う僕の横を通って、母さんがドアに向かう。
「何を……!?」
僕が慌てて声をかけると、母は唇に人差し指をあて、しー、と静かに、とゼスチャーをした。
ドアに手をあてる。
と、僕らのかたまっているソファに戻って来る。
小声で「廊下全体にスキル封印付与したから、原国さんに連絡して」と告げた。
そうだった。母のスキルは、付与術。スキルを付与する能力だった。
留置場や手錠にスキル封印の付与が行われているのは、以前聞いて知っていたのにすっかり母がそれを使えることを失念していた。
これで彼らは無力化できた。
けれど廊下に出れば僕たちもスキルを使えず、部屋に侵入されるとスキルを使われてしまう。
外の侵入者たちは有坂さんへの呼びかけを続けている。
ネットでいくつか見た、有坂さんを信奉する集団のひとつ、らしい。
彼らは、『蘇生の悟り教』と名乗った。
外で呼びかける言葉を聞いていると、どうやら彼らは有坂さんが政府に無理矢理協力をさせられている、という誤解をしているようだった。
「誤解です。私は自分の意志でダンジョン特務捜査員として活動をしています。このホテルの人たちに危害を与えるのはやめて下さい!」
有坂さんが声を上げる。
「洗脳スキルで言わされているのですね! なんと痛ましい!」
「許せない! 何て卑怯なことを!」
「今お救いします! さあ、ドアを開けて!」
返ってきた返答は、これだった。
その後も何度か有坂さんが誤解であることを告げるが、話は平行線だった。
言葉は通じるのに、会話が成立しない。
自分たちが救う側であり、有坂さんと共にいる相手は全て敵だと思い込んでいる。
「一番厄介なタイプだな」
武藤さんが呟く。夢現ダンジョンの時に「一番出会いたくないタイプの敵対者は言葉は通じるが、会話にならない思い込みが激しいタイプ」と言っていたのが、こういう人たちかと理解する。
僕の人生で出会ったことがないほど、強固な思い込みを持った人たちだ。
使命感と義務感、正義感。
それらを「自分たちこそが正しい」が故に「敵を排除する」という思考。歩み寄りはなく、一方的だ。
「それにしても、どうやってここを見つけたのかしら……」
母が首をかしげる。
そういえば。
「情報系スキルを持ってるのかも」
伏見という男が、情報系スキルを持っていると言っていた。
僕のガチャからもいくつか出てきていた。スマホで今まで引いたガチャスキルの中の情報系のものを表示する。
情報系スキルはいくつか種類がある。
情報収集スキル。モンスターコインを使用して、いくつかの項目からランダムで情報を引き出す。項目によってコイン使用枚数が変わる。レベルが上がることで、情報の詳細精度が上がる。
鑑定スキル。MPを使用してアイテムなどの情報を引き出すスキル。レベルが上がるほど、詳細精度が増す。
人探しに特化したスキル。モンスターコインを使用するスキル。使うコインが多いほど、精密な位置情報を得られる。レベルが上がれば対象人数を増やせる。
物探しに特化したスキル。人探し同様の効果。
索敵スキル。一定範囲の指定の敵対勢力の人数などを探り出す。MP使用。レベルが上がると索敵範囲が広がる。
伏見という人のスキルは情報収集系、ドアの前の団体のスキルは人探し特化だろう。他にも種類はあるはずだ。
それをみんなに説明する。
「廊下に押し留めている限りは、うるさいだけで問題はなさそうだが……」
武藤さんが眉間にしわを寄せて少し考え込む。
「俺、透視系スキルがあるから見てるけど、さっきの悲鳴、多分あいつらの演技だ。誰も倒れてない」
ぽつりと根岸くんが言う。
「他人殺して奪った能力を使うのは、気分がよくねえけど……それでも、あいつら危険すぎる」
「彼らこそ、洗脳系スキルで操られているのでは……?」
スキル封印はスキルの使用ができないだけで、かかっているバフやデバフなどの解除はされない。
洗脳スキルで効果状態にあっても、それを解除するにはまた別の方法が必要になる。
外で彼らが喚いている言葉は、余りに支離滅裂で一方的だ。
それにネットで見た『蘇生の悟り教』の情報と噛み合わない。
蘇生の悟り教は、蘇生によって過去の一番辛い出来事が忘却されることにより、その出来事以前の自分を取り戻すことができた人たちによる蘇生信仰だというのがネットで見た情報だった。
こんなふうに、有坂さんに強くこだわった話が出ていたのはもっと別のいくつかの新興宗教だったはずだ。
こんな雑な侵入と敵対行動をとる理由がない。
少し経てば、警視庁からこういった暴徒を鎮圧する部隊が到着する。
オブジェクトととして扱われる建物内であれば、鍵を開けてドアを開けない限りどうやったって入れない。
鍵を開けるスキルがあったとしても、既にスキルは封印状態。
ドアは電子錠で、カードキー以外での解錠はできない。
「足止め目的?」
僕の呟きに、武藤さんが更に言う。
「あとは、あいつらは蘇生の悟り教じゃなくて、俺たちと蘇生の悟り教を敵対させる目的かもな」
「こっちに注目を集めることで、どこかに隙を作る、とか」
楓さんが続ける。
「大体ここは警備レベルが高いと原国のおっさんが言っていただろ。なのに情報を抜かれて、侵入された。多分情報系を数種持った集団だろう。索敵やマップ系のスキル持ちがいるかもな」
武藤さんがスマホを操作しながら呟く。
「この襲撃、ネットでも拡散されたな。俺たちの所在地がバレた。原国のおっさんの広報が裏目に出たか……? たぶんこの先、嬢ちゃんを中心に狙われるぞ」
有坂さんのスキルは、唯一無二。楓さんの運命固有スキル、スキル複製で使い手は増やせるけれど、楓さんの運命固有スキル発動条件がまだ揃っていない。
外から、むせるような咳が聞こえ、足音が聞こえる。
「発煙弾が打ち込まれた。催涙系か?」
透視スキルで廊下の状況を根岸くんが伝えてくれる。ガスマスクなどの装備をした集団が、外の蘇生の悟り教を名乗る人たちを制圧していく様子も。
「室内戦用のスキルも必要かもな。それと通常の非殺傷型の武器も。今の集団にはいなかったが、壁を隔てた先の空間作用型のスキルなんかもあるはずだ。制圧部隊も味方の振りをした敵対者の可能性がある。しばらく様子を見よう」
武藤さんが言う。疑えば、きりがない。
僕は有坂さんの手を握る。握り返された手の温かさと、柔らかさ。この人を守らなきゃいけない。
パートナーとしても、仲間としても。
そう決意した瞬間、僕らの居る景色が、突然変わった。
ホテルの部屋ではない、どこか。
「空間転移……!?」
僕と有坂さん、武藤さんだけが転移させられている。
母さんたちは部屋に残ったままなのだろうか。
僕たちは警戒して一塊になる。
それほど広くはない室内は、昼なのに何故かどことなく薄暗い。
部屋には僕たちの他には誰もいない。
内装は、どこかのオフィスの会議室のようだ。
ドアがひとつ。
そのドアが、開いた。
一歩遅れて、館内放送が響く。
乱暴にドアが叩かれる音と共に、侵入者の声が館内放送に混じり響く。
「有坂琴音様!! 今我々がお救いします!!」
室内の全員が、ドアを注視する。
救う? 有坂さんを? 何から?
戸惑う僕の横を通って、母さんがドアに向かう。
「何を……!?」
僕が慌てて声をかけると、母は唇に人差し指をあて、しー、と静かに、とゼスチャーをした。
ドアに手をあてる。
と、僕らのかたまっているソファに戻って来る。
小声で「廊下全体にスキル封印付与したから、原国さんに連絡して」と告げた。
そうだった。母のスキルは、付与術。スキルを付与する能力だった。
留置場や手錠にスキル封印の付与が行われているのは、以前聞いて知っていたのにすっかり母がそれを使えることを失念していた。
これで彼らは無力化できた。
けれど廊下に出れば僕たちもスキルを使えず、部屋に侵入されるとスキルを使われてしまう。
外の侵入者たちは有坂さんへの呼びかけを続けている。
ネットでいくつか見た、有坂さんを信奉する集団のひとつ、らしい。
彼らは、『蘇生の悟り教』と名乗った。
外で呼びかける言葉を聞いていると、どうやら彼らは有坂さんが政府に無理矢理協力をさせられている、という誤解をしているようだった。
「誤解です。私は自分の意志でダンジョン特務捜査員として活動をしています。このホテルの人たちに危害を与えるのはやめて下さい!」
有坂さんが声を上げる。
「洗脳スキルで言わされているのですね! なんと痛ましい!」
「許せない! 何て卑怯なことを!」
「今お救いします! さあ、ドアを開けて!」
返ってきた返答は、これだった。
その後も何度か有坂さんが誤解であることを告げるが、話は平行線だった。
言葉は通じるのに、会話が成立しない。
自分たちが救う側であり、有坂さんと共にいる相手は全て敵だと思い込んでいる。
「一番厄介なタイプだな」
武藤さんが呟く。夢現ダンジョンの時に「一番出会いたくないタイプの敵対者は言葉は通じるが、会話にならない思い込みが激しいタイプ」と言っていたのが、こういう人たちかと理解する。
僕の人生で出会ったことがないほど、強固な思い込みを持った人たちだ。
使命感と義務感、正義感。
それらを「自分たちこそが正しい」が故に「敵を排除する」という思考。歩み寄りはなく、一方的だ。
「それにしても、どうやってここを見つけたのかしら……」
母が首をかしげる。
そういえば。
「情報系スキルを持ってるのかも」
伏見という男が、情報系スキルを持っていると言っていた。
僕のガチャからもいくつか出てきていた。スマホで今まで引いたガチャスキルの中の情報系のものを表示する。
情報系スキルはいくつか種類がある。
情報収集スキル。モンスターコインを使用して、いくつかの項目からランダムで情報を引き出す。項目によってコイン使用枚数が変わる。レベルが上がることで、情報の詳細精度が上がる。
鑑定スキル。MPを使用してアイテムなどの情報を引き出すスキル。レベルが上がるほど、詳細精度が増す。
人探しに特化したスキル。モンスターコインを使用するスキル。使うコインが多いほど、精密な位置情報を得られる。レベルが上がれば対象人数を増やせる。
物探しに特化したスキル。人探し同様の効果。
索敵スキル。一定範囲の指定の敵対勢力の人数などを探り出す。MP使用。レベルが上がると索敵範囲が広がる。
伏見という人のスキルは情報収集系、ドアの前の団体のスキルは人探し特化だろう。他にも種類はあるはずだ。
それをみんなに説明する。
「廊下に押し留めている限りは、うるさいだけで問題はなさそうだが……」
武藤さんが眉間にしわを寄せて少し考え込む。
「俺、透視系スキルがあるから見てるけど、さっきの悲鳴、多分あいつらの演技だ。誰も倒れてない」
ぽつりと根岸くんが言う。
「他人殺して奪った能力を使うのは、気分がよくねえけど……それでも、あいつら危険すぎる」
「彼らこそ、洗脳系スキルで操られているのでは……?」
スキル封印はスキルの使用ができないだけで、かかっているバフやデバフなどの解除はされない。
洗脳スキルで効果状態にあっても、それを解除するにはまた別の方法が必要になる。
外で彼らが喚いている言葉は、余りに支離滅裂で一方的だ。
それにネットで見た『蘇生の悟り教』の情報と噛み合わない。
蘇生の悟り教は、蘇生によって過去の一番辛い出来事が忘却されることにより、その出来事以前の自分を取り戻すことができた人たちによる蘇生信仰だというのがネットで見た情報だった。
こんなふうに、有坂さんに強くこだわった話が出ていたのはもっと別のいくつかの新興宗教だったはずだ。
こんな雑な侵入と敵対行動をとる理由がない。
少し経てば、警視庁からこういった暴徒を鎮圧する部隊が到着する。
オブジェクトととして扱われる建物内であれば、鍵を開けてドアを開けない限りどうやったって入れない。
鍵を開けるスキルがあったとしても、既にスキルは封印状態。
ドアは電子錠で、カードキー以外での解錠はできない。
「足止め目的?」
僕の呟きに、武藤さんが更に言う。
「あとは、あいつらは蘇生の悟り教じゃなくて、俺たちと蘇生の悟り教を敵対させる目的かもな」
「こっちに注目を集めることで、どこかに隙を作る、とか」
楓さんが続ける。
「大体ここは警備レベルが高いと原国のおっさんが言っていただろ。なのに情報を抜かれて、侵入された。多分情報系を数種持った集団だろう。索敵やマップ系のスキル持ちがいるかもな」
武藤さんがスマホを操作しながら呟く。
「この襲撃、ネットでも拡散されたな。俺たちの所在地がバレた。原国のおっさんの広報が裏目に出たか……? たぶんこの先、嬢ちゃんを中心に狙われるぞ」
有坂さんのスキルは、唯一無二。楓さんの運命固有スキル、スキル複製で使い手は増やせるけれど、楓さんの運命固有スキル発動条件がまだ揃っていない。
外から、むせるような咳が聞こえ、足音が聞こえる。
「発煙弾が打ち込まれた。催涙系か?」
透視スキルで廊下の状況を根岸くんが伝えてくれる。ガスマスクなどの装備をした集団が、外の蘇生の悟り教を名乗る人たちを制圧していく様子も。
「室内戦用のスキルも必要かもな。それと通常の非殺傷型の武器も。今の集団にはいなかったが、壁を隔てた先の空間作用型のスキルなんかもあるはずだ。制圧部隊も味方の振りをした敵対者の可能性がある。しばらく様子を見よう」
武藤さんが言う。疑えば、きりがない。
僕は有坂さんの手を握る。握り返された手の温かさと、柔らかさ。この人を守らなきゃいけない。
パートナーとしても、仲間としても。
そう決意した瞬間、僕らの居る景色が、突然変わった。
ホテルの部屋ではない、どこか。
「空間転移……!?」
僕と有坂さん、武藤さんだけが転移させられている。
母さんたちは部屋に残ったままなのだろうか。
僕たちは警戒して一塊になる。
それほど広くはない室内は、昼なのに何故かどことなく薄暗い。
部屋には僕たちの他には誰もいない。
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ドアがひとつ。
そのドアが、開いた。
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