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第38話 仕事5
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お藤は大男から離れて、栄吉と一緒に二人の骸を静かに見下ろした。
大男と小男も獲物を懐の中に仕舞い、そばに寄って来た。
小男の方がボソリと言った。
「依頼人が死んじまったんだから仕事は終わりだ。金は前払いで貰っている。あんたたちとはこれ以上やり合う意味がねえ」
「そうだな。無駄な殺し合いはやめよう」
栄吉が小男に答えると、大男の方がまだ首に鎖を巻き付けたまま手ぬぐいを差し出した。
「済まねえな」
「ああ、これくらいはいつものことだ。おめえこそ大丈夫か」
大男は返事の代わりに破れた袖を見せて笑った。袖の中では腕がざっくり切れていたが、大男はなんでもないような顔をしていた。
お藤も自分が投げつけた楔で怪我している小男の手を取って、手ぬぐいをきつく巻いた。
「悪いな。姐さんみたいな美人に手当てして貰ったら、すぐに治るぜ。そもそも姐さんに攻撃されて手も喜んでらぁ」
小男の方は思いがけず人懐っこい。
「あんた、分銅鎖上手いね。なかなかの遣い手だ」
「姐さんほどじゃねえけどな。あんたたちは殺し屋か?」
「そうさ。あたしたちは殺しを生業としてる。あんたたちはどこのもんだい? 用心棒って言ったね」
「ああ、用心棒として雇われた。おいらたちはどこにも属してねえ風来坊さ。だが用心棒はめんどくせえな。護らなきゃならねえ。殺し屋の方がいい」
「ああそうだね。あんたたちは多分、殺し屋の方が向いてるよ。でも松毬一家には入らない方がいいよ」
「なんでだ?」
それには栄吉が答えた。
「この店の手代と女中が松毬一家にやられてる。依頼人はこの二人だ。天神屋と松毬のつながりを知れば、勝五郎親分は間違いなくこの主人とお内儀の殺しを松毬一家の仕業と考えるだろう。仲間割れか何かでな」
「ああ、なるほどな」
「見つからねえうちに松毬一家のせいにしてあっしらはずらかるぜ。おめえさんたちも見つかんねえようにな」
「ああ、あんたたちも気をつけてな」
四人はその場から音もなく立ち去った。
外に出るともう日が暮れていた。いわゆる逢魔が時という時間帯である。人影があるのはわかるが、顔までははっきり見えない。そういう明るさだから、お内儀の返り血を浴びた栄吉の服もさほど目立たない。
とは言え、この恰好でお芳のところへ行くのは少々気が引けたので、お藤だけに行かせて、栄吉は先に峠の団子屋に戻ることにした。
お藤がお芳のところへ戻ると、まだおかみさんたちが五、六人集まっていて、彦左衛門が赤子を抱いてあやしていた。
「上手いもんだね。さすが天神屋の若旦那がおしめをしていた頃から面倒見ていただけのことはある」
「ああ、お藤さん、お帰りなさい。栄吉さんは?」
「帰ったよ」
「そうですか。天神屋はどうでした?」
「子供を引き取る気はないらしいね。子供を育てるための費用の話もしたんだけど、まるっきり払う気ないらしいよ」
赤子は大人しく彦左衛門に抱かれてご機嫌である。この揺らし方が上手いのだろう。首も座っていないし、お藤はまだちょっと抱くのが怖い。
「この子、どうする気だい?」
「それがね……困ってるんですよ」
彦左衛門は眉根を寄せた。
「私が引き取りたいところなんですが、天神屋を馘になりましたし、この歳なのでなかなか雇ってくれるところも無さそうですし、ここの長屋の皆さんも自分の家族で精一杯でもう一人子供を育てることはできないようですし」
集まっていたおかみさんたちがちょっと困ったような顔をする。
「みんなで交代でお乳をやることくらいはできるんだよ。知り合いにも声をかけたんで、呼べば乳を分けにきてくれる人は三十人くらい集まったんですがね。でもずっと育てるとなるとね」
「乳飲んでてくれる間はいいんだけど、おまんま食べるようになるとねぇ」
――何だって? 乳飲んでくれる間はいいだって?
「それ、本気で言ってるのかい?」
「ごめんね。あたしたちも生活があるんだよ」
「いや、そうじゃなくてさ。願ったり叶ったりだよ」
「え?」
お芳が「何考えてんだい?」という目でお藤を見た。
「あのさ、この子はあたしが引き取ろうと思うんだ」
「え、だってお藤さん、子供いないでしょ?」
「亭主もいないさ」
「じゃあお乳出ないんじゃ?」
「だからさ、この子がお乳を必要としてる間だけ、ここで面倒見て欲しいんだ。おまんま食べるようになったらあたしが連れて帰る。あたしは山ん中に住んでるから、近所の人に貰い乳ができないんだよ。その代わり、おまんまは食べさせてやれるだけの稼ぎはある」
みんなが一斉にお芳の顔を窺う。お芳は注目を浴びながらも何事か考えていたが、不意に顔を上げた。
「乳離れするまではあたしが育てるよ。あたしゃ見ての通りの婆さんだから絞ったってもう乳は出ないけど、取り上げ婆やってるんだから妊婦には顔が広い。ここの長屋のみんなも協力してくれるんなら、基本的にうちで面倒見るよ。どうせもう亭主もいないしね、気楽なもんさ。その代わり、この子のおっかさんはお藤ちゃん、あんただよ。みんなそれでいいね?」
おかみさんたちは口々に了承の返事をした。
「重湯が食べられるくらいになったら引き取るし、それまでも三日と置かずここに通うから。おっかさんだと思って貰えないと困るしね」
「だけどお藤ちゃんはそれで大丈夫なのかい?」
「ぜひそうして欲しいよ。あたしの乳が出れば一番いいんだけどね」
おかみさんたちはどっと笑い、彦左衛門は困ったような顔をした。
大男と小男も獲物を懐の中に仕舞い、そばに寄って来た。
小男の方がボソリと言った。
「依頼人が死んじまったんだから仕事は終わりだ。金は前払いで貰っている。あんたたちとはこれ以上やり合う意味がねえ」
「そうだな。無駄な殺し合いはやめよう」
栄吉が小男に答えると、大男の方がまだ首に鎖を巻き付けたまま手ぬぐいを差し出した。
「済まねえな」
「ああ、これくらいはいつものことだ。おめえこそ大丈夫か」
大男は返事の代わりに破れた袖を見せて笑った。袖の中では腕がざっくり切れていたが、大男はなんでもないような顔をしていた。
お藤も自分が投げつけた楔で怪我している小男の手を取って、手ぬぐいをきつく巻いた。
「悪いな。姐さんみたいな美人に手当てして貰ったら、すぐに治るぜ。そもそも姐さんに攻撃されて手も喜んでらぁ」
小男の方は思いがけず人懐っこい。
「あんた、分銅鎖上手いね。なかなかの遣い手だ」
「姐さんほどじゃねえけどな。あんたたちは殺し屋か?」
「そうさ。あたしたちは殺しを生業としてる。あんたたちはどこのもんだい? 用心棒って言ったね」
「ああ、用心棒として雇われた。おいらたちはどこにも属してねえ風来坊さ。だが用心棒はめんどくせえな。護らなきゃならねえ。殺し屋の方がいい」
「ああそうだね。あんたたちは多分、殺し屋の方が向いてるよ。でも松毬一家には入らない方がいいよ」
「なんでだ?」
それには栄吉が答えた。
「この店の手代と女中が松毬一家にやられてる。依頼人はこの二人だ。天神屋と松毬のつながりを知れば、勝五郎親分は間違いなくこの主人とお内儀の殺しを松毬一家の仕業と考えるだろう。仲間割れか何かでな」
「ああ、なるほどな」
「見つからねえうちに松毬一家のせいにしてあっしらはずらかるぜ。おめえさんたちも見つかんねえようにな」
「ああ、あんたたちも気をつけてな」
四人はその場から音もなく立ち去った。
外に出るともう日が暮れていた。いわゆる逢魔が時という時間帯である。人影があるのはわかるが、顔までははっきり見えない。そういう明るさだから、お内儀の返り血を浴びた栄吉の服もさほど目立たない。
とは言え、この恰好でお芳のところへ行くのは少々気が引けたので、お藤だけに行かせて、栄吉は先に峠の団子屋に戻ることにした。
お藤がお芳のところへ戻ると、まだおかみさんたちが五、六人集まっていて、彦左衛門が赤子を抱いてあやしていた。
「上手いもんだね。さすが天神屋の若旦那がおしめをしていた頃から面倒見ていただけのことはある」
「ああ、お藤さん、お帰りなさい。栄吉さんは?」
「帰ったよ」
「そうですか。天神屋はどうでした?」
「子供を引き取る気はないらしいね。子供を育てるための費用の話もしたんだけど、まるっきり払う気ないらしいよ」
赤子は大人しく彦左衛門に抱かれてご機嫌である。この揺らし方が上手いのだろう。首も座っていないし、お藤はまだちょっと抱くのが怖い。
「この子、どうする気だい?」
「それがね……困ってるんですよ」
彦左衛門は眉根を寄せた。
「私が引き取りたいところなんですが、天神屋を馘になりましたし、この歳なのでなかなか雇ってくれるところも無さそうですし、ここの長屋の皆さんも自分の家族で精一杯でもう一人子供を育てることはできないようですし」
集まっていたおかみさんたちがちょっと困ったような顔をする。
「みんなで交代でお乳をやることくらいはできるんだよ。知り合いにも声をかけたんで、呼べば乳を分けにきてくれる人は三十人くらい集まったんですがね。でもずっと育てるとなるとね」
「乳飲んでてくれる間はいいんだけど、おまんま食べるようになるとねぇ」
――何だって? 乳飲んでくれる間はいいだって?
「それ、本気で言ってるのかい?」
「ごめんね。あたしたちも生活があるんだよ」
「いや、そうじゃなくてさ。願ったり叶ったりだよ」
「え?」
お芳が「何考えてんだい?」という目でお藤を見た。
「あのさ、この子はあたしが引き取ろうと思うんだ」
「え、だってお藤さん、子供いないでしょ?」
「亭主もいないさ」
「じゃあお乳出ないんじゃ?」
「だからさ、この子がお乳を必要としてる間だけ、ここで面倒見て欲しいんだ。おまんま食べるようになったらあたしが連れて帰る。あたしは山ん中に住んでるから、近所の人に貰い乳ができないんだよ。その代わり、おまんまは食べさせてやれるだけの稼ぎはある」
みんなが一斉にお芳の顔を窺う。お芳は注目を浴びながらも何事か考えていたが、不意に顔を上げた。
「乳離れするまではあたしが育てるよ。あたしゃ見ての通りの婆さんだから絞ったってもう乳は出ないけど、取り上げ婆やってるんだから妊婦には顔が広い。ここの長屋のみんなも協力してくれるんなら、基本的にうちで面倒見るよ。どうせもう亭主もいないしね、気楽なもんさ。その代わり、この子のおっかさんはお藤ちゃん、あんただよ。みんなそれでいいね?」
おかみさんたちは口々に了承の返事をした。
「重湯が食べられるくらいになったら引き取るし、それまでも三日と置かずここに通うから。おっかさんだと思って貰えないと困るしね」
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