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第九章 風
第三十四話
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「なんでお前さんがいるんだい」
「悠さんが来そうだったからに決まってるじゃないのさ、もう、いけずぅ」
琴次はそう言ってしなを作って小指の爪を噛んだ。
「でも今日はお前さんに用事じゃないんだよ」
「そんなイケズな悠さんもたまんないね」
三郎太が小声で「結局何しても好きなんじゃねえか」などとぼそぼそ言っている。
「それで、今日は二人してどうした?」
二人は勝五郎から受け取った麦湯で口を潤してから顔を見合わせた。三郎太が目で「悠さん話してくれ」と言っている。仕方なく悠は口を開いた。
「まずは一つ目。七篠先生の仕入れ先は甚六さんのところだよ」
「どっからの情報だ?」
「あすこに決まってるじゃないのさ」
勝五郎が「あー、あすこかい」と納得し、琴次が「えーっ、どこだい、教えとくれよ」としなだれかかる。
「七篠先生は、甚六さんが松清堂にいるころからの知り合いで、その頃にはもう甚六さんから仕入れていたそうだよ。だから松清堂が燃えちまって暗黒斎先生が困っているんで七篠先生が甚六さんを紹介したらしいねぇ」
「なんで七篠先生は甚六さんと知り合いだったんだ?」
「それがわからないらしいんだよ。まあ、わからないもんは仕方ないねぇ」
「そうか、彼女でもわからんか」
琴次の眉がピクリと動いた。
「彼女? 悠さん、女がいるのね?」
勝五郎が頭を抱えて顔の前で手を合わせた。だが悠はそんな事お構いなしだ。
「そりゃそうさ。柏原の半分は女じゃないのさ」
「想い人なのね!」
「想い人はお清にしのぶにお恵に……」
「七歳に九歳に十歳だな」と勝五郎の合いの手が入る。
「子供ばっかりじゃないのさ。大人の女を見ておくれよ」
「おめえは男じゃねえか」
勝五郎と琴次のやりとりを悠は他人事のように茶をすすりながら聞いている。
「で、もう一つは?」
なぜか琴次がワクワクした顔で聞いてくる。やっと話題が元に戻ってきたようだ。
「甚六さんちの畑さ。これはついさっき三郎太の兄さんと一緒にお恵ちゃんから聞いたんだけどね。とても家族総出でも採りきれないほどの面積の罌粟畑があるようなのさ」
「そんなにたくさん罌粟なんか作ってどうすんのさぁ」と琴次が上目遣いに悠を見る。そんじょそこらの女よりよっぽど色気があって、三郎太などはドキリとさせられる。これに絡まれても微動だにしない悠の神経はどうなっているんだろうかと、三郎太はたまに心配になる。でもまあ、色気だけの話をすれば悠の方がずっと上を行っているわけだから、相手にならないのかもしれない。
女を片っ端から無意識に落としまくっている男が幼女趣味で、その男に恋をしているのがオカマなのだから世も末だ。そして自分は髪が薄いと来ている。神様はいろいろ不公平だと三郎太は思う。
「罌粟ってのはアヘンの材料になるのさ」
琴次はピンと来ていないようである。それまで腕を組んで黙っていた勝五郎が補足を入れた。
「アヘンを吸うとこの世の天国みたいな心持になるそうだ。だからもう一度それを体験したくて二度目に手を出す。その頃はもう中毒だ。一度アヘン中毒になると離脱症状が酷い。アヘンが切れると、頭痛、吐き気、倦怠感、食欲不振、しまいにゃ飯を受け付けなくなって、骨と皮だけになって死ぬって運命よ。だから医者もほんのちょとだけ麻酔に使うだけなのさ」
それをまた悠が引き継いだ。
「中毒になったらアヘンがどんなに高くても買わないわけにはいかなくなっちまうんだ。それが何か大口の顧客でも手に入れたのか、今年からケシ畑を広くしたらしいんだよ。その顧客が例のウマシカ兄弟を雇ったやつで、その仲介人は甚六さんにアヘンを作らせ、他にも仕入れ先を広げようとして七篠先生に仕入れ先を聞こうとしてたんだ」
「じゃあその顧客をはっきりさせるのが最優先だな」
「ウマシカ兄弟に囮になって貰いましょうかね」
「いや、それこそ殺されるんじゃねえか」
「二人の警護に栄吉さんと琴次を付けましょう」
「嫌だよ、あたしゃ喧嘩はしないんだ。オカマにはオカマの美学ってもんがあるのよ」
「おめえは立ってりゃあそれでいいんだよ。ほとんど栄吉さんが片づける。琴次は逃げ道を塞ぐように立っていれば、そっちに逃げるバカはいねえ」
「案山子みたいなものでいいのかしら」
「おう、それでいい。随分筋骨隆々な案山子だけどな」
「まずはウマシカ兄弟を呼んでこないとねえ」
「おいらがひとっ走り探してくるぜ。おいらの足は鉄砲の玉より速ええんだ」
言うなり三郎太は出て行った。
「悠さんが来そうだったからに決まってるじゃないのさ、もう、いけずぅ」
琴次はそう言ってしなを作って小指の爪を噛んだ。
「でも今日はお前さんに用事じゃないんだよ」
「そんなイケズな悠さんもたまんないね」
三郎太が小声で「結局何しても好きなんじゃねえか」などとぼそぼそ言っている。
「それで、今日は二人してどうした?」
二人は勝五郎から受け取った麦湯で口を潤してから顔を見合わせた。三郎太が目で「悠さん話してくれ」と言っている。仕方なく悠は口を開いた。
「まずは一つ目。七篠先生の仕入れ先は甚六さんのところだよ」
「どっからの情報だ?」
「あすこに決まってるじゃないのさ」
勝五郎が「あー、あすこかい」と納得し、琴次が「えーっ、どこだい、教えとくれよ」としなだれかかる。
「七篠先生は、甚六さんが松清堂にいるころからの知り合いで、その頃にはもう甚六さんから仕入れていたそうだよ。だから松清堂が燃えちまって暗黒斎先生が困っているんで七篠先生が甚六さんを紹介したらしいねぇ」
「なんで七篠先生は甚六さんと知り合いだったんだ?」
「それがわからないらしいんだよ。まあ、わからないもんは仕方ないねぇ」
「そうか、彼女でもわからんか」
琴次の眉がピクリと動いた。
「彼女? 悠さん、女がいるのね?」
勝五郎が頭を抱えて顔の前で手を合わせた。だが悠はそんな事お構いなしだ。
「そりゃそうさ。柏原の半分は女じゃないのさ」
「想い人なのね!」
「想い人はお清にしのぶにお恵に……」
「七歳に九歳に十歳だな」と勝五郎の合いの手が入る。
「子供ばっかりじゃないのさ。大人の女を見ておくれよ」
「おめえは男じゃねえか」
勝五郎と琴次のやりとりを悠は他人事のように茶をすすりながら聞いている。
「で、もう一つは?」
なぜか琴次がワクワクした顔で聞いてくる。やっと話題が元に戻ってきたようだ。
「甚六さんちの畑さ。これはついさっき三郎太の兄さんと一緒にお恵ちゃんから聞いたんだけどね。とても家族総出でも採りきれないほどの面積の罌粟畑があるようなのさ」
「そんなにたくさん罌粟なんか作ってどうすんのさぁ」と琴次が上目遣いに悠を見る。そんじょそこらの女よりよっぽど色気があって、三郎太などはドキリとさせられる。これに絡まれても微動だにしない悠の神経はどうなっているんだろうかと、三郎太はたまに心配になる。でもまあ、色気だけの話をすれば悠の方がずっと上を行っているわけだから、相手にならないのかもしれない。
女を片っ端から無意識に落としまくっている男が幼女趣味で、その男に恋をしているのがオカマなのだから世も末だ。そして自分は髪が薄いと来ている。神様はいろいろ不公平だと三郎太は思う。
「罌粟ってのはアヘンの材料になるのさ」
琴次はピンと来ていないようである。それまで腕を組んで黙っていた勝五郎が補足を入れた。
「アヘンを吸うとこの世の天国みたいな心持になるそうだ。だからもう一度それを体験したくて二度目に手を出す。その頃はもう中毒だ。一度アヘン中毒になると離脱症状が酷い。アヘンが切れると、頭痛、吐き気、倦怠感、食欲不振、しまいにゃ飯を受け付けなくなって、骨と皮だけになって死ぬって運命よ。だから医者もほんのちょとだけ麻酔に使うだけなのさ」
それをまた悠が引き継いだ。
「中毒になったらアヘンがどんなに高くても買わないわけにはいかなくなっちまうんだ。それが何か大口の顧客でも手に入れたのか、今年からケシ畑を広くしたらしいんだよ。その顧客が例のウマシカ兄弟を雇ったやつで、その仲介人は甚六さんにアヘンを作らせ、他にも仕入れ先を広げようとして七篠先生に仕入れ先を聞こうとしてたんだ」
「じゃあその顧客をはっきりさせるのが最優先だな」
「ウマシカ兄弟に囮になって貰いましょうかね」
「いや、それこそ殺されるんじゃねえか」
「二人の警護に栄吉さんと琴次を付けましょう」
「嫌だよ、あたしゃ喧嘩はしないんだ。オカマにはオカマの美学ってもんがあるのよ」
「おめえは立ってりゃあそれでいいんだよ。ほとんど栄吉さんが片づける。琴次は逃げ道を塞ぐように立っていれば、そっちに逃げるバカはいねえ」
「案山子みたいなものでいいのかしら」
「おう、それでいい。随分筋骨隆々な案山子だけどな」
「まずはウマシカ兄弟を呼んでこないとねえ」
「おいらがひとっ走り探してくるぜ。おいらの足は鉄砲の玉より速ええんだ」
言うなり三郎太は出て行った。
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