転生と未来の悪役

那原涼

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第ニ章

乱入

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アグラウから逃げるために走っていたカナトはパーティー会場のドア前で追いつかれた。と言うより止まってあげたのである。

兵士2人は顔を見合わせてカナトとその後ろでゼェハゼェハと息継ぎをしているアグラウを困惑した目で見た。

「招待状はお持ちですか?」

「おう!後ろの人が持っている!」

使用人の服装をしたカナトが敬語もなしに親指で主人らしきを人を指したので、兵士たちは思わず目を見開いた。

それをわき目にカナトがドアから会場をのぞいたとき、一発でアレストの姿を見つけれた。あの周りよりも頭一個分余裕で突き出た人物はそうそういない。

アレストとカツラギの前には長髪の男がおり、すぐそばにはメイドがいた。そのメイドを見た瞬間、カナトの顔色が変わった。

しかもテーブルにはワインボトルと、たった今ワインを飲もうとしている長髪の男とカツラギがいる。

しまった!!もしあのワインが毒入りだったら!

強行突破しようとしたカナトは寸前のところで兵士に捕まえられた。

「離せ!!この!」

「何をしている!」

「招待状がなければ入れないぞ!」

カナトは後ろに向かって叫んだ。

「アグラウ!招待状見せてやれ!」

「何様のつもりだ!!貴様は使用人だろ!」

せっかく整えた髪も衣服も走ったせいで少々崩れたのに、結局カナトは最悪の形で注目を集めた。が、アグラウの予想を超えるのはこれからであった。

兵士2人がアグラウに気を取られたほんの一瞬のすきを狙って、カナトは拘束からすばやく逃げ出して会場に入ってしまった。

アグラウは悲鳴がのどまで出かかった気がし、血圧が一気に上がったのを感じた。

突然の乱入者にパーティー参加者たちはざわめく。

「あら、あの方ってもしかして……」

「なんて無礼な人だ!早くつまみ出せ!」

「なぜ使用人らしき人が入ってくるんだ!」

周りの声を気にせずカナトはアレストたちのほうへ走った。

「ユシル!それを飲むな!」

カツラギは乱入してくるカナトに驚いたが、すぐに何かに気づいた。ワイングラスを見て目を丸くする。

一方でフランは不満げに眉を吊り上げた。

「なんなんだお前は」

「ロン毛!お前も飲むな!」

「なんだと?ロン毛?」

フランはますます不機嫌をにじませた。

アレストはカツラギに近づこうとするカナトの腕を引っ張り寄せた。

「カナト、何があったんだ?」

「そのワイン絶対おかしい!あのメイドだっておかしいんだよ!」

突然指さされたメイドは驚いて、そしてすぐに顔をとりつくろった。

「わ、私はただのメイドです。おかしいだなんて……ワインだって倉庫から」

「お前が他の人たちと城の裏側でコソコソしていたの見たぞ!」

メイドの顔色が明らかに変わった。だがすぐにカナト以外の証言者がおらず、かつついてきたアグラウが怒りを携えているのを見て、おそらく見たのはカナトのみだと判断した。

メイドは口を覆って目に涙を浮かばせた。

「どうしてそんなことを言うの!?あなたこそ、王族主催のパーティーに乱入して何がしたいの!フラン殿下にも失礼だわ!」

フランは同意するとばかりに一歩前に出た。その顔にはどこか優越なよろこびが見てとれる。

「アレスト、彼はもしかしてきみの使用人かな?」

「ええ、そうです」

「なるほど、なるほど………どうやらヴォルテローノ家は使用人の調教もできないようだな」

「お言葉ですが殿下ーー」

「アレスト!お前は下がりなさい!」

アグラウは乱れた頭を後ろになでつけ、堂々とした足取りで向かってきた。

「フラン殿下、この度は申し訳ありません。この使用人はすぐに連れて帰ります。後日、必ずお詫びいたします」

「ふむ。あなたがそこまで言うのなら」

その目がちらっとアレストを見る。優越感に浸った目線にカナトのまぶたがぴくりと反応する。 

アグラウは一刻も早くこの場から離れたいのか、ユシルに向かって口を開いた。

「ユシル、そのワインは殿下から授けられたのか?」

「あ、はい」

「だったら早く飲みなさい。王族から与えられたお酒を飲まないのは不敬罪に当たる」

「……わかりました」

そう言うが、カツラギはこのお酒を飲む覚悟がなかった。だからと言ってこのまま断るわけにもいかない。

もはや媚薬に侵される運命からは逃れられないか、とあきらめかけた時、ひょいと手の中のグラスが消えた。犯人はカナトである。

「この中には毒が入ってんだよ!」

「そんなわけがない!王族を侮辱するつもりか!」

激昂するフランの前にアグラウが慌てて出た。

「申し訳ありません殿下!この使用人には必ずきつく言いつけますので」

「ヴォルテローノ伯爵!この使用人を早くつまみ出せ!」

「バカロン毛!毒だつってんだろ!!」

「バカだと!?私をバカ呼ばわりするなんて!そこまで言うならお前が飲め!王族から与えられるお酒を断るのは不敬罪だ!毒があると言うのならこの場で証明して見せろ!!」

メイドの顔色がますます悪くなる。

「で、殿下。この無礼者たちを一刻も早く追い出さないと、パーティーが……」

「黙れ!メイドの分際で私に指図するな!カナトと言ったか?どうした、早く飲め!」

本当に毒があるんだよバカロン毛が!

カナトはグラスを持って迷っていた。このまま飲まなければアレスト、はてにはヴォルテローノ家の名に傷がつく。だが、誰かに飲ませるにしても犠牲者が出る。

カナトがグラスに口をつけようとした時、スッと大きな手に阻まれた。

「カナト、それはもともとユシルへ与えられたワインだ。礼儀にのっとればユシルが飲まなくてはならない」

「で、でも……毒が!」

「しょうがないな。王族の倉庫から持ち出されるワインに毒なんて入るわけないだろ?いい子だから、僕の言うことを聞きなさい」

「アレスト……お前、俺のこと信じてないのか?」

アレストの手がほんの少し反応した。

「違う、信じている。でもきみがわざわざーーカナト!?」

頭に血が登ったカナトはワイングラスをそのまま傾けて中身を飲み干した。

どよめきが広がり、そしてすぐに静まり返った。カナトは何事もなくその場に立っている。

「……あれ?なんともない」

「だから言ったのに。毒なんて入っているわけが、な…い……」

フランの声が消えた。カナトの口からつーと血が流れ出たからだ。

我に返ったアレストは慌ててカナトの口を開けて指を差し入れた。のどを刺激されてカナトがおえっとその場で嘔吐する。

吐き出した胃液に、地面に落ちたグラスの破片が混じり、ワインの色よりも鮮やかな赤い血がポタポタとカナトの口から流れ出た。

口だけじゃない。鼻からも血が垂れ出ている。

全身を駆けめぐる熱さと胃を焼かすような痛みにカナトは八つ当たり気味に飲んだことを後悔した。

血のほかに変な泡まで吹き出た。

これ死ぬんじゃないか!?

しかも誰かが自分の名前を呼んでいるとわかっていても、なぜかぐわんぐわんと鳴る頭のせいでその声たちはとてつもなく遠くに聞こえる。

次の瞬間、カナトは意識が途切れるのを感じた。

あ、ダメーー

へたりとその体が倒れた。アレストは胸に倒れてきた体を受け止めて一瞬呼吸するのすら忘れた。

「カ、ナト……?」

腕の中の体はぴくりとも動かない。

「カナト!!」

誰かが医者を呼べと叫び、その光景に誰かが驚いて倒れ、パーティー会場は一気に混乱し始めた。

アレストは今すぐにでもカナトを連れて帰りたかった。しかし、やらなければいけないことがある。

カナトを静かに床に寝かせ、アレストはテーブルに置かれた誰のかもわからないグラスを取るとワインボトルからワインを注いだ。

それを固まっているフランに差し出す。

フランは今まで見たことないアレストの目に足がすくみそうになった。

なんなんだ、あの冷たい目は……こいつはこんな目もできるのか!

「殿下、このワインをぜひそばのメイドに飲ませてください。もしくは、ご自身が持っているグラスでもかまいません」

フランは自分が持っているワイングラスとカナトを見比べてハッとして手を離した。床にワインとガラスの破片が飛び散る。

フランは引きつった顔で何かを言おうと口を開く。

「こ、このカナトという使用人に陥れられた可能性も……」

「でしたら飲んでみますか?カナトに王家のワイン保管庫にまで入って毒を入れるほどの技量はありません。グラスに毒があるとすればそのグラスはすでに割れています。今この場で確かめようとすればこのワイを飲む以外ありません。何事もなければカナトが陥れたと可能性として認めましょう」

フランは思わず一歩後ろに下がった。

「誰が飲むか!お前までーー」

「だからそこのメイドに飲ませろと言っている」

そう言う声は一際低い。

聞いていたメイドはすぐに逃げようと走った。しかし、すぐに駆けつけた兵士に捕えられる。

アレストはグラスをテーブルに置いて冷たい目のまま言った。

「次からは倉庫の点検をお願いします」













カナトは全身がダル重く感じた。

少しずつと目が覚めるとベッドで寝かされていることに気づいた。

「うっ」

動こうとすると響くお腹の痛みに思わず苦しげな声を上げる。

「カナト」

突然聞こえてきた声にカナトの心臓が口から飛び出そうになった。

「なっ………あ、えすと?」

うまく発音できず、カナトはうつむき気味にこちらを見てくる目に固唾をのんだ。

酷く沈んだ、まるで温度のない海底に似た冷たい目がカナトをとらえている。

「目が覚めたんだな」

こく、とうなずく。

「2日は寝たきりなんだ。何か食べやすいものを持って来させる。だがその前に」

アレストは立ち上がってカナトを見下ろした。

なんの表情もない顔にカナトはずっと心臓をバクバクいわせた。

「お、おしたん、だ?」

「……どうしてあのワインを飲んだ?」

「ほ、ほえは……」

「毒入りだとわかっておきながら、代わりに飲むほどユシルのことが大事か?」

カナトはダラダラと冷や汗を流した。お腹がキリキリとしめ上げられるように痛い。

「毒入りを証明したいならあのメイドに飲ませればいい。わざわざきみが飲む必要はどこにある?不敬罪を心配しているのか?あんなボンクラ王子に何ができるんだ。ヴォルテローノ家は歴史を辿れば建国重鎮のひとつだ。こんな不敬罪でどうにかなるような家柄じゃない」

カナトはそこまで考えていなかったし、こんな事態を招くとも思わなかった。

「も、もひかひて、このイヘに、迷惑かへた?」

「違う……僕が言いたいのはそんなことじゃない。お酒を断ったくらいでどうにもならないと言っただろ」

アレストは顔を歪ませて奥歯を噛みしめた。その表情にカナトは思わず罪悪感が湧き上がった。

アレストの手が頭の横に置かれる。

「僕が言いたいのは、もうユシルに近づくなということだ。あいつのために捨てれる命なのか?なんの毒かもわからずに飲んで、きみは僕のものだろ!なんで命をあんなやつのために使おうとする!ずっとそうだ!!今まできみは何度もあいつのために行動してきた!雪山でも吹き飛ばされるユシルをつかんだ!事故を起こした時も真っ先に駆けつけようとした!今回も代わりに毒入りのワインを飲んだ!………わからない……いったいあいつの何がそこまでいいんだ?きみを川から拾い上げたのも、ずっと一緒にいたのも僕だろ!!何が足りなかった!!」

怒りと悲しみと不可解と嫉妬……様々な感情が織り交ぜてアレストの心をかき乱した。頭の中は嵐のようにぐちゃぐちゃに吹き荒らされて、取り返しのつかないことをしでかしそうになる。

「言ったはずだ。きみが離れる日が来るなら、必ず殺すと」

カナトは首にひんやりとした手の感触を感じた。

狂気じみた青い瞳がじっとカナトを見下ろしている。

今までにない危機感が襲い、まるで全身の細胞が警鐘を鳴らすように動き回っている感覚がした。

何か言わなければとカナトは思った。だが何も言葉は出て来ない。

見たことないアレストの様子に体が震えだす。

ここに来て初めて、カナトはカツラギの言った言葉の意味がわかった気がした。

アレストは自分がどうにかできるレベルの人間じゃない。





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