I my me mine

如月芳美

文字の大きさ
43 / 55

第43話 じゃ、無し

しおりを挟む
 お昼のLINEですっかり気を良くした単純な俺は、意気揚々と午後からの仕事をこなして定時ソッコーで帰ってきた。
 いつもならまずは風呂なんだが、今日はアイさんが先だ。風呂が沸くまでの間に『笹川流れ』の次の回の下書きを読むことにした。
 ワクワクしながらファイルを開く。アイさんの最新作を独り占めで読めるのは相棒だけの特権だ。ざま見ろ、って誰に言うでもなく思う自分がいる。いや、待て、特定の誰かに対して優越感を持つのも悪くない。そう、例えば……冬華さんとか。
 冬華さんと夏木さんは一時期アイさんを取り合っていた。夏木さんはそのキャラから言って冗談ぽかったし、アイさんも真面目に相手をしていなかったから別にこれと言う事もないが、冬華さんは筋金入りだ。『ラムネの瓶の色』からわざわざ名前を白群に変えたくらいだ。元の名前なんか、もう思い出せない。
 そして、俺の『ヨメたぬき』書籍化への厭味なほど慇懃無礼なお祝いコメント。俺がアイさんとコラボ始めてから、ずっと敵視しているのがわかる。だが、俺的には「ざまあみろ」だ。

 さて、アイさんの新作だ。『お茶会デート』? そんなものはしていない。そうか、何も二人で実際やったことばかりを書かなくてもいいんだもんな。これはアイさんの完全創作か。
 読んでみて、思わず笑ってしまった。知らぬ間に伊織はお茶をやっている設定になっている。俺、抹茶なんてアイスくらいしか食ったことねえよ。いつの間にお茶を点てられるようになったんだ、俺の分身は。
 その伊織のお茶会に舞が招待されて出かけるという内容だ。そしてお茶会のあと、二人で花火を見に行く。これは鶴見川の花火の事が書かれている。このお茶会と花火を結んでいるのが『浴衣』というキーワード。なるほど、アイさんは二人に浴衣を着せたかったんだな。

 あれ? 待てよ? お茶会って格式のあるものじゃないのか? 浴衣なんて着てっていいのか? 確か浴衣は、和服の中では一番下っ端の方の格じゃなかったか? ちょっとこれは確認した方が良さそうだな。
 幸い兄貴の嫁さんは着付けの先生だ。義姉さんに訊くのが手っ取り早いだろう。

「あ、もしもし、俺、哲也だけど」
「おー、どうした?」
「義姉さん、いる?」
「ああ、いるよ、ちょっと待って。おーい、哲也から電話ー」

 電話の向こうで「え? あたし?」なんて言ってるのが聞こえる。

「もしもし、哲ちゃん?」
「あーごめん、義姉さんちょっと教えて欲しいんだけど」
「ん、なあに?」
「お茶会って浴衣で行ける?」
「え? 浴衣? それは無いそれは無い。お茶会でしょ? 普通は小紋とか色無地とか、ちょっときちんとしたのなら訪問着とか?」
「夏にそういうのって暑くない?」
「夏なら絽とか紗を選べばいいのよ。真夏に濃紺の絽をピシッと着こなしてたりしたら素敵だよー」
「浴衣はありえない?」
「うーん、聞いたこと無いなー。まずお茶室入るときは白足袋履くからね、確実に。あとね、紬の着物は嫌われるよ。畳が傷むから」
「そっか、白足袋か。浴衣に足袋は履かないもんなー」
「でもお茶の方の人に聞いた方がいいと思うよ。最近はカジュアルなお茶会も結構あるみたいだから」
「わかった。そうしてみる。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「それじゃ」
「うん、またねー」

 電話を切って「やっぱりな」と思う。アイさんは知らないんだろうか。
 次は大学時代の友人だ。

「ほいほーい、哲也らねっかさー、どーしたんらてー?」
「な、茶道同好会入ってたよな?」
「うん、なーして?」
「お茶会って、浴衣着て行ってもいいかな?」
「はぁ? いいわけねえこってぇ。フレンチ食べに行くのに穴あきジーンズで行くわけねーろ?」
「行かんわな。んでさ、逆に、浴衣を着て行っても大丈夫なお茶会って考えられる?」
「あー、あんでぇ、そういうのも。公民館とかでやるような、市民向けのお茶会なんかはそれこそジーンズでもOKらねっかさ」
「そういうのじゃなくて、うーん、ちゃんと亭主が居てさ」
「公民館でやったって亭主は居るこてー」
「ああ、そうじゃなくて。どう言ったらいいかな」

 と言いながらも、俺だってアイさんがどういうのをイメージしてるのかを正確に把握しているわけじゃないんだよな。

「じゃあ、でっけえ公園とか、神社とかでやる野点のだては? 茶室にへぇらんすけにじらんし、ベンチに毛氈もうせん敷いてるだけみたいなとこにフツーに座ってお茶飲むだけらっけ。そんなら浴衣で行ってもいんだねっかさー?」

 それだ!

「それ! それで行く! なあ、今なんつった? ノダテ? 何それ」
「野で点てるって書いて野点。お茶会のピクニックバージョンみたいなもんらこて。画像検索してみそ。いっぺ出てっけ雰囲気わかんらねっか?」
「なあ、これなら亭主も浴衣アリ?」
「アリ、アリ!」
「了解、サンキュー! 今日はちょっと急いでるから、また今度な」
「はいよー」

 よし、野点だ! 俺はすぐに画像検索をかけた。
 緑の公園の中に赤い毛氈を敷いた長椅子。真っ赤な傘。Tシャツにジーンズ姿の女性、渋そうな顔をしている子供、杖を横に立てかけて皺くちゃの手にお茶碗を持つおじいちゃん。
 これはいい、まさにこれだ。これなら浴衣でも行ける。そして二人でお茶を楽しんで、その後一緒に花火を見に行く、完璧じゃないか。
 俺は大喜びでLINEを立ち上げた。

◀『お茶会デート』読みました。
◀着物には格があるのはご存知ですか? 浴衣は格で言うと下の方なんです。
◀お茶会はある程度きちんとした場なので浴衣はNGなんです。白足袋を履いて入室が基本なのです。だから普通は小紋や色無地を着ていくものです。
▷にゃ? 浴衣でお茶会はダメなの?
◀普通に考えたらアウトです。フレンチ食べに行くのに、穴あきジーンズで行くようなものらしいです。
▷むうー。じゃあお茶会辞めます。昼間の事は無しにして、夜の花火だけにします。
◀和服が着せたいなら、素材を考えれば浴衣を避けることはできます。
▷いいの。書き直すから。よくわからないのに、何となくお茶会に行かせたかっただけなの。知らない癖に書いてるってバレバレになるからやめる。
▷それより、次の下書きを書いたの。こっちも見てくれる? メールで送るから。

 え……その話、もう終わりなのか?

◀はい。わかりました。
▷もう季節は秋になるの。舞と伊織も進んで行かなくちゃ。あたし、八雲君に認めて貰いたいから頑張るよ。
◀私なんかに認められようとしなくても。
▷一番身近な八雲君に認めて貰えなければ、他の人になんか認められるわけがないもん。じゃ、今から送るね。

 なんで辞めてしまうんだろう、こんな簡単に。それがダメとなったらOKになるように持って行こうとはしないのか。絽や紗の着物で花火に行ってもいいし、浴衣で野点に行っても良かったのに。
 俺はノートにメモした『野点』の文字をぼんやりと眺め、なんとも言えない苛立ちを覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...