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第四章
帰還2
しおりを挟む翌朝、カナトは出勤時間になると会社からタクシーに乗ってあの橋へ向かった。
だが、その途中であれすればよかった、これをすればよかったといろんなことが頭を横切った。
ユウシロウともう一度電話すればよかったな。両親と最後にもう一度会えばよかったな。せめて昨日、いや12回目か。12回目で家族にご飯おごればよかったな。もう会えないだろうし、戻ってくる可能性もあるとは限らないし……。
くよくよ考えている間にも橋はどんどん近づいてくる。
カナトはふと思ってしまった。
同じ手順で小説の世界に戻れるなら、同じ時間にその手順を無視すれば永遠にこの世界に留まれるのでは?だが、そう考えたところでそうなるとは限らず、かつあちらの世界は大変なことになっているらしい。カナトはアレストやユシルたちのことが心配だった。
何より、これ以上この世界に留まっていたら戻った際にアレストになんて言われるかわからない。
大丈夫だ、戻るだけだ。
渋滞を避けるための橋が前に見え始めた。ハンドルさえ回さなければ橋を避けれる。橋さえ渡らなければ家族と……カナトは手が震え始めた気がした。
どうしようもない迷いが生じ、このまま橋に進みたくない思いが湧き上がる。
せっかく求めた家族との関係が修復されつつある。でもアレストのことは放って置けない。
カナトの目に涙が張り始めた。
「アレスト……帰ったら、鎖とか絶対やめろよ」
つぶやいてから、決心したカナトはハンドルを回してそのまま橋に乗り上げた。
もう後戻りはできない。
カナトはちらりとミラーで後ろを確認した。確か後ろから車を突かれて……ん?とカナトは目を見開いた。
真後ろを走る車の運転席にいる男が缶ビールらしきものを持っている。それを飲みながら運転していた。
絶対あいつだ!!あの飲酒運転のせいで!!
カナトの目に怒りが湧き上がった。
朝から飲んでんじゃねぇよ!(ピッー)迷惑なやつだな!
とはいえ、そのおかげでアレストや推したちに会えたわけだが、しかし、もし生きていたらこのまま家族と和解できたかもしれない。
カナトが考えないようにしていたことだが、もしかしたら自分が死んでよろこんでいるんじゃなくて、悲しんでくれたんじゃないか?葬式も挙げずに骨灰を、この親不孝!と言われて川流しにされるんじゃなくて、ちゃんと大事にしてくれていたんじゃないか?今ならそう思える。
もう一回、家族の顔をよく見ればよかった。
そう考えた時だった。ついに運命の時が来てしまった。
大きな音とともにカナトが乗っていた車体は車道から大きく外れ、歩道に乗り上げた勢いで手すりを突き抜けた。
パシャリと音が響き、飛び出したエアバッグがちょうど砕いた窓ガラスを首に押し込んでしまう。
あまりの痛さと急激な息苦しさにほんの後悔してしまった。
ひっくり返った車内でカナトは逆さの状態で動けなかった。
どんどん薄くなっていく意識のなか、走馬灯のように小さい頃のことがよみがえってくる。ほとんどが両親にお尻を叩かれて怒られる場面だった。でも、それがなぜかものすごく暖かく感じる。
視界が黒くなりゆく前に流れた熱い液体で目の前が真っ赤になってしまった。
家族の顔に続いて、最後に浮かんだのはやはりアレストだった。
……アレ、スト………ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー………………………
「……と………カナト!!」
「ん……ぅ」
「大丈夫!?」
カナトはゆっくりと目を開けた。目の前に広がる黒々とした樹木を見て、ハッと目を見開く。
「くびが!!ちが!!」
「カナト!よかった、目が覚めた!」
あれ?と周りを見る。
ユシルの声は聞こえるのになぜか姿が見えない。カナトは服をまさぐった。離れる前の衣服なため、上着内側のポケットから石を見つけた。
「ユシル?」
「……そっちじゃないよ。もっと下を見て」
言われた通り、カナトが下に目線を向けるとそこに愛らしいハムスターがいた。暗闇の中でさえわかるほど、金色に薄っすらと緑かかった毛並みが美しいハムスターである。
「ユシル……?ユシル!?」
「そう、今はこの姿しか保てないけど、意識体の姿なんだ」
「可愛いな!!チューしていい!?」
「チュ、チュー!だ、ダメだよ!」
「ごめん……あ、そうだ!今どこなんだ?アレストのこと探してくる!もう2週間近く会ってないからな!絶対怒られる!」
そこでユシルは一瞬固まってしまった。気づかないカナトはずっと1人で興奮していた。
「そうだ!俺自分の世界に戻っていた時、何か珍しいものの製法を知ってこっちで使えないか考えたけど、どれも何書いてんのかわからなかったからあきらめたんだよな。チョコレートのことだってーー」
「ダメ!」
「ユシル……?」
ユシルはうつむいたまま言った。
「今の兄さんには会わないほうがいい」
「どういうことだ?何かあったのか?まさか……」
イグナスにーー!?
しかしユシルは頭を揺らして視線を上げた。
「カナト、よく聞いて。今あなたは2年後にいるのよ」
「2、年後?」
「そう。あっちでは2週間しか経ってないんだね。あ、でも同じ日を繰り返しているから2週間とは言えないかもしれないね。それでね、今から言うことなんだけど……カナト?大丈夫?今の話やっぱり消化できない?」
フリーズしたカナトはぶるぶる頭を振って気を持ち直した。
「2年後って、どういうことだ?」
「つまり、カナトが戻っていたあいだ、こちらの世界では2年も経っていたことになる」
「嘘だろ……」
「でもちゃんと思い出してくれてよかった」
「え?」
「以前占ったことはまだ覚えている?道をまっすぐ進んではいけないって。ちゃんとまっすぐ進まずに曲がってくれておかげでカナトはこっちに来てくれたんだ。あの占いはこのことを指していたんだね」
カナトは庭の休憩スペースでユシルに占ってもらったことを思い出した。
あの占いの言葉の意味ってそういうことだったのか!?というかそのことすっかり忘れていた!!
「カナト……もしかして」
「いやいや覚えている!それで、アレストがどうしたって?」
慌てて話題を変えたが、ユシルもそのことを話したほうがいいと合わせることにした。
「そうだね。まず何が起きたのか話さないと。兄さんやこの世界について。まずね、みんなの記憶からあなたの存在が消えているの。もちろん兄さんの記憶からも……カナト?」
カナトがまたもフリーズした。
消えた……?俺の存在が……?
カナトがもう一度ぶるぶると頭を振って気を持ち直す。眉間をもみながら、
「ごめん、続けてくれ」
「わかった。石を通して話していたと思うけど、カナトと同じ世界の人が私の体に入っているってこと。その人が魔法を使ってみんなの記憶からカナトの存在を消したんだ。物語をもとに戻すと言っていたけど、危険に思って、意志体のみで逃げてきてしまった……」
物語をもとに戻す?確かにカナトやカツラギの存在でこの世界の物語が変わっている。
落ち込んでいるユシルの頭を少しなでてカナトはなぐさめるように声を出した。
「大丈夫か?逃げて正解だと思うぞ。何されるかわからないしな」
この世界の人の記憶を変える時点で絶対カツラギみたいないいやつじゃないことは、カナトにもわかった。
「何か解決方法はないのか?」
「今の私では力が弱すぎる……どんどん魔法の力が使えなくなってしまって」
「ユシル……大丈夫だ!落ち込むな!とりあえず森にいたほうがいい!」
物語通りならユシルは植物に囲まれた場所では魔法の力が維持され、衰えていくことはない。意志体とやらでも通用するのかわからないが、きっと森にいて悪いことはない。
「今は何ができるんだ?」
「できることならほんの少し魔法が使えるだけだよ。物や自分を浮かせたり、周りから認知されなくなったり」
「すごいな!」
「……私が魔法を使えることは驚かないんだね」
「え?あ、いやまあ、ね?」
ユシルは自分たちの世界が小説の世界だとは知らないのか……一応言っておいたほうがいいよな?
「あのさ、ユシル、俺も言わなければいけないことがあるんだけど」
「何?」
カナトはこの世界について話した。そして話し終えた頃、今度はユシルがフリーズした。
「……カナトは違う世界の人だって知って最初は驚いたけど、まさかこの世界が小説の世界だなんて」
「そうだろ?アレストは最後いろいろと悲惨になるから、なんとか助けたいんだ」
「でも、今の兄さんは……」
「大丈夫だ!アレストならきっと思い出してくれるだろ!」
それでもユシルはどこか戸惑うように黙ってしまった。
カナトはそんなユシルを両手で包むと立ち上がった。
「よし!アレスト探しにいくか!あれ?今ってどこにいるんだ?」
「首都近くの森だよ」
「首都?」
「今は春だから、社交シーズンなの」
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