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第13話 弥市とおりん3
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「二人そろってなんだい話ってのは」
天神屋の奥の間で、天神屋主人とお内儀は番頭の弥市と女中のおりんと向かい合って座っていた。
「おりんの腹の子の話です。単刀直入に聞きますが、この子が生まれたら親はもちろん私とおりんですね?」
主人とお内儀は顔を見合わせてひとたび口を噤んだが、お内儀がすぐに応えた。
「そりゃあ、あんたたちの子だからねぇ」
「いいえ、違います。私の子ではありません。私の胤ではありませんから」
「何が言いたいんだい、弥市」
お内儀の目が弥市を鋭く刺すように捉えた。彼女はたまに猛禽のような目をする。気の弱い奉公人は標的になった鼠のように竦み上がって何も言えなくなってしまう。既におりんがその状態だ。
「おりんの腹の子の父は若旦那様です」
「なんでそんなことが言えるんだい」
鼠のように小さくなっていたおりんが顔を上げた。お藤の言葉を思い出したのか、勇気を振り絞って声を上げた。
「わたし、わたし、若旦那様以外男の人を知りませんから。弥市さんだって、手も触れたことないですから!」
「おりん。腹の子に障る。お前は無理しなくていい」
弥市にたしなめられて、彼女は「はい」と小声で返事をするとそのまま俯いた。
「もう一度確認しますが、この子の親は私とおりんなのですね? 私たちが親として育てるのですね?」
お内儀はやれやれとばかりに肩を竦めると、話にならないというように答えた。
「そんな生まれてもいないうちから何を言い出すやら」
「生まれてから言われたのでは遅いのです。今すぐはっきりしてください。私とおりんの子として育てるのか、それとも天神屋の子として育てるのか」
今度はお内儀もさすがに若旦那の顔を覗き込んだ。これはいくらなんでも若旦那本人がこたえるべきだろう。
「若旦那様。本来ならおりんは若旦那様の子を産んで天神屋の跡取りの母としていられるはずなんです。それを私のような手代に押し付けられて、若旦那様の子を奉公人の子として育てなければならないんです。それで済めばまだいい。もしおりんが男の子を生んだら」
主人とお内儀がチラと目を合わせた。
「旦那様とお内儀さんに『天神屋の跡取り』として取り上げるなんてことはないでしょうね? 私はおりんにそんな思いをさせたくありません」
「弥市さん……」
それでも主人は煮え切らない。お内儀が先に口を開いた。
「弥市、お前分かっているんだろう? おりんの腹の子の父親はたしかにうちの人だよ。だから当然、おりんの子が男の子なら天神屋の跡取りだろう」
だが弥市も黙ってはいなかった。
「お内儀さんが子のできない体なのは仕方のないことですが、旦那様がそれを理由に自分の子を女中に産ませるなんておかしいでしょう?」
これにはさすがにお内儀が爆発した。
「弥市! 口を慎みなさい! 誰に向かってお言いだい!」
真っ赤になって怒り狂うお内儀に、弥市は冷たい視線を投げかけた。
「旦那様ですよ、お内儀さんじゃない。でもお内儀さんも聞いてください。もし男の子が生まれたとしても、私は彼女の子供を私の子として育てますよ」
弥市の言葉に主人の顔色が変わった。
「今更何を言う。そのためにお前を番頭にしたんじゃないか」
「やっぱりそのつもりだったのですか」
「それが気に入らないなら二人ともここを出て行け」
やはり男の子だったら跡取りとして奪い取る心づもりだったらしい。弥市はおりんに視線を送ると「任せなさい」というように頷いた。
「そうやってまた別の女中に子供を産ませるわけですか、いいでしょう。ここを出て行って事の次第を柏原中にぶちまけてやります。番頭だった彦左衛門さんがなぜ暇を出されたのかも含めて全部。これでもう天神屋に来る客はいなくなるでしょうね」
「なんだと!」
天神屋の主人は思わず膝立ちになって弥市を殴りつけた。
「彦左衛門さんがどれだけ心を痛めたか、旦那様にはわからないでしょうね。あんなに天神屋に尽くしたというのに、旦那様の不手際の後始末のためにこんなに簡単に首を切られて。先代の大旦那様もあの世でお嘆きでしょう。旦那様とお内儀さんのやったことを彦左衛門さんにも教えます。自分が四十年も仕えた主人がこんな人でなしだったと知ったら、さぞかし驚くでしょうね」
捨て台詞を吐いた弥市はおりんの手を引いて立ち上がらせるとその手を引いて天神屋を出て行った。その背に「ただでは済まさんぞ!」という主人の声が届いたが、二人は振り返ることはなかった。
天神屋の奥の間で、天神屋主人とお内儀は番頭の弥市と女中のおりんと向かい合って座っていた。
「おりんの腹の子の話です。単刀直入に聞きますが、この子が生まれたら親はもちろん私とおりんですね?」
主人とお内儀は顔を見合わせてひとたび口を噤んだが、お内儀がすぐに応えた。
「そりゃあ、あんたたちの子だからねぇ」
「いいえ、違います。私の子ではありません。私の胤ではありませんから」
「何が言いたいんだい、弥市」
お内儀の目が弥市を鋭く刺すように捉えた。彼女はたまに猛禽のような目をする。気の弱い奉公人は標的になった鼠のように竦み上がって何も言えなくなってしまう。既におりんがその状態だ。
「おりんの腹の子の父は若旦那様です」
「なんでそんなことが言えるんだい」
鼠のように小さくなっていたおりんが顔を上げた。お藤の言葉を思い出したのか、勇気を振り絞って声を上げた。
「わたし、わたし、若旦那様以外男の人を知りませんから。弥市さんだって、手も触れたことないですから!」
「おりん。腹の子に障る。お前は無理しなくていい」
弥市にたしなめられて、彼女は「はい」と小声で返事をするとそのまま俯いた。
「もう一度確認しますが、この子の親は私とおりんなのですね? 私たちが親として育てるのですね?」
お内儀はやれやれとばかりに肩を竦めると、話にならないというように答えた。
「そんな生まれてもいないうちから何を言い出すやら」
「生まれてから言われたのでは遅いのです。今すぐはっきりしてください。私とおりんの子として育てるのか、それとも天神屋の子として育てるのか」
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「若旦那様。本来ならおりんは若旦那様の子を産んで天神屋の跡取りの母としていられるはずなんです。それを私のような手代に押し付けられて、若旦那様の子を奉公人の子として育てなければならないんです。それで済めばまだいい。もしおりんが男の子を生んだら」
主人とお内儀がチラと目を合わせた。
「旦那様とお内儀さんに『天神屋の跡取り』として取り上げるなんてことはないでしょうね? 私はおりんにそんな思いをさせたくありません」
「弥市さん……」
それでも主人は煮え切らない。お内儀が先に口を開いた。
「弥市、お前分かっているんだろう? おりんの腹の子の父親はたしかにうちの人だよ。だから当然、おりんの子が男の子なら天神屋の跡取りだろう」
だが弥市も黙ってはいなかった。
「お内儀さんが子のできない体なのは仕方のないことですが、旦那様がそれを理由に自分の子を女中に産ませるなんておかしいでしょう?」
これにはさすがにお内儀が爆発した。
「弥市! 口を慎みなさい! 誰に向かってお言いだい!」
真っ赤になって怒り狂うお内儀に、弥市は冷たい視線を投げかけた。
「旦那様ですよ、お内儀さんじゃない。でもお内儀さんも聞いてください。もし男の子が生まれたとしても、私は彼女の子供を私の子として育てますよ」
弥市の言葉に主人の顔色が変わった。
「今更何を言う。そのためにお前を番頭にしたんじゃないか」
「やっぱりそのつもりだったのですか」
「それが気に入らないなら二人ともここを出て行け」
やはり男の子だったら跡取りとして奪い取る心づもりだったらしい。弥市はおりんに視線を送ると「任せなさい」というように頷いた。
「そうやってまた別の女中に子供を産ませるわけですか、いいでしょう。ここを出て行って事の次第を柏原中にぶちまけてやります。番頭だった彦左衛門さんがなぜ暇を出されたのかも含めて全部。これでもう天神屋に来る客はいなくなるでしょうね」
「なんだと!」
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