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第二章
招待状
しおりを挟む数日後、ミジェールが薬を所持していたことを帝都に報告したことで、連行の者がミジェールとその所持品をすべて帝都へ連れて行くために来た。それにともなって傭兵団たちも払われてない報酬金めがけてそのあとを徒歩で追った。
カシアム曰く、金をもらわない限り牢屋に逃げても追いかける、らしい。かなり不穏な言葉である。
「結局俺たちの支援金目当てにわざと偽物でだまそうなんて、汚ねぇヤローだな。商売に失敗したのテメェ自身だろうが」
アルバートはフンっと鼻を鳴らして村のなかに戻っていった。ミジェールを連れて、地上では馬、空では翼竜が連なって飛んでいく光景を見つめながら、村の正門前でウィオルはまぶしげに目を細めた。
「ウィオル?平気か?」
「何ぼうとしてんだ」
レクターとレオンがウィオルを待ちながら門の向こうで立っている。
「すぐに行く」
ちなみ現在ギルデウスはウィオルの背中で寝ているため、2人との距離は常時の倍以上ある。とはいえ、ギルデウスが睡眠時間を戻してからはこの距離感が普通になり始めていた。
「それにしてもなんだかさっき来た帝都の騎士たちって怖いな」
レクターがつぶやくとレオンは、はんっと鼻で笑った。
「鼻につく態度って言えば?」
「そうじゃなくて、なんだがにらまれていた気がするけど」
「本来なら自分らの仕事を田舎勤務のやつらに先越されたと思ったんだろ。自尊心だけはいっちょ前にあるからな。翼竜騎士団とか」
「ちょっ、レオン!」
レクターは振り返って口パクで「ウィオルは違うよ!」と必死に説明していた。少々遠くにいるウィオルに大声で話しかけられないのはギルデウスを目覚めさせないようにするためだろう。通り過ぎる村人たちもなにげに早足だ。
ウィオルは仕方なさそうに笑って手を振ったみせた。手をおろす際にふさっと何かに触れる。ギルデウスの髪だった。
レクターとレオンが前を向いているのを確認して、ウィオルはふぁさと手を首筋に埋めてきている頭に被せた。すぐに正気に戻り、手を戻す。
「ダメだ……」
「何が?」
「ッ……!!」
「触りたければ触れば?」
「ち、ちが!いや、いつから目が覚めたんだ?」
「ついさっき。いい昼寝だった」
ギルデウスは背伸びをしてウィオルの背中から降りた。
「最近よく昼寝するんだな」
ギルデウスは目もとをとんとんたたいて言う。
「目隠ししてると視界が暗い。眠くなる」
寝起きのせいか、いつもより低い声にウィオルは思わず耳がうずうずしてくる気がした。耳たぶを触って顔をそらす。
「そうなのか」
いやならしなくていいなんて言葉は出てこなかった。本人の目に関することだし、何より妙に他人にあのきれいな瞳を見られたくないという、独占欲に似た感情がウィオルにはあった。
ギルデウスは、ふあ、とあくびをして前にいるレクターとレオンを見た。そしてウィオルに向かってしーと静かにするよう指を口に持っていく。
何をする気なんだ?
ギルデウスは足音を忍ばせて2人の背後に近づき、それぞれの首に腕を回した。
「どうした?ウィオーーギィアアアアアアアア"ッッッ!!!!!」
レクターの悲鳴が響き渡った。
意外にもイタズラ好きなところがあるんだよな、この人は。
そして、1週間後。ミジェールの件で意外な知らせがウィオルたちに届いた。
「あー……と?懇親会?シャスナの騎士に?」
年長の騎士のひとりが帝都から送られてきた招待状をひらひらさせた。
アルバートは傾けていた酒瓶をおろして、すでに酔った目を招待状に向けた。
「ああ、毎年何回かあるやつだよ。周辺や地方務めの者たちと仲を深めるというが、情報交換がおもな目的だよ。こっちのことは毎年理由つけて無視してるくせに。けっ、めんどくさい。ちなみ必要出席者は俺、あとウィル坊とギルデウスだそうだ」
ギョッとした視線が一階奥の片隅で座っている2人に向けられる。
出口に集まっている騎士たちは慌てて我先にと招待状を奪って内容を確認しようとする。
ウィオルもそれを聞いて不思議そうにした。
「私もですか?」
本心ではギルデウスを招待することに正気かと主催側を疑っている。それは他の人も思っているのか、レオンが疑わしげな目をした。
「ご本尊をここに送ってきたヤツらが何言ってんだ?ここに同名のやついたか?」
「同名同性もいねぇよ。ギルデウスで間違いない」
アルバートは、気持ちわかるぜ、と言いたげにレオンの背中をたたく。その手を煩わしそうにはらい避けて、レオンはアルバートたちのおつまみを引き寄せてポリポリ食べ始めた。もう興味なくしたらしい。
「同伴者としてあと2人は連れて行けるが、行きたい人はいるか?」
アルバートはまったく期待してない顔で他の人たちを見回した。案の定誰もいない。誰もギルデウスがいない平穏な時間を過ごしたいため、わざわざ本人が行く場所について行こうとは思わなかった。ひとりをのぞいて。
レクターがぱあと顔を輝かせてアルバートを見つめる。その純粋な笑顔にアルバートの酔った意識が若干罪悪感で覚めた。
「レー嬢も行きてぇのか……」
「うんうん!俺帝都行ったことないんだ!どんなところだろ!俺のこと連れて行ってくれますか!」
見えないしっぽを振りながら言うレクターに対し、アルバートはぽりぽりと頬をかく。
「まあ、行きたいならかまわないが」
「本当に?レオンは?レオンは行くか?さっき誰も手を上げなかったし、もしかしたら俺たち行けるかもだよ!」
レオンはいやそうに顔をしかめた。
「俺を巻き込むな……。というか、あいつのいる近くに行きたいのかよ」
レオンは指をギルデウスのいる方向に向けた。レクターがうっと言葉に詰まった。そして頭を抱えて悩み始めた。
「そもそもの話、あいつが本当に行く保証ねぇしな」
ハッとした騎士が数人いた。
本人が行かなければもしかしたら帝都で遊べるうえに、殴られる脅威がないもとでゆっくり過ごせるのでは?
騎士たちはそう考え、やがておもむろに誰かが口を開く。
「そ、そういえば俺帝都に産まれたばかりの親戚がいたんだ。もしかしたらいけるかも?」
「お、俺も帝都の恋人に手紙を出したが、まだ返ってないなぁ。大丈夫かなぁ?」
「俺だって帝都に失踪した実家の犬が!」
俺が俺がと言ってるとこにアルバートが「待て!」と叫んだ。
「お前たち何言ってんだ。何が産まれたばかりの親戚だ。おめぇいねぇだろ。何が恋人だ。独身野郎どもめ」
グサッと言葉の攻撃を受けた数人の騎士が心臓を押さえて地面にひざをついた。
「行くかどうか本人が言ってからにしろ」
全員の視線が弾かれたように一直線とウィオルを見つめる。
聞けということらしい。
ウィオルはため息を吐き出して頭を軽く振った。そして向かいでうとうとし始めたギルデウスに向かって口を開いた。
「帝都で懇親会があるらしい。団長と俺、そしてあなたが出席しなければならないらしい。行きたいか?」
「んー……俺に言ってんのか」
「ああ」
「………行くか」
ウィオルが驚いたように目を見開いた。
行かないって言うかと思った。
ウィオルの考えていることがわかったようにギルデウスはフッと笑う。
「お前が行くんだろ」
眠いのか口調はやけにゆっくりだった。
「は、はい。行きます」
ウィオルはわずかに顔を赤くして首の後ろをかいた。
「ほらな」
お見通しだとばかりに言ってギルデウスがそのまま静かになった。頬を支えたまま寝たらしい。
そうと知らずに騎士たちがまた騒がしくなる。
「そういや産まれたばかりの赤ん坊めっちゃ人見知りらしいから今回は無理そうかも」
「恋人最近忙しくなるって言ってたな?」
「実家の犬が病気になった予感がする!」
「おい、犬のやつ。帝都で失踪したんじゃないのかよ!」
誰かがそう突っ込む。
レオンがその変わりっぷりに呆れていると、レクターがパッと顔を上げた。
「やっぱり行きたい!」
レオンは膨大なため息をもらした。
かくして懇親会に参加するのは、アルバート、ウィオル、ギルデウス、レクター、レオンに決まった。
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