36 / 48
第十章 囮
第三十六話
しおりを挟む
驚いたことに三人のゴロツキは柿ノ木川へと向かった。これは街道を進むことになるぞ、と枝鳴長屋の三人が思った時、ゴロツキどもは左へ逸れた。川下、つまり楢岡の方へと向かう気だ。
栄吉は気配を消し、悠は身を隠しながら、三郎太は道の真ん中を堂々と歩いた。これなら三郎太が目立って他の二人の存在が消せる。
やがて楢岡の一本松が見えてきた。悠は少々警戒したが、ゴロツキどもが七篠先生のところへ向かうことはなかった。まっすぐ街中を目指している。
そのまま彼らは楢岡の町を過ぎ、潮崎の町へと向かった。どうやら黒幕は潮崎にいるらしい。
「なんだか黒幕はいつも潮崎だな」と悠は思う。その反面、柏原や楢岡じゃ町自体が小さすぎて大きな悪事に発展しないのだろうというのもわかる気がする。
それと同時に、平和な柏原に住みながらわざわざ悪事に首を突っ込む自分にも笑ってしまう。それもこれも恐らく初恋であっただろう女、佐倉奈津……いや、蜜柑太夫との人生をかけた固い誓いがあったからこそだ。
「女は幼女がいちばんさ」悠はこっそりと声に出して言った。
しばらく歩いてゴロツキの三人は潮崎で一軒の店に入って行った。そのころにはもう既に栄吉がどこに潜んでいるのか三郎太と悠にはわからなかった。
「あれは賭博屋だね」
「悠さん、なんでそんなのがわかるんだい」
「見てごらん、出てくる連中がみんなしけた顔してる。金を摩っちまったからさ。買ってるお人はまだ中でやってるんだ。負けた人は金が無いからああして帰るしかない」
「へ~え、よく見てるね。恐れ入り谷の鬼子母神だ」
「じゃ、ちょいと乗り込んで来るかね」
悠が向かおうとするのを三郎太が全力で引き留めた。
「待て待て待て。行ってどうするんだよ。おいらには何がなんきん茄子カボチャでぃ」
「なぁに、様子を見て来るだけさ。兄さんはここで見張っててくれるかい? どこから見ても博打うちには見えないからね。あたしは小金持ちの馬鹿旦那の役だけは得意なんだ」
そう言えば凍夜の仲間のしのぶを取り返したときも、栄吉さんと二人で馬鹿旦那と番頭さんの役を完璧に演じてたと言っていた。などと三郎太が考えている間に悠はとっとと店に入って行った。
行っちまったよ、どうしよう……と思っていると、いきなり背後からドスの利いた声で「おい」と声をかけられた。三郎太は飛び上がるほど驚いたが、冷静に考えてみれば栄吉が離れてついて来ていたんだったと思いだした。
「もう、驚かさないでくれよ、びっくり下谷の広徳寺じゃねえか」
「悠が勝ったら仕事だぜ」
「へ?」
「あいつ賭博場だって言ってただろう」
「ああ、まあそうだけど」
「悠は博打うちに行ったんだ。そこで勝てばあっしらの出番だ」
「だからなんでおいらたちの出番なんだよ」
「そん時になりゃわかる。普通に考えたら一刻。悠の野郎が上手くやれば半刻でカタが付く。とにかくおめえは俺の言うとおりにしろ」
「なんだかわかんねえけど合点承知の助でぃ」
それから半刻、栄吉の予想通り、悠が出てきた。三郎太が駆け寄ろうとするのを栄吉が止める。
「悠があっしらを探していねぇ。ってことは芝居を続けてるんだ。邪魔すんじゃねえ」
懐手に出てきた悠は涼しい顔で歩いている。いつもよりゆっくり目だ。まるで誰かを待っているような。
待っていたらしい相手はすぐに店から小走りに出てきて悠をつかまえた。悠は待っていたくせに初めて気づいたように驚いて見せている。とんでもない役者だ。
相手はどこかの店の番頭のように手揉みをしながらぺこぺこと何度も小さく頭を下げて悠に何かを話しかけている。
栄吉が小声で「悠、乗れ」と独り言を言うのを聞いて三郎太は「何に?」と聞く。
「悠が博打で勝ちまくってそれなりの金を持っている。そこに良い話を持って来たんだよあのおっさんは。その話にうまく乗れば黒幕がわかる。悠のことだ、最初っから計算済みだ。見てろ、話に乗ったふりをするぜ」
案の定、悠はその男と一言二言話すと、男の方が案内する形で先に立った。悠がチラリと二人に視線を投げかける。栄吉は目顔で答えると「尾けるぞ」と言った。
「つ、つける?」
「おめえが先に行け。あっしはおめえと少し離れて歩く」
「合点承知の助だ」
さきほどのぺこぺこしていた男はまだ悠に対してぺこぺこしている。よほどの上客……つまり博打で買ったのだろう。どうなっているのかよくわからないが、そういうことに関しては悠は天才的だ。まず外さない。
少し歩くと柿ノ木川に出てそこに屋形船が停泊しているのが見えた。ほかにも乗客がいるのか、何人かが船に乗ろうとしている。そのとき、船の入り口で金を払っているのが見えた。
三郎太が栄吉を振り返った。栄吉は「いいから見とけ」という顔をした。どの客も払っている金は同じ、たったの一枚だ。ただし黄金色に光る一両小判だった。
あんな大金悠さんが持ってるわけが……まで考えて三郎太は気づいた。そうか、だからそのために賭博場へ入ったんだ。そして当たり前のように勝って、小判を手にしたのだ。
しかし、乗るだけで小判一枚とは、いったいどんな豪華料理と酒が。あとは女か。ぼったくり甚だしいな、と怒っていると、栄吉が近づいて来てボソリと言った。
「一番の商品はアヘンだぜ」
「へ? じゃあ悠さんは中毒患者になっちまう」
「大丈夫だ、悠ならアヘンを詰めたふりをしてただの刻みでも詰めておくだろう。とにかくあの船がどこまで行くか、追うぞ」
「浜の真砂と悪人の種は尽きねえな」
屋形船は出発し、二人は尾行を開始した。
栄吉は気配を消し、悠は身を隠しながら、三郎太は道の真ん中を堂々と歩いた。これなら三郎太が目立って他の二人の存在が消せる。
やがて楢岡の一本松が見えてきた。悠は少々警戒したが、ゴロツキどもが七篠先生のところへ向かうことはなかった。まっすぐ街中を目指している。
そのまま彼らは楢岡の町を過ぎ、潮崎の町へと向かった。どうやら黒幕は潮崎にいるらしい。
「なんだか黒幕はいつも潮崎だな」と悠は思う。その反面、柏原や楢岡じゃ町自体が小さすぎて大きな悪事に発展しないのだろうというのもわかる気がする。
それと同時に、平和な柏原に住みながらわざわざ悪事に首を突っ込む自分にも笑ってしまう。それもこれも恐らく初恋であっただろう女、佐倉奈津……いや、蜜柑太夫との人生をかけた固い誓いがあったからこそだ。
「女は幼女がいちばんさ」悠はこっそりと声に出して言った。
しばらく歩いてゴロツキの三人は潮崎で一軒の店に入って行った。そのころにはもう既に栄吉がどこに潜んでいるのか三郎太と悠にはわからなかった。
「あれは賭博屋だね」
「悠さん、なんでそんなのがわかるんだい」
「見てごらん、出てくる連中がみんなしけた顔してる。金を摩っちまったからさ。買ってるお人はまだ中でやってるんだ。負けた人は金が無いからああして帰るしかない」
「へ~え、よく見てるね。恐れ入り谷の鬼子母神だ」
「じゃ、ちょいと乗り込んで来るかね」
悠が向かおうとするのを三郎太が全力で引き留めた。
「待て待て待て。行ってどうするんだよ。おいらには何がなんきん茄子カボチャでぃ」
「なぁに、様子を見て来るだけさ。兄さんはここで見張っててくれるかい? どこから見ても博打うちには見えないからね。あたしは小金持ちの馬鹿旦那の役だけは得意なんだ」
そう言えば凍夜の仲間のしのぶを取り返したときも、栄吉さんと二人で馬鹿旦那と番頭さんの役を完璧に演じてたと言っていた。などと三郎太が考えている間に悠はとっとと店に入って行った。
行っちまったよ、どうしよう……と思っていると、いきなり背後からドスの利いた声で「おい」と声をかけられた。三郎太は飛び上がるほど驚いたが、冷静に考えてみれば栄吉が離れてついて来ていたんだったと思いだした。
「もう、驚かさないでくれよ、びっくり下谷の広徳寺じゃねえか」
「悠が勝ったら仕事だぜ」
「へ?」
「あいつ賭博場だって言ってただろう」
「ああ、まあそうだけど」
「悠は博打うちに行ったんだ。そこで勝てばあっしらの出番だ」
「だからなんでおいらたちの出番なんだよ」
「そん時になりゃわかる。普通に考えたら一刻。悠の野郎が上手くやれば半刻でカタが付く。とにかくおめえは俺の言うとおりにしろ」
「なんだかわかんねえけど合点承知の助でぃ」
それから半刻、栄吉の予想通り、悠が出てきた。三郎太が駆け寄ろうとするのを栄吉が止める。
「悠があっしらを探していねぇ。ってことは芝居を続けてるんだ。邪魔すんじゃねえ」
懐手に出てきた悠は涼しい顔で歩いている。いつもよりゆっくり目だ。まるで誰かを待っているような。
待っていたらしい相手はすぐに店から小走りに出てきて悠をつかまえた。悠は待っていたくせに初めて気づいたように驚いて見せている。とんでもない役者だ。
相手はどこかの店の番頭のように手揉みをしながらぺこぺこと何度も小さく頭を下げて悠に何かを話しかけている。
栄吉が小声で「悠、乗れ」と独り言を言うのを聞いて三郎太は「何に?」と聞く。
「悠が博打で勝ちまくってそれなりの金を持っている。そこに良い話を持って来たんだよあのおっさんは。その話にうまく乗れば黒幕がわかる。悠のことだ、最初っから計算済みだ。見てろ、話に乗ったふりをするぜ」
案の定、悠はその男と一言二言話すと、男の方が案内する形で先に立った。悠がチラリと二人に視線を投げかける。栄吉は目顔で答えると「尾けるぞ」と言った。
「つ、つける?」
「おめえが先に行け。あっしはおめえと少し離れて歩く」
「合点承知の助だ」
さきほどのぺこぺこしていた男はまだ悠に対してぺこぺこしている。よほどの上客……つまり博打で買ったのだろう。どうなっているのかよくわからないが、そういうことに関しては悠は天才的だ。まず外さない。
少し歩くと柿ノ木川に出てそこに屋形船が停泊しているのが見えた。ほかにも乗客がいるのか、何人かが船に乗ろうとしている。そのとき、船の入り口で金を払っているのが見えた。
三郎太が栄吉を振り返った。栄吉は「いいから見とけ」という顔をした。どの客も払っている金は同じ、たったの一枚だ。ただし黄金色に光る一両小判だった。
あんな大金悠さんが持ってるわけが……まで考えて三郎太は気づいた。そうか、だからそのために賭博場へ入ったんだ。そして当たり前のように勝って、小判を手にしたのだ。
しかし、乗るだけで小判一枚とは、いったいどんな豪華料理と酒が。あとは女か。ぼったくり甚だしいな、と怒っていると、栄吉が近づいて来てボソリと言った。
「一番の商品はアヘンだぜ」
「へ? じゃあ悠さんは中毒患者になっちまう」
「大丈夫だ、悠ならアヘンを詰めたふりをしてただの刻みでも詰めておくだろう。とにかくあの船がどこまで行くか、追うぞ」
「浜の真砂と悪人の種は尽きねえな」
屋形船は出発し、二人は尾行を開始した。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な天才外科医と惨めな過去を引きずる女子大生の愛情物語。先生っひどすぎるぅ〜涙
高野マキ
キャラ文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる