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第二章 木槿山の章
第28話 秘匿4
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「っていうか、与平はさっきから聞いてれば月守さまが橘さまだって言いたいの? 違うって言いたいの?」
「どっちでもねえよ。あり得ることを全部並べて行けばわかるだろ? それよりも大体話は分かったけど、そもそも御家老様の用件はなんなんだ? 姫様にそっくりな狐杜に姫様のふりをして欲しいってことか? それとも橘って人を連れて帰ろうって事か?」
ついに与平が核心に触れてきた。実はそこは話してみなければわからなかった部分でもある。
「実は狐杜殿が姫と間違えられて命を狙われておると聞き、姫が大層心配されたのじゃ。狐杜殿にも護衛を付けて、しばらくの間は姫と共に城で過ごしていただこうかという話になって迎えにきたつもりだったのじゃ」
「狐杜を迎えに来たら橘が目の前に現れたから、狐杜じゃなくて橘を連れて帰れば済む話だということになった。けど、その橘は月守と名乗り、自分のことを全く覚えてない。連れて帰っても仕方ない。そういう事だな?」
与平がまとめると、家老は大きく頷いた。
「でも十郎太って人は勝孝さまの家臣なんだろ? その十郎太が月守を見たってことは、勝孝さまに『橘がいた』って報告してるはずだよな」
「そうじゃな」
「だけど御家老様、橘さまの葬式を挙げたではありませんか」
「形式だけの葬式じゃ、後から本人がひょっこり現れることは向こうも想定済みじゃ。勝孝がこの後どう出るか……」
再びお袖が「ちょいといいかい」と割り込んだ。
「勝孝さまは狐杜ちゃんを姫様だと思い込んでるんだよねぇ。で、月守さまを橘さまだと思い込んでる。で、どっちも殺してしまいたい。そうなったら姫様と橘さま、どっちを殺すかって話になるんだけど」
恐ろしい話を淡々と話すお袖に、全員釘付けである。この親にしてこの子あり、与平の豪胆さは母親似かもしれない。
「例えばあたしが勝孝さまなら、姫様を殺したあと若様も始末したいと思うだろうねぇ。そしたら橘さまはとんでもなく邪魔だ。先に橘さまを抹殺して、ゆっくり姫様と若様を亡き者にする方が楽だろうね。そう考えると、今の段階では次に襲われるのは月守さまだよ。狐杜ちゃんじゃない」
「なるほど、一理ある。だとすればどうするのが良かろうか」
当の月守は相変わらず地蔵のように押し黙ったまま身動き一つしない。そこへパチンと手を打った喜助が身を乗り出した。
「御家老様、月守さまに橘さまとして城に戻っていただくわけにはいかないんですか。城で暮らせば何か思い出すかもしれないし、狐杜姉ちゃんと与平兄ちゃんのところも安全になるんじゃないですか」
「ううむ。少々安易な気もするのう。月守殿の意見をお聞きしたい」
焼き物の壺か何かのようにじっとしていた月守が視線を上げた。涼し気な目元は橘のそれと全く変わらない。
「もし本当にそうならば、敵の狙いは当面私だけということになりましょう。標的がいなくなると向こうは混乱してどんな動きに出るかわかりません。しかも橘は死んだことになっている、城に戻るわけには参りません。私はここに残り、敵の目を引き付けます。その間に本間殿の方で狐杜殿を城に匿っていただくのが良いかと。次に敵が現れたときには捕えておきます。その者を勝孝殿との取引に使えば、本間殿が主導権を握れましょう」
それを聞いて家老はふぅと溜息をついた。
「さすがは橘、頼もしいわい……おっと月守殿じゃったな。橘の自覚のない者に橘を背負わせるは酷というものじゃ」
やっと出番とばかりに狐杜が家老と月守を交互に見た。
「あたしはお城に行けばいいの?」
「そうじゃな、ここは危険じゃ。今すぐにでも移動した方が良かろう」
「顔を晒したままの移動は危険です。駕籠を準備した方が良いやもしれません」
月守が提案すると、喜助が「おいらが駕籠屋さん呼んで来る」と言って出て行った。
「それじゃ狐杜ちゃん、あんたが請け負ってる仕立ての仕事はあたしがやっておくから、反物こっちに運びな」
「ありがと、お袖さん」
「おいらも手伝うよ」
狐杜と与平が隣へと消えると、家老がボソリと言った。
「橘、本当に儂のことがわからぬか」
月守は黙って俯いた。家老は少し哀し気に目を伏せると「さようか」とだけ言った。
「どっちでもねえよ。あり得ることを全部並べて行けばわかるだろ? それよりも大体話は分かったけど、そもそも御家老様の用件はなんなんだ? 姫様にそっくりな狐杜に姫様のふりをして欲しいってことか? それとも橘って人を連れて帰ろうって事か?」
ついに与平が核心に触れてきた。実はそこは話してみなければわからなかった部分でもある。
「実は狐杜殿が姫と間違えられて命を狙われておると聞き、姫が大層心配されたのじゃ。狐杜殿にも護衛を付けて、しばらくの間は姫と共に城で過ごしていただこうかという話になって迎えにきたつもりだったのじゃ」
「狐杜を迎えに来たら橘が目の前に現れたから、狐杜じゃなくて橘を連れて帰れば済む話だということになった。けど、その橘は月守と名乗り、自分のことを全く覚えてない。連れて帰っても仕方ない。そういう事だな?」
与平がまとめると、家老は大きく頷いた。
「でも十郎太って人は勝孝さまの家臣なんだろ? その十郎太が月守を見たってことは、勝孝さまに『橘がいた』って報告してるはずだよな」
「そうじゃな」
「だけど御家老様、橘さまの葬式を挙げたではありませんか」
「形式だけの葬式じゃ、後から本人がひょっこり現れることは向こうも想定済みじゃ。勝孝がこの後どう出るか……」
再びお袖が「ちょいといいかい」と割り込んだ。
「勝孝さまは狐杜ちゃんを姫様だと思い込んでるんだよねぇ。で、月守さまを橘さまだと思い込んでる。で、どっちも殺してしまいたい。そうなったら姫様と橘さま、どっちを殺すかって話になるんだけど」
恐ろしい話を淡々と話すお袖に、全員釘付けである。この親にしてこの子あり、与平の豪胆さは母親似かもしれない。
「例えばあたしが勝孝さまなら、姫様を殺したあと若様も始末したいと思うだろうねぇ。そしたら橘さまはとんでもなく邪魔だ。先に橘さまを抹殺して、ゆっくり姫様と若様を亡き者にする方が楽だろうね。そう考えると、今の段階では次に襲われるのは月守さまだよ。狐杜ちゃんじゃない」
「なるほど、一理ある。だとすればどうするのが良かろうか」
当の月守は相変わらず地蔵のように押し黙ったまま身動き一つしない。そこへパチンと手を打った喜助が身を乗り出した。
「御家老様、月守さまに橘さまとして城に戻っていただくわけにはいかないんですか。城で暮らせば何か思い出すかもしれないし、狐杜姉ちゃんと与平兄ちゃんのところも安全になるんじゃないですか」
「ううむ。少々安易な気もするのう。月守殿の意見をお聞きしたい」
焼き物の壺か何かのようにじっとしていた月守が視線を上げた。涼し気な目元は橘のそれと全く変わらない。
「もし本当にそうならば、敵の狙いは当面私だけということになりましょう。標的がいなくなると向こうは混乱してどんな動きに出るかわかりません。しかも橘は死んだことになっている、城に戻るわけには参りません。私はここに残り、敵の目を引き付けます。その間に本間殿の方で狐杜殿を城に匿っていただくのが良いかと。次に敵が現れたときには捕えておきます。その者を勝孝殿との取引に使えば、本間殿が主導権を握れましょう」
それを聞いて家老はふぅと溜息をついた。
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「それじゃ狐杜ちゃん、あんたが請け負ってる仕立ての仕事はあたしがやっておくから、反物こっちに運びな」
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