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第30話 おりんの出産2
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追い出されたはいいが、栄吉は死にかけの賊を引きずってどうしたもんかと悩んでいた。
周りでは長屋のおかみさんたちが協力して水を汲み上げている。赤ちゃんのためのお湯を沸かすのだろう。あちこちの家から鍋と盥が井戸の前に集まり、水で満たされた鍋はそれぞれの家に持ち帰られている。家のかまどでお湯を沸かしている間に、盥を洗っている人もいる。そんな中でも手の空いた人が栄吉に声をかけてくる。
「ちょっとあんた。その人、手当てが必要なんじゃないのかい。医者は呼びに行ってるのかい」
「コイツはもう死んでる。勝五郎親分を呼びに行って貰ってる」
違う方からも声がかかる。
「その人どうしたんだい」
「弥市とおりんを襲ったんで、あっしが取り押さえたが、なぜ二人を襲ったのか聞く前に自害しちまった。恐らく雇われの殺し屋だろう」
おかみさんたちは口々に「なんまんだぶ」だの「自業自得さ」だの「天神屋さんじゃないだろうね」だの言っている。
そこへ大八車を引いた三郎太が大汗をかきながら戻って来た。
「大八車、借りて来たぜ。おっと、みなさんお揃いで。鬼灯長屋総出演かい?」
栄吉は家の中のお藤に聞こえるような大声で言った。
「おう、おめえが三郎太か。済まねえが家移りは中止だ。おりんが産気づいた」
「そりゃめでてえ。あんたが栄吉さんですね、お藤さんから聞い……って、その人はどうしなすったんです?」
三郎太は栄吉の足元に倒れている男に気づいたらしい。
「殺し屋だ。弥市とおりんを襲ったんであっしが取り押さえたら自害しやがった。おりんは今お産の真っ最中だ、中には入れねえ」
「殺し屋だって? 弥市さんは?」
「弥市も中だ。訳があって出て来られねえ」
そのとき弥市の家の引き戸が開いてお藤が出て来た。どうやら栄吉の大声が効を奏したらしい。
「三郎太さん、お帰り。ちょっと来とくれ」
お藤に引っ張られて長屋の外に出た三郎太は、お藤の袖の血に気が付いた。
「お藤さん、怪我なすってるんじゃ?」
「これはあたしの血じゃないんだ。いいかい、落ち着いて聞いとくれ」
お藤が辺りに気を配りながら声を落とすものだから、三郎太まで背中を丸めてお藤に頭を寄せる。
「あたしたちが留守にしている間にやられた」
「やられた?」
「さっきの殺し屋さ。弥市さんは胸を一突き、おりんちゃんは背中を一突き。物音に気付いて隣のお芳さんが心張り棒を持って部屋の戸を開けたところでちょうどおりんちゃんの背中から匕首を抜いたのが見えて、お芳さんがびっくりして部屋を飛び出してきたところにあたしたちが戻って来たんだ。それですぐに栄吉さんが飛び込んで賊を捕らえたんだけど、すぐに自害しちまったところを見ると本職の殺し屋だね」
「じゃあ二人は」
「おりんちゃんはその反動で産気づいちまった。死んでも産むって言ってる。弥市さんは胸を刺されて動かすと危ないからそのままおりんちゃんのそばにいて貰ったんだけど、おりんちゃんの手を握ったまま先に逝っちまった」
「先にって……」
「おりんちゃんも生まれるまで命が持つかどうか」
「なんてこったい。新居の生活をあんなに楽しみにしてたのに」
三郎太は棒を呑んだように立ち尽くした。
「おいら……おいらどうしたら」
ここで変に感情的になっては三郎太がオロオロするだけだ。お藤は努めて冷静に言った。
「勝五郎親分は彦左衛門さんに呼びに行って貰った。すまないけど、あんたは大八車を返してきてくれないかい。家移りする人間はもういない」
三郎太は暫く呆然としていたが、自分に言い聞かせるように呟いた。
「合点承知の助だ。大八車を返して、新居の方は断って来る」
「済まないね」
彼は木偶人形のように大八車のところへ戻ると、とぼとぼと引いて行った。
周りでは長屋のおかみさんたちが協力して水を汲み上げている。赤ちゃんのためのお湯を沸かすのだろう。あちこちの家から鍋と盥が井戸の前に集まり、水で満たされた鍋はそれぞれの家に持ち帰られている。家のかまどでお湯を沸かしている間に、盥を洗っている人もいる。そんな中でも手の空いた人が栄吉に声をかけてくる。
「ちょっとあんた。その人、手当てが必要なんじゃないのかい。医者は呼びに行ってるのかい」
「コイツはもう死んでる。勝五郎親分を呼びに行って貰ってる」
違う方からも声がかかる。
「その人どうしたんだい」
「弥市とおりんを襲ったんで、あっしが取り押さえたが、なぜ二人を襲ったのか聞く前に自害しちまった。恐らく雇われの殺し屋だろう」
おかみさんたちは口々に「なんまんだぶ」だの「自業自得さ」だの「天神屋さんじゃないだろうね」だの言っている。
そこへ大八車を引いた三郎太が大汗をかきながら戻って来た。
「大八車、借りて来たぜ。おっと、みなさんお揃いで。鬼灯長屋総出演かい?」
栄吉は家の中のお藤に聞こえるような大声で言った。
「おう、おめえが三郎太か。済まねえが家移りは中止だ。おりんが産気づいた」
「そりゃめでてえ。あんたが栄吉さんですね、お藤さんから聞い……って、その人はどうしなすったんです?」
三郎太は栄吉の足元に倒れている男に気づいたらしい。
「殺し屋だ。弥市とおりんを襲ったんであっしが取り押さえたら自害しやがった。おりんは今お産の真っ最中だ、中には入れねえ」
「殺し屋だって? 弥市さんは?」
「弥市も中だ。訳があって出て来られねえ」
そのとき弥市の家の引き戸が開いてお藤が出て来た。どうやら栄吉の大声が効を奏したらしい。
「三郎太さん、お帰り。ちょっと来とくれ」
お藤に引っ張られて長屋の外に出た三郎太は、お藤の袖の血に気が付いた。
「お藤さん、怪我なすってるんじゃ?」
「これはあたしの血じゃないんだ。いいかい、落ち着いて聞いとくれ」
お藤が辺りに気を配りながら声を落とすものだから、三郎太まで背中を丸めてお藤に頭を寄せる。
「あたしたちが留守にしている間にやられた」
「やられた?」
「さっきの殺し屋さ。弥市さんは胸を一突き、おりんちゃんは背中を一突き。物音に気付いて隣のお芳さんが心張り棒を持って部屋の戸を開けたところでちょうどおりんちゃんの背中から匕首を抜いたのが見えて、お芳さんがびっくりして部屋を飛び出してきたところにあたしたちが戻って来たんだ。それですぐに栄吉さんが飛び込んで賊を捕らえたんだけど、すぐに自害しちまったところを見ると本職の殺し屋だね」
「じゃあ二人は」
「おりんちゃんはその反動で産気づいちまった。死んでも産むって言ってる。弥市さんは胸を刺されて動かすと危ないからそのままおりんちゃんのそばにいて貰ったんだけど、おりんちゃんの手を握ったまま先に逝っちまった」
「先にって……」
「おりんちゃんも生まれるまで命が持つかどうか」
「なんてこったい。新居の生活をあんなに楽しみにしてたのに」
三郎太は棒を呑んだように立ち尽くした。
「おいら……おいらどうしたら」
ここで変に感情的になっては三郎太がオロオロするだけだ。お藤は努めて冷静に言った。
「勝五郎親分は彦左衛門さんに呼びに行って貰った。すまないけど、あんたは大八車を返してきてくれないかい。家移りする人間はもういない」
三郎太は暫く呆然としていたが、自分に言い聞かせるように呟いた。
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