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第三章
サナスの手紙
しおりを挟むなんとかルナを宿に帰してからウィオルは無理やりフレングを駐屯所に連れ帰った。一応ギルデウスを置いてきているのであまり長く空けていられない。
「もう次からあんなことはしないでください。痴漢で捕まりますよ」
「大丈夫!権力とコネでねじ伏せる!」
「本気ですか、それ……」
「あはは!嘘だよ」
ウィオルが胡乱げな目を向けた。
そして今更思い出したようにフレングはどこからか手紙を出した。それをはいと差し出す。
「これは?」
「骨折中のサナスからのお手紙」
「骨折!何があったんですか?」
「いや?ただ任務中に怪我しただけ」
「そうですか。骨折はどこを?」
「右足。今歩けなくてね、ちょうど手紙を書いたらしいから代わりに出してくれって。それでちょうどいいからシャスナに遊びにこようかなぁって!ルナちゃんもいるなんて超意外!」
「……これ昨日渡して欲しかったです」
「ごめんね!忘れてた!」
この人は、本当にっ。
「忘れないでくださいよ」
駐屯舎のドアを開けた時だった。
だって殴られてショックだったんだもん、と文句を言っていたフレングの頬に誰かの拳がめり込んだ。
「え?」
フレングが、あれ?と殴られた頬を押さえる。昨日ギルデウスに殴られてできたアザのちょうど同じ位置をふたたび殴られている。
ドア前には見知った人物が立っていた。
「視察官……なぜあなたがここにいるんですか?」
「あん?」
ギロリと視察官ことウィル・ロイ・ジェスタが横にらみをする。
前回見かけた時とはずいぶんと、いや、前回よりもかなり殺気立っている。何があった?と思わずにはいられない。
「ウィオルと言ったか。いいか?おたくらの団長を助けるんじゃねぇぞ。じゃないとギルデウスの監督不届で帝都に報告するからな」
脅しだった。
なんだか記憶の中にある視察官とずいぶん違う雰囲気にウィオルが困惑した。
「落ち着いてください!その、何があったんですか?」
ちょっと慎重になりながら訊くとウィルの額にピキッと血管が浮かんだ。その目はフレングをにらんで忌々しく呪いの言葉を吐いた。
「貴様なんて子孫根絶やし、死後は墓荒らしに遭い、血肉はカラスにすすられろ!!」
本当に何があったんだ!?
フレングは「ウィルちゃん?」と呼んだ。ウィルが悪魔の形相になり「黙れっ!」と叫ぶ。
「このヤリ逃げ強姦魔!」
ヤリ逃げ強姦魔!!?
あだ名がさらにダメなものになり、思わずフレングがまたやらかしてしまったのか?と疑った。
ちらっとフレングを見る。何がなんだかわからないというような顔をしていた。
「なんで怒ってるの?」
「貴様ッ!懇親会でのことを忘れたのか!爆発した時お前と目が合っただろ!それなのにそのまま無視してどこかに行きやがって!おかげ様で変な植物吸い込んで変な幻覚見るし……懇親会で私のこと好きだと言ったじゃないか!」
「あ………言ったっけ?」
「き、貴様……」
ウィルがわなわなと震え出した。
「街でばったり会ったことあるだろ。爆発したその日の朝に!どういうつもりで私にあんなことをしたのかと訊いたはずだ!そしたら好きだと、一目惚れしただと言っただろ!」
フレングはあごに指を当ててその場面を思い出そうとした。
【さかのぼることシグレット広場、爆発当日】
朝の時間帯にウィルはほんの散歩をしていた。そこでちょうど恨めしいニコニコ顔を見つけ駆け寄った。
「貴様ッ!」
「あれ?」
ぐいっとえり首を掴み上げてウィルがにらむ。
「シャスナ村のこと、忘れたわけじゃないからな」
「あー!ウィルちゃん?」
「黙れっ!お前はいったいなんのつもりで私にあんなことをした!」
「えーと、落ち着いて?」
「答えろっ」
「んー、好きだから?」
一瞬動きを止めたウィルは、次の瞬間顔を真っ赤にした。急いでフレングを離して距離を取る。
「な、何を言って……」
あ、いける。と思ったフレングはペラペラと思っていないことを言う。
「初めて見かけた時に一目惚れした!超綺麗!かわいい!大好き!」
ますます顔を赤くしたウィルはずれてもいない眼鏡を何度も直す。
「そ、そんな軽々しく言われても……」
「本気だよ!」
「本気!?」
「そう!あ、僕まだ仕事あるからじゃあね、ウィルちゃん!」
回想が終わったフレングは思わず「あ」と口に出した。
視線を感じて見ると、ウィオルが驚愕の目で距離を取り始めた。
「フレング団長……そんなことを言っておきながら忘れたんですか」
「まさか!覚えてるよ!」
くるっとウィルを振り向く。
「ウィルちゃん大好き!」
「シネッ!!!」
ふたたびウィルの拳が打ち込まれた。職業的に文職なのに、その拳の打ち方は素人のものじゃなかった。
あくまで噂だが、ジェスタ家の前当主の夫人、つまりウィルの母親だが、元傭兵だという噂がある。
しかしウィルの身のこなしを見るとそれはあながち間違っていない気がする。
外まで追いかけられ、フレングが逃げ惑いながらウィオルに「助けて!」という視線を向けるが、ウィオルは、2人のことなので外野が何か言わないほうがいい、という気がした。
「先に入っています」
そう言って迷いなくドアを閉めた。
まあ、あれくらいなら大丈夫だな。
ウィオルの中ですでに殴られることへの基準はギルデウスのラインに来てしまっていた。なのでいくら素人の殴り方でなくてもウィルのやり方でフレングがどうにかならないと判断した。
が、フレングとウィルが帰ってきたのは夕方だった。
満身創痍なフレングとなぜか顔を真っ赤にしているウィルがそろって一階に姿を現した。
「視察官どのも夕飯食べてくか?」
「え?あ、ああ。お願いします」
そう言ってウィルはチラリとフレングを見るとパッと目をそらし、テキトーに空いている席で出された食事を取った。
そしてフレングはというと、いてて、と言いながらウィオルたちのいるほうへ向かった。
向かいにいるギルデウスのにらみを無視してすとんと座る。
「ウィオル~、ウィルってば噛み癖や引っ掻癖があるんだよ。首も背中も痛い」
それがどういう意味を指しているのか、なんとなくわかった。ウィオルはあごを引いて隣のフレングを見る。
「そんなことはこういう場で言わないでください。それに、わりと自業自得じゃないですか。やることなんてクズじゃないですか」
「ウィオル!どうしたの!?どうして味方してくれないの!?」
「食事中です」
かまってもらえないとわかると今度は命知らずにもギルデウスに話しかけた。
「ギルちゃ~ん」
「もう一度呼んでみろ。テメェの動脈噛みちぎるぞ」
本気でやりかねない雰囲気だったため、フレングはおとなしく食事を始めた。
そして、ウィルは特別視察と言ってシャスナ村に泊まることとなった。期間はフレングが帰るまでらしい。
夜、一緒に寝たいと駄々をこねるフレングを追い出して、ウィオルはサナスからの手紙を読んでいた。
内容は日常的で、一隊の誰々がどうなったとか、幸せの青い鳥が見つかったとか、ご飯の味が落ちたとかたわいもないことばかりだった。骨折したことには触れてない。骨折前に書いたかもしれないし、わざと触れないようにしたのかもしれない。
「大丈夫かな」
「何がだ」
振り返るとベッドで横になっていたギルデウスが寝入りそうな目で見てきていた。
「なんでもない。サナスから手紙が来ただけだ」
「そうかよ……というか早く寝ろ」
「………抱いて寝てもいいか?」
「調子に乗るな」
ウィオルは手紙をしまって布団の中に入った。
「今夜だけでいい」
眠いのかギルデウスは、好きにしろ、とだけ言って寝てしまった。
ウィオルは体を寄せて、相手の頭をすっぽり包むように抱きこんだ。
本当、寝ている顔もかわいいな。
サナスの手紙のせいか、その夜はサナスと過ごした昔の夢を見た。だが、それが大変なことを引き起こすことになった。
翌朝、珍しく先に目覚めたギルデウスは抱きつかれている気がした。
目を開けると、首に腕が巻かれ、額をくっつけるようにウィオルが寝ていた。
しばらく見つめていたが、身を起こそうと腕で起き上がったその時、ウィオルがむにむにと口を動かした。
「ん……サナス、行くな………が、好きだ」
起きようとしていたギルデウスはぴたっと動きを止めた。
暗い表情でギロッとウィオルを見下ろす。
◇—————————————————————
次回「ウィオル、死す」
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