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第二章 木槿山の章
第42話 協力者3
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「月守さまー! いらっしゃるー?」
「いねーよ」
お八重と言い、狐杜と言い、どいつもこいつも月守さま月守さまと。ここはおいらの家だっつうの、と文句を付け加えながら与平はお八重を迎え入れた。
「おや、お八重ちゃんいらっしゃい。月守さまなら出かけてるよ」
「こんにちはお袖さん。あのね、わたしね、凄いもの手に入れたの」
「なんだいなんだい、興奮しちゃって」
今日は暑いせいか爽やかな浅縹の小紋での登場だ。白地に蘇芳色の目が入った木槿の花柄が涼し気に映る。
「絶対に汚しちゃ駄目なんだから与平は触らないでよ?」
「なんだよそれ、もったいぶってないで早く開けろよ、触んねーから」
お八重はお袖に見せたいのか、近くまで行くと風呂敷包みを解いた。
「唾も飛ばしちゃ駄目よ。しゃべる時は横を向くのよ」
「わかったから早く」
そろりそろりと大切に風呂敷から出したものを見て与平はポカンとする。
「何これ。随分短い反物だな」
「巻物よ! 見りゃわかるでしょ」
「見たことねーよ」
「これはね、そんじょそこらの巻物じゃないのよ。柳澤の家系図!」
「ええええっ?」
声を上げたのはお袖の方だ。与平は「なんのこっちゃわからん」と顔に書いてある。
「ちょっと、お八重ちゃん、柳澤の家系図ってなんでそんな物が」
「それがね」
お八重が顔を寄せた瞬間、再び戸口のところで声がした。
「ごめん下さいまし」
「この声は」
「お小夜ちゃん!」
おなご三人集まると男の入る隙が無いとはこのことだ。歳も育ちもまるで違う三人がわいわいと、朝の鶏、昼間の雀、夕方の鴉と競うかのように賑やかしい。
「それでね、ご注文のお品を着る方の寸法を取らせてくださいって、雪之進さまのところへ言いに行ったのよ。本当はそんなもの要らないのよ。萩姫様の寸法なんかうちのお店の帳面に残ってるから。だけどほら、雪之進さまからは十二の娘が着るとしか聞いてないから、姫様が着るものだなんて窺ってないでしょ、まあどうせ狐杜なんだけど。だから知らん顔で『会わせてくれ』って言おうと思ったのよ。そうしたら狐杜と顔を会わせられるかもしれないじゃない?」
なんだか言い訳がましく感じて与平は突っ込みたくて仕方ないが、男が口を挟んではいけない雰囲気なのだ。
「本当はその雪之進っていう男前に会いに行ったんじゃないのかい?」
「やだぁ、お袖さんたら図星!」
言いたいことを母が見事に突っ込んでくれたのを喜びつつも、「おいおい図星かよ」などとは絶対に言ってはいけないのも男の哀しい性なのである。
「それで狐杜さんにはお会いになられたのですか」
「雪之進さまはお出かけ中で、お鈴さんっていう女中さんが出てきたの。その子が凄い事言ったのよ」
「なんだいなんだい、もったいつけないで早く教えとくれよ」
「それがね。『話は狐杜さんから聞いています』って!」
「狐杜さんって……つまりはバレてしまったのですか」
「そうみたい。でもそのお鈴さんはあたしたちの味方。雪之進さまにも言ってないらしいんだもの。それで、わたしとあまり長々と話すのはおかしいからって、周りの目を気にしてすぐに追い返されてしまったの。そのときに風呂敷包みを渡されたってわけ。それがこれ。中を開けてびっくりしたわ。それで大急ぎでここに来たのよ」
きっとこの調子でお八重の祝言は先になるのだろう。こういうことが大好きなお八重が、嫁に入っても大人しくしているとは思えない。漣太郎も気の毒だ。
「それがこの家系図だったのですね」
興奮するお八重とは反対に、年下のお小夜の方は落ち着き払っている。
「そうよ。わざわざこれをわたしに持たせるくらいだもの、何かを言いたかったのよ。そうでなければ狐杜がわたしたちに何かを伝えようとしていたんだわ」
「狐杜じゃねえな。そのお鈴って子だろう。狐杜は家系図なんか知らねえだろうから」
「だとしたら、お八重さんかその背後にいるはずの月守さまに、お鈴さんがこの家系図を見せたかったという事ですね。つまり家系図の読み方がわかる人に読んで欲しかった。裏を返すと、この家系図に重大なことが書かれているという事です」
お小夜の冷静な解析に一同の動きが止まる。
「ねえ、わたしたち『おなご謎解き三人衆』の中で、お小夜ちゃんが一番冴えているんじゃなくて?」
「そうだねぇ」
「でもわたしは家系図の見方がわかりませぬゆえ」
「簡単よ。じゃ、これから『八重の家系図の見方講座』、はじまりはじまり~」
お八重以外の三人は反射的に拍手した。
「いねーよ」
お八重と言い、狐杜と言い、どいつもこいつも月守さま月守さまと。ここはおいらの家だっつうの、と文句を付け加えながら与平はお八重を迎え入れた。
「おや、お八重ちゃんいらっしゃい。月守さまなら出かけてるよ」
「こんにちはお袖さん。あのね、わたしね、凄いもの手に入れたの」
「なんだいなんだい、興奮しちゃって」
今日は暑いせいか爽やかな浅縹の小紋での登場だ。白地に蘇芳色の目が入った木槿の花柄が涼し気に映る。
「絶対に汚しちゃ駄目なんだから与平は触らないでよ?」
「なんだよそれ、もったいぶってないで早く開けろよ、触んねーから」
お八重はお袖に見せたいのか、近くまで行くと風呂敷包みを解いた。
「唾も飛ばしちゃ駄目よ。しゃべる時は横を向くのよ」
「わかったから早く」
そろりそろりと大切に風呂敷から出したものを見て与平はポカンとする。
「何これ。随分短い反物だな」
「巻物よ! 見りゃわかるでしょ」
「見たことねーよ」
「これはね、そんじょそこらの巻物じゃないのよ。柳澤の家系図!」
「ええええっ?」
声を上げたのはお袖の方だ。与平は「なんのこっちゃわからん」と顔に書いてある。
「ちょっと、お八重ちゃん、柳澤の家系図ってなんでそんな物が」
「それがね」
お八重が顔を寄せた瞬間、再び戸口のところで声がした。
「ごめん下さいまし」
「この声は」
「お小夜ちゃん!」
おなご三人集まると男の入る隙が無いとはこのことだ。歳も育ちもまるで違う三人がわいわいと、朝の鶏、昼間の雀、夕方の鴉と競うかのように賑やかしい。
「それでね、ご注文のお品を着る方の寸法を取らせてくださいって、雪之進さまのところへ言いに行ったのよ。本当はそんなもの要らないのよ。萩姫様の寸法なんかうちのお店の帳面に残ってるから。だけどほら、雪之進さまからは十二の娘が着るとしか聞いてないから、姫様が着るものだなんて窺ってないでしょ、まあどうせ狐杜なんだけど。だから知らん顔で『会わせてくれ』って言おうと思ったのよ。そうしたら狐杜と顔を会わせられるかもしれないじゃない?」
なんだか言い訳がましく感じて与平は突っ込みたくて仕方ないが、男が口を挟んではいけない雰囲気なのだ。
「本当はその雪之進っていう男前に会いに行ったんじゃないのかい?」
「やだぁ、お袖さんたら図星!」
言いたいことを母が見事に突っ込んでくれたのを喜びつつも、「おいおい図星かよ」などとは絶対に言ってはいけないのも男の哀しい性なのである。
「それで狐杜さんにはお会いになられたのですか」
「雪之進さまはお出かけ中で、お鈴さんっていう女中さんが出てきたの。その子が凄い事言ったのよ」
「なんだいなんだい、もったいつけないで早く教えとくれよ」
「それがね。『話は狐杜さんから聞いています』って!」
「狐杜さんって……つまりはバレてしまったのですか」
「そうみたい。でもそのお鈴さんはあたしたちの味方。雪之進さまにも言ってないらしいんだもの。それで、わたしとあまり長々と話すのはおかしいからって、周りの目を気にしてすぐに追い返されてしまったの。そのときに風呂敷包みを渡されたってわけ。それがこれ。中を開けてびっくりしたわ。それで大急ぎでここに来たのよ」
きっとこの調子でお八重の祝言は先になるのだろう。こういうことが大好きなお八重が、嫁に入っても大人しくしているとは思えない。漣太郎も気の毒だ。
「それがこの家系図だったのですね」
興奮するお八重とは反対に、年下のお小夜の方は落ち着き払っている。
「そうよ。わざわざこれをわたしに持たせるくらいだもの、何かを言いたかったのよ。そうでなければ狐杜がわたしたちに何かを伝えようとしていたんだわ」
「狐杜じゃねえな。そのお鈴って子だろう。狐杜は家系図なんか知らねえだろうから」
「だとしたら、お八重さんかその背後にいるはずの月守さまに、お鈴さんがこの家系図を見せたかったという事ですね。つまり家系図の読み方がわかる人に読んで欲しかった。裏を返すと、この家系図に重大なことが書かれているという事です」
お小夜の冷静な解析に一同の動きが止まる。
「ねえ、わたしたち『おなご謎解き三人衆』の中で、お小夜ちゃんが一番冴えているんじゃなくて?」
「そうだねぇ」
「でもわたしは家系図の見方がわかりませぬゆえ」
「簡単よ。じゃ、これから『八重の家系図の見方講座』、はじまりはじまり~」
お八重以外の三人は反射的に拍手した。
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