42 / 55
第42話 基本のところでエビ
しおりを挟む
昨夜も全く『ヨメたぬき』に手を付けられなかった。俺は作家としては失格だ。個人的な都合で改稿が滞るなんて、どれだけメンタル弱いんだ。こんな時、プロの人たちはどうやって切り替えているんだろう。
溜息をつきながら天丼をちびちび食べていると、ふと俺の横に誰かがトレイを置いた。
「ここいい?」
「どうぞ」
断ったこと無いじゃんとは思うが、中村さんは毎回そう言って俺の隣に座ることで、自分が来たことを地味にアピールするのだ。今日はエビ炒飯+ラーメン大盛りか、よくこんなに食えるな。
「どうしたよ。世界中の不幸を一身に背負ったような顔して」
「あー、まあ、そんな気分ですね」
めんどくさいんで適当に返事をしておく。しかし、この中村と言う人は変なとこ妙に敏感で困る。
「カノジョに振られた?」
「そーゆーこと言いますかね」
「ビンゴかよ。まあ、女なんてナンボでもいるだろ? 全人類の半数は女だ」
あんたと俺は別の種類の生き物なんだと訴えたところで、ラーメンを勢いよくすするこの男には全く響くこともないだろう。
「まあ、あれだろ。お前のセックスが死ぬほど下手とか」
「んなことしませんよ」
「うっそ、マジで? フツー会ったその日にだろ?」
あんた絶対に俺と同じ種類の生き物じゃない。今確信した。
「じゃあ、キスがありえねーほど下手とか」
うるさいなー、いちいち図星指してくんな。
「ってのは冗談でさ、お前の頭が固すぎて愛想尽かされたってとこだろ」
——あたしは理論派の君と違って矛盾だらけなの。いじわる!——
「そうかもしれません」
「あーあ、お前女の扱いってもんを全く分かって無さそうだもんな。女ってのはな、右脳で生きてんだよ。理屈じゃないの、感情。彼女の小さなミスを理路整然と解説したりしてねーだろうな?」
だからいちいち図星だって。
「やっちゃいましたよ、それ」
「あーあ、やっぱりな。女は七つ褒めて、二つ焦らして、一つ意地悪するくらいでちょうどいいんだよ」
エビ炒飯を豪快にかき込んでいる中村さんを尻目に、俺もちびちびとエビ天に箸をつける。
「エビ炒飯のエビと、天丼のエビって、同じですかね」
「は? 同じわけねーだろ」
「女性だってみんな同じじゃないですよ」
「そりゃそうだよ。でも基本のところで女は女だからな。基本のところでエビってのと一緒」
意味わかんねえ。いや、わかってる。考えたくないだけだ。あの迷惑女とアイさんが同じ種類の生き物だと思いたくない。だけどやってることは確かに同じだ。
「とにかく元気出せ。……つっても無理だわな。まぁ、仕事は手ぇ抜くなよ。じゃ、俺はこれから商談あるから、お先!」
「行ってらっしゃい」
中村さんはあれだけ喋ってもエビ炒飯とラーメン大盛りをこの短時間で平らげてさっさと席を立ってしまった。俺はまだ半分も食ってない。何やってんだ、まずはちゃんと飯を食おう。天丼に失礼と言うものだ。
と思った矢先、LINEの着信音が響いた。アイさんだ!
▷決めました。八雲君に迷惑はかけられません。
▷でも一晩考えて、八雲君のいない生活なんて考えられないと思ったの。だから覚悟を決めました。
▷本気で書きます。本物の作家さんとコラボするんだもん、一緒にやるからには、もうあたしは甘えた子供でも仮想恋人でもいられない。何が何でも一人で立たないと。
▷だけどすぐに変えることなんかできないから、一人でジタバタもがいてるだろうけど、君はもう厳しくても冷たくてもいいの。変わらなきゃいけないのはあたしの方だ。
▷ちゃんと決心したから、改めて相棒としてよろしくお願いします。
本当か? アイさん、戻って来てくれるのか?
▷あたしのことだから、きっとまた落ち込んで部屋の隅っこでいじけたりすると思うの。でもね、約束はちゃんと守るから。舞と伊織、ちゃんと完結させるから。八雲君が何を言ってもちゃんと受け止めるから。
◀わかりました。では私も本気で取り組みます。改めてよろしくお願いします。
俺は感無量の体で返信した。
アイさんが帰ってきた。『I my me mine』の続きが書ける。今夜は安心して『ヨメたぬき』の改稿ができる!
▷ありがとう。まずは『笹川流れ』読んで欲しいの。
◀読みましたよ。すぐにでもアップできます。
▷早っ! にゃー、嬉しい。なかなか読んで貰えなかったもんなぁ。
ああ、アイさんだ。この「にゃー」がアイさんだ。帰ってきた。
◀とっくに読んでましたよ。アイさんの覚悟がわからなかったので、読めませんと言っていただけです。
▷いじわるー!
◀読んでいないふりをするのも大変なんですよ。
▷ありがと。もうすぐお昼休み終わるね。『笹川流れ』の次の『お茶会デート』の下書き送っておきます。夜にでも読んでくださいにゃ。
◀了解。ではまた。
▷またね。八雲君大好き、ちゅっ♡
俺は天丼の残り半分を平らげて、先程までとは別人のように晴れやかな顔でデスクに戻った。……その下書きでまた問題が起こるとも知らずに。
溜息をつきながら天丼をちびちび食べていると、ふと俺の横に誰かがトレイを置いた。
「ここいい?」
「どうぞ」
断ったこと無いじゃんとは思うが、中村さんは毎回そう言って俺の隣に座ることで、自分が来たことを地味にアピールするのだ。今日はエビ炒飯+ラーメン大盛りか、よくこんなに食えるな。
「どうしたよ。世界中の不幸を一身に背負ったような顔して」
「あー、まあ、そんな気分ですね」
めんどくさいんで適当に返事をしておく。しかし、この中村と言う人は変なとこ妙に敏感で困る。
「カノジョに振られた?」
「そーゆーこと言いますかね」
「ビンゴかよ。まあ、女なんてナンボでもいるだろ? 全人類の半数は女だ」
あんたと俺は別の種類の生き物なんだと訴えたところで、ラーメンを勢いよくすするこの男には全く響くこともないだろう。
「まあ、あれだろ。お前のセックスが死ぬほど下手とか」
「んなことしませんよ」
「うっそ、マジで? フツー会ったその日にだろ?」
あんた絶対に俺と同じ種類の生き物じゃない。今確信した。
「じゃあ、キスがありえねーほど下手とか」
うるさいなー、いちいち図星指してくんな。
「ってのは冗談でさ、お前の頭が固すぎて愛想尽かされたってとこだろ」
——あたしは理論派の君と違って矛盾だらけなの。いじわる!——
「そうかもしれません」
「あーあ、お前女の扱いってもんを全く分かって無さそうだもんな。女ってのはな、右脳で生きてんだよ。理屈じゃないの、感情。彼女の小さなミスを理路整然と解説したりしてねーだろうな?」
だからいちいち図星だって。
「やっちゃいましたよ、それ」
「あーあ、やっぱりな。女は七つ褒めて、二つ焦らして、一つ意地悪するくらいでちょうどいいんだよ」
エビ炒飯を豪快にかき込んでいる中村さんを尻目に、俺もちびちびとエビ天に箸をつける。
「エビ炒飯のエビと、天丼のエビって、同じですかね」
「は? 同じわけねーだろ」
「女性だってみんな同じじゃないですよ」
「そりゃそうだよ。でも基本のところで女は女だからな。基本のところでエビってのと一緒」
意味わかんねえ。いや、わかってる。考えたくないだけだ。あの迷惑女とアイさんが同じ種類の生き物だと思いたくない。だけどやってることは確かに同じだ。
「とにかく元気出せ。……つっても無理だわな。まぁ、仕事は手ぇ抜くなよ。じゃ、俺はこれから商談あるから、お先!」
「行ってらっしゃい」
中村さんはあれだけ喋ってもエビ炒飯とラーメン大盛りをこの短時間で平らげてさっさと席を立ってしまった。俺はまだ半分も食ってない。何やってんだ、まずはちゃんと飯を食おう。天丼に失礼と言うものだ。
と思った矢先、LINEの着信音が響いた。アイさんだ!
▷決めました。八雲君に迷惑はかけられません。
▷でも一晩考えて、八雲君のいない生活なんて考えられないと思ったの。だから覚悟を決めました。
▷本気で書きます。本物の作家さんとコラボするんだもん、一緒にやるからには、もうあたしは甘えた子供でも仮想恋人でもいられない。何が何でも一人で立たないと。
▷だけどすぐに変えることなんかできないから、一人でジタバタもがいてるだろうけど、君はもう厳しくても冷たくてもいいの。変わらなきゃいけないのはあたしの方だ。
▷ちゃんと決心したから、改めて相棒としてよろしくお願いします。
本当か? アイさん、戻って来てくれるのか?
▷あたしのことだから、きっとまた落ち込んで部屋の隅っこでいじけたりすると思うの。でもね、約束はちゃんと守るから。舞と伊織、ちゃんと完結させるから。八雲君が何を言ってもちゃんと受け止めるから。
◀わかりました。では私も本気で取り組みます。改めてよろしくお願いします。
俺は感無量の体で返信した。
アイさんが帰ってきた。『I my me mine』の続きが書ける。今夜は安心して『ヨメたぬき』の改稿ができる!
▷ありがとう。まずは『笹川流れ』読んで欲しいの。
◀読みましたよ。すぐにでもアップできます。
▷早っ! にゃー、嬉しい。なかなか読んで貰えなかったもんなぁ。
ああ、アイさんだ。この「にゃー」がアイさんだ。帰ってきた。
◀とっくに読んでましたよ。アイさんの覚悟がわからなかったので、読めませんと言っていただけです。
▷いじわるー!
◀読んでいないふりをするのも大変なんですよ。
▷ありがと。もうすぐお昼休み終わるね。『笹川流れ』の次の『お茶会デート』の下書き送っておきます。夜にでも読んでくださいにゃ。
◀了解。ではまた。
▷またね。八雲君大好き、ちゅっ♡
俺は天丼の残り半分を平らげて、先程までとは別人のように晴れやかな顔でデスクに戻った。……その下書きでまた問題が起こるとも知らずに。
5
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる