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第二章
嫌み1
しおりを挟むシャスナ村から帝都まで他の場所よりも旅路が短いといえる。距離が比較的近いのでそんなに日数は必要としないが、ウィオルたちは余裕を持って村を出た。そしてこの決定を幸いに思うことになる。
旅路の途中でギルデウスがまた意識のない状態で目を覚ましたため、負傷したレクターの治療で日程が遅れてしまった。
帝都に到着する頃、すでに懇親会の前日だった。ただ、レクターの頭部の傷はまだ完治してない。
「レクター、大丈夫か?」
馬に乗ったウィオルが聞くと、レクターはレオンの背中にもたれかかったまま「うぅ」と呻いた。
大丈夫じゃなさそうだな。
駐屯所にある馬はたった3匹だけなので、ウィオルは
アルバートと、レオンはレクターと、ギルデウスはひとりで乗っていた。
道のりは今のどころまだ順調である。これ以上何も起こらなければいいが。
帝都へと入る関門が見えてきたところでレクターが急に元気になる。
「守備の兵士がいっぱいだ!何あれ、何かお祭り!?」
関門の前で槍を持った兵士が6人ほどいる。通常は3人ほどだが、懇親会で入ってくる人が多いため、増えたと思われる。
「いや、ただ懇親会に参加する者に混じって不要な人物を防ぐためだ。最近は薬物で色々騒がれているだろ」
「なるほど!」
「言っておくが、あれが普通だ」
聞いているのか聞いていないのかレクターは輝かせた目で見ていた。
関門を通る列に並び、馬を降りるとウィオルはギルデウスのそばに来た。
「くれぐれも何かしようなんて考えないでくれ」
「眠い」
「ダメだ!ここで寝てしまえば必ず叩き起こされる!」
無理やり起こされたギルデウスが何をしでかすか考えなくてもわかる。一番近い例がすぐ近くにいる。
興奮しすぎたのかレクターが、いたた、と頭部の負傷を押さえた。
関門では招待所を見せたことですんなりと通ることができた。
招待状と一緒に入っていた手紙ではあらかじめ準備したという宿を探し、レクターは帝都珍しさにはしゃぎ、ぼうだいにこけてしまった。
そして宿に到着すると、たまたま通りかかった懇親会に参加する他方の騎士に見られ、レクターの全身の惨状を目にして笑っていた。
「気にするな、レクター」
「ウィオルゥ、お腹すいた……」
はなから気にしてないみたい。ウィオルはそれに対して安心した。だが、アルバートとレオンはさっき笑って通り過ぎて行った騎士たちの方向をにらんで、招待状を確認した。
「あいつらは同じ宿じゃねぇってことはシャスナとは別方向だな」
「ここにある特別競技、乗馬技術を競う項目あるな」
「「ぶっ潰す」」
どうやら帝都に来たことで特別な仲間意識が芽生えたらしい。シャスナにいる時は、何かあると一番笑っていたのがアルバートたちである。レオンなんてそんなアルバートたちを透明人間扱いしていた。
ウィオルたちは荷物を置き終わると宿で食事をとり、その後は一緒に街へ出かけた。
アルバートは「酒ぇ!」と叫んで酒場に行ってしまった。
酔わないと言っていたが、たぶん酔って帰ってくる。
レオンにいたっては宿のベッドにつくなり疲れたと言って寝てしまった。
ウィオルは帝都に対して土地勘があるため、レクターとギルデウスの案内役となり、街を回ることにした。
見たことないお菓子や人の多さ、騒々しくも繁華した様子にレクターは終始目を輝かせた。一方でギルデウスはまったく興味がないというように露店や建物に目もくれない。
「俺、初めて帝都に来たから、心配したけどウィオルがいてくれて本当によかった!」
レクターは露店などで買った菓子類やパン類の紙袋を抱えて満面の笑みをもらしている。
「楽しんでもらえたようでよかった。懇親会は合計7日間開催されるから、たくさん楽しむといい」
「うん!そうする!」
だが、おい、と低い声にレクターはビクッとしてウィオルの後ろに隠れた。
ギルデウスが前を見ながら言う。
「翼竜騎士みたいなのが来たぞ」
見ると、前方から藍色の騎士服を着た騎士たちが3人ほどいる。ウィオルたちも騎士の服装なためか、3人は向かってきた。うちのひとりが口を開く。
「お前たちは懇親会に参加するのか?」
「はい」
「どこから来た?」
「シャスナ村です」
すると3人はお互い顔を見合わせてぷっと笑い出した。
「だろうと思ったよ。3人ともぼうと突っ立てるし、こっちにいたっては眼帯の下に目隠し?病気か?」
「田舎くさいって言っただろ?」
「シャスナってどこだよ!」
3人が大声で笑い出した。ウィオルは隣でとんでもないドス黒い気配を感じた。
「ギ、ギルデウス、抑えて、な?」
「………」
ダメだ。無言だ。怒っているなこれは。
「見ろよ、怖がって声も出ないらしい!」
「まあ、お前たちみたいなど田舎から来た者には珍しいかもな。翼竜騎士なんて雲の上の存在だろ。わかるぞ、その気持ち」
「懇親会は翼竜競技もあるから、お前たちはうらやましく見ているといい」
ウィオルの後ろに隠れていたレクターはキッと吊り上がった目で前に出た。
「騎士の道徳もないようなお前たちに言われたくない!ぜんぜんうらやましくないし!」
「騎士の道徳がない?騎士の道徳がなんなのかお前にわかるのか?田舎もんが!」
「俺は確かに田舎育ちだが、そうだとしてもお前たちにそこまで言われる筋合いはない!出会い頭で嫌み言ってくるやつらなんか何もうらやましくない!」
「生意気なっ!」
騎士のひとりがレクターに対して手を振り上げようとした。
すばやい何かがビュッと伸びてその騎士の胸ぐらをつかんだ。ドス黒い気配をまとったギルデウスがギラつく目でウィオルを振り返る。
「こいつが先に手を上げた。正当防衛していいんだな?」
確認ではなく、まるで今からやることをただ告知するだけのような姿勢にウィオルは久しぶりに頭痛を感じた。
レクターはギルデウスが助けてくれたのかと思い、感動のような眼差しを向ける。
さっきの言葉に少し何かを加えるとするとたぶんこうだ。
「こいつが先に(俺に)手を上げた。殴っていいんだな?」
このほうがギルデウスが伝えたい意味に近いだろう。だがここで手を上げさせるわけにはいかない。帝都は何かと規律に厳しいところだ。
ウィオルは相手の胸ぐらをつかんでいる方の腕に手を置いた。
「懇親会には剣術競技もある。そこでヤればいい」
ギルデウスは布奥の目を細めて考えるような間を開けた。
「正当防衛どころか、正々堂々とできる」
いつもと違う様子にレクターが「ウィ、ウィオル?今ヤるって言ったの?俺が考えているほうのアレか?ど、どうしちゃったの?なんか、ギルデウス様に同化されかけてない?」と、しどろもどろになっていた。
「離せっ!」
ギルデウスの手の力がゆるめられたところで翼竜騎士はなんとか抜け出した。
「剣術に自信があるような言い方だな。今日のこと覚えたからな!覚えていろ!」
3人はそそくさとその場を離れていった。集まりかけていた野次馬もその様子を見て散っていく。
「なあ、知り合いじゃないのか?」
レクターは機嫌をうかがうようにウィオルを見る。
「いや、まったく知らない。新しく入団したか、ニ隊の人たちだろう」
「ニ隊ってなんだ?」
「ああ、知らないのか。翼竜騎士団には分隊があって、第一分隊と第二分隊がある。俺が所属していたのは第一分隊。名前が長いからみんな一隊、二隊と略しているんだ」
「なるほど!初めて知った!知り合いじゃないならよかった。あいつらを剣術でボコボコにしてやる!」
ウィオルが驚いたようにレクターを見た。
「剣、得意なのか?」
「いや?ぜんぜん?でも武器って相手に打撃さえ与えていればいいんだよな!」
なるほど、レクターにとってすべての武器は相手に打ち込めさえできればいいと思っている、鈍器扱いなのかもしれない。剣術競技には出さないほうがいいな。
「何があっても阻止するな」
今度はギルデウスを見た。
「……なるべく、人命は出さないようにお願いします」
知らずのうちに敬語が出てきてしまい、あとあと気づいたウィオルはため息を吐き出した。
この2人、心配だ。
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