柿ノ木川話譚1・狐杜の巻

如月芳美

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第二章 木槿山の章

第43話 協力者4

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「まずはここ見て」
 お八重が適当なところに指を置く。お袖とお小夜が頭を突き合わせる。もちろん与平が割り込む隙などないので、上の方から覗くだけだ。
「こういう二本の線で結ばれているのが夫婦ね。ここはこの家の長男とこっちの次女が夫婦めおとになってるの」
 お八重が一つずつ指しながら説明する。おなご二人はうんうんと頷いているが、与平はなんだかよくわからない。
「で、この二人からぶら下がってる四人は子供たち。長女は嫁に出てこっちの家の人と祝言を挙げたのね。次女と三女はお嫁に行く前に亡くなったのね。それでこの長男が嫁を取って家を継いでる。これが孝平さま。一昨年までの柳澤城主」
「で、孝平さまの子供がこの男の子二人。繁孝さまと勝孝さまってことだね」
 お袖が確認するように言うと「そうそう」とお八重が受ける。
「姫様と若様のお爺様がこの孝平さまね」
 ここで小夜が口を挟んだ。
「繁孝さまの奥方であられるお初の方さま、妹様と兄様がいらっしゃるという事ですね」
「そういうことになるわね。あれ?」
「この妹様、勝孝さまにお嫁入していることになりませんか? お初の方の妹がこの末という方ですよね? そういえば勝孝さまの奥方様はお末の方さまでしたし」
「さすがお小夜ちゃん、柳澤さまのことは詳しいねぇ」
「ええ、わたしはもともと勝孝さまに雇われた間者でしたから」
 一瞬全員の呼吸が止まった。一拍おいて感嘆符が五つくらいつくような叫びが辺りにこだました。
「ちょっ! お小夜、おめえ間者って」
「ええ、わたし勝孝さまに雇われて、姫様の様子を探るために城に女中として入ったんです」
 さり気なくとんでもないことを言っている。お八重に至っては口から泡を吐いて倒れそうだ。
「お八重ちゃん、大丈夫かい」
「無理!」
「おい、お小夜、それちょっと詳しく!」
 周りの騒ぎなど何のその、お小夜は淡々と続ける。
「はい。姫様が襲われて橘さまが行方不明になられる少し前ですけど、わたしは勝孝さまのめいにて姫様のご様子を報告するように仰せつかったのです。それで姫様付きの女中として中に入りました。姫様は心配事がおありのようで近ごろ眠れないと仰せでしたゆえそのまま勝孝様にお伝えしましたところ眠り薬を持たされたのですけれど、橘さまに見つかってしまいました」
「それでそれで?」
 お八重とお袖が食い付かんばかりにお小夜に迫っているが、ふと気づいてみれば与平も一緒になって参加していた。
「姫様が眠れないと仰せなので眠り薬を入れたと申し上げましたところ、橘さまが『これは致死量です』と仰せになって。わたしは知らなかったので恐ろしくなったのです。なんということをしてしまうところだったのかと思い、ここでわたしを殺してくださいと橘さまにお願いしたのです。そしたら」
「そしたら?」
「橘さまが『知らずに働かされていたのならそなたに罪はない』と。それで『しくじって戻ればそなたは殺される。それが殺し屋の世界だ』と仰せになって」
「なんで殺し屋の世界のことを橘さまが知ってるんだよ!」
「うるさい、与平は茶々入れない! はい、お小夜ちゃん続き!」
 おなご怖い……などと言おうもんならもっと怖いことになるので、与平は黙る。ひたすら黙る。
「でもわたしは他に戻るところもございませんでした」
「どうして助かったの?」
「その時に橘さまが『ここで働けば良い』と言ってくださったのでございます。あろうことかわたしが毒殺しようとしていた姫様の身の回りの世話を仰せつかりました」
「本気かよ……橘ってヤツ、いかれてるぜ」
 みんなが信じられないとばかりに首を振る中で、お小夜は静かに続けた。
「ですが、私が姫様の身の回りのお世話をするということは、常に橘さまの目が近くにあるという事です。橘さまは姫様とわたしを同時に守ってくださったのです」
 ――なんだそれすげえカッコいいじゃん!
「どうしてそんな危険な仕事を請け負ったのかと聞かれました。日々の食べ物に困っていて弟に食べさせてやらねばならないと答えたのでございます。それを聞いて橘さまが一人で置いてけぼりになっている弟を城に呼び寄せて、庭師見習いとして置いてくださったのでございます」
「それが喜助なんだね」
「さようでございます」
 なるほど、道理でお小夜は歩くときに足音を立てない。気配に敏感だ。気の回りも早い。そういうことだったのかと納得するような空気が三人の間に流れた。
「わたしが失敗したから、勝孝さまは強引な手段に出たのです。夕暮れ時に忍を放って姫様を暗殺せんと。しかし、橘さまが立ちはだかられ……それから橘さまが行方知れずになったのでございます」
 この若さでかなりの経験をしている。もちろんお八重も大店の娘として普通のおなごとはずいぶん違った生き方をしているだろうが、これはこれでかなり特殊と言えるだろう。
 それを言ってしまえば、狐杜だって姫様と間違えられてかどわかされるなど、普通では体験できないようなことが身に降りかかってはいるのだが。
「ですからわたしはこれから先の人生は、姫様と橘さまのために捧げるつもりなのです……って、いやだ、わたしの話なんかどうでも良かったですね。家系図を解読しなければ」
「いや、全然、どうでも良くなんかないわよ。お小夜ちゃんの話が聞けて良かったわ。これからはわたしもついているわよ。だってわたしたち、同志だもの!」
 そういえば『おなご謎解き三人衆』という名前があったようだ。
「でも家系図から一体何がわかるんだろうねぇ。さっきの話だとお初とお末の姉妹がそれぞれ繁孝と勝孝の兄弟のところへ嫁に行った、それくらいしかわからないよ?」
「でもお袖さん、これ気にならない? 勝宜さまには姉がいるわ。『捨』って書いてあるでしょ?」
 赤子が十日生き延びるのは至難の業だ。その為、生まれてもしばらくは名前を付けず『捨』とすることが多い。この子もきっとそんな子だったのだろう。
「ここから一体何を読み取ったらいいのかしら。勝宜さまには姉がいたけど亡くなってる。その母、お末の方は勝孝さまの奥方で、この方も亡くなってる。お初の方さまはご健在だけど、繁孝さまは亡くなってるわね」
「なーんか勝孝さまの回りの人、どんどん亡くなってくねぇ」
「ほんとだな、勝孝の父、勝孝の兄、勝孝の長女、勝孝の奥方」
 縁起の悪い方向に流れた話の筋をお小夜が戻す。
「そういえば勝孝さまは兄弟姉妹で夫婦になられているので、若様は勝宜さまの幼いころによく似ていると御家老様が仰せでした」
「ああ、従兄弟だもんな」
「あとはこの家系図からわかることは……もっとさかのぼってみないとわからないのかしら?」
「そもそもそのお初とお末の姉妹はどこから来たんだい?」
 お袖の一言に三人の声が「あ」と揃った。
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